The  Antimonopoly  Act




イザーク・ジュール、来臨。



エビを思わせる不可解な髪型の女性艦長からそれを聞かされたとき、アスランは思わずあたりを憚らず快哉を上げそうになった。

が。

実際に上げたのは、アスランではなかった。

「ぃやっっっっっっっったああああああああああ!!!!」

「シン、落ち着け」

「ちょっと・・・何よレイ、その笑顔。キャラ変わってるわよ」

ぐっとタメてから叫びつつその場で飛び上がったシン。

それを宥めるふりをしながらも笑み崩れた表情を隠そうともしないレイ。

・・・何だ?

何なんだ、こいつら?

「ふたりとも、いい加減にしなさい。ジュール隊長は視察にいらっしゃるの、遊びじゃないのよ?」

まるっきり子供を叱る母親の口調で、タリア・グラディス艦長は若いパイロットたちを窘めた。

それから一通り、イザークを迎えるに当たっての用意とイザークが来てからの予定について説明があったが、シンとレイはまったく聞かない。

おのおので何やら楽しげなことを考えているらしく、時おり不気味に笑ったりブツブツ呟いたりしている。

本来ならば。

アスランとて同じことをしていた。

いや、彼らなどはまだまだ甘く、もっととんでもない妄想に突っ走って周囲を多いに引かせたことだろう。

だが・・・今回ばかりは出遅れた。

完全に暴走するタイミングを逸した一応の最年長パイロットは、仕方なくタリアの説明に真面目に耳を傾ける。

すると、ふと気付いてしまった。

タリアの語り口が冴えない。

どうも、イザークの視察に気乗りしない様子なのだ。

それは何となく「視察」が嫌だというより「イザーク」が嫌なのだと感じられ、アスランは首を捻った。

確かにイザークは短気で尊大で我が侭でヒステリーで扱いにくい相手だが、タリアのような大人の女性に対しては非常に礼儀正しかったはずだ。

彼の母であるエザリアの教育の賜物だろう。

タリアに嫌われるようなことをするとも思えないが・・・。

訊ねていいものか迷っていると、まるでアスランの心を読んだかのようにタリアが溜息混じりに言った。

「厄介な人が来てしまうわね」

「・・・イザークが何か?」

「いえ、彼がどうだというんじゃないわ。彼は何も悪くないのよ・・・ただ、ね」

ちらりと恨みがましい視線を向けるのは、相変わらず妄想真っ只中のシンとレイ。

何かあったな、と思っていると、黙って聞いていたルナマリアがしみじみと呟くように、

「大変・・・でしたもんねぇ」

「そうね、大変だったわ。また同じような騒ぎが起こるのかと思うと、今からもう胃が痛むわよ」

「あ、の・・・いったい何が?」

とたん、女二人からいっせいに視線を向けられる。

思わず後退ったアスランに、二人はまたもや同時に溜息を零した。

「実はね、アスラン。この子たちがアカデミーを出たばかりの頃、ちょっとした騒ぎがあったのよ」

「ちょっとしたっていうか、全然ちょっとしてなかったんですけど。あたしたちにとっては」

「はぁ・・・」



二人が語るには、こうである。





アカデミーの卒業式に、イザーク・ジュール隊長が来賓として出席した。

式の後でイザークは卒業生たちとの時間を持ち、そこでシンはすっかりイザークに懐いてしまったという。

その時点ではまだ彼らの配属先は決まっておらず、シンはイザークに、ジュール隊に入れてくれと頼み込んだが、イザークはそれは自分の一存ではどうにもならないとだけ答えた。

それから数日後、シンはインパルスのパイロットに選ばれた。

さらに数日後、シンとレイの配属先が新造戦艦であるミネルバだと決定、通達された。

シンは・・・暴れた。

ジュール隊がいい、ジュール隊でなければ嫌だと駄々をこねた。

せっかくインパルスのパイロットに選ばれたのだからと周囲が宥めすかすと、シンは「インパルス、ヴォルテールに積めばいいじゃん」などと言い出す始末。

あまりの聞き分けのなさにタリアもうんざりし、ならばもうジュール隊に行かせてやればどうだと発言してしまった。

シンは喜んだ。

そしてそこでいきなり、レイが自分もジュール隊に行くと言い出した。

誰もが仰天して仔細を聞くと、実はレイもずっとイザークを慕っていたのだそうだ。

しかし、シンと違って常識を弁えた彼にはなかなか言い出せなかった。

諦めようと思っていたところで、シンが転属を許されそうな雰囲気になってきたため、我慢できなくなったらしい。

―――それから、後は。





「二人して、ジュールジュールと大合唱よ。ノイローゼになるかと思ったわ」

「そのときってちょうど、ジュール隊はプラントにいなかったんですよね。で、ジュール隊長に通信で説得してもらおうってことになって」

説得。

―――そんなものが、イザークに可能なのだろうか。

アスランの疑問は正しかったようで、タリアは疲れたように、「焼け石に水だったけれど」と零した。

「またジュール隊長が、けっこう二人のこと気に入って可愛かったみたいで!実は自分とこの隊に入れてもいいとか思ってたんじゃないかなぁ?」

ルナマリアの言葉に、タリアも頷く。

「おかげでなかなか諦めてくれなかったわ。まぁ、個人の都合でどうにかなるようなことじゃないから、二人もそのうち何も言わなくなったけれど。でも・・・再燃、するでしょうね」

気が重いわ、とタリア。

ルナマリアもらしくもない憂い顔だ。

だが。

アスランとて憂鬱だった。

イザークと離れて、今日のこの日まで。

何となく、イザークの傍には誰もいないと思い込んでいた。

ディアッカはいるだろうが、そういうことではなく。

自分の知らない誰かを、イザークが傍に許しているとは思わなかったのだ。

そんなこと、あるわけもないのに。



妄想に走れないアスランは、あとはもう出口のない悩みと後悔と自責のループにはまり込むしかない。

そしてその後の説明はやはり耳に入らず、暗い表情で俯き眉を寄せて考え込むばかり。

タリアの胃痛は、早くも兆し始めるのだった。







そして。

ついにやって来た、視察の日。

朝からシンとレイの浮かれ具合は相当なもので、反比例してアスランの欝はさらに酷くなっていった。

ヴォルテールから型どおりの通信が入り、やがて視認できる距離に現れる。

そこから発進された小型のランチを迎え入れ、主だったものが一堂に会してイザーク・ジュール隊長の登場を待った。

やがて、ランチの扉が開かれ。

出てきたのは。



「「ジュール隊長・・・・!」」



初めて見る、イザークの白い軍服姿。

それを堪能する間もなく、その姿は飛び掛るように抱きついた赤服二人の身体に隠されてしまった。

「おいっ、何なんだ貴様らは!」

相変わらずの声、相変わらずの口調。

けれどやはり、それを堪能する間もなくかき消してくれるシンとレイ。

「会いたかったです、隊長vv」

「お元気でしたか?少し痩せられたのではありませんか?」

「あぁっ、ホントだ・・・!ちょっと腰とか細くなってる感じ」

「・・・っ!やめ、おいっ・・・どこ触ってる!?」

シンの腕がイザークの腰に回り、ぎゅっと締め付けたかと思えばラインを辿るように撫でさする。

レイまでも「本当だ・・・」などと真面目くさった声音で呟きながら同じ行動だ。

これは。

セクハラ、じゃないのか?

「シン!レイも・・・やめるんだ!」

どうして誰も止めないのか。

苛立ちを多量に含んだ声を荒げたアスランに、そこでようやくイザークの視線が向けられた。

「何だ、いたのかアスラン」

「・・・へ?」

「いきなり素っ頓狂な声を上げやがって。何なんだ?」

―――何を言われたか理解できなかった。

イザークがミネルバにやって来ると聞いたとき、アスランはきっと自分に会いに来てくれるのだろうと思った。

仕事がらみでも何でも、自分がいるからここへ来るのだ、と。

それが・・・いたのかアスラン、とは。

いたのか、とはつまり、イザークはアスランのことなどまるで考えていなかったのだということになる。

アスランとミネルバを結び付けて考えなかった。

ミネルバに行けばアスランに会えるのだとは、少しも思ってくれてはいなかったということだ。

しかも、である。

イザークの危急を救ったつもりが、素っ頓狂?

どういうことだ。

いったい・・・どういうことなんだ。

何だ、この扱いは?

愕然として言葉も出ないアスランを、イザークが不思議そうに見ている。

そしてその背後から、ひょいと顔を覗かせたのは副官のディアッカ・エルスマン。

その顔を見た瞬間、アスランの脳裏に在りし日の思い出がフラッシュバックしてきた。



あれは。

そう、一応の停戦が成ってしばらくして・・・アスランがオーブへ行くことを決めたときのことだ。







プラントに残ることにしたそうだな、と言ったら。

ディアッカは、何とも表現しようのない顔でアスランを見返した。

怒っているような。

嘲笑っているような。

呆れているような。

哀しんでいるような。

諦めているような。

そしてそのままの表情で、ディアッカは淡々と言った。

「最初から、ここがオレの国なんだよ。残るとかじゃなくてさ、ここが居場所だから」

「?・・・あぁ、そうか」

「解ってないだろ」

「何が?」

もういい、と頭を振る。

何が何だか解らず、アスランは眉を顰めた。

「お前の居場所はオーブなわけ?」

「・・・まだ判らないが、何とかやっていこうと思ってる」

あぁそう、と笑って、ディアッカはくるりと背中を向けた。

拒絶されたような気がして、アスランは思わず名前を呼びかけたが。

ディアッカは。

もう、振り返らなかった。

「オレらもオレらで・・・やってくよ。じゃあな」



それっきり、だった。







「墓参りのときは何も言わなかったじゃないか・・・!」

突然、叫んだアスランを、その場の誰もがぎょっとして振り返った。

もちろんディアッカも。

「オレに含むところがあるんだな!?だから・・・そうなんだろ、ディアッカ!」

「・・・何の話だよ」

「白々しい。オレへの当てつけに、若いのをイザークにけしかけたりするんだろ!?」

そうに決まっている。

ディアッカは怒っていたのだ、ずっと。

アスランとイザークは、アカデミーの頃から付かず離れずの微妙な関係で。

それでも単なる友人とか同僚だとか言うには、二人の間は特別すぎた。

なのに、アスランは先の戦争のさなか・・・イザークを一人置いて、ザフトを離反してしまったのだ。

もっとも、そこまでならディアッカも同罪である。

しかし。

アスランには・・・余罪があった。

「し、仕方がないじゃないか!吊り橋効果って知らないのか?ああいう極限状態にあると、手近な男女でくっついてしまうのは自然の摂理で」

だからけっして、イザークを裏切ったつもりはない。

アスランはそれを訴えたかったのだが。

攻撃は・・・意外なところからやってきた。

「えぇ!?ちょっと、それってアスハ代表のことですか?」

「ずいぶんな言い草だわね、アスラン。それって、手近なら相手は誰でも良かったってこと?」

最低、と声を揃えて睨まれる。

年齢はだいぶ違えど、女は女だ。こういうところでは結託する。

本能的にビビったアスランは、助けを求めるようにイザークを見た。

が。

イザークの視線は、なおも口々に責め立てる女たちよりも冷ややかで厳しかった。

まるで冬のツンドラのように。

「イザー・・・ク?」

「馴れ馴れしく呼ぶな」

斬って捨てるような口調。

そして、イザークは躊躇いもせずアスランを視界から外した。

「行くぞ。シン、レイ」

「「はいっ!」」

イイお返事とともに、赤服二人が踵を返したイザークに付き従って歩き出す。

去り際、シンはちらりとアスランを振り返り。

くすっと・・・笑った。

「私たちも行きましょうか、ルナマリア」

「はい、艦長。まずはブリッジを見ていただくんですよね」

綺麗にアスランを無視し、女二人も去っていく。

残ったのは。

彫像のように固まったまま動けないアスランと。

楽しげに紫の瞳を笑ませたディアッカ。

「バッカだねぇ、お前!」

「・・・・・・・・・・ディアッカ」

「たとえ事実でも言っちゃダメでしょ、あれは。好感度ガタ落ちよ?」

自分でもまずかったとは思う。

思うのだが、言ってしまったものはどうしようもないではないか。

それより。

「で、どうなんだ・・・ディアッカ」

「何が?」

「含むところがあるんだろう?」

あぁ、と肩を竦める。

何でもないことのように頷いたディアッカに、アスランは思わず掴みかかるところだった。

冷静にならなければと自分に言い聞かせ、とりあえずの説明を求める。

簡単なことさ、とディアッカは言った。

「オレって別に、お前とはトモダチじゃねぇし?お前じゃなくても、イザークが幸せになるんなら誰だっていいわけよ」

「・・・やっぱり、アイツらをけしかけたんだな」

そうでなくては、シンはともかくレイはあそこまで積極的にはならないだろう。

イザークは親しみやすいタイプではない。

まず絶対に、いきなり抱きついたりするのはよほど馴れたものかイザークに好意を持たれていると確信しているものだけだ。

と、なれば。

「ちょーっと背中押してやっただけさ」

「ディアッカ・・・!」

「退場したヤツには、何も言う権利はねぇよ」



そんなつもりはない、とは言えなかった。

やったことはやったこと。

確かにアスランは、イザークからずっと離れていたのだから。

隣に、イザーク以外を立たせたまま。







それにしても、である。

この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。

イザークはアスランに見向きもしない。

何とか近付いて話しかけようとしても、常にシンやレイが傍に張り付いていて邪魔をする。

そして彼らがそうしているぶん、当然のように仕事には皺寄せが来るのだが。

処理しているのは・・・アスランひとり、なのだ。

ルナマリアは自分のぶんしかやらない。

状況は解っているだろうに、おそらくはわざとアスランに仕事を振ってくる。

タリアも何も言わない。

彼女が言わないからには副官のアーサーも言わない。

つまり、アスラン以外にシンとレイに物申すものは艦内に存在しないのだ。

だが、アスランが何を言っても二人が聞くわけがなかった。

それどころか。

「アンタ、フェイスなんでしょ?ものすっごく優秀なんでしょ?だったらこれくらい、どうってことなくないですか」

バカにしきった口調でシンは言い、アスランが何か言い返す前にイザークの後ろに逃げる。

そしてイタイケなふうを装って、イザークに訴えるのだ。

アスランが仕事を押し付ける、いつもいつも自分は何もしないんです・・・と。

正直に言って、アスランは確かにこれまで大した仕事はしてこなかった。

ミネルバ内での立ち位置は微妙だ。

戦闘さえなければ、いてもいなくてかまわないほど。

だが、それはアスランのせいではない。

そもそも艦内にフェイスが二人という状況がおかしいのだ。

タリアにはアスランに命令する権限はなく、よってアスランにはやらねばならない仕事が存在しない。

たまにやっていたのはボランティアだ。

シンにそこまで言われる筋合いはないし、イザークに蔑んだような目で見られるのも納得が行かない。

だが。

シンよりも・・・レイはもっと性質が悪いかもしれない。

アスランが仕事をしろと言うと、レイは大人しく了解しましたと答える。

そしてイザークの前に立って悲しげに目を伏せながら、

「アスランから○○○という命令を受けました。ジュール隊長のお傍にいたかったのですが・・・命令とあれば、仕方がありません。アスランはフェイスですから」

するとイザークは柳眉を逆立て、そんな命令に従う必要はないと言い放つのだ。

どうやら、「アスランはフェイス」は現在のイザークのブロック・ワードらしかった。

それもどうせ・・・ディアッカの入れ知恵に決まっている。

―――いつか絶対に何かしてやろう。

固く心に誓うのだった。



さて。

今日も今日とてアスランは、ひとり物品請求のリストを作っている。

本来ならこれは、レイの仕事だったはずだ。

さすがに自分では勝手がわからないから、慣れたレイがやるべきだと主張したのだが・・・ムダだった。

「申し訳ありません。実は、前回の請求でミスを犯してしまいました。ザクやインパルスのことなら解っているのですが、セイバーのこととなると・・・。私ではセイバーに必要な物資もその量も解りかねます。出来ればアスランにお願いしたいのですが」

嘘つけ、と思った。

前回の物品請求にミスがあったなど、聞いたこともない。

だいたい製造元が同じなのだから、ザクだろうとインパルスだろうとセイバーだろうと大した違いはないはずだ。

そう、言い返しても良かったのだが。

一瞬早く、レイの背後でアスランを見ないようにしていたイザークが口を開いた。

「ふん!自分の機体の面倒くらい自分で見たらどうだ。貴様、オーブでのセレブ生活でMS乗りのプライドも失くしたようだな」

「セ、セレブ!?」

とんでもない誤解だ。

そんな優雅な生活は送ってこなかった。

オーブに亡命した当初は、キラやラクスと孤児院に身を寄せていたし、カガリの護衛となってからは確かにアスハ家の邸宅に住まうようになったが、だから何だと言うのだろう。

こう言ってはなんだが、アスハ家というのはあまり・・・大きな家ではない。

少なくともアスランはそう思ったし、イザークだって実態を知れば絶対に鼻で笑う。

そうだ、絶対・・・イザークなら嘲笑う!

「オレは8畳の部屋に住み、車も借り物で服も靴も大型量販店のセールで買っていた!給料だってふつうの公務員と同じだったんだぞ?」

ザフトの官舎のほうがまだ広々としていたし、給料も良かった。

これは本当の話だ。

別にカガリに悪意があったわけではなく、アスランが特別扱いしないでくれと言ったのだが。

ようはアスランも世間知らずだったという話だ。

愚かだった。

せめて給料は・・・国家公務員1種レベルでもらっておくべきだった・・・!

見当ハズレの嘆きに身悶えるアスランの耳に、そのとき届いた言葉。

「・・・・・・・くせに」

「何だって?」

「そんな貧乏ぐらししてまで、オレよりオーブの女をとったんだろ!?」

―――絶句した。

そんなことを言うなんて、思わなかった。

そんなふうに思われているなんて・・・どうしようもないことに、アスランは少しも考えなかったのだ。

イザークの大きな瞳にはゆらゆら光る水が、こぼれそうに盛り上がっている。

握り締めたこぶしは震え、肩も小刻みに揺れていた。

泣くのをこらえているのだと、誰の目にも判る。

ずきりと、胸が痛んだ。

あぁ、こんなとき本当に痛覚を感じるものなんだなと、そんなことを思いながらイザークに手を伸ばす。

抱きしめる、ために。

「泣かないで・・・イザー」



じゃき・・・っ



「―――え?」

愛しい人に触れる寸前、アスランの腕は止まった。

こめかみに、冷たい感触。

それにこの音は・・・聞き覚えがある、ありすぎる!

冷や汗を垂らしながら視線を横に向ければ、やはり見慣れた黒い円筒形。

銃、だ。

それをさらに辿っていくと、レイ・ザ・バレルの端整な顔・・・が、般若の如く歪んでいた。

「ひっ・・・!」

「アスラン・ザラ、許すまじ!!」

天誅、と叫んでレイが身を低く沈める。

何だと思うまもなく、真下から顎への抉りこむようなアッパーを受けて。

アスランの意識は・・・飛んだ。

不覚。

まさかこのオレがルーキーごときにやられるとは!

顎がイカれてよだれを垂れ流していることを自覚しながら、アスランは為すすべもなく床にひっくり返るのだった。

実にマヌケなポーズだったと、後々の語り草になったものである。







「おい、見ろよ」

「アスラン・ザラじゃん」

「違う違う。アスラン・最低ヤロウ・ザラだって」

「え?アスラン・オーブのヒモ・ザラじゃなかったっけ」

「アスラン・女の敵・ザラだろ」

「いや、女だけの敵じゃないって話じゃねぇか」

「そうそう、聞いた?ジュール隊長に・・・」

「ひっでぇよなー!何かストーカーっぽく迫ったんだろ?」

「で、フラレてさぁ・・・ついに廊下で襲い掛かったらしいよ」

「それをレイが止めて」

「よだれ垂らしながら吹っ飛んでいったって」

「カエルみたいに伸びてたらしいわね」



アスランも歩けば、噂に当たる。

ここのところは、ずっとこんな調子だった。

反論する気も起きない。

そのうちみんな飽きるだろうと思ったのに、噂は日を追うごとに酷くなっていくようだ。

シンの仕業に違いない。

そして入れ知恵したのはまたもディアッカだろう。

アスランはストーカーになった憶えもないし、廊下で襲い掛かったりなど断じてしていない。

だいたいこの噂には、イザークにもアスランに対する愛があるのだといういちばん大事な部分が欠けている。

そう。

だからこそ、この噂が自然発生でないことをアスランは確信しているのだ。

―――アイツら・・・マジで殺る。

そうでなければ、愛するイザークをこの手に取り戻すことは出来ないだろう。

まずは邪魔者を消すのだ。

そうだ、やるんだアスラン・ザラ・・・!

「ふ・・・ふふふ・・・ふふっ、ふふふふふふふふふふふふ!」

追い詰められた偏執狂は、何より怖い。

ということをシン、レイ、それにディアッカが知ることとなるのは近い未来の話。





そして。



何だかんだ言っても、帰ってきて欲しかったのは本当だから。

そろそろ許してやろうかな、なんてイザークが思っていることを・・・彼らは、知らない。







fin



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2005/05/30
艦長の髪型=エビでいきなり笑わせていただきました。
リクは「アスランvsその他」「大勢でアスランをいじめる」とただでさえアニメで不幸なアレックスをさらに落とすものだったのですが(酷)
うんうん。見事に冷遇されてますねぇ。
一応キリリクということになっておりますが、実際には取ってません(汗)。にも関わらずおねだりしてしまいました。
うみひろさん、お忙しいのにリクに答えてくださってありがとうございました。
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