スレイプニール 〜別れ〜




 いつもは人が行きかうエアポートも、規制がひかれているためか軍服を着た人間しか見えなかった。
 自動のガラス戸がスライドし、ロビーに足を踏み入れる。
 颯爽と歩くその人物に、好奇心に満ちた視線が集まった。

 白い軍服を着ている上、長身の彼はただでさえ目立つ。
 さらに銀髪に白磁の肌、そして切れるような怜悧な顔立ちがその存在感に拍車をかけていた。
 清冽な美貌に、暗い欲望の目を向ける者までいる。
 だが、周りの視線など慣れているとでも言うように、彼は気後れすることなくロビーを突き進んだ。
 すると、覚えのある元気な声が彼の名前を呼ぶ。

 「ジュール隊長!!」

 イザーク・ジュールが顔を向ければ、シン・アスカがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
 少し後ろに続くのは華やかな笑みを浮かべたルナマリア・ホークと、
 彼女とは対照的に不機嫌な顔のレイ・ザ・バレル。
 と、シンが勢いよく抱きつくのを受け止めようとして少しよろけた。
 レイといいシンといい、この数ヶ月で一気に身長が伸びるものだから、
 いつまでも子ども扱いできなかった。
 まだ頭半分差があるが、そのうち追い越されるかもしれない。

 そんなことを考えていると、追いついたルナマリアが挨拶する。
 「こんにちは、隊長。見送りに来てくださったんですか?」
 敬礼はしているが、大きな瞳のせいであどけなさが残る。
 シンに抱きつかれたまま、軽く手を上げてそれに応えた。
 「ああ。しばらく会えなくなるだろうからな」
 「ディアッカは?」
 「仕事押し付けてきた」
 ここにいない親友兼部下を揶揄するように言えば、ルナマリアがくすくす笑う。
 イザークは、彼女の健康的な魅力を感じさせる笑顔が好きだった。
 しかし。
 その和やかな雰囲気を打ち消すかのような暗いオーラを発している人間がいる。
 シンだけがそれに気付かずきょとんとしているが、イザークとルナマリアは重い息を吐き出した。
 「・・・レイ」
 「・・・こんにちは」
 「ああ」
 それでも一応敬礼はするのだからなおたちが悪い気がした。
 ルナマリアも呆れている。
 「レイ、その顔何とかならないの?」
 「うるさい」
 「シンも、離れなさい!」
 レイの不機嫌の理由を誰よりも理解しているルナマリアが、シンの首襟を掴んでイザークから引き離す。
 やはり年上だけあって、シンへの扱いは弟を諌める姉そのものだった。
 「私たち、はずしましょうか?」
 気を利かせるルナマリアにいや、と曖昧に返事をする。
 そしてレイについてくるよう手招きした。
 「ちょっとレイを借りる」
 「はい、どうぞ」

 未だに口をへの字に曲げているレイを連れてロビーを出ようとすると、
 後ろからシンとルナマリアのやり取りが聞こえてくる。
 シンが性懲りもなく自分たちについて行こうとしたのでたしなめられているのだろう。
 ただ、どうしてシンが自分にくっつこうとするのかが鈍いイザークには分からない。
 家族を亡くして寂しいのだろうと勝手に解釈しているのだが。
 「あの二人は仲がいいな」
 ふとつぶやいたイザークに、レイが少し表情を緩めた。
 案外普段からの姉弟のようなやり取りを微笑ましく思っているのか。
 「ルナマリアはすっかり弟扱いですけどね。恋人になるには無理かもしれません」
 「分からないぞ。いつの間にかカップルになっていて、お前は取り残されるかもな」
 「別にかまいませんよ」
 「強がるな」
 「強がってません」
 少し機嫌がよくなったかと思えば、またレイは口を尖らせてしまった。



 タリア・グラディスが率いる隊に配属されたシン、ルナマリア、そしてレイは、
 これからアーモリー・ワンに赴くことになっていた。
 戦後新たに建設されたプラント、アーモリー・ワンでは、すでに彼らの艦となる「ミネルバ」の完成が間近となっている。
 2ヶ月後には進水式だ。
 イザークは本国防衛のために進水式には参加できないため、わざわざエアポートまで見送りにきたのだった。
 


 駐車場に入ると、自分が乗ってきた車の助手席にレイを座らせる。
 人気はほとんどなかった。

 「いい加減その面を何とかしろ」
 「・・・」
 冷ややかに言えば、大きな空色の瞳を眇める。
 「一体何に怒っている?昨夜はあんなに機嫌が良かっただろうが」
 「イザークのせいじゃないですか」
 「俺は昨日何かしたか?」
 「ついさっきのことです」
 「はあ?」
 「・・・もう、いいです」
 そう言ってレイはまたぷいっと顔を背ける。
 シンが抱きついてきたことに対してレイがすねているなどと、イザークは思いも寄らない。
 どうもこいつの思考は理解できないと額を押さえた。
 
 その時、肩をつかまれぐいっと引っ張られる。

 「・・・むがっ」
 レイが間の抜けた声を出した。
 キスをされる寸前で、イザークが手のひらでレイの顔を押し戻したのだ。
 条件反射とも取れる素早さだった。
 「むうっ・・・!」
 「やめろ。誰が通るか分からんだろう」
 「・・・っ、誰も通りませんよ」
 顔からイザークの手を引き剥がしたレイがそれでも顔を寄せようとする。
 それを阻止しながら周りに視線をめぐらせた。
 幸いなことに人気はないままだが、だからといって誰も通らないという保障はない。

 すると、レイが空いた方の手でイザークの太ももをなで上げた。
 甘い痺れが走り、悲鳴を上げかける。
 「・・・!こ・・・ッ、こら、やめ・・・ッ」
 一瞬力が緩み、襟元を掴まれるのを許してしまう。
 そうなれば向こうは手馴れたものだ。
 「んんっ・・・」
 「・・・はっ」
 唇を乱暴にふさがれ、下肢も嬲られる。
 思い通りになるものかとイザークは暴れたが、大した意味もなさずに助手席の方へ上半身を引き摺られた。
 「やめろ、レイ!」
 「誰にも見えませんよ」
 「そういう問題じゃない!」
 運転席と助手席を跨ぐように体を仰向けにされているので背中に座席の手すりが当たって痛い。
 そのままレイが体重をかけてくるものだから悲鳴を上げそうになった。

 「い、いい加減にしろ!昨夜のあれでもう充分だろう!!」
 「全然足りません」
 「あのなぁ・・・」
 昨夜、レイはイザークと共に過ごした。
 呼んだのはイザークで夕食を共にするだけのつもりだったが、
 強引なレイに流され、そのまま隊長室のソファで一晩中彼を受け入れていたのだ。
 あれで満足したと思っていたのに、潔癖そうな顔をしてとんでもない奴だと思わざるをえない。
 まあそれは泣かされながらも感じていた自分にも言えることだし、
 こういう関係になってから1年半も経っていては今更なのだが。
 シンたちの手前なんでもないようなふりをしてはいたが、昨夜の行為のせいで体はだるくて仕方ない。
 このまま車の中でするなんてとんでもなかった。
 本当に腰が立たなくなってしまう。
 ディアッカのおせっかいなど聞かず、見送りになど来なければよかった。

 「レイ・・・ッ」
 「嫌・・・ですか?」
 「・・・」
 ふと手を止めてそんなことを言われれば、イザークだって返答に困る。
 初めこそ年下に肌を許すなんて鼻白む気持ちだったが、
 一度快楽を教え込まれた自分の体はイザークの手に余ることすらある。
 満たされることを知ってしまえば、相手の熱はあまりに心地よかった。
 今だって腰が立たなくなるのが嫌なだけで、自分の部屋のベッドだったら了承していたかもしれない。
 複雑な思いはするものの、すっかりこの年下の居候に翻弄されていた。

 かと言って、保護者的な態度まで変えてしまったわけではないのだが・・・。
 「もうすぐ出発の時間だろ」
 「・・・でも」
 次に会えるのはいつになるのか分からない。
 それがレイの気持ちを波立たせる。
 そういう気持ちは、イザークにも覚えがあった。
 「言葉では、駄目か?」
 金髪に指を絡め、あやすように言う。
 はっとするレイの息遣いが伝わった。
 「・・・いいえ・・・、駄目じゃ、ありません」
 「そうか」
 「むしろ・・・」
 何か言いかけようとしたレイの頭を引き寄せる。
 接吻しそうなほどに唇が近づいた。
 
 「愛してるよ」

 空色の瞳が大きく見開かれる。
 それほど驚かれる言葉だっただろうか。
 あまりに相手がこちらを凝視するので気恥ずかしくなってきた。
 「何だよ」
 「もう・・・一度、もう一度言ってください」
 「・・・」
 「早く」
 「やだ」
 「イザーク!」
 「や・だ」
 むきになるレイをからかい、笑う。
 するとレイがお返しとばかりに首に噛み付いた。
 「痛い、こらっ。跡つけるな」
 「早く言ってくれないと見えるところにもつけます」
 「分かった、分かったって・・・愛してるよ」
 「もう一回!」
 「愛してる!」
 
 いま自分の体を許していいと思えるのは、生意気なこの少年だけだ。
 戦時中、流されるままに体を許した男のことを忘れたわけではない。
 しかしそれは「恋」とか「愛」と呼べるものかどうか未だに自信がなかったし、
 彼の裏切りに酷く心を傷つけられたのは確かだ。
 だからこそ、一途なまでに自分を求めてくるレイの腕は、ようやく手に入れた安住の地だった。
 戸惑うばかりだった彼からの想いに、今は完全に絡めとられている。
 それは間違いなく、今の自分にとっての幸福だった。
 
 嬉しそうに抱きつくレイの背中に手を回しながら、低くささやいた。
 「早く手柄をたててこっちに来い。部下にしてやるから・・・一緒にプラントを守ろう」

 同じ国に住み、共にその故国を守る。
 イザークにとってそれは一番重要で、一番幸福なこと。
 自分の存在の証だった。

 しかし。
 その時はまだ気付かなかった。


 それが、彼への戒めになるとは。



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2005/08/05