シュトラーセ 〜対面〜
「大人たちの都合で始めた戦争に若者を送って死なせ、
そこで誤ったのを罪といって今また彼らを処分してしまったら、一体誰がプラントの明日を担うと言うのです。
つらい経験をした彼ら達にこそ私は平和な未来を築いてもらいたい」
イザークは大きく瞳を見開き、彼を凝視していた。
驚いている、というよりは、唖然として現実を受け入れられないといった感じだ。
コーネフはそんな風にしか考えられない彼を哀れみ、
そんな風にしか考えさせなくしてしまった自分たち大人を憂えた。
コーネフから見れば、イザークを拘束することは不条理の何ものでもないように思われた。
ザフトの戦士として、プラントのために命をかけて戦ったのだ。
母親がザラ政権の筆頭だったからといって、息子の彼には関係ない。
しかし、イザークが拘束されてからしばらくして、民間人のシャトルを故意に撃ったという報告がなされた。
連合からの情報だという。
コーネフはそんなことは信じなかった。
イザークを拘束しておくための口実だろうと思ったのだ。
だから、コーネフ自身がそのことをイザークに確かめに行った。
その時のことはよく覚えている。
地球に降下する際にメネラオスのシャトルを撃ったことを、イザークはあっさり認めたのだ。
愕然とした。
しかし。
「あれには脱走兵が乗っていたのではないのですか?」
「いいや。乗っていたのは民間人だったそうだ」
途端に、イザークの顔色が変わった。
「なぜ?だって、メネラオスは戦艦でしょう。民間人など乗せるはずが・・・」
「アークエンジェルから乗り移ったヘリオポリスの避難民が乗っていた。間違いない」
「・・・」
もともと色素の薄い肌をしているのに、イザークの顔はますます血の気をなくしてしまった。
そのまま彼が黙り込んでしまったのでその時はそのまま対面を打ち切った。
だが、その後すぐにイザークは罪を認め、軍事裁判にかけられるという事態に陥ってしまった。
おそろしいほど裁判の準備は早急に進んだ。
カナーバ派の手回しだろう。
コーネフはすぐに危機感を覚えた。
これではいけない。
対面してはっきりした。
イザークは、子供だ。
シャトルを撃ったことは確かに罪だ。
たとえ乗っていたのが本当に脱走兵だったとしても、非武装のシャトルを撃つなど許されない。
だが、イザークは戦場から逃げ出すことを罪と感じ、撃ってしまったのだろう。
罪は償わなければならないが、これでは駄目だ。
大人がよってたかって罪だ罰だとさけんでも、何の解決にもならない。
だが厄介なことに、イザーク自身が全てを受け入れてしまっていた。
大人たちの仕打ちを、当然のこととしてしまっている。
コーネフは言いえぬ義務感に突き動かされ、協力者を捜した。
それがギルバートだった。
イザークは信じられなかっただろう。
自分を弁護する大人がいるなど。
自分は裁かれるのが当然だと思っていたはず。
無論、罪を犯したら償わねばならない。
きっとイザークは中途半端に成熟しているのだ。
戦争を前線で経験した結果だろうか。
妙に大人びた印象があり、18歳の少年とは思えない。
だが、大人を信じていないあたりはやはり子供だ。
「・・・私は、無罪ということですか?」
困惑した顔で聞いてくるイザークに、コーネフもとまどった。
「無罪」ではないだろう。
罪は犯した。
「極刑がよかったかね?」
「そうでは、ありませんが」
「君は自分の罪を知っている。そしてそのせいでこれから苦しむことになるだろう。
もしかしたら、死んだほうがましだと思うこともあるかもしれないな」
「・・・」
黙りこんでしまうイザーク。
・・・酷いことをしているのかもしれない。
表向き、裁かれなかったイザークはやはり「無罪」ということになる。
被害者やその家族は報われないだろう。
そして、罪悪感を抱き続けるこの少年も・・・。
死んだほうがきっと楽だった、だから生きている彼は罰を受けていることになるのだ、と。
そんな耳障りのよい言葉。
それでも、コーネフはイザークを死なせたくなかった。
これは保護欲というものだろうか。
子供を持たないコーネフには分からない。
しばしの沈黙のあと、椅子に座っていたイザークに立つよう無言で促す。
うつむいた彼の肩を抱いた。
そしてふと気付く。
あの激しい戦争を生き抜いた軍人とは思えぬほど、か細くはかない背中。
「・・・君と会わせたい人がいる」
自己紹介をしたギルバートに対し、イザークは困ったような顔をした。
少し考えて、敬礼ではなく軽く会釈する。
「イザーク・ジュールです」
すっかり伸びてしまった髪が、さらりと肩を滑った。
「君を評議会議員に、という話がある」
ギルバートの言葉に、イザークは眉をひそめた。
訳が分からない。
一軍人から評議会の議員となると、事実上の昇格だ。
つい数時間前まで裁判席で裁かれていた人物を議員にしたいとはどういうことだ?
イザークの表情からその疑問を読み取ったのだろう。
ギルバートは口元に笑みを刻んだ。
自嘲のような、諦めているような、とにかくそんな感じの笑いだった。
「分かっているだろうが・・・あまり気持ちのいい話ではないよ。
そうだな、体のいい監視だろうか」
「・・・」
「ザフトの前線で活躍した君を断罪するのは軍から非難される。
君はどうやら高く評価されているらしいからね。
しかし、かといって野放しにはできない」
イザークにそのつもりがなくても、周りが彼の立場を利用しようとするだろう。
ザラ派の筆頭だったエザリア・ジュールを母に持ち、かのラウ・ル・クルーゼの直属の部下だった。
今の政権に不満を持つ輩が祭り上げるには、イザークの存在はうってつけだ。
「だから、カナーバ臨時議長は君をそばに置いておきたいんだよ」
獰猛な犬には鎖をつけ、見張っておこうということか。
イザークは納得する。
ただ、カナーバのことをわざわざ「臨時議長」と言ったギルバートに違和感を覚えた。
イザークが知る限り、彼はカナーバと同じ穏健派だったはず。
だから、思い切って質問してみた。
「デュランダル議員は・・・自分が評議会議員になるべきだと思われますか?」
「と言うか、それしかないな」
「・・・」
「嫌かい?」
「議員の仕事をしている自分など・・・想像がつきません」
「だろうね」
ギルバートは小さくため息をつく。
何に対してのため息なのか、イザークには分からなかった。
「帰宅許可が出た。一度家に帰るといい」
イザークは黙って頷く。
帰ったところで家には誰もいないのだが・・・。
「いま話したことについての詳細は追って説明する。
もしかしたら数日かかるかもしれないが・・・でも1週間以内には連絡するよ。
この件に関しては私が全面的に任されているから」
「・・・ありがとうございます」
素直に、感謝の言葉が出た。
ギルバートが何を思ってイザークの肩を持ってくれるのかは分からないが、
赤の他人がここまでしてくれるのは嬉しかった。
「それで・・・君に頼みたいことがあるのだがね」
「はい?」
首をかしげたイザークに対し、ギルバートはドアに視線をやった。
「いい加減、入ってきなさい」
「?」
イザークも座っていた体をひねってドアに目を向ける。
少年が一人、半開きのドアの前に立っていた。
大きな空色の瞳が印象的だ。
金の髪が背中まで伸び、やや中性的なものを感じさせる顔立ちをしているが、
よく見ればきりりとした印象がある。
「レイ、こっちへ」
レイと呼ばれた少年は素直に部屋の中に進み、ギルバートの隣に立つ。
怪訝な顔をしたままのイザークを、こぼれそうなほど大きな瞳で見つめた。
「この子はレイ・ザ・バレルだ。とある事情で私が預かっている」
「・・・はあ」
「アカデミーに入学させるつもりなのだが・・・思いがけなくアプリリウス入りが早まってしまってね。
しかも私は仕事が忙しくなるからこの子の面倒を見られないんだ」
「まさか・・・私に面倒を見ろと?」
「駄目かな?」
「・・・」
嫌、などとは言えない状況だ。
しかし・・・。
「自分は・・・子供の面倒を見たことなど・・・」
「大丈夫。この子は手がかからない。私が保証するよ」
「・・・」
「ただ、少し世間知らずなところがあってね。
すぐに分かると思うが、一人にするのは少しまずいんだ」
「この子の親は?」
「行方が分からない・・・と言うか、私も詳しい素性は分からないんだ。
あまり言い方が良くないが・・・孤児、に近いかな」
「・・・」
イザークは思わずレイをまじまじと見つめる。
そのレイは自分のことを話されているにもかかわらず、無表情を崩さなかった。
「聞けばアカデミーが再開されるのも先送りになったそうで、ちょっと困っていてね。
年齢の近い人間と交流させてみたいと考えていたところだから・・・
幸い君とは3つほどしか離れていないし」
「?この子、いくつですか?」
「15歳だよ」
「はあっ!?」
全くそんな風には見えない。
13歳くらいだと思っていたイザークは素っ頓狂な声をあげてしまった。
自身の大きな声に慌てて口を押さえる。
「・・・すみません」
「私に謝られても困るが」
そう言うギルバートは笑いをかみ殺している。
その間にも、レイの大きな瞳にはイザークの姿がひたすら映されていた。
「必要なものは何でも言ってくれていい。すぐに対応しよう」
「・・・はあ」
イザークは曖昧な返事をする。
了承した覚えはないのだが、やはりこのレイという少年を預かる役目からは降りられないようだ。
ギルバートには恩義ができたし、レイも言葉通り本当に大人しそうだ。
しかし、何となく釈然としなかった。
まずギルバートのような人物が親の身元がはっきりしない子供を連れ歩いているのが気に入らない。
しかもそれを今日会ったばかりの、しかも先程まで戦犯扱いだった一兵士にあっさり預けてしまう。
何か、別に理由でもあるのだろうか。
ギルバートがホテルの自室にある荷物を取りにいくよう言うと、レイは素直に返事をして出て行った。
残されたイザークとギルバートがいる部屋はレイの部屋と階が違う。
往復するのにどんなに早くても5分はかかるだろう。
レイは行儀が良さそうだから廊下を走る心配もないし、もっと長く見積もってもいいかもしれない。
足音が遠ざかったのを確認し、ギルバートがイザークに向き直った。
「何故あの子を会ったばかりの君にあずけようとするのか疑問に思っているだろうね」
「・・・はい」
理由を聞かせてくれるらしい。
イザークは綺麗な姿勢を保ったまま、ギルバートの顔を見つめた。
「あの子は・・・大人しいと言ったが、それは何にも興味を示そうとしないからなのだよ」
「・・・」
「私のことは慕ってくれているようだが、その他の人間には全く反応しない。
笑顔どころか怒ったり、泣いたりするのも見たことがないな」
「彼とはどれくらい?」
「1年経つかな?一緒に暮らし始めたのはつい最近だが。病院関係で知り合ってね」
「病気、だったのですか?」
「いいや、病気では・・・。すまない、これ以上は言えない」
「はい」
イザークは素直に退く。
痩せ気味ではあるがレイは健康そうだし、仮に病気だったとしても困る理由が今のイザークにはなかった。
「まあ、いま言ったとおりだ。感情がないわけではないが、それがとても希薄なんだよ」
「それで、自分にどうしろと?」
「実は、君を先日見かけたんだ。レイと一緒に・・・裁判所でね」
―――ギル、あの綺麗な人は誰ですか?
「君を見たレイが、私以外の人間に初めて興味を示したんだ。
君を選んだ理由はただそれだけだ」
「・・・」
イザークは困惑した表情を作る。
そんなことを言われても、その感情が希薄だというレイに何をしてやればいいのだろう。
大体、彼が自分だけに興味を持ったというのが不思議でたまらなかった。
「何をしろ、というわけではないんだ。ただ、私が彼にしてやれることはもう見つからない。
でも、君なら・・・」
静かな声で言いながら、ギルバートは手をイザークの髪に伸ばす。
指先が髪に触れると、イザークは少し怯えたように肩を揺らした。
それでも視線をそらさずにギルバートを見つめ続ける。
長い拘束のために、彼の銀髪はすっかり痛んでしまっていた。
ギルバートは不可解な笑みを浮かべながらそれをもてあそぶ。
イザークは振り払うこともできず、されるがままになっていた、が。
「ギル」
入り口からの声。
部屋の空気を切り裂くようなそれに、イザークははっと身を引いた。
ギルバートも手を止め、声の主の方に目をやる。
荷物を手に持ったレイが戻ってきていた。
イザークは瞳を瞬く。
先程まで能面のような無表情を保っていたレイが、
今は怒っているような、咎めるような色を顔に浮かべていた。
何だ、ちゃんとそういう顔もできるではないか。
レイと会ったばかりのイザークが感じたのはそれだけで、
彼が何に対して怒っているのかまでは考えが及ばなかった。
そんなレイに対し、ギルバートは端整な顔でにっこり微笑む。
「お帰り。忘れ物はないかい?」
「ありません・・・」
「それじゃあエアポートまで送ろう。さあ」
立ち上がったギルバートは、イザークに手を差し伸べた。
むげにすることもできなかったのでイザークはその手を取る。
しかし、これは男性が女性をエスコートするような構図ではないか。
もしかしてこの人は、自分を女と勘違いしているのでは?とイザークはかすかな不安を覚える。
当然口には出さなかったが。
そして、二人が手を取り合う様子を見るレイの表情は。
先程以上にすねているように見えた。
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早速嫉妬するレイ。もうこの時点からイザークしか見えてません。ギルはどうしたんだ!(笑)
2005/02/17