ビターチョコレート 〜クルーゼ〜
「ん・・・はあっ」
時間の感覚が曖昧になっていた。
出るはずだった会議の時間はとっくに過ぎているはずだ。
ぼんやりとそう思った途端、乱暴な突き上げに顔をしかめた。
「あっ、くっ・・・」
「イザーク」
頬をレイの髪がかすめる。
と、同時に体の奥に感じた熱に足が痙攣した。
「ッ、あ・・・もっ、う」
「このベッド、スプリングがうるさいですね」
一度達したというのに、レイは往生際悪く腰を動かした。
ぎしぎしとベッドが唸り、イザークは顔を真っ赤にする。
「わざわざ、ゆ・・・らすな、もう、いいだろう」
「もう一回やったら全部思い出すかもしれません」
「ば・・・ッ、冗談・・・!あ・・・っ」
行為を再開してしまったレイの貪欲さに、不本意ながらもあっという間に流される。
荒れ狂う熱にうなされ、喘ぐイザークの唇を、レイはきつく吸った。
「愛してます、イザーク」
乱れたベッドの上。
レイの告白を、イザークは静かに聞いていた。
レイが遺伝子上はラウ・ル・クルーゼと同一人物・・・つまりクローンだということに話が及んだ時は、
さすがに驚いたようだった。
そういえば声や後姿がそっくりだ、どうして気付かなかったんだろうとぶつぶつぼやく。
前大戦の時、ラウの下に最後までいたのはイザークなのだ。
ギルバートに引き合わされた2年前のレイは、幼いという印象が強かったからかもしれない。
一方のレイは、イザークがクローンということに大した衝撃を受けていないことが意外だった。
「気持ち悪いとか・・・思いませんか?」
「貴様、俺がブルーコスモスの連中のような感覚を持っているとでも思ったのか?」
とんだ侮辱だとレイの頬を軽くつねる。
「お前は、お前だ」
「そう、でしょうか」
「なら聞くが、お前はラウ・ル・クルーゼか?」
「・・・」
「お前と隊長は全然違う」
「違う?」
「あの人はいつも冷静で、有能だった。MS戦では今の俺でも適わないだろうな。
指揮官としても理想的で素晴しい方だった」
「はあ」
「でもお前はガキっぽいところがあるし、人見知りするし、独占欲がやたら強いし・・・」
「酷・・・」
「成績は・・・まあいい方だが、MS戦では俺の足元にもおよばんだろう」
「一応これでもフェイスで最新鋭機に乗ってるんですけど」
「機体の性能で能力は決まらん」
「・・・」
レイはぐうの音もでなかった。
ふと、ギルバートの柔和な顔を思い浮かべる。
彼はイザークとは逆のことをレイに言い続けた。
常にレイはラウでもあると諭し、レイの中にラウを求めた。
そしてレイは彼の要求に従順に応えてきた。
頼るべきものがラウとギルバートしかいなかったレイにとって、それは当然の処世術だったのだ。
それゆえ。
ラウの戦死を知った途端、レイは自分自身を見失った。
ギルバートは精神が破状する寸前だったレイを前にしてもラウを諦め切れなかったのか、
何らかの処置をレイに施してイザークに預けた。
まっさらになったレイの心・・・そこへ清冽に刻み付けられたイザークという存在にかけたのだ。
イザークがラウの下に長くいたという事実にもある程度期待したのかもしれない。
イザークはレイの金髪を優しくなでる。
髪の色もやはり同じだなと思いながら、常に素顔を仮面の下に隠していたラウの記憶を辿った。
「あの人は・・・クルーゼ隊長は、悲しい方だったな」
「悲しい・・・」
レイもラウの顔を思い浮かべる。
彼はいつでも笑みを絶やさなかった。
だが、それも今思えば作った笑みだったのだろう。
己の宿命を思い知った時の絶望を思えば、やはりラウは言いようのない悲しみを抱えていたのかもしれない。
彼は自分とは違い、他人にすがることすら知らなかったのだから。
「あの人を、尊敬していた」
イザークは、ディアッカ経由でラウの事情を知っていたという。
当然、彼が犯したスパイ行為も。
「戦局が過酷になって、彼に不信感を感じるようになった・・・」
それでも。
「ラウを、信じていた?」
レイの言葉にイザークは一瞬視線を遠くへ飛ばす。
そして緩く首を振った。
「分からない・・・俺は、あの人の何を見ていたんだろう」
悲しい人。
戦争をゲームのように楽しみ、己すら駒と見なしていたラウ。
その彼のどこを見て悲しい人だと思ったのだろう。
それでも。
敵に情報を流し、ジョシュアの悲劇を見過ごした人。
ナチュラルとコーディネーターの泥沼の殺し合いを引き起こしたかもしれない人。
それでも。
「今でも、思うんだ」
信じていなかった。
イザークはあの時、間違いなくラウを疑っていた。
「あの人を、最後まで信じてあげるべきだったんじゃないかって」
ラウの裏切りを知ったとき、イザークに怒りはなかった。
むしろ彼の死が純粋に悲しかった。
生きていて欲しかった。
そして彼の罪を知って、思う。
自分は・・・自分一人だけは、最後までラウを信じるべきだったではないのかと。
「ラウは・・・死ぬことばかりを考え、夢見ていました」
「・・・」
「世界を道連れにして、そして自分も死ぬんだ、と」
「そんなこと・・・」
「でも、どうしてだろう」
レイはベッドから上半身を起こす。
そしていまだシーツに横たわるイザークを見下ろした。
「ラウの近くには、あなたがいたんでしょう?」
「あ・・・あ」
シーツに散る銀の髪。
陶器のような白い肌。
ブルートパーズの瞳。
レイはイザークの体のパーツの一つ一つを検分するように眺める。
そしてその美しさを改めて確認し、何度も短いため息をついた。
「ラウはあなたの美しさに気付かないほど、死ぬことに夢中になっていたんだろうか」
これほど美しい存在を、どうして手に入れようと思わなかったのだろうか、あの人は。
見た目だけではない。
なにより、イザークは精神的にどこまでも真っ直ぐで綺麗だ。
この美しさにすら希望を見出せなかったのか。
それほどもう一人の自分は悲しい人だったのか。
「レイ・・・」
「死ななければならない運命なら・・・だからこそ、手に入れたいと思うはずなのに」
「死・・・ッ、レイ、お前・・・!」
―――期限さえなければ・・・ずっと忘れさせたままでよかったんだ。
―――あの子の、レイの命の期限だよ・・・。
今更ながら、ギルバートの意味深な言葉が過ぎった。
そうだ・・・確か、クローニングにはいまだ克服できない欠陥があったのだ。
「レ・・・ッ」
「イザーク」
体を起こそうとしたイザークは、顔を近づけてきたレイに動きを止めた。
ぽたり、と。
透明な涙が頬に落ちる。
「イザーク・・・怖い」
「レイ」
「死ぬのは・・・怖い。怖いんです!」
胸に重みを感じる。
レイの指が肩に食い込んでいた。
でも、ちっとも痛くない。
心の方が、痛くて。
「怖い・・・ッ、このまま死にたくない!」
「当たり前だ、バカッ!」
しがみつく体を抱き返す。
ラウにそんなことをする必要はなかった。
彼はそんなもの・・・優しさやぬくもりなんて求めなかった。
だからこそ、イザークは手を差し伸べる。
レイは、彼ではないのだから。
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2006/02/19