キャンバス 〜刻印〜
「痛い」
イザークがシーツの中で眉を寄せて呻いた。
レイが顔を上げると、潤んだ目でにらんでくる。
「どうしてお前は噛むんだよ」
「どうしてって・・・」
レイは困ったように視線をイザークの左の首筋に向けた。
レイが付けた歯型がくっきり残っている。
痛そうだ。
「そうしたかったから」
白くて、なめらかなこの肌の上。
気が付くとかぶりついているのだ。
無意識の行為なので、どうしてと言われても明確に答えられない。
でも、あえて言うなら。
「綺麗だから」
「あ?」
「綺麗なものは汚したくなるっていうじゃないですか」
「悪趣味」
「仕方ないですよ。イザーク綺麗なんだから」
綺麗。
そう言われようものなら、イザークは相手が誰だろうが怒り出す。
しかし、レイに限っては違った。
レイだけが特別・・・というのは少し違う。
どんなに怒っても懲りずにレイはイザークの美しさを賞賛するので、
イザークもいちいち怒ることをやめてしまっただけだ。
「綺麗だって言うんなら、これだってそうだ」
イザークは不適に笑いながら、レイの両頬を指でつねり上げた。
「痛・・・っ、痛いですよ」
レイが振り払うとくすくす笑う。
「綺麗な顔だってよく言われるだろ。俺だって最初は女かと思ったぞ」
むっとしてにらみ付ける。
それでもイザークは笑っている。
結局レイもつられて笑った。
白い肢体を揺さぶりながら、自分を見上げてくるアイス・ブルーをとらえる。
とらえて、離さないでいたい。
でも。
どんなに楔を打ち込んで、熱を中に吐き出しても。
彼の意識が別のところに行ってしまうことがある。
レイ以外の、誰かのところへ。
必死に縫いとめようとしても駄目なのだ。
ふとした拍子にイザークは行ってしまう。
その身に受け入れているのはレイの体なのに。
その瞳に映しているのはレイの空色の瞳なのに。
「誰のこと、考えてるんですか?」
「誰・・・も・・・ッッ」
否定するイザークの体を乱暴に突き上げる。
逃れようとする腰を掴んで引き寄せた。
閉じようとしていた足が引きつり、汗ばんだ背中が痙攣して浮き上がる。
耳の奥で、名前を呼ぶ彼の声。
でも。
ああ、ほらまた。
うっすらと開けた瞳の中に、レイはいない。
ふと。
目に付く白磁の首筋。
左の鎖骨の上には先程レイがつけた噛み痕。
そして、真っ白なままの反対側。
「いた・・・ッ!」
それまでの快楽のそれとは違う、悲痛めいたイザークの悲鳴。
拒絶の声にも、そして押し返そうとする腕にもかまわず、レイは歯を立てるのをやめない。
獣のように、乱暴に食らいついた。
「・・・ッ」
緊張していたイザークの体の力が緩んだのを感じ、レイはようやく唇を離す。
見れば白かった首には歯型だけでなく血までにじんでいた。
ぺろりと唇をなめると、金臭い味がする。
そんなレイをイザークが信じられないという顔で見ていた。
その唇を奪う。
・・・血の味だ。
「会ってみたい」
「誰に・・・?」
「イザークが、ずっと想ってる人」
「そんな奴、いない」
苛立ってきたのか、にらみつけてくるイザーク。
「俺を信用してないのか」
どこかに行ってしまうと?
そう思っているのかもしれない。
イザークを信じていないから、縛りつけようとしているのかもしれない。
こうやって、赤い刻印を残して。
これは自分のものだと。
もうお前のものではないのだ、と。
けれども。
いくら傷を付けたところで。
やはりイザークはここにいない誰かを想うのだろう。
そしてレイはそれに追いすがる。
必死で。
ぐったりとしている白い肢体を、レイはなおもシーツに縫い付ける。
ふと、窓の外から青い光が差していることに気付いた。
夜明け前の、光。
二人が離れる朝が近づいていた。
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2005/06/20