セイレーン・セイレーン 01

極秘指令




 極秘指令。

 なんかわくわくする言葉じゃん?と言いやがったディアッカの頭を思い切りどついてやった。
 面倒なことに決まっているだろう。
 しかもその指令とやらを持ってきた人間が問題だ。
 ディアッカに書類を押し付けて部屋の隅に追いやると、イザークは座ったまま腕を組んで目の前の人物をにらんだ。

 小柄な少年だ。
 肩まで伸ばした金髪に空色の瞳。
 ハンサム・・・というか文句なしに美形の部類に入るだろう。
 かつてイザークも着ていた臙脂色の軍服を着て、姿勢良く立っている。
 見覚えは、あった。
 最高評議会議長デュランダルの傍にいるところを、文官時代に何度も目撃している。
 父子・・・は年齢的に無理があるが、親戚か何かかもしれない。
 とても仲が良さそうで懐いていた。
 今ここでイザークを見据えている能面顔に、その時の面影は微塵もないのだが。
 彼はイザークがディアッカをどついた時も、怒鳴った時も、にらみつけている今も大した反応は示さなかった。
 自分に与えられた仕事以外は興味がないように。


 「名前はなんだった?」
 「レイ・ザ・バレルです。ジュール隊長」
 「それじゃあレイ。その極秘指令の内容を聞く前に、誰からのものか教えてくれないか?」
 「最高評議会からということしか説明できません。ご心配されずともちゃんと手続きは踏んでいますよ」
 「極秘指令でもちゃんと手続きはあるわけね。・・・なんか変じゃない?」
 「黙ってろ、マニ。・・・そんなに出所が知れるとまずいのか?」
 「その質問にもお答えできません。それに、隊長なら言わずともお分かりのはずです」
 やはり能面顔で言ったレイに、片眉を上げる。
 それはつまり、最高評議会議員の中でもレイに近い人間・・・「あの人」ということだ。
 イコール断れないということだろう。
 なぜ前線部隊の一つとして数えられるこの隊にそんな依頼が来るのかという質問も用意していたが、
 結局口に出すのはやめた。

 「もういい。内容を教えてくれ」
 「調査任務です。コロニー・ラリッサにて、そのコロニーの所有国であるセダンの動きを探っていただきます」
 「そんなの警察の仕事・・・」
 文句を言おうとしたシホを制する。
 「ラリッサには今、うちの部下がいるが・・・それじゃあ」
 「はい。調査をしているということを気付かれるわけにはいきません。
 戦艦ルソーの引き取りを名目にラリッサに正規に入国して欲しいと」
 「なるほど、それでここに指令がきたわけか」
 
 ラリッサは地球の一国、セダンが所有する工業コロニーだ。
 戦中こそ連合の圧力に屈してプラントの敵国であったが、停戦となった現在はオーブ同様独立を取り戻している。
 南アメリカに近い小さな島国だが、コーディネーターの共存にある程度成功しているようだ。
 連合に組していた時も、国に住むコーディネーターの人権をできるかぎり尊重していたらしい。
 停戦後は完全にプラント寄りの国となり、ラリッサにて積極的な技術協力をしている。
 現在戦艦の新しい武装がこのコロニーで生産され、
 イザークの隊に与えられたナスカ級『ルソー』も試験的にそれを装備することになった。
 先日、本国を出発しラリッサに向かったばかりだ。
 だからこそその『極秘任務』とやらがこちらに回ってきたのだろう。




 レイ・ザ・バレルが帰った後、『極秘任務』に興味津々のキキが、
 早速任務内容が書かれたフロッピーをハードに入れて熱心に眺めている。
 それを横目で見ていると、コーヒーを持ってきたシホに、眉間にしわが寄っていますよ、と言われてしまった。
 「そのラリッサには誰が行ってるんですっけ?」
 「・・・フェイだ。お前、わざと言ってるだろう」
 「でもフェイも災難だねぇ。晴れて戦艦の艦長になったっていうのに、こんなことに利用されるとは」
 マニ、シホと話していると、投げつけた書類をひと段落させたのか、
 ディアッカもコーヒーを手に休憩用のスペースに入ってくる。
 彼の言葉に、画面に食いつきながらキキが口を出した。
 「そう?フェイってば案外面白がりそうだよ。性格悪いし」
 「それを素で言えるお前の方が、俺は怖い・・・」
 「・・・とにかくだ」
 額を押さえながらイザークが息を吐く。
 「出所が出所なだけに隊長の俺が行かない訳にはいかんだろう。ディアッカ、貴様は留守番」
 「えええっ!?何で?」
 「やるのは事務処理だけだ。お前は見た目遊び人だが文句言いながら真面目にやりそうだし」
 「・・・それって誉めてんの?」
 「当然だ」
 「隊長、僕も行きます!」
 言葉と同時にキキが後からソファに座っていたイザークの肩に手を回す。
 シホににらまれ冷や汗をかきながら、ダメだと言ってもどうせついてくるんだろうとイザークは何度目か分からないため息をついた。
 「メイズも連れて行った方がいいんじゃないですか?便利だし」
 「マニ・・・お前、メイズのことなんだと思ってるんだ。でもまあ、そうだな。うん。連れて行こう」
 「当然シホも行くんだろ」
 「そういうマニ、あなたはどうなのよ?」
 「俺?俺は明後日から休暇。ちゃんと届け出しただろ」
 「それは却下だ」
 「はあ!!?何でですか?」
 「貴様も連れて行く。便利だ」

 「・・・隊長こそ俺のこと、なんだと思ってるんです?」
 





 イザークたちに与えられた任務の内容は、ラリッサにいるフェイにも伝えられていた。
 ラリッサの所有国であるセダンの調査任務。
 一見プラントよりの国家であるが、フェイには調査を命じられた理由が何となく分かる気がした。

 この国は、完璧すぎる。
 ラリッサに入国して以来、何度も現地の技術者と会話し、
 街に出たりもしてみたが、住民の自分たちに対する態度は友好だ。
 誰一人自分たちに敵意ある視線を向けるものはいない。
 いや、そう見せているのか。
 しかもフェイはただの一艦長に過ぎないというのに、待遇がかなり良い。
 コーディネーターを昔から受け入れている国だとは聞いているが、出来過ぎの感がぬぐえなかった。
 まるでザフトに好意的な人間だけを選んでコロニーに向かい入れているような・・・。
 まあ仮にそうだとしても、それだけなら別にこちらから文句を言うことでもないのだが。

 とにかく調査をするならするで無事温厚に終わらせたい。
 それだけがフェイの希望だった。
 しかし。
 どうやらそうもいかなくなりそうなのである。


 まずい、とフェイは思った。
 こいつはヤバイ。

 待合室でフェイを待っていたのは、プラント側が用意した「協力者」だった。
 といってもザフト軍の人間だ。
 ラリッサがプラントと同盟を結んでからずっとここに駐屯しているらしく、
 このコロニーに関しては右も左も分からないジュール隊を放り出すことを上層が危ぶんだらしい。
 だがこれは・・・。
 性格も考慮して選んでくれよ、と部屋に入るなりフェイは泣きそうになった。
 なぜならその男のことを良く見知っていたのである。
 
 「君の髪綺麗だね。ねぇ、今夜部屋に行っていい?どこに泊まってるの?」
 「あ、あのぅ・・・」
 「協力者」は、フェイが女性クルーと部屋に入ってくるなり、女性クルーの方をナンパし始めたのだ。
 男になど興味はないとでも言うように、フェイは完全無視である。
 ナンパされているクルーはといえばかわいそうに、すがるような目でフェイを見つめている。
 フェイはため息をつきつつ、男の名を呼んだ。
 「・・・あー、ノエル・リーマン?」
 「彼氏いるの?俺でよければ・・・」
 「ノエル!」
 「・・・何だよ、うるさいなぁ」
 口を尖らせ、文句を言いながらフェイを振り返る。
 金に近い、琥珀色の切れ目の瞳が刺すような視線を向けてきた。
 しかし、普段それ以上の威圧的な瞳を見ているフェイにはあまり効果がない。
 フェイは瞳を細めてそれを受け止めると、女性クルーの方には部屋を出るように言った。
 当然男は文句を言ったが、聞こえないふりをしてやった。

 女性クルーが出て行った後、フェイは腕を組んでソファに腰掛ける。
 遠慮する必要はない。
 年齢的にも立場的にもフェイの方が上だ。
 「相変わらずだな、ノエル・・・ラリッサ駐屯局の副主任になってたのか」
 「ああ」
 ノエルはぶっきらぼうに返しながらフェイの向かい側に腰を降ろす。
 シルバーグレーの髪を短く刈り込み、瞳は切れ目で鋭い。
 ナンパしている時はともかく、こうして向かい合ってみると刃物のようなものを感じさせる。

 ノエル・リーマン。
 年齢こそ違うが、士官学校時代は同期だった男だ。
 卒業して別々の隊に配属され、それっきりだったが。

 「お前の方こそ特務隊からいつの間にジュール隊になってるの?ヤキンの英雄だろ、上司」
 「・・・」
 喉の奥でくっくっと笑いながら、ノエルは足を組みかえる。
 フェイが特務隊から追い出されたとでも思っているのか。
 ・・・まあ、それは別にどうでもいいことだ、とフェイは思った。
 「主任には何度かお会いしたことがあるが、お前は・・・」
 「ああ、俺は外に出ることが多いんだ。顔も広いぜ」
 「・・・そうか」
 ノエルを「協力者」として推薦したのはラリッサ駐屯局の主任だ。
 彼が適任と判断したのなら、フェイとしては従うしかない。
 それにしても、こんな不真面目な男とは・・・。

 フェイとノエルは、いわゆる悪仲間だ。
 後輩を呼び出して脅したり、喧嘩をしたり、気に入らない教官のMSに細工したこともある。
 しかしなんと言ってもノエルの悪い癖は、女性と見れば当たりかまわずナンパしまくることだった。
 当たりかまわず・・・とはその言葉通り。
 ノエルと会ってデートの誘いを受けたことのない女はまずいないだろう。
 コーディネーターに美人が多いこともそうだろうが、最小では上司が連れていた4歳の幼児、
 最高では自分たちの倍を生きる中年女性と悪い意味で幅広い。

 こんなのがイザークに会ったら・・・。
 考えてみただけでぞっとする。
 一緒にいるシホを目の前でナンパされた暁には血の雨が降るだろう。
 ・・・当然ノエルの。
 
 
 イザークの判断で今回の任務にディアッカが同行しないことを知っていたフェイの胃は、早くも痛みを訴えていた。
 



 
 エレベーターのスイッチを押したが、3階も離れた階で点滅したランプにフェイは素早く階段へと駆け込んだ。
 まさかこんな時に限って寝入ってしまうなんて不覚としか言いようがない。
 イザークがラリッサの港に到着する予定時間はとうに過ぎていた。
 怒鳴りつけらるのには慣れているが、自分より先にノエルに会ってしまっていたら・・・
 考えるだけでも背筋が寒くなる。
 三段飛ばしで階段を駆け上がり、ようやく目的の階に辿り着いた。
 すれ違う兵士たちが驚いているのを尻目に、廊下を全力疾走。
 角を曲がった時、フェイは覚えのある後姿を見つけた。
 「ノエル!」
 「あれ、フェイ?」
 黒い軍服を着たノエルが驚いた顔で振り返る。
 「どうしたんだ、とっくに会合室に行ってるもんだと」
 「・・・ってことは、まだ会ってないんだな?」
 「?」
 良かった、間に合った。
 フェイは呼吸を整えながら心底安心する。
 殺生沙汰にならないで済んだ・・・と。
 

 ・・・甘かった。


 「遅いぞフェイ」
 「悪い悪い。寝坊しちゃってさー」
 部屋に入るなり眉間にしわを寄せて噛み付いてきたイザークに、フェイは軽い調子で謝りながら周りを見回す。
 ディアッカ以外の全てのメンバーがそろっていた。
 マックスまで連れてきていたことには驚いたが、どうせメイズがごねたのだろう。
 奥の方にシホと並んで座っている。
 ノエルが二人のところに声をかけに行っても邪魔できるよう、フェイはイザークを追い越してテーブルの方へ向かった。
 それにイザークたちは怪訝な顔をする。
 「フェイ?」
 「ああ、彼は今回俺たちの協力してくれる・・・」
 とにかくシホとマックスの身の安全だけは確保できたと安堵しながらイザークとノエルに視線を戻したフェイだったが、
 そこで彼の言葉は途切れた。

 一方フェイに顔を向けていたイザークは、突然両手をぐっと強く掴まれ、顔をしかめながら前に向き直る。
 シルバーグレイの髪をした男の顔が真正面にあった。
 「んな、なんだ?」
 気色悪い。
 しかも何だか目がやばい気がする。
 後ずさろうとしたが、相手の手の力は緩む様子がない。
 シホたちは当然眼を点にし、フェイは顔を引きつらせる。
 まさか・・・。
 「・・・お、おいなんだ貴様は?」
 「美しい・・・君の美しさをどんな言葉で表現すればいいのか」
 「はあ?」

 やっぱり・・・とフェイは額を押さえた。
 
 「君を見ていると、今にも誰かに攫われるんじゃないかと心配になる。
 ああ、分かってるよ。俺には君を引き止める資格なんてない。
 そんな独りよがりな愛で君を縛り付けることなんか出来ない!
 でも、でもせめて今、二人が出会ったこの奇跡を受け入れて抱きしめあおう!
 俺は君を離したりしない・・・。しっかり抱きしめているよ。
 さあ、二人の恋物語を一緒に綴っていこう。さあ・・・さあ・・・!!」

 ある意味切羽詰った表情でイザークに顔を近づけるノエル。
 呆然としていたイザークだが、一瞬で目つきが変わり、掴まれていた手を振り払う。
 そして。

 どたーんっ。
 「きゃああああっ!!」
 
 悲鳴を上げたのはマックスだ。
 自分たちの目の前にあった円卓に、ノエルが落ちてきたからだ。
 そのまま伸びてしまっている・・・。
 自分より細身の、そしておそらくは女性だとばかり思っていたイザークに一本背負いされるとは夢にも思わなかっただろう。

 「フェイーーーー!!これはどういうことだぁーーーッ!!」
 「・・・」
 そして案の定怒りの矛先を向けられたフェイは、昨日より痛みが酷くなった胃痛に顔をしかめていた。





 案外ノエルの回復は早かった。
 イザークが手加減したのかノエルが打たれ強いのかは分からないが、
 厄介な手続きが増えなかったことに関しては歓迎すべきかもしれない。
 確かにノエルはかなり問題ありの性格だが、旧友であることには変わりないのだ。
 来たばかりの、しかも他国のコロニーで動くのに、気心の知れた仲間がいることは心強かった。

 「それにしても随分気の強い女王様だな、お前の上司は」
 「何が女王だ。男だ。オ・ト・コ。本人の前で言うなよ。今度こそ殺されるぞ」
 「あんなに美人なのに男なんて反則だよなぁ・・・。まあいいか。他の子もかわいかったし」
 「シホとマックスも駄目だ。シホはイザークのだし、マックスにもうるさい弟がついてる」
 「ちぇ・・・ッ」
 ノエルは子供のように頬を膨らませる。
 フェイはため息を隠しながら黒髪をかきあげた。
 「この仕事が上手くいったらフリーの女紹介してやるから」
 「マジ!?」
 「ああ、マジだ。だから真面目に協力してくれ。さっさと終わらせてプラントに帰りたいんだ、俺は」

 途端に元気になったノエルはファイルから何か取り出した。
 ばらばらと薄いディスクが何枚もテーブルにあけられた。
 「とりあえずこのコロニー全体の地図と、それらしい工場とか取引に使われやすいポイントの地図。
 それからこっちで怪しいとにらんでる人物のピックアップ・・・」
 「ちょ、ちょっと待て・・・!」
 まくし立てるノエルに、フェイは混乱しかけ、先を制する。
 どうも・・・何かが噛み合っていない。
 「取引って?お前ら何を調べて・・・いや、俺たちはこれから何を調べさせられるんだ?」
 「ああ?なんも聞いてねぇの?」
 ノエルが片眉を上げ、馬鹿にしたように言う。

 「上層は、このコロニーで麻薬取引があるんじゃないかってにらんでるんだよ」




 不快を顔いっぱいに表したディアッカに対し、やはりレイは能面顔だった。

 「麻薬取引?」
 「そうです」
 食堂で食事を取っていたレイの前に座り、話しかけたのはディアッカだった。
 そのまま手が止まってしまったディアッカをよそに、レイはフォークを動かしてせっせと食事を口に運ぶ。
 「・・・どうして、あいつらが行く前にそのこと言わなかったわけ?」
 「別に証拠があるわけではありません。そうではないかと上層がにらんでいるだけです」
 「だからって・・・」
 「向こうに着いてからの方が情報が正確でしょう。それに麻薬だけとは限りません。
 それを調べるのが今回の任務だそうですから」
 「よその国のことなんて放っておけばいいのに」
 「そうもいかないでしょう。麻薬なり危険な銃器なりが秘密裏にプラントに流れないとも限りません」
 「・・・」
 まあ確かに、そうだ。
 しかしどうもこの年下の兵士の言うことは完璧すぎて気に入らない。
 そんなことを思っている間に、レイはデザートのフルーツにフォークを入れる。
 「なあ、それで全部?」
 「どういう意味です?」
 「言ったまんまだよ」
 「俺が何か隠してるとでも?」
 「・・・ないわけ?」
 「ありません」
 短く答えると、レイは口にフルーツを放り込む。
 「失礼します」とつぶやくと、トレーを持って立ち上がり、行ってしまった。

 「・・・最後まで能面でやんの」
 やっぱり気に入らない。

 ディアッカは憮然としたまま、フォークでトレーを軽く叩いた。



next →

top