リリィ 〜ある雨の日〜
イザークの家には古書が山ほど積んである。
レイは暇さえあればその本を読んでいた。
どうも内容は歴史に偏っているようだが。
その日も評議会からまわされてきた資料をPCでまとめていたイザークに対し、レイは活字の本を読んでいた。
日が低くなったばかりだったが、不意に外が暗くなる。
と、すぐに雨が降り出した。
そういえば、今日は予報で人工雨が降るんだったとイザークはふと思い出す。
時計を見れば午後5時を回っている。
そろそろ夕食の支度をしなければ、と立ち上がった。
「レイ?」
夕食の準備を終え、皿運びを手伝わせようと居間に戻ったイザークだったが、そこにレイの姿はなかった。
新たな本を取りにでも行ったのだろうか。
しかし、テーブルの上には読みかけの本が無造作に置かれている。
レイは一冊読んではまた本棚に戻しに行ってまた一冊取ってくるような奴だ。
物が散乱しているのが気に入らないらしい。
とにかく本がそのままというのは彼らしくなかった。
おかしいな、と思って視線をめぐらす。
居間と玄関を繋ぐドアが、少しだけ開いていた。
「レイ!」
玄関から少し庭に入った所。
そこに彼はうずくまっていた。
傘をさしていないからびしょ濡れだ。
髪やら服やらが水を吸って雫を滴らせている。
風はないものの、かなり寒いはずだ。
イザークは傘を持って駆け寄ると、レイを怒鳴りつけた。
「何をやっているんだ貴様は!びしょ濡れじゃないか。さっさと家の中に戻れ!」
「・・・」
「レイ?」
「・・・」
レイの姿勢は少しおかしかった。
しゃがみ込み、着ていたジャンパーを手前で広げている。
中を覗き込んだイザークはようやくその理由を理解した。
レイのジャンバーを屋根代わりに、子猫が中にいたのだ。
イザークを見ると、にゃあ、と消え入りそうな鳴き声をあげる。
大きさから見ても、生まれてから間もないのだろう。
生まれてすぐに捨てられ、この庭に紛れ込んだのか。
「・・・おい」
「はい」
「貴様は雨が止むまでその格好でいるつもりか」
「でも、動物は飼ってはいけないと・・・」
イザークは額を押さえ、はあっ、とため息をつく。
確かにそんなことを言ったかもしれない。
大きな子供の面倒を見なければいけないのに、この上ペットなんて・・・と。
冷たい雨に打たれている子猫を見捨てることはできない。
でも、家には連れて帰れない。
だから雨が止むまではこうしてそばにいてあげようと・・・。
イザークは着ていたコートを脱ぐと、ばさっとレイの頭に掛けた。
「わあっ、・・・い、イザークさん?」
唖然とするレイをよそに、イザークはレイのジャンバーで包むように子猫を抱き上げる。
子猫がまたにゃあ、と鳴いた。
「戻るぞ」
「え?・・・でも」
「他に飼い手が見つかるまで家においてやる」
「いいんですか?」
「ここで貴様に風邪でもひかれたらなおのこと迷惑だ」
そう言うと、イザークはすたすたと玄関に向かって歩いていく。
レイは慌ててその後を追った。
シャワーを浴びて体を温めたレイが戻ると、イザークが子猫のためにミルクを作っていた。
牛乳と水を混ぜ、平たい皿に入れて猫の前に置いてやる。
「ミルクを薄めるんですか?」
「ああ。そのままだと消化できないらしいぞ。俺もよくは知らんが」
「・・・」
子猫は差し出されたミルクを一心不乱に飲んでいる。
よほど空腹だったのだろう。
その猫をレイもまた穴が開くほど見つめていた。
そんなレイに、イザークはまた始まった、と苦笑する。
幼い頃の記憶がないということだが、レイは興味を持ったものに見入ってしまうくせがあるのだ。
同居して二週間が経ち、ようやくそれに慣れたイザークだが、
最初にあの大きな瞳でじっと見られたときにはかなり驚いた。
本人は無意識にやっているらしいが、アカデミーに入学させるまでに何とか直さなくてはなるまい。
人によってはいい印象を抱かないだろう。
しばらく放っておいても大丈夫そうだったので、イザークもシャワーを浴びようと浴室に向かった。
シャワーから戻ると、レイは先程の座り込んだ格好のままうとうとしていた。
イザークから見れば、あんな格好でじっとしていたら足がしびれそうで眠れるものかと思う。
意外に器用な奴だ。
子猫の方もミルクに満足したのかカーペットの上で丸くなっていた。
イザークは子猫を抱き上げると、レイの肩を揺さぶる。
「レイ、起きろ」
「・・・ん?」
「風邪をひくぞ。夕食だってまだだろうが」
「・・・」
乱暴にゆすってもレイの目はとろんとしている。
今日は一日中本を読んでいたから疲れたのだろうか。
やれやれどうしたものか、と考えあぐねていると。
がばっ。
「わわっ」
寝ぼけているのか、突然レイが抱きついてきた。
イザークはぎょっとして固まる。
振り払わないのをいいことに、レイはイザークの首に手を絡め、顔をすり寄せた。
「こら、離れろ」
「いい匂いがする」
「ああ・・・。シャンプーだろ。貴様だって使っただろうが」
レイはそのままイザークの首筋に顔をうずめる。
しっとりと濡れた銀髪が、せっけんのいい香りを漂わせていた。
それを探るように顔を寄せる。
その時、うなじにレイの唇が触れた。
イザークがびくっと体を震わせる。
振り払いたいのだが、子猫を両手に抱いているためにそれができない。
「いい加減にしろ、寝ぼけてるのか?」
「ん・・・」
「ひゃあっ」
ちゅっ、と吸い付くような音がした。
生暖かい感触にイザークが悲鳴を上げる。
同時に二人の間に挟まっていた子猫が驚いて飛び出した。
そのことで両手が自由になったイザークは、ようやくレイの体を引き剥がす。
「何するんだ、このクソガキ!」
「・・・」
「・・・レイ?」
・・・。
耳を澄ませば、安らかな寝息。
・・・寝てやがる。
一喝してやろうとしていたイザークは、がくりと肩を落とした。
まあいいか。
寝ぼけていて今のことは覚えていないだろうし。
その代わり、明日はこき使ってやる。
妙な決意を固め、イザークはレイの体をカーペットの上に横たえた。
本当なら抱き上げてベッドに寝かせてやりたいが、レイは意外に重たい。
二階の彼の部屋に運び込むのは無理だ。
起こしてやるのも気の毒だし、何よりまた絡まれたらたまらない。
風邪をひかないように、毛布を持ってきてかけてやった。
すると避難していた子猫が、絶好の寝場所を見つけたとばかりに毛布の上にうずくまる。
それに僅かに微笑み、イザークはソファに腰掛けてノートパソコンを開いた。
立ち上げるとすぐにメールのソフトを開く。
子猫の貰い手を、ディアッカ辺りにでも捜してもらおう。
back
2005/01/18