キス 〜ちょっとした疑問〜




 それはレイの何気ない、そしてとんでもない一言から始まった。


 「キスって、どういうものですか?」


 ディアッカは口に含んでいたコーヒーを思わず吹き出しかける。
 すんでのところで吹き出すのは阻止したものの、激しくむせこんだ。
 そんなディアッカを、レイは大きな目を丸くして眺めている。
 「大丈夫ですか?」
 「ごほっ、ごほっ、・・・ま、まあな。で、何だよ?突然キスだなんて」
 呆れ顔をしつつ、律儀に聞いてやる。

 レイの発言に驚かされるのは別に珍しいことではない。
 イザークがある議員から預かることになったというこの子供は、どうも箱入り息子というやつらしく・・・
 いや、それはイザークやおそらく自分にも言えることなのかもしれないが、どうも世間との感覚がずれまくっているのだ。
 もうすぐアカデミーに入学することになっているのに、この様子では、とイザークも心配している。
 


 「この間、イザークさんのお母上に会いに行ったんですけど・・・」
 「ああ、そういえばそんなこと言ってたっけ。エザリア様、元気だった?」
 「はい。とても綺麗な人でした」
 戦時中に強硬派の筆頭だったエザリアは、別のプラントで監視状況に置かれている。
 イザークは許可が出るたびに母の元に顔を出していた。
 それに先日、レイも連れて行ったらしい。
 「それでいろいろお話をして・・・お別れのときにエザリア様がイザークさんにキスしてたんです」
 そう言って、レイは自分の頬を指差した。
 ほっぺちゅーか。
 ディアッカは男と女がするディープなやつを真っ先に想像してしまった自分に、僅かに苦笑する。
 「そりゃそうでしょ。家族なんだし」
 「家族にはキスするものなんですか?」
 「うーん・・・」
 ディアッカは腕を組んで考え込む。
 少なくとも、自分の家は違う。
 「エザリア様、俺にもキスしてくれました」
 「えっ、マジ!?」
 「はい。俺、家族なんでしょうか?」
 「・・・」
 あの若くて美人で女神のようなエザリア様にほっぺちゅー?
 くそっ、このガキ、めちゃくちゃうらやましいじゃないか・・・ってそうじゃない。
 何考えてんだ俺!俺にはミリィがいるだろ!
 と、ディアッカは自分にツッこむ。
 その様子をレイは怪訝な顔で見ていた。

 「俺、エザリア様の家族なんですか?イザークさんの家族じゃないんですか?」
 「・・・え?」
 「でもエザリア様とイザークさんは家族なんですよね・・・」
 一人でぶつぶつ言い出したレイにディアッカは慌てる。
 「ちょ、ちょっとタンマ!どうしてそこでイザークが出てくるわけ?」
 「だって、イザークさん、一度も俺にキスしてくれたことありませんよ」
 「・・・」
 なるほど。
 レイにとって、キスをしてくれたエザリアは家族で、
 キスしてくれないイザークは家族じゃない、と。
 しかし、家族だからキスしなければいけないということではない。
 まずそこから話さないと・・・。

 くそ、こういうのは苦手なんだよなあ、とディアッカが言葉を選んでいると、
 キッチンからケーキの乗ったトレーを持ったイザークが出てきた。
 ディアッカが久々に遊びに来たのでわざわざ切り分けてくれたらしい。
 「何を話していた?」
 皿を配りながら質問する。
 それに対し、ディアッカはうーん、とうなった。
 しかし、イザークにもったいぶるなとにらまれ、結局かくかくしかじかと説明した。
 
 
 「くだらん」
 話を聞き終えたイザークは開口一番そう言った。
 「くだらんっ、て・・・お前、それはないんじゃない?」
 ディアッカがレイを横目で見ながら非難する。
 そのレイは、下を向いたままフォークでケーキをいじっていた。
 「くだらんものはくだらん。どうして俺がこいつにいちいち挨拶のキスしなきゃならんのだ」
 「おいおい・・・」
 ディアッカはレイが本気で気の毒になる。
 仮にも子供だ。
 もう少し言葉を選んだっていいだろう。
 そう言おうとしたとき、レイが下を向いたままぽつりとつぶやいた。
 「・・・俺、イザークさんの家族じゃないんですか?」
 イザークがうっ、と言葉に詰まる。
 ついでこぼれそうに大きな瞳でじっとにらまれた。
 うるうるのそれに無言で訴えかけられ、イザークの口から盛大にため息が漏れる。
 「分かった分かった。キスくらいなんでもないしな」
 「本当ですか!?」
 途端にレイの顔がぱあっと明るくなる。
 レイの無表情な顔しか見たことのないディアッカはぽかんと口を開いた。
 イザークも目をぱちぱちさせている。
 するとレイはそののまま椅子から立ち上がり、イザークに駆け寄って首に抱きついた。
 「え・・・、ちょっ・・・」
 イザークが文句を言う前に、レイはその頬に唇を寄せた。

 ちゅっ。

 吸い付く音がしたと思うと、すぐに顔を離す。
 「ありがとうございます、イザークさん。あ、お茶入れなおしてきますね」
 レイは笑顔のままそう言うと、
 イザークとディアッカのマグカップを持ってキッチンに駆け込んでいった。

 「・・・」
 「・・・」
 嵐のようなそれにイザークとディアッカはただ固まっている。
 たっぷり1分は経った後、ようやく我に返ったディアッカが口を開いた。
 「・・・なあ、イザーク」
 「何だ?」
 「『キスくらいなんでもない』っていう発言は撤回しといた方がいいと思うぜ」
 「何でだ?」
 「・・・」

 
 
 
 とりあえず、居候から家族に格上げ。


back

2005/01/31に拍手から移動