セイレーン・セイレーン 02

襲撃



 キーボードを叩くかたかたという音が部屋に響く。
 二つあるパソコンのうち、一つはフル稼働だった。
 見事と言うしかないメイズのブラインドタッチに、シホは低く呻く。

 「俺たちは特に何も見つけられなかったんだけどなぁ」
 ミルクを入れたコーヒーをかき混ぜながら、ノエルが横目で見やる。
 その態度にシホは少しむっとした。
 どうもこの男は気に食わない。
 「調べ方が悪かったんじゃないですか?」
 冷ややかに言えば、ノエルが苦笑いを浮かべる。
 「厳しいねぇ。・・・でもそれにリストアップされている人物は、どれも国の有力者。
 まあ政治家らしいつまらない横領とか女性問題とかのスキャンダルくらいしか出てこなくってさ」
 「当てが外れてるんじゃないですか?」
 「そんなことはプラントの上層に言ってくれよ。リストアップしたのは向こうなんだから」
 「・・・あなたがやったんじゃなくて?」
 「ああ。俺は命令受け取っただけ」
 「ってことは、ほとんど何もしてないってことじゃないですか。あなた本当に副主任?」
 「・・・言ってくれるねぇ」
 さすがのノエルも顔が引きつっている。
 シホは見ない振りをした。

 「どう、メイズ?」
 先程から画面をにらんでいるメイズに話しかける。
 返事は返ってこないかと思ったが、メイズはキーボードを叩く手はそのままに言葉を返してきた。
 随分と器用だ。
 「・・・確かにノエルが言った通り、
 どんなに裏を探ろうとしてもゴシップに載るようなスキャンダルしかないなぁ。
 何か意図的に何か隠している気もするけど・・・。あ、でも・・・やっぱり。ほら、これ」
 何かを見つけたらしく、メイズはシホに画面を見るよう促す。
 白い画面に螺旋が引かれており、細かい文字と数字が一列ずつ並んでいた。
 「何これ・・・明細?」
 「そう、カードの明細」
 「カードがどうしたって?」
 ノエルもメイズのデスクの方へとやってくる。
 「ここにリストアップされた8人のうち、6人が同じ地域で買い物してる。
 それから・・・これは携帯電話の記録なんだけど」
 「そんなものどこから・・・」
 「気にしない気にしない。とにかく、これは8人中全員が同じ番号に一度はかけてる。
 そしてその番号は・・・」
 メイズが右手をキーボードから離してなにやらマウスをクリックすると、
 ノエルが持ってきたコロニーの地図が現れ、なにやら赤く塗られた地域の一点が黒く点滅している。
 「赤く塗ったところがカードが使われていた範囲。で、この点が電話先」
 「すごい!メイズ、大手柄じゃない。隊長に知らせてくるわ」
 シホは満面の笑みでメイズの肩をぽんと叩く。
 そして軽い足取りで部屋から出て行った。

 シホの後姿を見送りながら、ノエルはコーヒーのカップをくゆらす。
 再びキーボードをかたかたと叩き始めたメイズの肩口から画面へ視線を流した。
 「でもホント、大したもんだよ、君」
 「はあ・・・どうも」
 「さっきの場所、よく知ってる工場だ。普通の製薬工場だからリストに入ってなかったが・・・」
 「よく知ってる?」
 メイズが手を止め、ノエルを振り返る。
 ノエルは大袈裟に肩をすくめた。
 「このコロニー、いろいろな薬の開発でも有名だから。
 コーディネーターは病気にはならないけど、免疫力が低下すれば熱だって出すし、怪我したら薬がいるだろ。
 ま、それでも本国はナチュラルが大半だからそっち向けみたいだけど」
 「そう・・・ですか」
 「知り合いがいるから何か理由をつけて中には入り込めると思うぜ」
 「調べるのは?」

 「無理だ・・・公式にはね」
 
 



 ルソーの休憩室。

 まだルソーが戦艦として稼動するのはずっと先なので、人通りは少ない。
 そのため、人前であまり恋人らしい振る舞いをしないザークとシホも今はソファに肩を寄せ合って座っている。
 二人はメイズが得た情報について話し合っていた。

 「イザーク?」
 シホからの報告を聞き終わっても、イザークはしばらく黙りこくっていた。
 いつもより眉間のしわを深くして、先程メイズが探り当てた情報のプリントをにらみつけている。
 「・・・何かご不満ですか?」
 「いや、不満というわけではないが」
 首をかしげるシホに、少し困ったような顔をする。
 「ただ、これが分かったからといってどう動けばいいのか・・・」

 イザークは根っからの軍人だ。
 犯罪の捜査などという警察の仕事の勝手など分からない。
 それはジュール隊の他のメンバーも同様だ。
 メイズが得た情報を見る限り、その工場が怪しいのはほぼ間違いない。
 しかし、だからと言って他国の軍人である自分たちがぞろぞろ出向けば警戒されてしまうだろう。
 「本国は『調べろ』と言ったんだ。その工場で怪しい取引をしている連中をしょっぴけとは言ってないしな」
 「確かに・・・考えてみれば曖昧な命令ですよね」

 「何はともあれ、行ってみれば分かるでしょ」

 「・・・!!」
 耳元の声に、二人は絶句する。
 顔を向ければ、イザークとシホの間にノエルの顔があった。
 悲鳴すらあげられず、二人は寄せ合っていた体を離し、ソファの両端にあたふたと逃げる。
 「何だよ、その反応。傷つくなぁ」
 「んなっ・・・、お前!い、いつから・・・!!」
 イザークがノエルに向かって指を立てながら言葉をつまらせる。
 顔色が青くなったと思えば次には赤くなり、完全にパニックだ。
 シホも目を白黒させている。
 「いま来た所だよ。・・・もしかしてお邪魔だった?」
 「気配を消すな!!」
 「あれ、そんなことしてた?」
 ノエルはとぼけながらくすくす笑う。
 そんな彼をにらみつけながら、イザークは立ち上がった。
 「何の用だ」
 「何・・・って、行くんだろ?あの工場に」
 「そんな簡単には・・・」
 「そうなの?もう見学しに行くって電話しちゃったぜ」
 「はあ!?」
 「な、どうやって?」
 目を丸くするイザークとシホ。
 あまりにも手際が良すぎる。
 「企業秘密」
 「・・・おい」
 おどけるノエルに、イザークの怒りの眼光。
 さすがのノエルも喉をひくつかせた。
 ・・・有効のようだ。
 「メイズには言ったけど、あの工場に知り合いがいるんだよ。いま何とかっていうウィルスに効くワクチンを開発してるとかで・・・。
 それに興味があるってことにして色々手を回してもらったの」
 「・・・」
 「何だよ、その目は」
 「随分と手際がいいな」
 「ちょっとは見直した?」
 シホを振り返ってウィンクする。
 先程無能扱いしたばかりのシホは渋面だ。
 「用意があるから明日にしてくれって言われたけど」
 「軍人の俺たちだと警戒されないか?」
 「ああ、その当たりは上手く誤魔化してくれるってさ」
 「そう、か」
 何か釈然としないものを感じながらも、
 他にやり方が思いつかないイザークは結局了承した。
 

 話を聞き終わったマニも、やはり明るい顔はしなかった。
 マックスが煎れてくれたコーヒーに目もくれず、
 落ち着かない様子で足を組みかえる。
 いつもの彼らしくない様子に、シホもこの先が少し不安になった。

 「本当に、隊長とシホとキキだけで行くんですか?」
 「シホだけ連れて行くつもりだったが・・・」
 「キキに気合負けしたんでしょ。でも今回は正解だったと思いますよ」
 「そうか?」
 「俺も行った方がいいんじゃないですか?」
 「いや、大丈夫だ。フェイはもう報告してルソーを任せてある。お前はマックスとメイズを頼んだぞ」
 「・・・まあ、あなたたちのことだから心配はないと思いますけど」
 「ノエルも連れて行く」
 「ああ、あいつ。あいつって強いんですか?何か頼りないなぁ」
 「でも向こうに話をつけたのはあの人だから。仮にも軍人よ。自分の身ぐらい守れるでしょ」
 ノエルに対しての評価はマニと同意見のシホだが、だからといって彼を連れて行かないわけにはいかない。
 しかしシホのその苦しいフォローも、マニはあまり聞いていないようだ。

 「とにかく、気をつけてくださいよ。何かこのコロニー、気に入らないや」
 



 
 工場は大体いくつか密集して建っているものだ。
 そしてその周辺には住宅が少なく、人通りも少ない。
 そういった事情は地上でもコロニーでも変わらないらしい。
 ノエルを案内役にイザーク・シホ・キキは目的の工場に向かっていた。
 
 「どうして車じゃ駄目なの?」
 キキが責めるような口調でノエルに言う。
 最初はエレカに乗っていたのだが、工場密集地域の手前からは徒歩だった。
 「しょうがないだろ。規制があるんだよ」
 「規制?」
 「一般の車は中に入り込めないの。大型車の邪魔だから」
 「車なんて全然通ってないじゃん」
 「俺に言うなよ。それに無理に入り込んだとしても、車止めるところなんてないぜ」
 さすがにキキも押し黙る。
 このコロニーの事情は分からないので、ノエルに頼るしかなかった。

 「それにしても、いつ着くんだ?」
 またしばらく歩いた所で、口を開いたのはイザークだった。
 「何だか、どんどん周りがわびしくなってるような気がするぞ」
 確かに。
 次第に道が狭くなっている。
 そして目に付く建物は廃屋ばかり。
 「・・・あれ、道間違えたかなぁ?」
 「おい!」
 「ご、ごめん」
 ノエルは慌てた様子で地図を取り出す。
 広げて確認する彼を見ながら、先が思いやられるとイザークたちは息を吐いた。

 その時。

 ばしっ、と何かが引き裂かれるような音がした。
 ほぼ同時にノエルが呻く。
 振り向くと、ノエルが広げていた地図が地面に縫い付けられていた。
 その中央に、ナイフが刺さっている。
 「・・・!」
 周りを見渡す。
 あっという間に、ごつい防護服をまとった男たちに取り囲まれた。
 4人・・・いや、5人だ。
 手にはサバイバルナイフ。

 判断すると同時に、一斉に襲い掛かってきた。
 ・・・自分たちを殺す気だ。

 「・・・このっ!」
 イザークは一番手前にいた男を蹴り倒す。
 次にナイフを振りかざした男の腕を掴み、まだ地面に伏せている最初の男の上に投げ落とした。
 瞬時に二人戦闘不能にした所で、シホたちを振り返る。
 小柄で圧倒的に不利だと思われるシホとキキだが、二人とも伊達に赤服を着ているわけではない。
 ナイフで有利に応戦していた。
 ノエルだけが腰を抜かして座り込んでいる。
 イザークはさらにもう一人を殴って地面に伏させる。
 あとはシホとキキが相手にしている二人だけ。
 そうして加勢しようと振り返った時、目の端にちかりと光るものが映った。
 視界を斜め右上に滑らせる。
 手前の廃屋の窓に、ライフルを構えた人影があった。
 「ちっ!」
 伏兵がいた。
 失念していた自分に歯軋りしつつ、イザークは銃を取り出す。
 銃声が周辺民の耳に届いて騒ぎになる、などということに今はかまっていられない。
 窓の伏兵が狙っているのは、シホかキキ・・・自分の部下だ。
 
 迷わず、撃った。
 
 ガウンッ、という銃声に、その場にいた全員が一瞬動きを止めた。
 がらんっ、と銃器が落ちる音。
 「・・・ううっ」
 イザークに撃たれた窓の兵士が、その場にうずくまった。
 シホとキキはそこで初めて自分たちが狙われていたことに気付く。
 すると、それまでシホたちの相手をしていた兵士が後退した。
 伏兵まで見抜かれ、敵わないと判断したのか。
 イザークが倒した兵士たちも立ち上がり、ふらつきながらも足早に撤退する。
 「待て!」
 キキが追いかけようとしたが、兵士のうちの一人が銃を構える。
 「!!」
 キキは反射的に足を止めてしまった。
 その一瞬を見逃さず、兵士たちは踵を返す。
 すぐに姿は見えなくなった。


 「な、何・・・あれ?」
 「さあ?」
 「びっくりした・・・」
 人間が沸いて出るわけがないのだが、出てきた時と撤退していく時のあまりの手際の良さと素早さに、シホたちはしばらく放心していた。
 応戦している時は夢中だったので、半分夢を見ていた様な気分だ。

 「あ、・・・れ、隊長?」
 「隊長!?」
 我に返り、イザークの姿が見えないことに気付く。
 一瞬肝を冷やすシホとキキだが、すぐにイザークは見つかった。
 「離せぇ!離せぇ!!」
 「こ、この・・・大人しくしろ!」
 金切り声が上がり、顔を上げると例の廃屋・・・その鉄製の階段部分で、イザークが兵士の一人を取り押さえていた。
 イザークが銃で撃った兵士だ。
 下からだと良く見えないが、酷く抵抗しているようだ。
 「離せよ、このぉ!!」
 「・・・ったく、シホ、キキ!」
 腕を撃たれているにもかかわらず、その兵士はしつこく暴れている。
 シホとキキは加勢すべく階段を駆け上がった。
 「隊長!」
 「手伝え・・・このっ・・・こいつ、あばれて・・・!」
 イザークは兵士の後ろ手にした両手と、頭を押さえている。
 にもかかわらずわめき散らし、足をばたつかせる兵士。
 イザークも必死だ。
 駆けつけたシホが両足を地面に縫い付けた。
 ようやく動きが止まったが、兵士はまだ悪態をわめき続けている。

 その時、シホはその兵士がかなり小柄だということに気付いた。
 下で自分たちを取り囲んでいた兵士は体格が良い者ばかりだったが、
 ここにいるのは自分と同じくらい・・・いや、もっと小さいかもしれない。
 「この・・・いい加減黙れよ!」
 と、キキが兵士の顔を隠していたヘルメットに手をかける。
 そして力任せに取り去った。

 ぱあっ、と金の髪が広がった。
 同時にあらわになった白い肌。
 涙に濡れた瞳がにらみつけてくる。
 その顔を凝視し、イザークたちはそろってぽかんと口を開けた。


 取り押さえていた兵士は、女・・・いや、少女だったのだ。





 「はろぉーーーー・・・」

 「・・・」
 「・・・」
 片手を上げてふざけた挨拶をしたマニに、イザークたちは笑うことも、怒ることもできなかった。
 なぜなら、彼の黒い軍服は汚れていて、顔も墨だらけだったから。
 何より、顔は笑っているのに目が完全に据わっている。
 付き合いの長いイザークとシホは、瞬時にこの男がキレていると悟った。

 結局工場の視察をしないまま、例の金髪の少女を連れてルソーにもどったイザークたちだが、
 そんな彼らを出迎えてくれる兵士は皆無だった。
 事故でもあったらしい。
 ザフトの人間があわただしく艦の入り口で入り乱れ、パニックになっていた。
 とにかく一人捕まえて事情を聞いたのだが、部屋のどこかで爆発があったことくらいしか分からない。
 仕方なくまずは艦長のフェイに会わねばとブリッジに向かう途中、医務室の前でマニに出くわしたのだった。

 「この騒ぎは一体なんだ?」
 少し退き気味のイザークの質問に、マニはすぐには答えなかった。
 よほど腹に据えかねたことがあるのだろう。
 必死に怒りを抑えている感じだ。
 その時、しゃっ、とドアがスライドし、医務室から緑服の兵士が出てくる。
 マックスだった。
 「マックス!」
 「マックス・・・どうした、怪我でもしたのか?」
 廊下に出てきた途端よろめいた彼女をイザークが抱きとめる。
 マックスの目は泣きはらしたのか真っ赤で、反対に顔は死人のように青ざめていた。
 「マックス・・・」
 「メイズが」
 「メイズ?」
 メイズの名前を口に出した途端、マックスは顔を両手で覆い隠す。
 細い肩が酷く震えていた。
 それに手をかけてやると、そのままイザークの胸の中で泣き出す。
 
 何処かの部屋で爆発があったと聞いた。
 まさか・・・。
 
 困惑しながらマニに目をやる。
 彼はためらいがちに口を開いた。
 「メイズがハッキングに使ってたあの部屋・・・。あそこが爆発したんです」
 「な、何で?パソコンがショートでもしたの?」
 「だったらこんなに大騒ぎするはずねぇだろ!」
 キキに対してはいつも強い態度に出れないマニが、珍しく怒鳴り返す。
 ここまで怒る彼を見るのは初めてだ。
 「仕掛けられたの?」
 「ああ・・・そうだよ。いま全艦調べてる」
 なるほど。
 だからこんなにも人が出入りしているわけか。
 「多分・・・メイズを狙ったんだ」
 「・・・怪我の具合は?」
 「命に別状はないって。離れたところにいたらしくて・・・」

 爆発物はメイズが使っていたデスク備え付けの棚に仕掛けられていたらしい。
 時限式だったそれが爆発した時、運よく彼は部屋の入り口に近いところにあるファイルを取るために席を立ったのだろうだ。
 ちなみにマニとマックスはフェイにブリッジへと呼ばれていなかった。
 爆発音は、ブリッジから戻る途中で聞いた。
 それほど大きい爆発ではなかったのか、メイズは火傷らしい火傷はしなかった。
 ただ飛び散ったパソコンやデスク上のもの、そして天井の電球の破片が背中に突き刺さってしまったのだ。
 いち早く駆けつけたマニが部屋から助け出した時、出血がかなり激しかった。
 マックスはつい今まで輸血をしていたという。
 状態が落ち着き次第、メイズは病院に運ばれるそうだ。

 イザークはため息をつくと、ひとまずマックスをシホに預ける。
 そしてノエルを返すと、メイズの容態を確認するために医務室に入った。
 爆発の時、背中を向けていただけあって、メイズの顔は綺麗だった。
 その代わり、背中や腕に刺さった破片の量は大変なものだったと医師に説明される。
 途端に彼に対して申し訳なくなる。
 こんな目にあわすことになるなんて・・・。
 それでも障害の危険はないということで、とりあえずは胸をなでおろす。

 「悪いが、この娘も診てやってくれ」
 イザークはぐったりしている金髪の少女を医師に突き出した。
 右腕の、肘に近い部分に巻かれた包帯から血がにじんでいる。
 「・・・どうやらそっちもみたいですね」
 マニは、少女を見ながら言う。
 少女には不似合いな防弾チョッキなどを来ているものだから、すぐに何があったのか察したようだ。
 ちなみに何故気絶しているのかというと、あまりに暴れるのでイザークがみぞおちを突いて黙らせたのだった。
 「誰です、それは?」
 「捕虜だ。とりあえずキキを置いていくが、注意して手当てしてくれ。拘束は許可があるまで解かないように」
 「許可があるまで・・・って、腕を負傷しているのに」
 少女の腕には手錠がはめられている。
 ルソーに乗艦してすぐにはめたのだ。
 治療がやりにくいと言う医師をイザークは一瞥する。
 「そいつは暗殺者だ。死にたくなかったら何とかしろ」

 キキにその場を任せると、マニに目配せして共にブリッジへと向かう。
 二人になった途端、マニは不満を口にした。
 「あの女、メイズを怪我させた仲間でしょ。同じ部屋じゃ・・・」
 「・・・子供だ。多分キキより年下」
 「そんなの関係ない」
 「怪我をしているんだ。俺が銃で撃った」
 「殺そうとしたんだ。当然でしょ」
 「・・・マニ」
 片眉を上げ、窺うようにマニを見る。
 マニは逃げるように視線をそらした。
 顔を背けたまま、ぽつりと言う。
 「すみません」
 「ん?」
 「メイズに怪我させて」
 「・・・ああ」

 ここを出る前に、マックスとメイズを頼むとマニに言った。
 彼はメイズの怪我に責任を感じているのだ。
 彼がそばにいた所でどうにかなっていたわけでもないのに。

 「俺も悪い・・・。まさかこんなことになるなんて思ってなかった」


 楽観的過ぎたのだ。
 自分たちは、監視され、狙われている。


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