レール 〜トラブルメーカー〜
そのレストランは、母のお気に入りだ。
イザークは月に一度、たった一人でこの店を訪れる。
レイも連れて行かないし、ディアッカにも教えない。
一人の時間が無性に欲しくなる、その時だけ。
いつものメニューを頼み、食べ終わってからはコーヒーを注文する。
この食後のコーヒーが一番好きだ。
どんな豆を使っているのかは分からないが、一回は必ずおかわりを頼む。
一人だけの、何もしない時間。
それは約二時間ほどで終わる。
そして今日も。
この時間はそのまま終わるはずだった。
ぼんやりと外を眺めていた視界に、ある人物を見つけるまでは。
名前は確か・・・。
シンだ。
シン・アスカ。
レイのルームメイトで同じ隊に所属する同僚。
赤い軍服ではなく、私服で帽子をかぶっていたので最初は誰だか分からなかったが、
その挙動不審な様子がひどく目に付いた。
よくよく目を凝らしてみれば・・・というわけだ。
会ってから間もないが、先日自分のオフィスで大騒動を起こしてくれたから良く覚えている。
それにしても、何をしてるのだろう。
今は短い休暇のはずだ。
レイも今日からイザークと自宅に戻っている。
レイが休みということは、シンも同様のはず。
仕事、ではあるまい。
この近くに家があるのか。
それにしてはきょろきょろと回りを見回して落ち着かない様子だ。
気になって眺めていると、視線を感じたのだろうか、目が合った。
彼はすぐにイザークだと気が付いた様子だ。
軽く手を上げると、戸惑った様子ながらもこちらへと歩いてきた。
「・・・で、こんなところで何をしていたんだ?」
とりあえずシンをテーブルの向かい側に座らせる。
朝から何も食べていないと言うので、サンドイッチとジュース、
そして自分のコーヒーのおかわりを頼んだ。
「ここ初めてで・・・道に迷って・・・」
「迷っただぁ?」
シンはいつぞやの元気はなく、声にも覇気がない。
視線もどこか宙を彷徨っていた。
「親は?家はどこにある?送ってやるぞ」
「いえ、その・・・」
「ん?」
「俺、移民なんです。家族は皆死にました。家も・・・」
ぽろぽろと言葉を取りこぼすように言うシンに、イザークは眉を寄せる。
「じゃあこんなところに何の用があったんだ?」
「ヴィーノに・・・友達なんですけど、もうすぐ誕生日で」
「うん?」
「この近くに好きな店があるって聞いたからプレゼントをと・・・でも場所が分からなくて」
なるほど。
それで不自然なまでに辺りを見回していたわけか。
この様子だとエアポートへの帰路も分からなくなっているのだろう。
念のため、探しているという店の名前を聞いてみる。
イザークも知っている、有名な雑貨店だった。
ただ・・・。
「いくら探しても無駄だぞ」
「・・・え?」
ジュースのストローを口に運ぼうとしていたシンの手が止まる。
「あの店はこのプラントにはない」
「・・・」
「あの店があるのはマティウス・ファイブ。ここはマティウス・セブンだ」
「・・・」
しばしの沈黙の後、サンドイッチの皿を持ったウェイトレスのお待たせしましたーという明るい声が響いた。
二切れ目を食べた所でシンの手が完全に止まった。
困ったように残ったサンドイッチに視線を向けている。
口に合わなかったのかと思ったが、そうでもないようだ。
見ればジュースも半分以上残っている。
そこでイザークは、ようやくシンの顔色が悪いことに気付いた。
「どこか・・・悪いのか?」
シンは問いかけに答えず、顔をうつむけたままだ。
身を乗り出し、その額に手を当てると、少し熱かった。
やれやれとため息を吐く。
調子が悪いくせに知らぬ街を彷徨い、悪化させてしまったのだろう。
サンドイッチも無理矢理胃に詰め込んだのか。
つまらない意地だとは思うが、目上のイザークの手前断りにくかったのか。
そうだとしたら勝手に料理を注文して驕ってやった気になっていたイザークにも非がある。
「立て」
「え?」
「出るぞ」
そう言ってシンの手を引く。
額と比べ、指先が氷のように冷たいことに気付いた。
重症のようだ。
カードで素早く会計を済ませ、借りていたエレカに乗り込む。
シンは連れられるままに助手席に乗り込んだ。
そこまで来て、イザークはふと考える。
この少年をどうしたものか。
寮に送ってやろうかと思っていたのだが、面倒を見てくれる者がいるだろうか。
確か彼の隊やジュール隊以外にもいくつかの隊が休暇に入っているはず。
イザークにも記憶があるが、この時期は大抵の者が自宅へと戻り、寮などはがらんとしている。
そこにこの状態のシンを置いていくのは少し薄情な気がした。
少し考え、イザークはシンの顔を覗き込む。
熱のために潤んでいる赤い瞳がこちらを映した。
「シン、俺の家に来るか?」
「・・・え?」
「レイもいる。大丈夫だ」
「・・・」
判断しかねているのだろう。
シンの視線が彷徨う。
イザークは前を向くと、答えを聞かないままエレカを発進させた。
シンを連れて戻ったイザークに、レイはかなり驚いていた。
そして不快に顔を歪め、文句を言おうとしたようだが、
事の次第を説明したイザークと、ぐったりしているシンにようやく状況を理解し、的確に動いた。
イザークがレイの部屋にシンを運ぶ間、自分のパジャマを引っ張り出し、汗を拭くためのタオルを用意する。
そして救急箱からなにか役立ちそうな薬を探した。
イザークの見立てによると風邪のようだが、頭痛薬しかない。
下手な投薬はしない方がいいと判断し、
二階から降りてきたイザークに水分補給のためのミネラルウォーターを頼んだ。
イザークが頷いてキッチンに向かうと、レイは用意したパジャマとタオルを持って部屋に向かう。
自分のベッドでは、シンが体を丸くてシーツに包まっていた。
青白かった顔が紅潮し、熱が上がっているのが分かる。
「シン」
「・・・レイ」
「まったく・・・ほら、起きろ」
シンはゆっくりと上半身を起こす。
苛立ったような口調とは裏腹に、レイは服を脱ぐのを丁寧に手伝ってやった。
さすがに他人に体を拭かれるのは恥ずかしがるだろうと思い、タオルを手渡す。
シンの服を畳み、次にパジャマを渡した。
「ごめん」
ボタンをはめてやっていると、シンが重々しく口を開く。
いつもの元気がまったくない。
そういえば今朝、シンはベッドからなかなか出てこなかった。
朝に強いシンにしては珍しいと思っていたのだが、家に帰ることに頭がいっぱいでそのままにしていたのだった。
「朝から調子が悪かったのか?」
「・・・午前は少し頭がぼうっとしただけで・・・」
「そんな状態で知らない街をうろうろするんじゃない」
「うん」
シンは素直に頷き、またごめんとつぶやく。
とりあえずはイザークが持ってきたミネラルウォーターを飲ませ、保冷剤をタオルでくるんで額に乗せてやった。
大人しく寝ているよう釘を刺し、二人はようやく一息つくために居間へと降りていった。
「どうしてそんなに怒ってるんだ?」
じゃれつく猫のリリィをなでながら、イザークが呆れたように言う。
レイは怒ってませんと言い返したが、眉間にはくっきりとしわが刻まれていた。
「お前の同僚だろう。心配じゃないのか」
「心配に決まってます」
「それじゃあ・・・」
一体何が気に入らないんだ。
そう続けようとしたが、レイがむうっと頬を膨らませてにらみつけてくるのでその言葉を飲み込んだ。
こういうときは下手なセリフを吐かない方がいい。
「・・・俺に黙っていなくなった」
「・・・」
何のことだと聞き返したいところだが、レイが聞くはずもない。
黙って先を促す。
「俺の知らないところでシンと会って・・・!」
「・・・」
「何とか言って下さいよ!」
「・・・」
頭を抱える。
怒っている理由がいまいち・・・いや、全然分からない。
でも何か言わないとレイは収まらないようだ。
「その、つまりお前は・・・俺がシンと偶然会ったことが気に入らないというわけか?」
「そうです」
「・・・」
「俺が知らない場所なんでしょう。俺が知らないのにシンが知ってるなんてずるい」
「別にシンと示し合わせたわけじゃない。それに俺だって一人になりたい時はある」
「俺が邪魔なんですか!?」
「違う!どうしてそういうことになるんだ・・・」
「イザークと少しでも長く一緒にいたいのに」
「あー、分かった分かった!次に行く時は連れて行ってやるから!それでいいだろう?」
頭が痛くなってきて、投げやりに言う。
一方のレイはまだ口を尖らせていた。
他にも不満があるらしい。
「後は?」
「・・・」
「とりあえず全部言え」
言い足りないと後からグチグチ言われても困る。
というかムカつく。
「せっかくの休暇なのに」
「ああ、そうだな」
「二人きりが良かった」
「それで?」
「それだけです」
「そうかよ」
こちらの主張はしごく分かり易くていい。
いや、本当はよくないけれども。
「じゃあどうする?シンを家から追い出せと?」
「そんなことは言ってません」
「じゃあその膨れ面を何とかしてくれ」
手をひらひらさせて、顔を見たくないとしぐさで示す。
するとレイはソファに座っているイザークに歩み寄った。
両手をソファの背に置き、イザークを挟み込む。
「俺、今日はどこで寝ればいいんです?」
「・・・客間」
「イザークの部屋がいい」
そのまま顔が近づく。
触れるだけのキスをして唇を離せば、イザークは嘆声混じりに笑った。
「分かった」
「セックスは?」
「・・・駄目だ。シンに聞こえるだろ」
「じゃあここでしましょう」
レイはにっこり笑う。
そしてイザークがその言葉を理解する前に彼の服に手をかけた。
「ちょ、こらっ。どこ触って・・・」
「ここならシンに聞こえませんよ」
「バカッ、そういう問題じゃ・・・」
レイが体を密着させたため、イザークの膝の上にいたリリィが驚いて逃げ出す。
イザークはもがくが、座った状態のままソファに体を押し付けられ、されるがままだ。
「ん・・・」
「イザーク」
顔を上げればレイの熱っぽい瞳が見下ろしている。
今度はより深い口付けを受け入れた。
このまま熱に流されて・・・。
となるはずだったが。
髪を掴まれ、ぐいっ、と後にひっぱられる。
「・・・!!」
レイはあまりの痛みに悲鳴すらあげられず、頭をのけぞらせた。
無論引っ張ったのはイザークだ。
「イザーク・・・なにす・・・」
るんですか、と続けようとしたが、それは阻止された。
両肩を思いっきり突き飛ばされ、レイが後にひっくり返ったからだ。
倒れたのは柔らかいカーペットの上だったがそれでもやはり痛い。
恨みがましい目でイザークをにらむも、当のイザークの視線はレイに向けられていなかった。
焦ったような顔で上を見上げている。
まさか・・・。
嫌な予感を覚え、その視線の先を見れば。
「シン・・・」
レイの部屋で寝ているはずのシンが、階段の上から二人を見下ろしていた。
吹き抜けになっているので丸見えなのだ。
全部見られていた?
いや、別にレイは見られてもかまわないのだが。
むしろ見せつけてやりたいくらい。
問題なのはイザークで。
なんと言い訳すればよいものか考えているのだろう。
顔が引きつっている。
「シン、こ、これは・・・その・・・」
「・・・ぬるい」
「はい?」
ぽつりと、しかしはっきりと言ったシンの言葉にイザークとレイの声がハモった。
「熱い・・・こおり・・・ぬるくて・・・」
呻くように言葉を紡ぐシン。
イザークたちが呆然としたまま見ていると。
ふうっ、と。
力尽きて倒れた。
「びっくりした・・・」
倒れたシンを再びレイのベッドに戻し、イザークは息を吐く。
どうも保冷剤のサイズが小さすぎてすぐに溶けてしまったらしい。
自分の熱の熱さに耐えられずに起き出したのだろう。
レイが冷凍庫から大きめのものを持ってきて同じように額に当ててやる。
やれるだけのことをやった所で、イザークは潜めた声でレイに問いかけた。
「見られた・・・かな?」
「見てたでしょうね」
はああ、とため息と共に頭を抱える。
別にいいじゃないですかと言ったレイをにらみつけた。
「もういい・・・お前は俺の部屋で寝ろ」
「それじゃあ先に行って待ってます」
「一人で寝ろ。今夜はシンについている」
「なッ・・・!どうして!?」
「どうしても」
「じゃあセック・・・」
「レイ!!」
声を荒げたイザークにひるむも、レイもそう簡単には諦められない。
「嫌です!休暇は四日しかないんですよ?」
「シンがいる間は禁止だ!」
そんな、とレイが呻き、なおも食い下がろうとした。
だがその時、シーツの中からシンの手がにゅっと伸びてイザークの服を掴んだ。
「たぁいちょー・・・」
「なんだ、まだ起きてたのか。苦しいのか?」
「みず・・・」
シンの求めに応じ、イザークはミネラルウォーターを取り出す。
上半身を起こしたシンに飲ませてやりながら、いまだ立ち尽くしているレイに視線を送った。
「看病を手伝う気がないなら早く出て行け」
「い、イザーク・・・」
ショックのあまりレイはよろめく。
酷い。
あんまりだ。
そんな彼を気にする様子もなく、イザークは水を飲み終えたシンを再びベッドに横たえようとした。
するとシンがイザークの腕を掴んで引き寄せようとする。
「隊長、一緒に寝てください」
「馬鹿言うな」
しかしシンはイザークの腕を掴んで離そうとしない。
イザークは甘えるな、と言って何とかそれを逃れるが、ならば手だけとねだられてシンの手を握ってやった。
「・・・」
それを見守りながら、レイは確信する。
シンのやつ、わざとだ。
ライバルが現れた瞬間だった。
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2005/05/31