グラデーション 〜ハッピーバースデー〜
『ごめんな、まだやってるんだよ』
ディアッカのいかにもすまないという顔に、レイは短くいいえ、と答えた。
一日に何度もしつこく通信を受け、さぞ迷惑だろうに。
無視しようと思えばできるはずだ。
「謝るのは俺の方です。何度も何度もすみません・・・」
『いいんだって。今日は特別だもんな』
「はい・・・でも、仕方ないですね。会議なら」
『ああ、どうも頑固な連中がいるらしくてな。イザークも癇癪起こさなきゃいいけど』
今日は特別な日。
レイの大切な人のための日だ。
しかしレイは今、彼のそばにいない。
いま自分が任務として滞在しているのは、L4の近くに建設されたアーモリー・ワン。
そこから彼のいるプラントは遠すぎた。
だからこそ、ブラウン管を隔ててもいい。
彼に直接、自分の言葉で「おめでとう」と言ってあげたかった。
だが、もうそれはかなわないようだ。
時計を見れば日付が変わるまで一時間を切っている。
彼は朝からずっと会議に出席していた。
本国防衛の件について軍の中で揉め事が起こり、まだ決着がつかないらしい。
「もう諦めます。どうかディアッカからイザークに・・・」
『ああ。ハッピーバースデーだよな。伝えとくよ』
そのあと二、三言ディアッカと言葉を交わし、通信を切る。
部屋に重い沈黙が漂った。
PCの電源を落としてしまおうかと手を伸ばしかける・・・が、寸前で思いとどまる。
もしかしたら、という期待を捨て切れなかった。
「イザーク・・・」
ぽつり、と。
愛しい人の名前を口にする。
本国を離れてからすでに一ヶ月が経とうとしていた。
レイからは頻繁にメールを送るが、イザークは最近忙しいらしく、
返事が返ってくるペースが遅くなっている。
画面を通した通信も、まだ二度しかできていなかった。
代わりに応対してくれるディアッカが言うには、最近軍内部が異様に慌しいということ。
仕事ならば仕方ない、と。
レイもメールの返事を強制したりしない。
軍服をまとい、プラントに尽くすのはイザークにとって何よりも重大なことだ。
少し寂しいけれども・・・。
「でも、だからって今日くらいは」
イザークがこの世に生を受けた日。
感謝して止まない日だというのに。
去年の誕生日、イザークは一人で過ごした。
まだ前の大戦中のことだ。
ディアッカも、他の仲間も皆いなくて・・・どれほどつらかっただろう。
それを知ったとき、レイは次の彼の誕生日はそばにいてあげたい、と強く願った。
でも、結局叶わなくて・・・。
今年はディアッカがそばにいるから、まだ慰めになるだろうか。
ピー。
ピー。
電子音。
椅子に座ったまま意識を飛ばしかけていたレイは、飛び上がらんばかりに驚いた。
画面を見れば本国からの通信を知らせている。
まさか・・・。
いやに緊張しながら、チャンネルを合わせた。
『レイ・・・!』
「イ、ザ・・・」
言葉に、つまった。
画面に映し出された銀色の麗人が、とても・・・とてもまぶしい。
久しぶりに会ったような気がして何だかすごく新鮮で、思わず見入ってしまった。
『すまなかった。何度も連絡してくれたのだろう?』
「はい・・・」
レイは返事をしたものの、次の言葉が出てこない。
言いたいことはたくさんあるはずなのに。
レイのそんな心中などお見通しなのか、イザークは微笑している。
その笑みを見て、レイはようやく気が付いた。
少し・・・痩せたのではないだろうか。
もともと減らす肉などないというのに。
そう思えば画面に映し出される美しい笑顔さえ儚いものに見えてしまう。
「イザーク、仕事は・・・」
『ああ、何とか納得させた』
ディアッカが言っていた揉め事は、日付が変わる直前でようやく決着がついたらしい。
イザークの意向に沿った結果だったのか、心なしか満足している様子だ。
「無理、しないでください」
『分かってるさ。レイこそ・・・そっちで上手くやっているのか?』
「はい」
『シンとルナマリアは?二人とも元気か?』
「はい。とても・・・」
ああ、やはり言葉が出てこない。
その時。
ふと、時計に目が行った。
――― 23:58
早く・・・。
「イザーク・・・」
呼びかける。
早く、言わなくては。
早く、早く。
「あなたが・・・貴方が生まれてきたこの日に・・・心からの、感謝を」
――― 23:59
「ハッピーバースデー、イザーク」
蒼い双眸が優しげな光を受かべる。
頬が僅かに赤く染まって見えるのは気のせいだろうか。
そっと、画面に向かって手を差し伸べた。
それに気付いたイザークも、白い手を差し伸べる。
画面越しに、手のひらを合わせた。
体温も、伝わった気がする。
「ありがとう、レイ」
時計が、0:00を刻んだ。
日付が変わった。
もう、特別な日ではない。
祝いの言葉も伝えた。
それでも。
二人は画面越しに手を合わせたまま動かなかった。
このまま終わるのが名残惜しすぎた。
しかし、そうしてばかりもいられない。
イザークがふっと瞳を伏せ、艶やかな薄紅の唇を開く。
『じゃあ、もうこれで・・・』
「イザーク!」
思わず叫んでいた。
レイがあげた声に、イザークも驚いた顔をして視線を戻す。
「イザーク・・・イザーク・・・会いたい」
『レイ・・・』
「あなたを、抱きしめたい」
画面に這わせた手に、意識せずに力が入る。
どんなに手を伸ばしても、ここからは届かない。
それは分かっているのに。
しばらくの沈黙の後。
イザークが再び唇を動かした。
音は聞こえない。
唇だけ動かしている。
レイはそれに見入った。
ア ・ イ ・ シ ・ テ ・ ル
頷いて、「俺もです」とつぶやく。
指先で。
その唇を、そっとなぞった。
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2005/08/10