クローバー




 その騒動は、昼食の席でのレイ・ザ・バレルの一言によって始まった。

 「俺は今日から『攻』になろうと思う」

 彼がこのとんでもない言葉を発した時。
 不幸にも同席していたのはシンとルナマリア、
 そしてこの二人の部活顧問であるナタル・バジルールの三名であった。
 レイの言葉を正確に理解したルナマリアは手にしていたサンドイッチを具を飛び散らせながら握り潰し。
 同じく理解してしまったナタルは飲みかけのアイスコーヒーを目の前のシンめがけて噴き出した。
 「な・・・ッッ、なななななな何を言い出すのよ、レイィィ!!?」
 「バ、バレル!攻とはアレだな?野球のポジションのことだな?それともサッカーか?バスケット・・・」
 「いいえ。セックスのことです」
 ざっくり。
 ナタルの必死のフォローをレイの冷静な声が切った。
 女性陣は完全に固まり、赤裸々な単語が出たことでシンも内容を把握したのか顔を引き攣らせる。

 その間にもレイの暴走は続いた。
 「男同志でセックスができることを知ってから、俺はイザークに抱かれたいという願望を持つようになっていた」
 「あ・・・あの、レイ?」
 「でも考えてみると、俺が抱かれる側ではまずイザークをその気にさせないといけない。
 『誘い受け』というのもあるらしいが、最終的に相手がたたなければ意味がない」
 「た・・・たた・・・っっ!」
 「レイ、ちょっと!」
 「だが逆ならどうだろう?
 最初は無理矢理でイザークに痛い思いをさせるかもしれないが、『嫌よ嫌よも好きのうち』というらしいし。
 シュミレーションもしてみたんだが、俺はともかくイザークはまさに『受』がしっくりとくると思・・・ふがっ」
 「レイ・・・!レイ、すとぉーーーっぷ!!!」
 滑らかに下品な言葉を繰り出す口を、不穏な気配を察したシンの手がふさいだ。
 おそらくは女性二人ほど話の意味を理解していないだろうが、こういった勘の良さはさすがである。

 しばしの沈黙を破ったのは、耳まで真っ赤にして肩を震わせるナタルだった。
 「バレル、お前という奴は・・・は・・・は・・・・・・・・・・・・」
 「は?」
 「破廉恥である!!!!」
 ・・・まったくその通りである。

 「そ、そうよレイ!いきなり何暴走してんのよ?」
 「正気に戻れ。今ならまだ間に合う!」
 「・・・っていうか、どうしてアンタがそんな単語知ってるわけ?」
 「それもそうだ。バレル!誰から聞かされた?」
 「ディアッカさんか?それともデコの生徒会長か?」
 「白状しなさい。今なら許してあげるから」
 「ああ、それなら・・・」
 赤くなったり青くなったりする三人に対し、レイはいつものポーカーフェイスだ。
 そして鞄から薄い雑誌のようなものを取り出して見せた。
 「これで勉強した」
 「な・・・ッ、こ、これは!」
 それは少年二人が絡み合っているイラストが表紙となっているものだった。
 見慣れないそれにシンは首を傾げるが、ルナマリアとナタルはのけ反っている・・・知っているようだ。
 「ど、同人誌じゃないの!」
 「しかも女性向け・・・」
 「あ、『R18』って書いてあるよ?」
 「破廉恥!」
 「レイ、これどこで手に入れたのよ?」
 「メイリンに借りた」
 「・・・」
 「・・・あんの愚妹ッ」
 「メイリンの奴、いつから18歳以上になったんだよ・・・」

 姉のクラスメートになんてことを教えるのだとメイリンに呆れ果てるシンとルナマリア。
 気が付くとナタルが姿を消している。
 廊下から「バリアント、標準ッッ!」という声がしたように思えるが、二人は聞かなかったことにした。
 そしてその傍らでは、未だ暴走が収まらないレイがぶつぶつと独り言を繰り返している。
 「・・・まずはイザークと二人っきりにならなければいけないな。
 となるとやはり生徒会室か。ディアッカはともかくデコはどう攻略するか・・・。
 それにイザークの周囲をうろつく弓道部の女性徒にも注意を払わねば・・・・・・」
 
 
 一方の高等部校舎。

 「イザーク、ご希望のレモンティ買って来たぜー、ってどうした?何か顔色悪いぞ」
 「・・・今、猛烈な寒気が」
 「大丈夫か、風邪じゃねーの?」
 「い、いや。きっと気のせいだろう」
 イザークは髪をかきあげながら、ディアッカが買ってきたレモンティーのパックを受け取る。
 食べ終わったランチの包みを畳みながら、「そういえば・・・」と思い出したように口を開いた。
 「さっき中等部が騒がしかったと聞いたが?」
 「あー、何かバジルールさんが『バリアント、撃ーーーッッッ!』って叫びながら校舎を走り回ってたんだって」
 「はあ?うちの担任がどうして中等部で?」
 「シンとルナマリアに飯に誘われてたんだろ。
 んで、キビシイあの人のことだから、規律違反の生徒でも見つけて追いかけてたんじゃないの?」
 「・・・そうか」

 
 真相を知るのは、一握りの人間のみ。



 
2010/03/02


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