イヴ 〜出会い〜



 子供の頃の記憶はない。
 全くないわけでもないが、かなりあやふやだったし、
 自分に必要なものとも思えなかったので無理に思い出そうともしなかった。
 
 この人さえいればいい。

 レイはぎゅっ、と隣に立つギルバードの服の裾を握り締める。
 彼が自分の頭をなでながら、苦笑を漏らしたのが分かった。



 コズミック・イラ71。
 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の後、アイリーン・カナーバが停戦を呼びかけ、
 プラントには臨時評議会が設立された。
 その僅か10日後、大戦の興奮冷めやらぬ中、
 臨時評議会議員となっていたギルバート・デュランダルがアプリリウス市を訪れる。
 一人の少年を連れて・・・。

 傍目には、この二人はどういう風に見えるのだろう。
 レイは見た目14歳くらいだから、30歳になったばかりのギルバートの子供と言うには少し無理がある。
 かと言って兄弟にも見えなかった。
 目の色、髪の色、顔立ちに至るまで二人は全く異なっている。
 金持ちの政治家と、そのお気に入りの稚児。
 邪推深い人間ならそう考えるだろう。
 レイは金髪碧眼の、中性的な顔立ちの子供だった。
 肌はそれなりに日焼けして健康そうだが、他の同年代の子供と比べると痩せている。
 大きな瞳がそれをさらに助長していた。


 「アプリリウスに来たのは初めてだったな」
 思いついたように声をかけたギルバードに、レイは「はい」と頷いた。
 シャトルから降り、エアポートとコロニーを繋ぐ巨大エレベータ。
 はっとするような色彩の街並みが、次第に視界に広がっていく。
 それをレイは食い入るように見つめていた。
 他に見るものが何もなかったのもあるが、この光景はまだ彼にはなじみが薄い。
 アプリリウスだけでなく、その他のプラントにも彼はほとんど行ったことがなかったからだ。
 
 エレベータから出ると、議員服を着た男がこちらに歩み寄ってきた。
 ギルバートを待っていた案内人だろう。
 人のよさそうな笑み・・・いかにも政治家といった風情で、ギルバートより少し年上だ。
 コーネフと名乗ったその男は丁寧に挨拶をし、ギルバートと握手を交わす。
 「お待ちしておりました」
 「わざわざご苦労様です」
 「いいえ、とんでもない。さあ、車を用意して・・・おや、その子は?」
 コーネフはようやくギルバートの後ろに隠れるようにしてこちらを伺い見ている金髪の子供に気が付いた。
 髪が肩まで伸びていたので少女かと思ったが、すぐに少年と知る。
 ギルバートは一人だと思っていたらしく、面食らっているようだ。
 
 「この子はとある事情で私が知り合いから預かっている子です。
 この度アカデミーに入学することになったので、ここに来るついでに連れてきたのです」
 「アカデミー・・・そうですか」
 笑みを携えながらのギルバートの言葉に、コーネフは納得したようだ。
 アカデミー校はアプリリウス市にある。
 レイの年齢も、アカデミーに入学するには適しているように思えた。


 「いきなりお呼びたてして申し訳ありませんでした」
 コーネフは車の中で謝罪する。
 レイは何も聞いていないが、どうもギルバートのアプリリウス入りは急かされたものらしい。
 「そんなことはありません。それより・・・どうなのですか?」
 「・・・よくありませんね。特にパナマでの虐殺がやり玉にあげられています」
 「しかし、それではパナマ戦に参加した兵士全員を裁くということですか?」
 「そうすべきだという意見も出ています」
 「・・・」
 そのまま二人は資料を広げながら話に没頭する。
 レイは大人しくしていた。
 ギルバートが政治に携わっているということは知っているが、それ以上は知らない。
 知ろうとも思わない。
 尋ねれば彼は答えてくれるかもしれないが、レイはそうしなかった。
 そばにいさえすればいいのだ。
 仕事なんて関係がない。

 裁判。
 戦犯。
 刑罰。

 その他にも覚えのない人名がいくつか二人の口から出たが、
 それらは全てレイの耳を通り過ぎていったが、
 あまり気持ちのよくないものであるということは険しい二人の表情からも分かる。
 
 「できればこのまま裁判所まで来ていただきたいのですが・・・」
 「本当に急ですね」
 「はあ、どうも弁護団に覇気がなく・・・。無理に彼らの弁護をすればザラ派ととらえられないですからね」
 「もうザラ議長は亡くなられているというのに・・・」
 「ええ。でも彼を支持する過激派がいるという噂があります。
 だからカナーバ議長は早々に裁判を切り上げてしまいたいのです」
 コーネフはそう言いながら、レイの方を伺い見た。
 視線を感じ、レイは大きな青い瞳を瞬かせる。
 彼が言わんとしていることを察したギルバートは、レイに声をかけた。
 「レイ、このまま裁判所に行くことになったが・・・君はホテルに行っているかい?」
 自分が付いていって迷惑なら、ギルバートはそうだとはっきり口にする。
 選択肢を出すということは、一緒で良いということだ。
 レイは即答した。
 「一緒に行きます」
 「し、しかし・・・」
 「大丈夫ですよ」
 困った顔をするコーネフに、ギルバートは微笑む。
 「この子は大人しいし、頭のいい子です。邪魔をするようなことはしませんから」
 「・・・はあ。議員がそうおっしゃるなら」
 レイが大人しいと言う点では今の様子を見ても間違いない。
 問題はないか、とコーネフはしぶしぶ引き下がった。



 裁判所、と言ってもものものしい雰囲気ではなく、中は簡素で意外に明るかった。
 コーネフを先頭に中へ中へと進んでいくと、すれ違う兵士がギルバートに敬礼をする。
 しかしそのすぐ後ろを歩くレイを見た途端、半分は間の抜けた顔をし、さらに半分は微笑ましい顔をする。
 手を振ってきた女性兵もいた。
 それに対するレイは、どれにも興味がない。
 別にそれは彼の機嫌が悪いとかそういうわけではなかった。
 今回に限らず、ギルバート以外の人間に気を引かれたことなど覚えている限りでは一度もないのだ。
 彼はただただ無表情のまま通り過ぎていった。
 

 やがてコーネフはある部屋へと二人を案内する。
 そこは壁のある一面がガラス張りになっていて、隣の部屋の様子が伺えるものだった。
 レイは後で知ったのだが、向こうからはこちらの様子が見えないマジックミラーのつくりになっているらしい。
 隣の部屋には幾人かの影が見えたが、レイは気にも留めずに下を向いていた。
 相変わらずの硬い会話が耳に入ってくる。
 「・・・冒頭手続きはすでに終わっているのでしたね」
 「ええ。全て済ませてあります・・・。3日後に最初の件の弁論手続きです。
 議員には、是非そこで意見を述べていただきたい」
 「それで、その『最初』と言うのが・・・」
 「はい。あそこにいる彼です」
 「・・・」
 レイは顔を上げる。
 ギルバートとコーネフの会話の意味は全く分からなかった。
 ただ、二人がガラス戸の前で立ち止まったのでレイも立ち止まり、
 その向こうを見たので同じように覗き見ただけだ。

 緑の軍服を着た兵士二人に囲まれるようにして、一人の人物が椅子に座っている。


 それを視界に入れた時。
 全ての雑音が無に帰した。


 「・・・!」
 レイの視界はそのガラスの向こうにだけに向けられ、固定される。
 無意識にガラスに歩み寄り、手のひらを乗せて顔を近づけた。
 
 切りそろえられていただろう銀糸の髪は僅かに乱れ、抜けるように白い肌にかかっていた。
 少し顔をうつむけ瞳を硬く閉じている。
 腰を掛けているから身長がどれほどかはっきりしないが、
 足はすんなり長いので、おそらく180以上あるギルバートより多少低いくらいだろう。
 肩幅はそれなりにあるようだが、そのラインはとがっていてとても華奢に見えた。
 なによりあの顔立ち・・・。
 繊細で怜悧なその人の美しさが、ガラスの板を通して伝わってくる。
 レイはこの世界にこんなに美しいものがあるなんて信じられなかった。
 本当に息をしているのだろうか。
 一瞬、精巧にできた人形かと思ったほどだ。

 「・・・綺麗」

 ぽつりとレイが発した言葉に、驚いたようにギルバートが目を向ける。
 今まで自分以外に興味を示さなかったレイが、
 ガラスの向こうの人物を食い入るように見つめている。
 「レイ?」
 ささやくように呼びかけると、レイはこぼれそうに大きな瞳をギルバートに向ける。
 彼のこんな顔を見たのは初めてだ。
 「ギル、あの綺麗な人は誰ですか?」
 
 あの綺麗な人・・・。

 ギルバートはレイの心を奪ったのが、ガラスの向こうにいる人物だと知る。
 にっこりと微笑むと、少し腰を落としてレイに顔を近づけた。
 「彼は・・・イザーク・ジュールという人だ」
 「イザーク?・・・彼?男の人ですか?」
 「そうだよ。でもレイの言うとおり、女の子みたいに綺麗な人だね」
 言いながらレイとともに視線を「綺麗な人」イザーク・ジュールに戻したギルバートだが、
 あらためて彼を見ると、痛ましい表情を作る。

 おそらくこの少年が「美しく」いられるのは、今日が限界だろう。
 ギルバートは戦時中に何度かイザークを見たことがあるが、その時と比べると見る影もなく痩せ細っていた。
 最後に見かけたのは隊長に昇格され、ザフトの宇宙軍事本部に配属が決まってしばらくしてからだから、
 まだ2ヶ月ほどしか経っていない。
 それなのにこの痩せようは普通ではなかった。
 にもかかわらず背筋をぴんと伸ばし、静かに時を待っている。
 自分の置かれた状況が、のっぴきならないものだということを誰よりも思い知っているだろうに。


 ふと、イザークのけぶるようなまつげが揺れた。
 この部屋の様子は見えないはずだ。
 それなのに何かを感じたように顔を上げ、レイたちの方に視線を向ける。
 「あ・・・」
 思わず息をのむ。
 はっと胸を指す色彩。
 氷の宝石が二つ、かの白皙の顔を彩った。
 それは本当に一瞬だけですぐに瞳は閉じられたが、それでもレイはその瞳をはっきり見ることができた。

 鏡で見る自分の蒼より、海に近い色。
 どこまでも透明で、ガラス玉のようだ。



 ガラスの向こうの麗人の姿と、一瞬だけ垣間見た蒼。
 ギルバートが部屋の退出を促すまで、レイはそれを懸命に脳裏に焼き付けていた。


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過去話。ずっと前から書き始めていたのですが、なかなかまとまりませんでした。
続きますが、次の話も時間がかかるかもしれません。

2005/02/11