グラスワーク 〜エコー〜




 「ギルはギルなりに、俺のことを愛してくれているんだと思います」

 レイの言葉に、イザークは僅かに頷いた。
 そうだろう。
 このメサイアで、イザークが出席するはずだった会議の時間は当に過ぎていた。
 イザークは軍内でもかなり高い地位にあるのだから、会議に欠席しているとなれば不審に思われてしまう。
 しかし誰もこの部屋を訪ねる気配はないし、この先もないだろうという確信めいたものがあった。
 おそらくは、ギルバートが上手く取り繕っているのだと。
 何を根拠に、と訊かれると応えに窮してしまうのだが・・・。
 何となく、彼はイザークとレイがこんな状態になるよう仕向けた気がしてならない。
 最後に見たギルバートの表情が頭から離れなかった。
 彼はレイから・・・「未来」が残り少ないと決まっているレイから、「過去」のみならず「現在」まで奪った。
 戦い、生きることに必死だったイザークやレイもそうだが、ギルバートも己の理想を為すために走り続けてきた。
 終着点を目前にして、ふと後ろを振り返って・・・ようやく気付いたのだろう。
 レイにした行為の残酷さが。
 

 「俺は残った時間が少ないと知ったときから、それをせめてギルのために使いたいと思って戦ってきました」
 そう。
 レイは「彼」ではない。
 世界に絶望し、己の運命に絶望し、それでも守るものを求めた。
 全てを憎悪して破壊しようとした「彼」とは違う。
 「ギルのためになることなら何でもしたかった。
 でも、同時に空を仰いでプラントをずっと望んでいた。守りたかった。
 ・・・あそこは俺の故郷でも何でもないはずなのに」
 プラントは。
 いつでもレイに向かって両手を差し伸べていた。
 
 ―――戻ってきてもいいんだよ。
 ―――いつもあなたを待っているから。
 ―――あなたの居場所はここにあるから。
 ―――あなたを愛しているから。
 ―――だから。
 ―――戻っておいで。

 どうしてプラントがこれほど気になるのだろう。
 ギルがいるから?
 けれどギルが地球に降りてきたときも、やはり心は宇宙に浮かぶ砂時計へと向けられていた。
 そして・・・時折脳裏をかすめる銀の閃光。
 
 いま、その理由がやっと分かった。
 全身で感じ取ったから。
 「あなたがいたからだ」
 白い頬を、手のひらで愛おしげになでた。
 イザークは静かに瞳を伏せ、その体温を感じるようとする。
 ああこれだ。
 自分が求めていたのはこれだった。
 心の奥底で、消し去ろうとしてできなかったイザークの記憶。

 そして・・・この場所。
 イザークのプラント。
 イザークが何よりも守りたいと願っているプラント。
 レイは軍人なると決意した時に誓ったのだ。
 彼と共にプラントを守ると。
 彼と共にプラントを駆けると。


 「守ります」

 レイの言葉に、イザークははっと顔を上げた。
 自分を映すスカイブルーの瞳は、今までで一番真摯で美しかった。
 「守ります、イザーク。あなたを、プラントを」
 「レイ・・・」
 「俺を見て、イザーク。ちゃんと俺の姿を焼き付けて」
 「な、にを・・・」
 レイの真剣な表情と、その言葉に隠れた不穏なもの。
 イザークの心臓がどくどくと不快な鼓動を刻む。
 しかし、イザークの心を読み取ったかのようにレイは首を横に振った。
 「次に・・・俺とあなたが会うときのために」
 これは最後ではない。
 最後にはさせない。

 「必ずあなたの元に帰ります。帰れます、俺は。もう帰り道は知っているから」
 
 見失ったりしない。
 だってほら。
 今だって帰ることができたじゃないか。
 こんなにも綺麗で美しいあなた。
 俺は必ず戻るから。
 あなたが待っていてくれることを知っているから。 
 「怖くない」
 大丈夫。

 「だから、どんなに時間がかかっても・・・その間にあなたが他の人を好きになっても、
 少しだけ・・・ほんの少しだけあなたの心に俺の居場所を残して置いてください」

 死にたくない。
 死ぬのが怖い。
 そう言って泣くだけだった俺。
 そんな俺を、あなたは愛していてくれる。
 そして俺の居場所を残してくれる。

 「レイ・・・、俺が、お前を忘れたり・・・他の奴を好きになったりするわけ、ないだろう」
 途切れ途切れにそう言いながらも、イザークは、不思議な気持ちだった。
 レイの微笑は今までのどれより大人びていたのに、初めて会った頃の幼いそれとも重なる。
 2年前のアプリリス。
 自分たちは、あまりに遠いところへ来てしまったのか。
 それとも・・・。

 「愛してる、イザーク」
 「俺、も・・・」
 
 合わさった唇は、いつまでも離れなかった。





 デスティニープラン。
 イザークがメサイアから帰還した直後にギルバート・デュランダルから全世界へ発進されたメッセージ。
 ボルテールで部下と共にその内容を聞いていたイザークは愕然とした。

 レイは前から知っていたのか?

 いいや、知っていたのだ。
 だからこそ、ギルバートの行動は世界のためになると信じていた。

 これは・・・確かに夢も希望も断たれるかもしれない。
 反発する国、特にオーブなどは真っ先に噛み付くだろう。
 けれど、戦争に疲弊しきった人々にとっては何よりも望む世界なのではなかろうか。
 たとえばそう、あのシン・アスカのように。
 戦争によって家族と幸せだった時間を奪われ、故郷を追われ、誰にも手を差し伸べられることのなかった少年。
 それは世界が悪いから。
 今の世界がおかしいから。
 これ以上戦争を続ける醜い世界に生きるくらいなら。
 これ以上大切なものを奪い続ける世界なら。
 
 運命を支配されてもいい、と。

 そう考える人間は必ずいるはず。
 抗うのはこれまで恵まれた環境におかれ、大切なものが傍にいる一握りだけだろう。

 

 ―――守ります。

 ふと。
 別れたばかりのレイの言葉が頭を過ぎった。
 果たして自分が・・・イザーク・ジュールが望むのはどちらの世界だろうか。
 いいや、考えるまでもない。
 きっとイザークは誰よりも恵まれている人間。

 レイとは真逆。

 レイも・・・クルーゼも、この世界の一番醜い部分が生み出した。
 そしてこの世界から否定された。
 世界を変えたい。
 だれよりもそう思っているのは・・・。
 

 ―――守ります、イザーク。
 ―――あなたを、プラントを。

 
 レイの言葉が。
 いつまでも頭の中でこだまを続けていた。


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2006/03/05