アップル 〜新期〜




 何も文句はないはずだ。
 アカデミーでの成績は主席。
 その結果としての、緋色の軍服。
 かつて自分が着ていた色だ。
 彼はそれを何よりの目標にしていたはず。

 それなのに・・・。


 「一体何なんだ、その不機嫌面は」


 士官学校を卒業し、晴れてザフト軍の兵士となったレイ・ザ・バレルは。
 イザークの執務室の前で思いっきり顔を歪めていた。
 せっかく赤服になったことを誉めてやろうと思ったのに、これではイザークの方も気持ちが萎えてしまう。

 そのイザークは、レイが卒業を果たす少し前に正式に軍に戻り、隊を与えられていた。
 今まとっているのは白い指揮官服だ。
 イザークはため息をつくと、椅子から立ち上がる。
 そしてその白い軍服の裾をひるがえしながら、大股でレイに歩み寄った。

 「レイ、何かあったのか?」
 すると、一瞬レイは泣きそうな顔をした。
 イザークはますます訳が分からなくなる。
 「レイ・・・」
 「分かっているくせに」
 「はあ?」
 「どうしてそんなこと聞くんです?」
 口を尖らせ、上目使いにイザークをにらむ。
 大きな空色の瞳はかなりの迫力だ。
 「・・・どうしても何も、さっぱり分からん」
 「嘘つき」
 「あのなぁ、レイ・・・」
 「イザークの隊が良かった」
 「な、何だって?」
 「だから、ジュール隊に入りたかったんです!イザークと一緒が良かったのに」
 「・・・」

 それだけかよ。
 眩暈がしそうになって思わず額を押さえる。
 
 「レイ・・・俺は今回新兵はとってない」
 「俺だけでもとってください」
 「例外はなし」
 ぴしゃりと切り捨てる。
 レイが配属されたのは、新議長となったデュランダルの下、新たに設立された部署。
 新しいMSと戦艦シリーズの先端ということだが、イザークも詳しいことは知らない。
 どちらにしろ、何かあったときに最前線に放り込まれるジュール隊よりは、ずっと魅力的な場所だ。
 なにより、レイが慕って止まないギルバートが積極的に関わっている。
 不満などないだろうと思っていたのに。
 「イザークは俺のこと嫌いなんですか?」
 「どうしてそういうことになる」

 こうなるとレイは手に負えない。
 こんなときに限ってディアッカはいないし・・・役たたずめ。
 誰でもいいから来てくれないだろうか。
 誰か。

 「レーイー!」

 通信の画面。
 それにいきなり割り込んできた大音量の声に、イザークとレイはぎょっとして振り返る。
 見れば、画面いっぱいに少女の顔が映し出されていた。
 ぎりぎりまで顔を近づけているのだろう。
 それなりに整った顔立ちをした、活発そうな娘だ。
 しかしこれはジュール隊の執務室の通信。
 もうちょっと遠慮というものがないだろうかとイザークは呆れた。
 一方のレイは青い顔をしている。
 「ル、ルナマリア」
 「知り合いか?」
 聞きながらもイザークはドアに向かう。
 これ以上ドアの前で騒ぎ立てられてもかなわない。
 「ええまあ・・・あっ、イザーク!」
 レイがはっとしたときには、彼はもう開閉ボタンを押していた。
 ぷしゅっ、とエアの音がし、ドアが横にスライドした。
 ほぼ同時に画面に映っていた少女が部屋に入ってくる。
 「レイー、あんたねぇ!!」
 「や、やめろ、ルナマリア」
 少女はドアのすぐ脇にいたイザークには気付かなかったらしい。
 正面にいたレイに、真っ先に歩み寄り、掴みかかる。
 「あんたがいなかったら今回のレポートどうなるのよー!?
 どうしていきなりいなくなるわけ?喧嘩売ってるの?」
 「やめ・・・ろ、苦しい・・・」
 締め上げられたレイが呻く。

 それをイザークは唖然として見ていた。
 どうやらレイの同僚らしいが、随分と気の強そうな娘だ。
 レイと同じ色の軍服は自分で手を加えたのか、短い丈になっており、下はピンクのミニスカート。
 これだけでこの娘の活発な性格を充分に表している。

 と、イザークは自分に向けられている視線に気が付き、目線をずらした。
 開け放たれたドアから半分身を乗り出すようにして、少年がこちらを見つめていたのだ。
 黒髪に紅い瞳をした、やはり赤服だ。
 イザークを食い入るように見つめ、顔色を赤くしたり、青くしたりしている。
 「・・・おい?」
 具合でも悪いのだろうか、と心配になって声をかけてみた。
 すると、少年がふらふら、とこちらに歩み寄る。
 倒れそうなその足取りにイザークが慌てたその瞬間、がばりと少年がイザークに抱きついた。
 「・・・へ?」
 いきなりへばりついてきた少年の意外な行動に、イザークは振り払うことも忘れて固まる。
 その間にも少年の腕には力がこめられた。
 「うわー、腰細い」
 「な、なんだ貴様は?」
 「声低い・・・オトコ?」
 さすがにむっとして眉をひそめる。
 自分が気にしていることをずばずばと・・・。
 少年の腕を掴み、自分から引き剥がそうと試みる。
 「離れ・・・」

 「離れろーーーッ、シン!!!」
 大声を上げたのはレイだった。
 ルナマリアと呼ばれていた少女もそこでようやくイザークの存在に気付く。
 しかしそれでもレイを締め上げている手の力を緩めないのは誉めてよいものか・・・。
 「シン、お前ーーッ、殺すぞ!!」
 「何でだよ、紹介してよ、レイ」
 ルナマリアに拘束されたままわめきたてるレイに対し、
 シンと呼ばれた少年は、口を尖らせてますますイザークの体に回した腕の力を強める。
 「ふざけるな!とにかく離れろ!!」
 「ちょっとレイ、話はまだ終わってないわよ!」
 「お前は引っ込んでろっ、この馬鹿力女!!」
 「なんですってぇ!?」
 「あ、俺シン・アスカって言います。よろしく」
 「どさくさに紛れて自己紹介するな!」
 「レイ、誰が馬鹿力ですって!?」

 「いい加減にしろーーー!!」





 「そりゃ災難だったな」
 差し出されたコーラを受け取り、乾いた喉に流し込む。
 それを見ながらディアッカがくっくっと喉の奥で笑った。
 「しっかし、随分と見込みのある新兵たちじゃねぇの?
 何せ天下のジュール隊長の執務室で・・・しかもお前を巻き込んで大喧嘩しちゃうんだから」
 「・・・何の見込みだ」
 「度胸は必要でしょ」
 「・・・」
 「で、お前はどうやってその三人を追い返したわけ?」
 ディアッカが執務室に戻ってきたのは、レイたちがすでに帰ってしまった後だった。
 三人が起こした騒ぎがどれほどすさまじいものだったかは見守っていた兵士たちから聞いた。
 イザークのこの憔悴振りを見ても、かなりすごかったのだろう。
 すると、イザークは髪をかきあげながら面倒そうに口を開いた。
 「俺が追い返したわけじゃない」
 「へえ、珍しい」
 てっきりキレて部屋からつまみ出したものかと思っていたが。
 「迎えが着たんだ。連中の上司の・・・グラディス、だったかな。気の強そうな女だった」
 「ふーん」
 「騒ぎを見た誰かが呼んでくれたらしい。・・・ああいうの、『鶴の一声』って言うんだろうな」
 「は?」
 「グラディスが『やめなさい』と叫んだ途端、連中ぴたりと言い争いをやめて・・・
 そのあと真っ青な顔して引っ立てられていった。・・・俺も正直怖くて口を出せなかった」
 「・・・そう」

 あの様子では今頃こってり絞られているだろう。
 レイがジュール隊に入れてくれとごねていたのはあの上司にも原因があるのではないだろうか。
 「ま、これでレイも懲りるんじゃないの?」
 「・・・だといいが」



 嵐が過ぎ去った後、イザークとディアッカの間で交わされたこの会話。
 その僅か二時間後に、再び嵐が訪れる。 
 今度はシン・アスカがジュール隊に入れてくれと執務室に入り込み、
 やはりレイとルナマリアが乱入してくるのだ。


 おかげでイザークはしばらく執務室を放棄し、自室で仕事をする羽目になった。


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2005/05/24