空色雀
アスラン・ザラは、悩んでいた。
こんなに悩んだのは、幼馴染のキラに夏休みの宿題全部やってと「お願い」されて(しかも新学期開始前日に)以来だ。
・・・それくらい、この状況はアスランを悩ませていた。
「ザラ生徒会長、そんなところに座り込んでたら迷惑です」
アスランの斜め向かいに座っていた金髪の少年が、手にしている書類から目を話さないまま言い放つ。
整った顔立ちは無表情で、水色の瞳が怜悧さに拍車をかけていた。
一瞬その雰囲気に飲まれそうになるも、アスランは負けじと目尻を吊り上げる。
「生徒会長の俺が、生徒会室のどこにいたって文句をいわれる筋合いはないな」
両者の間に見えないブリザードが吹き抜ける。
放課後のチャイムがなってから、この部屋はずっとこんな調子だった。
「仕事もせずに座っているだけならトーテムポールと同じです・・・ああ、こんなこと言ったら失礼ですね。トーテムポールに」
「お前こそ迷惑だ。とっととこの部屋から失せろ」
「生憎と自分は仕事の処理の最中ですので・・・置物以下の生徒会長とは違って」
「そういうことじゃない・・・!」
アスランはいらいらと髪をかきあげると、その手の人差し指でびしっ、と相手を指差した。
「レイ・ザ・バレル!!!」
「大声で人の名前を叫ばないでください。そして指差さないでください。礼儀というものを知らない方ですね」
怒りのあまり頬を紅潮させているアスランに対し、レイは涼しげな顔でそれを一瞥した。
ああ言えばこう言う口の減らない年下の餓鬼に、アスランの頭は噴火寸前だ。
それでも辛うじて爆発するのを押さえ込むところはさすがと言うべきか。
「・・・お前に礼儀云々言われる筋合いはないんだ。
生徒会委員でもなければ高等部の生徒でもないお前が・・・!ここにいるのは非常識以外の何者でもないだろう!!!」
そう。
今彼らがいる生徒会室は、高等部区域の高等部の生徒から成る生徒会なのである。
そして何食わぬ顔で高等部生徒会の書類を片付けているレイは、
この生徒会メンバーでもなければ高等部所属でもない・・・つまり中等部の生徒だった。
そういうわけで、一般論から言えばアスランの方が正しかったりする。
しかしアスランの正論にも、レイは全く動じなかった。
やはり無表情のまま、温度の低い声で切り返す。
「面倒な仕事を副会長と書記に押し付けて、幼馴染とホモっている生徒会長もなかなかに非常識ですね」
生徒会長の咆哮が、廊下にまで木霊した。
「あのさー、二人とも。いい加減にしてくれる?」
とうとう耐え切れなくなったディアッカが横から口を挟んだ。
すると・・・。
「ディアッカ?お前いつからいたんだ?」
「・・・気付かなかった」
それまでブリザードをぶつけ合っていたアスランとレイが、目を丸くしてディアッカを見上げている。
彼がここにいることに対して本気で驚いているようだ。
いつもは飄々としているディアッカも、さすがに険悪なオーラをまとう。
「そういうところだけ気が合いやがって・・・」
この似たもの同志が!
「俺もイザークも、最初からずっといたじゃん」
「イザークは知ってる」
「イザークがいないことに気付かないはずないでしょう」
「ディアッカは背景だけどな」
「イザークと比べるのも気の毒な気がしますが・・・」
「・・・お前ら、本気で怒るぞ?」
ディアッカが加わってブリザードが一転、火花が散り始めた。
「・・・ったく」
その様子を横目で見ながら、部屋にいた最後の一人イザークは息を吐く。
仲裁に立ったはずのディアッカが逆に怒りを煽られているが、これは致し方ないだろう。
彼は決して短気な男ではない・・・はっきり言って、アスランとレイの言動が失礼極まりないのだ。
しかも二人は残酷なことを言っているという自覚がないのだから始末が悪い。
さてどうしたものかとイザークは思案し始めた。
無論、書類を整理する手は休めずに。
コンコン。
「失礼しまーす!」
そんな時、ノックがしてがちゃりと部屋のドアが開く。
顔を出したのは中等部の制服を着た男女だった。
「シン、ルナマリア」
「レイ、迎えに来たよ」
「こんにちは。ジュール先輩、エルスマン先輩、ザラ先輩」
シン・アスカはレイのルームメイト、ルナマリア・ホークはレイのクラスメートだ。
学年は違う二人だが同じ水泳部に所属しており、部活が終わるとこうしてレイを迎えに来る。
「おっ、もうこんな時間か」
「レイがくだらないことをするせいで無駄な時間を過ごした」
「自分の無能を他人のせいにするなんて、置物からミジンコに格下げ・・・いや、ミジンコに失礼か」
「はんっ!お迎えが来ないと帰れないボクチャンが何言ってんだよ!」
「二人とも、部活ごくろーさん!お茶でもしてけよ」
再び言い争いを始めたアスランとレイを無視し、ディアッカはシンとルナマリアを手招きする。
自分を「エルスマン先輩」と呼んで敬語を使ってくれるこの貴重な二人を、ディアッカはいたく気に入っていた。
するとそれまで黙々と書類と格闘してたイザークがようやく口を開く。
「ディアッカ、アスランの引き出しに茶菓子があったはずだ。二人に食わせてやれ」
「はいよっと」
「え、いいんですか?ザラ先輩のを勝手に・・・」
「アスランのだからいいんだよ。どうせキラのために蓄えてるんだから」
「全くだ。生徒会室の備品をくだらないことに使いやがって」
イザークとディアッカは文句を並べながらもてきぱきと茶の用意をする。
するとある人名にシンとルナマリアが反応を示した。
「え、キラ?」
「キラ・ヤマトっていえば確か・・・」
「ザラ先輩のホモ相手?」
「違う!!」 「そうだ」
「ホモ」という単語に、アスランとレイが争いをぴたりとやめて口を挟む。
今度は正反対のことを言っているが、シンクロしているあたりはやはり似たもの同志だと他四人の視線は冷たい。
「レイぃぃぃ!!お前ッッ、お前だな、ホモなんて勝手なこと言ったの!?」
「自分は事実を述べたまでです」
「ふざけんな!名誉毀損で訴えるぞ!!?」
「どうぞご自由に。生徒会の仕事を放棄してまでキラ・ヤマトに貢いでいるあなたがどんな言い訳をするのか興味ありますし」
「キラは親友だ!親友と食事をしたり一緒に勉強したりするのは当たり前だろうが!」
「食事だけでなく三時のおやつまで奢らされ、宿題課題を押し付けられているの間違いでは?」
「ち、ちが・・・っっ」
「そんなことされてへらへらしているあたり、傍目には友情以上の思いを抱いているように見えるものなんですよ」
「・・・・・・うがーーーーっっっ!!!!!」
再び不毛な争いを始めた二人をよそに、イザークたちはすでに茶を啜っていた。
「レイの奴、アスランを挑発するの止めればいいのに・・・」
「確かにあれさえなければな・・・。仕事の処理量は大幅に上がって助かっているが」
レイがこの場にいることが許されているのは、生徒会の実質的支配者であるイザークが彼の優秀さを認めたからだ。
アスランは何だかんだでイザークには逆らえず、ディアッカは自分の負担が大幅に減ったので文句があろうはずがない。
あくまで仕事に関しては・・・だが。
性格には難ありで、同じく一癖も二癖もあるアスランとは衝突が耐えない。
・・・というか、レイは思いっきりアスランを敵視している気がする。
「これ美味い!」
一方、部活を終えたばかりで小腹が空いていた中等部二人は、アスランの引き出しの中にあった大福にぱくついていた。
「やだ!この大福、駅前の通りにある老舗のだわ」
「マジ?もっと味わって食えばよかった」
「俺たちの分も食べてかまわんぞ」
「え、でも・・・」
「いーのいーの!二人は水泳部のホープなんだから。そのかわり夏休みの中体連、記録出してくれよ」
「そういうことだ」
高い大福(金を出したのはアスランだが)を譲ってくれるイザークとディアッカに、シンとルナマリアは申し訳ないと思いつつ・・・。
「ありがとうございますっ」
「先輩たち、だいすき!」
でもやっぱり育ち盛りの胃袋には勝てずに二つ目を頬張った。
済ましたレイとは違い、素直に感情を表現する二人にイザークたちも微笑ましくなる。
二つ目の大福もぺろりと平らげ、一息ついたシンが「そういえば・・・」と顔を上げた。
「ここに来る途中、廊下で女の人が立ってましたよ」
「はあ?」
「ああ、あの人ね。先輩のうちの誰かの知り合いかなって思ったんですけど・・・」
「ただの通りすがりじゃないのか?」
「廊下を行ったり来たりして・・・この部屋の様子を伺ってる感じでしたよ」
「声をかけてみたんですけど、『何でもない』って走って行っちゃいました」
「・・・」
「イザークのファンじゃねーの?」
「どんな奴だった?」
「腰のところまである長い黒髪の人でした。高等部の制服で」
「色白で可愛い人でしたよ」
「それって、もしかしなくても弓道部のシホちゃんか?」
「エルスマン先輩の知り合いですか?」
「俺じゃなくて、イザークの。付き合ってるんだっけ?」
「「どこのアマだ、それは!!!?」」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
またシンクロしやがった・・・。
噛み付かんばかりの形相で身を乗り出すアスランとレイにドン引きするディアッカたち。
一方でイザークは、涼しい顔で椅子にかけていたブレザーを羽織っていた。
「・・・あれ、イザーク帰るの?」
「ああ。ディアッカ、悪いが鍵を頼む。・・・それと、ハーネンフースとは別に付き合ってないぞ」
「本当だろうな、イザーク?」
「ハーネンフースって誰です!!?」
イザークはその問いには応えず、そそくさと部屋を出て行く。
アスランたちがその背中を追いかけようとするが、ディアッカが長い脚を引っ掛けて阻止する。
動揺していた二人は受身も取れずに正面から床に激突した。
「あーあ勿体無い。顔『だけ』はいいのにねぇ」
お気の毒ー、と言いながらへらへらするディアッカを、シンとルナマリアが唖然とした顔で見ている。
親友が黒髪の少女を追いかけて行って、そしておそらくは見つけるだろうことを確信し。
ディアッカはにんまりとするのだった。
2010/03/02