ロゼッタストーン (前編) 〜悲しみの生まれる場所〜




 画面が映し出したその映像に、イザークは形の良い眉をひそめた。
 隣のディアッカも息をのむ。
 にわかには信じがたい内容だ。
 「本当にこんなもんが動くのかよ・・・」
 声を絞り出すように言ったディアッカに対し、イザークは何も答えなかった。
 「やっぱり何かの間違いなんじゃないか?だって・・・」


 「ユニウス・セブンが独りでに動き出すなんて」
 
 


 話は20時間ほど前にさかのぼる。 
 アーモリー・ワンにて起こった、謎の組織によるガンダム三機の奪取。
 そしてそれに伴うミネルバの発進と戦闘。
 本国にもたらされたその情報に、軍内部が大いに慌て、そして対策に追われているとき、
 新たな事件が舞い込んできたのだ。


 ユニウス・セブンが安定軌道を外れ、移動を始めている。


 一番近い宙域の管理センターからのその報告に、誰もが耳を疑った。
 だが本国からの調査でもユニウス・セブンが安定軌道を大幅に外れていることが確認される。
 しかもその先は・・・地球。
 もしユニウス・セブンがこのまま地球に衝突すれば事故では済まされない。
 最高評議会は議長であるギルバート・デュランダルを欠きながらも素早くこれの破砕を決定した。
 そしてその任に当たることになったのが、戦艦二隻とMS隊を率いるイザークの隊だったのだ。




 「レイが無事だって分かってやぁっと安心したところだったのにな」

 重苦しい空気を紛らわそうとしたのか、ディアッカはイザークの元同居人のことを引き合いに出す。
 が、ぎろりとにらみつけてきたアイスブルーに墓穴を掘ったとすぐさま理解して口をつぐんだ。
 
 アーモリー・ワンにて戦闘を行ったミネルバのクルーには、
 イザークが前大戦直後からつい先日まで身元を預かっていたレイ・ザ・バレルも含まれていた。
 謎の組織からの襲撃の際、そしてその追撃の時にもパイロットに何名か死傷者が出たという報告があった。
 冷静なふりをしていたイザークだが、
 付き合いの長いディアッカには彼がレイの身を案じているということが手に取るように分かったのだろう。
 ミネルバからの報告でレイは無事であるということが判明し、ようやくほっとしたところでのこの任務だった。
 メテオブレイカーを専属戦艦であるボルテール、ルソーに積んだジュール隊は、
 現在ユニウス・セブンに向けて航行している。
 

 「しっかしなんでまた・・・あのプラントが動いちまうんだ?」
 ディアッカが腕を組み、いらいらと首を振る。
 確かに、ありえない話だ。
 目の前にある画面にはユニウス・セブンがたどった進路とそのスピードが端的に視覚化されているが、
 意志を持って動いているように思えて不気味さを感じてしまう。
 まるで・・・。


 「まるで・・・ユニウス・セブンで犠牲になった人の怨念で動いているみたいだな」


 誰もがそう思ってしまうだろう。
 二年前のあの悲劇の戦争が起こった原因こそあのプラントだ。
 そして今でもその悲しみが薄れたわけではない。
 死人の悲しみが、怨念が地球を滅ぼそうとしているのではないか。

 しかし。
 そう考えることは死者への冒涜だ。
 イザークはそう思う。
 死した者はただ眠るだけ。
 残された者たちの記憶にのみ生きる。
 その思考も、その存在も誰のものにもならない。

 ユニウス・セブンを動かすのは。
 悲劇を作り出すのは。
 死者ではありえない。


 生きた人間だ。








 アスラン・ザラ、という人間は。
 想像よりずっと・・・うざったいくらいに暗いものを背負った男だった。

 ルナマリアは興味津々ようだが、はっきり言ってレイにはどこが良いのか分からない。
 確かに真面目そうでハンサムだし、
 先の戦闘でのミネルバの苦境を救ったことからも優秀であるのには間違いないのだろう。
 だが、プラントに生まれプラントに育ったのなら・・・ましてやザフトの軍人であったのなら、
 どうして故国を見捨てることができるのだろうか。
 前議長で戦火を拡大させたというパトリック・ザラの息子だと言うことだが、
 それが国を離れる理由になるとは思えない。
 きっとこの男は・・・臆病者なのだ。
 自分の責任を果たすことのできない人間なのだ。
 イザークを間近で見てきたレイの、素直な感想だった。
 
 

 ユニウス・セブンが動き出し、プラントが破砕を決定してから数時間後。
 破砕作業を手伝うため、レイたちも出撃の用意をする。
 パイロットスーツに着替えて控え室に入ると、シンがすでにそこにいた。
 最初は珍しいこともあるものだ、と思ったが、気まずそうにこちらを窺うシンの様子にすぐその理由に気付く。
 モニターを操作しながらも、自然に口が開いていた。
 「気にするな」
 ちらりと視線をやれば、鮮やかな赤い瞳が見開かれてこちらに向けられている。
 「俺は気にしない」
 またそう口にし、今度こそモニターに集中する。
 見なくても、シンの緊張が解けていくのが分かっていた。

 先程オーブの首相だとかいう少女と言い争ったことについて、自分が何か咎めるのだと思ったのだろう。
 シンの態度は一国の首相に対するものとしては間違っているが、
 考えてみれば彼女は「首相」という肩書きを持っているだけの無力な娘だ。
 レイとて誠意など感じていない。
 それにシンが彼女に向けた怒りはもっともなものだった。
 
 アスハが家族を殺した・・・。

 初めて会ったときのシンの警戒したような目つきを思い出せば、
 その悲しみとやり場のない怒りがどれほどのものだったか想像に難くない。
 シンの味方をするつもりはなかったが、理念理念と吠えるだけの小娘を弁護してやるつもりなど毛頭なかった。
 

 控え室に最後に入ってきたのはルナマリアだった。
 といってもいまやミネルバのMSパイロットはこの三人だけだ。
 例のアーモリー・ワンでの事件で同乗する予定だったパイロット数名が死傷、
 先の戦闘でも二名のパイロットが撃墜されMIAになっている。

 「聞いて聞いて、副長からすごいこと教えてもらっちゃった!」
 ルナマリアは入ってくるなり弾んだ声ではしゃぐ。
 それだけで部屋の空気が一気に明るくなった。
 明るく美人で裏表のない彼女はいつでも艦の華だ。
 「すごいことって何?」
 「今回の任務で派遣された隊、どこだと思う?」
 「・・・まさか」
 「そう、ジュール隊よ!ジュール隊長に会えるかもしれないわ」
 ルナマリアにつられてシンの顔がぱあっと明るくなった。
 レイも口元が緩みそうになり、慌ててそっぽを向く。

 イザーク・・・。
 イザークに、会える?

 ぐるぐるといろいろなことが頭を駆け巡る。
 破砕作業が順調にいって・・・。
 任務を完了させて・・・。
 そうすれば直に再会できる可能性だってある。
 いいや、間違いなくそうなるはずだ。
 ミネルバは本国に戻ることになるはずだから。
 一ヶ月もメールでのやり取りしかしていなかったイザークと、会える。
 そう考えただけで胸が高鳴った。
 
 「レイ!!」

 ルナマリアの声にはっと我に返る。
 目の前に、壁があった。
 自分は無重力につられてふらふらと浮遊していたらしい。
 

 回避する間もなく、顔面を壁に直撃させていた。




中編

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2005/09/10