ドア 〜シン・アスカ〜
「ジュール隊長!」
声変わりしたての声が、鼓膜を突き刺す。
コクピットに飛び込むがごとくの勢いで顔を突き出してきた少年に、イザークは渋面をした。
にらみつけてやるが、少年はもう慣れたとでも言いたげに笑って返す。
「お昼まだですよね?一緒にどうですか?」
「結構だ」
「そんなんだから細いんですよ」
「巨大なお世話だ」
「ねえねえ、食べに行きましょうよ」
「しつこいぞ、シン」
冷たく答えても、シン・アスカは引き下がらなかった。
「またやってるぜ、シンの奴・・・懲りないねぇ」
倉庫のPCを片付けながらディアッカが苦笑混じりに言う。
隣にいたルナマリア・ホークも、イザークのザクファントムに食いついているシンを見上げてため息を吐く。
「本当に・・・恥ずかしいんだから、もう」
シンとルナマリアが研修としてジュール隊に来てから1週間。
何かと理由をつけてイザークに付きまとうシンの姿は日常茶飯事になっていた。
聞くところによると、シンが初めて訪れたプラントの市で熱を出してしまったとき、
偶然居合わせたイザークが家に連れ帰って介抱してくれたのだという。
それ以来シンは口を開けばイザークの話しばかりで、ルナマリアは少々困り果てていた。
何故かというと、イザークの名前が出るたびにレイがものすごい目つきでにらみつけてくるからだ。
レイが停戦直後からイザークに身元を預けられ、同居していたことは知っているが、
どうして親の仇を見るような視線を送ってくるのか分からない。
とにかくシンとレイの間に挟まれかなりしんどい思いをしていた矢先、この研修の話がやってきたのだった。
当然シンはおおはしゃぎで・・・あの調子である。
「隊長甘いもの好きなんでしょ。今日のデザート、ケーキでしたよ」
「ああ・・・そうかよ」
「あんみつもありましたよ。ねえ、一緒に食べましょうよ」
「そんな気分じゃない・・・」
「レイがいたらあそこまで付きまとわなかっただろうに・・・イザークも災難だなぁ」
「冗談やめてくださいよ。レイがこの場にいたら、私の方が災難です」
レイはこの研修に参加していない。
隊長であるイザークが身元引受人・・・つまり懇意の人物であるということで、ジュール隊での研修は見送られたのだ。
当然レイは不満を口にしなかったが、こちらに向けてくる目がとにかく怖かった。
今でこそ恐怖の眼光から解放されているものの、研修を終えてミネルバに戻った時のことを考えると気が重い。
またひとつ大きなため息をついたルナマリアに、ディアッカが同情のまなざしを向ける。
そして頭をぽんぽんと叩いた。
「元気出せって。あんみつおごってやるから」
「ねえ、隊長ー」
「いい加減にしろっ、俺は今忙しいんだ!」
無駄と分かっていても、ついつい声が荒くなってしまう。
「お前は研修でここに来ているんだろう!それ以外の面倒を見てやる気はない!!」
「・・・」
口を閉ざしたシンに畳み掛けるように、やや声のトーンを押さえて言う。
「さっさと食堂に行け。食いはぐれるぞ」
シンは何も言い返してこない。
静かになったので、やっと諦めたのかと息をついた。
その時。
「・・・ッ!」
パネルに影が差したかと思うと、小柄な体が飛びついてきた。
「シン!」
狭いので避けることも、振り払うこともできない。
抱きつかれるとほぼ同時に、唇を重ねられた。
「・・・」
「・・・」
気味が悪いほどの沈黙の後、シンがようやく唇を話す。
逆光で顔がよく見えないが、すねているようだ。
どうしたものかとイザークが考えあぐねていると、何を思ったかシンはそばにあったあるボタンを押す。
「お、おいっ、それは・・・!!」
イザークの声はコクピットの閉まる音と重なった。
がこんっ、と耳障りな音と共にザクのコクピットが閉じる。
周りの音が遮断され、狭い空間の中に二人が取り残された。
「・・・おい」
「・・・」
「これで満足かよ」
抱きつかれたまま呆れた声で言えば、シンが顔を上げる。
今度は顔がはっきり見えた。
「別に・・・ただ、隊長があんまりいじわるだから」
「だからって普通男にキスはせんぞ」
「いいじゃないですか。したかったんだから」
「レイと同じことを言うな」
「え、それじゃあやっぱり隊長とレイって・・・あががががっ!」
それ以上言わせず、両手で頬をつまんで横に引っ張る。
シンが情けない声をあげた。
「分かってるんなら付きまとうな。あれでレイは口うるさいんだ」
「いひゃいれふ、やふぇふぇふひゃひゃい」
「・・・何言ってるのかわからん」
「らっふぇふぁいひょーふぁ・・・」
「とにかく俺の言ったことは分かったか?」
涙目のシンがこくこく頷いたのを確認し、手を離してやる。
真っ赤になった頬をさすりながら、酷いですよー、とシンが呻いた。
抱きつくシンの頭をなでると嬉しそうに目を細め、頬を摺り寄せてくる。
それを見て、ふいに猫のリリィを思い出した。
甘え方が猫そっくりだ。
「レイはそっちでは上手くやってるのか?」
「え?」
「いや・・・なんか家と外とでは感じが違うようだから」
「家ではどうなんですか?」
「・・・最初は無口で無表情で何考えてるのか分からなかったが、
今じゃ俺よりよくしゃべるな。世話焼きだし」
「へー、あのレイが・・・。俺今でもあいつのことよく分かんないですよ。
笑った顔なんてほとんど見たことない。・・・でも、優しいかな、やっぱり」
「優しい?」
「俺プラントのこととかよく分かんなかったから。その度にレイが助けてくれましたよ。
天気のこととか書類の取り方とか」
「そういえばお前は移民だったな」
「はい・・・オーブの」
そこでシンは言葉を切り、視線を落とす。
当時の記憶がよみがえったのだろう。
体が僅かに震えていた。
確か地球軍がオーブに侵攻した際、家族を失ったはずだ。
イザークもあの時の光景を思い出す。
ショックだった。
小国とはいえ、国一つがああも簡単に滅びるなど。
焼け落ちるオーブはプラントの未来の姿かもしれない。
隊の仲間がばらばらになった時期と重なって不安が大きくなっていたこともあり、
あの出来事はかなりインパクトのあるものとしてイザークの胸に刻まれていた。
「俺・・・悔しくて・・・アスハのせいで家族が・・・」
「・・・」
「何もできなかったから・・・だから力が欲しくて」
それは誰もが思うことだ。
力で守ることができれば。
力さえ手に入れられれば。
そうすれば何も失わずに済む、と。
「力を手に入れても、守れない時もある」
びくりとシンが顔を上げる。
その赤い色みの瞳を見返しながら、言葉を続けた。
「逆に手に入れた力のために失わせてしまうこともある」
シンの眉根が寄せられる。
言っている意味が分からないのだろう。
無理もない。
イザークだって、2年前にあれだけの思いをしてやっとおぼろげながら感じ取っている程度だ。
「大丈夫だ。プラントは俺たちが守っている。そう簡単に滅びない」
「・・・隊長」
「だからゆっくり学べ」
どうか彼は、自分のように間違ってしまわないように。
「・・・ジュール隊長殿」
「何だ?」
隊長室に入ってきたディアッカに、イザークは書類から目を離して顔を上げる。
苦々しい口調から察するあたり、何かまずいことでもあったようだ。
「今度は何があった?またボルテールのエンジントラブルか?」
「俺はそっちの方がまだ平和なトラブルのような気がするね」
「はあ?」
「下から連絡があってさ、お前の被保護者がこっちに向かってるって」
「レイが?」
「連絡よこした兵士が、ものすごい形相で止められなかったってご丁寧に付け足してくれたよ」
「・・・」
「俺逃げちゃ駄目?」
「・・・」
「イザーク!!!」
門兵いわく「ものすごい形相」のレイが、怒号と共に部屋に踏み込んできた。
ドアのそばにいたディアッカが青くなってのけぞる。
「・・・何の用だ、レイ。シンとルナマリアはとっくにグラディス隊に戻ったぞ」
研修を終えたシンとルナマリアは、確か5時間ほど前に挨拶に来て、帰っていった。
当然二人の出迎えではあるまい。
遅すぎるということもあるし、大体レイはそんな気のきいたことをする奴じゃない。
「二人にはちゃんと向こうで会いました。いろいろ研修中にあったことを聞きましたよ・・・いろいろと!」
「そうかよ」
大体その話の内容がどんなものか分かっているのだが、あえてとぼけてやる。
後ろではディアッカがじりじりとドアへと向かっていた。
「え・・・と、俺はお邪魔みたいだからこの辺で・・・」
「さっさと行って下さい!!!」
レイの一喝に背中を押されるように、ディアッカがあたふたと部屋から出て行く。
漫才を見せ付けられているような気がしてきて、見ているこっちが情けなくなった。
「イザーク・・・」
邪魔者がいなくなった所でレイがずかずかとこっちに歩いてくる。
デスクに頬杖をついて待っていると、どんっ、とそのデスクに拳が打ち込まれた。
「シンと二人っきりでコクピットに入ったとか?」
「まあそんなこともあったかな」
「抱きついて・・・頭をなでてもらったってシンが・・・」
「ああ。猫みたいでかわいかったぞ」
「・・・なんでです!?」
「何でって・・・」
シンに強制されたというのが一番近い表現だが、そうなるとシンの身が危ういかもしれない。
それにしても、と自分をにらみつけてくるレイの顔を見上げる。
なるほど、怖いかもしれない。
門兵やディアッカが尻込みするのも無理はないか。
その間にもレイはなにやら文句を言っている。
ほとんど聞き流していたが、次第にイザークは腹が立ってきた。
しばらくメールでしかやり取りをしていなくて顔を合わすのは久しぶりなのに、
そういう時くらい笑ったりできないのだろうか。
笑うまでいかなくても、一言挨拶位するものだ。
イザークは普段の自分の振る舞いを棚に上げてそう考える。
突然イザークは、椅子から勢いよく立ち上がった。
驚いて一瞬動きを止めたレイの顎を引っつかむ。
そしてデスクを間に挟んだまま、レイの顔を引き寄せて唇を押し当てた。
「・・・」
「・・・」
沈黙。
なるほど、黙らすにはいい手だ、と思いながらゆっくり顔を離す。
レイが大きな瞳をこれでもかというくらい見開いていた。
「イ・・・ザーク?」
「もう行け」
「どうして・・・?」
「恋人は別れる時キスするもんだろう」
「・・・」
にやりと笑えばレイの表情が緩む。
どうやら機嫌は直ったらしい。
自分が言うのもなんだが、結構単純だ。
そんなことを思っていると、レイがさらに身を乗り出してきた。
「もう一回キスしてください」
「ん?」
「恋人は久しぶりに会ったときにもキスするんですよ」
「・・・それで?」
「さっきのは会ったときの分です」
ああなるほど、と苦笑する。
するとレイがデスクを回ってこちらにやってきた。
抱き合って、別れのキスを一つ。
レイが部屋を出てしばらくすると、案の定ディアッカが入ってきた。
大方廊下で様子を伺っていたのだろう。
「何をどうしたわけ?」
「何が?」
「だってあいつ・・・気味が悪いくらい機嫌よかったぜ」
「そうか。良かったじゃないか」
「・・・そりゃそうだけど」
ディアッカはまだ何か言いたそうだったが、黙って首を振る。
「それにしても、よくあのレイとシンがルームメイトなんてやってられるねぇ」
「そうか?結構似てるところがあるぞ、あいつらは」
「どこよ?」
「普段は生意気だが、甘えてくるとかわいい。甘え上手だな」
「・・・ソウデスカ」
なかなか見られない上司の笑顔を前に、
ディアッカはルナマリアにどうアドバイスしたものかと考えあぐねていた。
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2005/07/18