レモネード・トラップ 02
戦艦《パワーズ》がオーブに到着したのは二日後の夕暮れ前だった。
オーブ首長でありキラ・ヤマトの実姉であるカガリ・ユラ・アスハが港まで向かえる。
公式の訪問であるため、あらかじめ許可を得たマスコミがカメラを手に待ち構えていた。
まず船長であるマーチン・ダコスタが姿を現し、次いで英雄キラ・ヤマトが出てくると一斉にシャッターが切られた。
出迎えるカガリ代表の傍らにはやはり英雄アスラン・ザラがいる。
カメラの中でキラはカガリと抱擁を交わし、アスランとは堅く握手をした。
「すっごい大げさね。どこぞの王族の外遊じゃあるまいし」
休憩室のモニタの斜め向かいのソファに座ったシホは、かりんとうをかじりながら港の報道を眺めていた。
隣にはシンがいるが、シホのようにオーブの報道を皮肉ることもなく大人しくコーヒーを啜っている。
テロップには「姉弟感動の再会」やら「デュランダル大戦の二大英雄、カガリ姫と合流」だのいかにもといったものが流れていた。
さらにキラに誘われるように赤い髪の女性がカガリと握手を交わしている。
ブリッジでオペレーターをしているメイリン・ホークと言ったか。
ただのオペレーターが黒服を与えられているのも、前大戦での何らかの功績によるものらしい。
そんなことを思い浮かべながらシホは再びかりんとうの袋へと手を伸ばした。
「太りますよ」
呆れた声がすると同時に、後ろから現れた手が袋を取り上げた。
「何するんです、エイブス主任」
「参加しないんですか?」
整備主任のマッド・エイブスはシホの問いには応えず、顎でモニタを示す。
港での歓迎式には希望者のうち抽選された者が参列することになっていた。
シホはクライン派と親しいイザーク・ジュールの部下であるから、希望すれば参列できたはずだ。
「興味ないですもの。かりんとう返してください」
「丸くなってジュール隊長に愛想付かされても知りませんよ」
「誤解を招くようなこと言わないで。隊長とはそんな関係じゃありません」
シホはエイブスから袋を乱暴に取り返す。
彼とは技術者時代の顔見知りだった。
当時はさほど仲が良いというわけではなかったのだが、
この《パワーズ》で再会してからは一緒にお茶をしたりプログラミングの討論をしたりしている。
エイブスは《ミネルバ》に配属されていたこともあり、シンほどでないもののヤマト隊の中では阻害されがちなようだった。
「坊主も少し食えよ。お前のほうこそ肉付けろ」
「…」
エイブスに言われ、シンは困った顔をする。
シホはため息を飲み込んでシンにもかりんとうを差し出した。
「オーブは本当にファーレン問題に介入するつもりなんでしょうか」
「すでに外相を差し向けて調停の意を伝えてあるらしいが…」
「ナチュラル同士の宗教問題でしょう?オーブが中立なのはコーディネータとナチュラル間の問題であって、宗教じゃないのに」
「確かに、宗教問題が一番解決が難しいからな」
半年前、プラント前議長ギルバート・デュランダルが引き起こした大戦、俗に言う「デュランダル大戦」がクライン派の活躍によって集結した。
大半の人々は、これからしばらくは戦争など起きえないと思ったことだろう。
しかしほぼ時を同じくして対立が激化・泥沼化したのがヨーロッパの小国ファーレンの内戦だった。
国を追われた王族貴族と追い立てた軍事政権派の対立に宗教問題が絡み、市民までも二つに割れてしまっている。
隣人の家に忍び込んで火を放つ、銃で打ち合うという報道もあるくらいだ。
米大国やヨーロッパの隣国が何度が調停に乗り出したことがあったがいずれも失敗に終わっていた。
デュランダル大戦によって今やほとんどが自国の建て直しで手一杯になっている中、戦勝国オーブが調停に乗り出す旨を発表したのだった。
しかしオーブのこの決定に難色を示したのが他ならぬ《同志》ラクス・クラインだ。
もし調停が失敗してオーブが内戦に巻き込まれるようなことがあれば、同盟国プラントが手を貸さないわけにはいかない。
しかし地球への介入についてはプラント国内でも賛否両論であり、ラクスとしてはカガリにファーレン介入を思いとどまらせたかった。
そうしてキラが説得役に選ばれたというわけだ。
「あら、英雄アスラン・ザラ様じゃないかしら」
廊下の方が騒がしいと思ったら、オーブの軍服に身を包んだ黒髪の男が人だかりの真ん中にいた。
よく見ればメイリン・ホークが恋人のように腕を組んで誇らしげに隣を歩いている。
「見せびらかしにきたのかね」
エイブスも苦い顔だ。
あの二人には良い印象を持っていないらしい。
と、アスランが何か気が付いたような視線をこちらに止めた。
おそらくシンに気付いたのだろう。
こちらに近づこうとするが、それをメイリンが厳しい顔で留めているようだ。
「メイリンの奴は坊主が気に入らんのよ。脱走した時に《デスティニー》に乗っていたMSごと撃墜されているから」
「シン君は命令でやっただけでしょう。軍人なのに相手を恨むなんてお門違いだわ」
シンはただうつむくだけだ。
どうも元《ミネルバ》クルーの互いの心情は複雑だ。
胸に沸いた嫌な予感を振り払うように、シホはカップのお茶を飲み下した。
ファーレンではある噂が飛び交っていた。
プラントがオーブと手を組み、内戦に消耗するこの国に侵攻してくるというものだ。
もともと閉鎖的なファーレンではコーディネーターに対してあまり善い印象がない。
先のデュランダル大戦もラクス・クラインがプラントの政権を力づくで奪取したと認識する市民が多かった。
それが調停と称してこの国を牛耳ろうとしているのではないか…。
コーディネーターばかりの軍隊相手に自分たちは勝てるのか。
ナチュラルしかいないこの国の民は皆殺し、あるいは何らかのモルモットにされるのではないか。
そんな話がまことしやかにささやかれている。
「オーブとプラントはどっちの味方をするつもりなのかな」
カミーユの問いかけに、レイは「さあな」と曖昧な声を出した。
オーブがどう関わってくるにしろ、レイの仕事は変わらない。
「プラントの戦艦がオーブに来てるって…。俺たちを潰しに来たんじゃあ」
「そのプラントでは、肝心の議長がこの国に介入する事に反対しているらしい。そう悲観したもんでもないだろう」
「だ、だけどさ。相手はコーディネーターだぜ?何考えてるかわからねえよ」
「戦艦一隻で何が出来る。新しい艦を見せびらかしに来ただけだろ」
弱気な言葉を繰り返すカミーユにレイはそっけない。
自分の仕事はレジスタンスのメンバーの心をケアすることではないのだ。
その時、入り口の方が騒がしくなってきたかと思うとシーシーを伴った大柄な男が格納庫代わりの倉庫に入ってきた。
「リーダー!」
「何かあったのか?」
リーダーはMSの脚部の調整をしていたレイの前にどかりと腰を下ろす。
記憶のないレイには理由がさっぱり分からないのだが、
このレジスタンスのリーダーは新参者のレイを信頼し、ことあるごとに相談を持ちかけていた。
「オーブから和平調停に向けた申し入れがあった」
「…そうか」
てっきり受けるべきか蹴るべきか問われるものと思ったが、リーダーは無言のまま持っていた小型テレビをレイの前に置いた。
映りが悪い画面の向こうで、アナウンサーが険しい顔でニュースを伝えている。
国際的に流れている臨時ニュースの速報のようだ。
レイは無言のままのリーダーとシーシーに困惑しつつもニュースの内容を読み取ろうとする。
プラントで何事か起こったようだった。
「ラクス・クライン議長に不信任案」
「最高評議会、反旗を翻す」
「過半数の議員、ファーレン調停に乗り出すオーブを支援する方向」
「歌姫四面楚歌!」
「…これは?」
「見ての通りよ。オーブ首長を思いとどまらせようとしていた女議長が失脚寸前」
シーシーが肩をすくめる。
プラントはファーレン内戦に対する世論が二つに分かれていたということはレイも聞いていた。
先ほどの過激な噂はこのファーレン国内に限ったものであって、
オーブは介入できても調停会談を取り持つに留まるだろうというのが国際世論だった。
だが反対を表明していたラクス・クライン議長が苦境にあるということは、
カミーユやファーレンの民たちの不安が現実のものになりうる可能性がでてきたということだ。
「オーブからの申し入れはいつ?」
「三時間ほど前、フランスを経由してだ。だから…」
「実際オーブから発信されたのは半日近く前か」
このプラントの速報はまだ二、三時間ほどしか経っていない。
和平調停の申し入れはラクスの苦境が明確になる前だ。
カガリ・ユラ・アスハ首長としては、自分に反対するラクスという重圧が晴れてますますこの国への介入に乗り気になっていることだろう。
申し入れの内容が変化する事は充分ありうる。
「…どうすべきだ?」
「何故俺に聞く」
「お前はいつも最善の選択をする」
「買いかぶりすぎだ」
レイは立ち上がると、調子の悪かった部品の配線をチェックし始めた。
「俺じゃなく、あんたらが…あんたらの国王がどうしたいかによるだろう。
もう戦いはたくさんだと思っているのならオーブの話を受け入れればいい」
「アンリ様が国王に返り咲くのは…無理か?」
「オーブとの交渉次第じゃないか?」
リーダー、シーシー、そしてカミーユの視線がレイに集まる。
全員オーブが介入したら最後、王政の復活はありえないと思っていた。
「オーブはコーディネーターを受け入れてはいるが、首脳クラスは全員ナチュラルなんだろう。
しかも首長のカガリという女は一度国を追い出されたこともある無学な馬鹿女だと聞いている。
アンリ殿下が弁論に長けた取り巻き…それこそコーディネーターの弁護士を雇う位して、あっちを言いくるめればいいんじゃないか」
「あっちの同情を誘うのね」
一転目を輝かせている三人にレイは少し呆れた。
「言っておくが、そう簡単にはいかないぞ。政府側だって少しでも自分たちの有利になるように同じことをするだろうから」
賄賂だって横行するだろう。
国を負われている王党派の財力は軍事政権派とは圧倒的な開きがあるのは手足となって戦うレジスタンスがよく分かっていた。
遠く離れたプラントの政局が、この小さな国を左右している。
このまま戦いが終わるものとは、レイにはどうしても思えなかった。
2010/03/31