レイピア



ヒカリ02



 それまではあまり興味のなかったのだが、政治関連の小難しい新聞に目を通すようになった。

 地球連合とプラント臨時政府の交渉は難航している。
 それでもあの大戦は互いに相当の痛手だったのだろう。
 仲介役にオーブや他の中立国が名乗りを上げ、何とか和平条約にこぎつける見通しがついたという。

 シホはその記事をもう一度、一字一句丁寧に読み直す。
 そして大きなため息をついて新聞を休憩用のソファに放り出した。
 「なーにため息なんかついちゃってるのよ」
 後ろから声をかけられ、億劫そうに上を見る。
 シホと同じ年くらいの少女がソファの後ろから見下ろしていた。
 「レム」
 今は同僚のレムだ。
 「ぼーっとしちゃって、最近多いわね」
 「そんなこと・・・ないわよ」

 レムはアカデミーのときも同級生で、卒業後はしばらく共にMS開発課にいた。
 シホはそこでテストパイロットを務めていたのだが、その能力を認められてクルーゼ隊に転属になったのだった。

 そして先日ジュール隊が解散し、シホは再び開発課に戻っていた。
 レムはまた同僚になれたことを心から喜び、シホにかつてと同じように接してくれている。
 だからここの居心地は悪くない。
 軍服ではなく作業着を着て、オイルまみれになりながら機械をいじるのも好きだ。
 でも。
 ふとした拍子に思い出す。
 イザークにはっきりとした別れは言えなかった。
 意を決して転属の報告に行ったときも、彼は留守だった。
 だから病院で会ったっきりだ。
 ぐずぐずしている間にイザークは新しい仕事に追われるようになり、
 今ではプラントのあちこちを飛び回っている。
 彼からシホの所に来る暇などないだろう。
 では、自分が?
 そんなの無理だ。

 ―――終わってしまう気がする。
 
 いや、もしかしたらもう終わっているのかもしれない。

 ・・・違う、終わってない。

 終わらせたくないだけだ。
 終わらせようとしないだけだ。

 フェイやキキや、皆がいた隊の記憶を。
 イザークと二人きりで過ごした思い出も。


 イザークは臨時議会が解散したらまた軍に戻ると言っていた。
 でも、そんな保障があるだろうか。
 仮にまたジュール隊が復活したとして、自分はそこに戻れるだろうか。


 「・・・シホ、・・・ちょっと、シホ!」
 「え・・・?な、何?」
 意識を飛ばしていたシホは、レムに肩を掴まれてはっと我に返る。
 「何じゃないわよ、ホントに大丈夫?」
 「うん。ごめん・・・」
 最近ずっとこんな調子のシホにレムは呆れ顔だ。
 「もう休憩終わったわよ、いこ?」
 「分かった・・・」

 シホはそう言って頷くと、放り出していた新聞を元に戻した。

 
 

 モーターの出力をチェックしながら、シホはまた考え込んでいた。
 
 やはり、自分は逃げているだけだ。
 イザークに、自分はどういう存在なのか、はっきり聞きに行けばいいのだ。
 それで恋人でないと言われても、それで諦めてしまえる。
 きっとジュール隊が再結成されても戻ることができるだろう。
 でも、これでは宙ぶらりんのまま。

 結局自分はあのときの時間にしがみついている。
 キキと毎日のようにけんかをして、フェイにからかわれて、
 マニにはあきれられて、メイズにたまにしかられて、
 マックスと他愛ない話をして・・・。
 いつまでもあの時間が続くわけではなかったのに。
 そうだ。
 イザークがいつまでも自分のものであるわけがなかったのだ。
 
 ―――私、一体何を期待していたんだろう。

 離れてたった一ヶ月。
 イザークの存在が、日が経つにつれて遠くになっていった。
 テレビでちらりと映る彼の顔。
 新聞の片隅に載る名前。
 シホが知っている彼とは、全く別の人間のような気がしてくる。
 
 やはり、これでよかったのかもしれない。
 このまま自分さえ彼を覚えていればいい。
 このまま・・・。
 このまま?


 「きゃあっ!」
 「シホ!?」
 突如上がった悲鳴に、レムがシホの名を呼んで駆け寄ってくる。
 シホは座り込んだまま呆然としていた。
 目の前がちかちかして、なんだか星が散っているような感覚だ。 
 レムが何事か叫び、シホの左手を掴んでいる。
 そこでようやくシホは自分の左手の感覚がおかしいことに気が付いた。
 先程の悲鳴は自分のものだったのか。
 何だか他人事のように思っていると、集まってきた仲間たちに囲まれる。
 レムに体を支えられてベンチに連れて行かれた。

 「ホントにもう、信じられない!何やってるのよ、シホ!」
 「・・・」
 「30分回りっぱなしのモーターに手を置いたら火傷するに決まってるじゃない。ねえ、聞いてる?」
 「・・・」
 反応のないシホに、レムは額を押さえた。
 さすがの彼女もシホの様子がおかしいことに気が付いているのだろう。
 氷嚢で火傷した左手を冷やしながらシホの背中をさすってやる。
 「ねえシホ、あたしでよかったら相談にのるけど・・・」
 シホは黙ったまま首を横に振った。
 「・・・そう。分かった」
 レムはそう言うと、シホの肩をたたいて主任の所へと走っていった。
 自分の早退の許可を取りに行ってくれたのだろう。
 そんな彼女に申し訳ない気持ちになる。
 でも、こんなこと相談したところで一体何になるのだ?
 シホの気持ちは放心状態からまた下の方に傾いていく。
 気持ちが沈めば沈むほどイザークがまた遠くなる。

 「・・・イザーク」
 ぽつり、と。
 ほぼ無意識に名前が口から漏れた。
 同時に視界がぼやける。
 何だか、苦しい。
 「イザーク、会いたい」


 「じゃあ会いに来ればいいだろうが」
 

 「・・・え?」
 聞き覚えのある声だ。
 空耳?
 にしてはあまりに近くてはっきりしていたような・・・。
 ばっ、とものすごい勢いで後ろを振り向く。
 氷嚢を落としてしまったがそんなものは気にならなかった。
 振り返った目の前、座っていたベンチの背に両手を付いて、イザークが立っていた。
 シホの行動に面食らっているのかアイスブルーの瞳を瞬いている。
 「た、たたたたた隊長!?」
 「何だ、嫌な反応だな」
 イザークはあきれた顔でシホを見ている。
 夢・・・ではない。
 軍服ではなく議員服をまとってはいるが、間違いなくイザークだ。
 少し離れたところにディアッカとキキが立っているのも見える。
 「あ、・・・あのっ、あのっ・・・」
 シホは口を金魚のようにぱくぱくさせる。
 氷嚢を手放した左手が再び熱を帯び、じんじんと痛み出したのにも気が回らなかった。
 「火傷したんだろう、大丈夫か?」
 「え?・・・は、はい」
 「心配していたぞ」
 「え?」
 「お前の同僚」
 そう言ってイザークは目でシホの後ろをさす。
 つられて振り返ると、レムが手を振っていた。
 まさか・・・。
 「レムが?」
 「ああ。お前がぼんやりしているから何とかしてくれと連絡してきた」
 「・・・」
 連絡?一体どうやって?
 レムは一般兵と同じ位置づけなのだから、直接イザークに繋ぐのは無理だ。
 ということは、いろいろなつてを使い、苦労して知らせてくれたのか。
 「レムが・・・」
 彼女に対する申し訳なさと、自分への情けなさが一気にこみ上げる。
 恥ずかしくてますます口が重くなった。
 立ちすくむシホに対し、イザークは落ちた氷嚢を拾い上げ、彼女に歩み寄った。
 火傷した手をとり、氷嚢を押し当てる。
 「ほら、気をつけろ」
 「・・・はい」
 歯切れの悪い返事をしながら受け取る。
 そんなシホに、イザークは小さく息をつくと、真っ直ぐ向かい合った。
 「俺に言いたいことがあるんだろう」
 「あります」
 「じゃあ言え」
 「嫌です」
 「何でだ」
 「言いたく・・・ない」
 言いたいことを言いたくない、か。
 全く・・・。
 イザークは自分が言葉が足りない人間の部類に入ると思っていたが、
 この娘はそのさらに上をいくらしい。
 「・・・分かった。じゃあ何も言うな」
 「・・・」
 「代わりに俺が言ってやる」
 「?」
 どこかぼんやりした瞳でシホは顔を上げる。
 イザークのアイスブルーと視線がぶつかった。

 ああ、あの時と同じ。
 綺麗な蒼だ。

 「来月ユニウス市で条約が結ばれる。そうしたら臨時評議会は解散だ」
 「はい」
 「俺は軍に戻る」
 「はい」
 「・・・戻って来い」
 「・・・」
 「また、俺の所に来い」
 「・・・いいんですか?」
 逃げ出したのに?
 居心地が悪いと、気まずいと、それだけで駄々をこねる子供のように。
 何も言わないで、何も解決しようとしないで。
 楽なほうに流されて。
 それなのに。

 「いいに決まってる!俺は・・・」
 腕を組んだイザークは畳み掛けるように何か言おうとして、そして視線を宙に浮かせた。
 「その・・・お前は優秀だし・・・気がきくし、だから・・・あー・・・」
 「・・・」
 「お前、は・・・俺にとって・・・」
 次第に赤くなっていくイザークの顔。
 余裕があるふりをしていたくせに、言っているうちに恥ずかしくなったらしい。
 シホも自分の顔に血が集まるのを感じる。
 不思議と周りの視線は気にならなかった。
 と、口をぱくぱくさせていたイザークが、突然ぷいっと横を向いた。
 「・・・嫌だ」
 「はい?」
 「やっぱり言ってやらん」
 「え、ええっ」
 つい声が大きくなる。
 自分はイザークにとって何なのか。
 はっきりした言葉が欲しい。
 「い、言ってください」
 「やだ」
 まるで子供のような口調で、返される。
 思わず顔をゆがめたシホに対し、イザークは何を思ったのか少し背をかがめた。
 背の高い彼がそうすると、ちょうどシホと視線が合う。
 そして。
 長い指でシホの頬に触れた。

 「・・・こっちの方がいい」
 照れを隠すような、早口。
 「え?」

 はっとして顔を上げると、すでに端整な顔が間近にあった。
 


 「どうして近くに寄っちゃいけないんだよ」
 キキはディアッカの隣でいらいらと足を踏み鳴らしている。
 イザークとシホが話し出してからまだ5分と経っていないのに、この執着ぶりは確かに病的かもしれない。
 「久しぶりなんだろ。いいじゃん、ちょっとくらい」
 「うるさい、お前は黙ってろ!この色黒タレ目!」
 「・・・」
 こいつ、ムカツク・・・。
 それでもディアッカは辛うじて怒りを押さえ込む。
 キキの自分に対する態度は今日に始まったことではない。
 エターナルに両親を殺された彼にとってディアッカは、本来いくら殺しても足りないくらいなのだ。
 年上としてこれくらい我慢しなければ。
 ディアッカが懸命に自分を落ち着けていると、突然キキがあっ、と声をあげた。
 イザークが少しかがんでシホの顔を覗き込んでいる。
 それが彼のお気に召さなかったらしい。
 「シホのやつ、近づき過ぎ!!」
 「イザークの方が近づいてるように見えるけど」
 「もう我慢できない!]
 「我慢できないって・・・ちょ、ちょっと待て!」
 二人に突進していこうとするキキを、ディアッカは肩を掴んで止める。
 「離せよ!」
 「イザークに待ってろ、って言われただろ。嫌われてもいいのか?」
 「・・・う」
 イザークに嫌われる・・・マニにこっそり教えてもらった呪文だ。
 途端に大人しくなるキキの素直ぶりに苦笑しながら懸命になだめる。
 「心配すんなって」
 「でも・・・」
 まだ言うか。
 「イザークだって、こんな一目のあるところで・・・」
 言葉を探りながらちらりとイザークの方に目をやる。
 「目立つことする、わけ・・・な・・・い、・・・・・・」
 「?」
 キキの肩に手を置いたまま、ディアッカが言葉の途中で固まった。
 それはもう、「石化」という単語がぴったりくるくらいに。
 「???」
 キキは訳が分からず首をかしげる。
 だが、よく見ればディアッカだけではなかった。
 周りの整備士たちも同じ方向を向き、ぽかんと口を開けている。
 つられてキキも同じ方向・・・イザークとシホの方を見て。
 「・・・」
 やはり、「石化」した。

 
 「何やってるんですかぁぁーーー!!」
 この悲鳴じみた台詞がキキの口からようやくのことで出てきたのが、たっぷり一分は経った後のこと。
 当然その間、イザークとシホは熱烈な口付けを周囲に見せ付けていたのであった。


 「復隊じゃなくて、いっそのこと『永久就職』するか?」
 「・・・え?」



 ジュール隊が再結成されるのは、この2ヶ月後。


2005/02/12
end

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2005/03/09改