バイオレット 〜彼の友人〜



 マティウス市のプラントの一つにあるジュール邸。
 その玄関をくぐり、部屋の中に一歩入ったとき。
 顔を歪め、閉口してしまったのはレイの方だった。

 玄関を通ってすぐの広い居間。
 そこはまるで強盗でも入ったかのように荒らされていた。
 家具の扉という扉が開け放たれ、椅子などは倒れたまま放置されている。
 それに何か書類のようなものが床にぶち巻かれていた。
 一方のイザークは、軽く肩をすくめただけだ。
 「いつも・・・こうなのですか?」
 「まさか。そんなに俺がだらしなく見えるか?」
 「いえ・・・すみません」
 一応謝るが、それでも納得がいかない。
 するとイザークは、散らかった部屋を片付けながら話し始めた。
 「母が拘束されたから、カナーバ派の捜査が入ったのだろう。俺も戦犯だしな」
 こんなところを調べても何も出てこなかっただろうに、と言いながら床に落ちたものを拾い集める。
 レイもはっと我に返ると、片付けを手伝い始めていた。


 
 「悪かったな、来たばかりなのにいきなり掃除などさせて」
 「いえ・・・今日からお世話になるんですから」
 居間の片づけがひと段落し、ようやく二人は腰を落ち着けた。
 イザークは無事だったマグカップとポットで紅茶を作っている。
 とても慣れた手つきだった。
 「菓子などあればいいんだが、俺も母も留守にすることが多かったからストックがないんだ。
 ・・・そうだな。二階の片付けをする前に買い物に行くか。うん、そうしよう」
 イザークは暖めたカップに紅茶を注ぎながら一人でぶつぶつ言っている。

 そうして差し出された紅茶を、レイは丁寧にお礼を言ってから口をつけた。
 カップの取り方などは、どことなく上品なものを感じさせるものだった。
 ギルバートはレイは手のかからない子だ、と言っていたが、
 それどころか平均以上の作法を心得ている。
 これはこれでかわいげがないかもな、とイザークは勝手なことを思った。

 「そういえば、お前が持ってきた荷物は何が入っているんだ?」
 荷物、と言ってもたいした大きさも重さもないように見えた。
 イザークの質問に、レイは中身を思い起こしているのか、大きな瞳の焦点を宙にさまよわせる。
 「着替えが二着と・・・下着が少し」
 「それだけか?」
 「はい」
 「・・・」
 せめて子供らしくゲームや漫画の一つも持っていないのだろうか。
 ギルバートがそんなに厳しい人間だったとは思えないし・・・。
 まさか仕事の間、ずっとレイをそばに置いていたはずもあるまい。
 どうやって時間をつぶしていたのだろう。
 イザークがそんなことを考えていると、レイは何か思い出したようにああ、と声をあげた。
 「楽譜も持ってます」
 「・・・楽譜?」
 「そうです」
 「何か楽器が弾けるのか?」
 「ピアノを少し」
 そう言ったレイの顔が、少しはにかんだものを浮かべる。
 
 ピアノ。
 イザークの脳裏に、戦場で命を落とした年下の同僚の顔がよぎる。
 ああ、そうだ。
 ピアノを少し弾けるんですよ、と言っていた彼も、今のレイと同じような顔をしていた。

 「今度、弾いてくれるか?」
 少し低い声音で言ったイザークに、レイはきょとんとした顔をする。
 ここにきて表情をいろいろ変えてくるレイに、イザークは何だか微笑ましい気分になった。
 「お前が好きな曲でいい。いつか、機会があったら」
 
 レイがこれ以上ないというような、心底嬉しそうな顔をする。
 一方でイザークは、こんなに和やかな雰囲気を楽しんでいる自分を不思議に思いながらもやはり微笑んでいた。

 その時。

 「・・・お前、拘束されてる間にどこかおかしくなった?」
 「・・・へ?」
 聞き覚えのある、しかしありえない声。
 イザークは声がした方向にぐるりと顔を向け、そして硬直する。
 
 沈黙。

 浅黒い肌に金髪。
 記憶にあるより背の伸びた体。
 
 「ディ・・・ディ、ディアッカぁーーーー!!?」
 絶叫に近い声が、ジュール邸に響き渡った。


 「何で貴様がここにいるんだ!?」
 「ぐ、ぐえ・・・首絞めるな、くるし・・・」
 「貴様はAAと一緒にオーブに行ったはずだろうが!どうしてプラントの、しかも俺の家にいるんだぁーー!?」
 突如現れたディアッカに掴みかかったイザークは、がくがくとその体を揺さぶる。
 「お、落ち着いてくれ・・・」
 涙声でうったえるディアッカをさらにもう数分揺さぶり、ようやくのことでイザークは手を放した。
 レイはといえば、それまでの穏やかな雰囲気から態度を一変させたイザークに呆然としている。
 「いちお・・・ごほっ、門のところと・・・玄関で呼びかけた、ごほっごほっ、んだけど・・・」
 「何だ、はっきり言え」
 むせながら状況を説明するディアッカに、イザークは尊大な態度でせかす。
 はっきり言えないのは誰のせいだと思いながらもディアッカは呼吸を整えた。
 「呼んでも応答がなかったから勝手に入ってきちまったんだよ。
 お前が釈放されたって聞いて・・・いてもたってもいられなくて」
 「・・・そうだ!だからなんでプラントにいるんだ!?オーブはどうした?」
 AAと行動を共にしていたディアッカ。
 あの艦がそのままオーブに向かったということは誰かから聞かされていた。
 だから、ディアッカはアスランと共にてっきり亡命してしまったものと。
 「オーブには最初から行ってないよ」
 「何?」
 「そうだろ。だって、俺の故郷はプラントだし」
 「・・・しかし」

 イザークは戸惑う。
 彼は、あちらの方に守りたいものができたからザフトを裏切ったのではなかったか。
 ヤキン・ドゥーエの混乱の最中、
 不本意ながらもAAに補給を受けることになったときに会った、オペレーターの少女。
 彼女のために、ディアッカは故郷を捨てたのだと・・・。
 しかしディアッカは、彼女にはふられてしまったと言って笑った。
 どっちにしろ、プラントには戻るつもりだった、とも。
 
 「カナーバが派遣した艦とAAが接触してさ。そんときに戻ってきたんだ」
 そのあと家に連れ戻されたのだが、父親には怒鳴られ殴られ泣かれ、
 母親にはその場で失神され、ちょっとした修羅場だったという。
 しかも、三隻同盟に組していたことが複雑な立場を作った。
 核攻撃からプラントを守ったことには変わりないが、軍を抜けるというのはザフトにおいても大罪だ。
 ヴェサリウス撃沈の原因がエターナルだということもかなり深刻な問題だった。
 だからプラントに戻ってきてからはずっと自宅に閉じ込められていたという。
 「買い物にもいけねぇんだよ。暇で死にそうだったぜ。
 ・・・だけどさ、昨日になっていきなり外出許可が出てさ」
 「良かったじゃないか」
 「いや、そうだけど・・・。お前も知らなかったのか」
 「何が?」
 「俺の処遇、お前の裁判の結果待ちだったらしいぜ」
 イザークは訳が分からずに首をかしげる。
 ザフトに最後まで残ったイザークと、三隻同盟に協力したディアッカ。
 急進派で、現在は拘束されている母を持つイザークと、中立派でカナーバには信頼されている父を持つディアッカ。
 二人の立場は対照的なはず。
 「だから、お前を無罪放免にしたから、他の兵士も裁くわけにはいかないってことだろ」
 たとえどんな罪でも。
 つまり、カナーバはにとって自分はとんでもない極悪人と認識されていたわけだ。
 イザークが極刑に処されれば、今頃ディアッカも脱走兵として裁判を受けていたかもしれない。
 安堵とも、呆れともつかぬ長いため息を吐く。
 あらためて自分がとんでもない状況に身を置いていたことを思い知らされた。

 「ところでさイザーク・・・その子、誰?」
 ディアッカが指差した先。
 確認するまでもなく、椅子に行儀良く座っているレイのことだ。
 「なんか気持ちが悪いほど和やかに笑ってたみたいだけど・・・」
 「ああ?」
 「い、いえ!何でもありません、ごめんなさい!!」
 すごんだイザークに、ディアッカはすぐさま両手を挙げて降参のポーズをとる。
 相変わらず調子のいい奴だ。
 「こいつはレイだ。ある方から預かった」
 「ある方?・・・誰?」
 「貴様には関係ない」
 「・・・誘拐してきたんじゃないだろうな」
 「・・・」

 イザークは無言のまま、そばに置いてあった本を持ち上げた。


 「相変わらずの馬鹿力ですこと」
 ディアッカは頭にできたこぶをさすりながら言う。
 確かに本を投げつけたイザークが乱暴なのだろうが、この男も自分の口の軽さを自覚していない。
 捕虜のときもそのせいで死にかけたことがあるというのに。
 一方、先程の一撃で気を落ち着けたイザークは、何を思ったかテーブルに向かって何かを書いている。
 そして書きあがったものをカードと一緒にディアッカに投げてよこした。
 「ディアッカ、買い物にいってきてくれ」
 「・・・はあ?」
 「必要なものはそこに書いてある。それから・・・レイの服を三、四着、適当に見繕ってきてくれ」
 「ちょ、ちょっと待て!何で俺?」
 「俺はこのあたりの人間に顔を知られてる。変装でもしようと思っていたが、貴様が来たからな」
 せっかく来たのだから役に立て、ということか。
 「俺の車を使っていいぞ」
 「へいへい。お役に立たせていただきますよ」
 反論した所で無駄だろう。
 ディアッカは肩をすくめながら立ち上がる。
 「え・・・と、レイ?じゃあ行こうぜ」
 「・・・」
 ディアッカに名前を呼ばれたレイだが、困ったような顔でイザークを見上げ、動こうとしない。
 「ディアッカは俺の仲間だ。心配ない」
 イザークが諭すような口調で言う。
 ディアッカを怖がっていると思ったのだ。
 すると何を思ったか、椅子から降りたレイはイザークに抱きついた。
 イザークもディアッカもぎょっとする。
 「レイ?」
 「ここにいます」
 「おいおい・・・」
 「あらら」
 これで本当に15歳だろうか。
 イザークから離れまいとしっかり服を掴むレイに、ディアッカが苦笑いする。
 「・・・俺、もしかして嫌われた?」
 「さあな・・・。サイズは適当でいいさ。悪いが一人で頼む」
 「はいはい。お熱いことで」
 「ディー!」
 「行ってきます!!」
 懲りずにからかってくるディアッカ。
 イザークがにらみつけると、彼は早足でジュール邸をあとにしたのだった。


 「・・・おい」
 「はい」
 「いつまでくっついている気だ。ディアッカはもう行ったぞ」
 あきれた声で言うイザークに、レイはようやく抱きついていた手を緩めた。
 「そんなにあいつが怖かったのか?」
 ディアッカの浅黒い肌と体格のよさは、小柄なレイにはちょっとした迫力だったのか。
 しかしレイは首を振る。
 別にディアッカのことはなんとも思っていないらしい。
 「ここにいたかったんです」
 「・・・ふうん」
 それをたいした意味には受け止めず、イザークはレイの頭をなでた。
 「それじゃあディアッカが帰ってくるまでに二階の片付けを・・・いや、それは明日にするか。疲れたしな」
 「はい」
 本当に疲れた声で言ったイザークに、レイは素直に頷いた。


 一時間後。
 使い走りの買い物から戻ってきたディアッカは、
 寄り添いながらソファの上で眠っている二人を発見することになる。
 
  

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2005/02/24