プロローグ




 キスをしていた。

 満ち足りて、抱きしめあう瞬間。
 それは戦場に身を置く自分たちにはとても貴重だ。

 少し動かせば、黒髪がさらりと滑って割れ、指が肌に触れる。
 一瞬柔らかい肢体が震え、イザークの首筋にうずめられていた顔が上向いた。
 黒く濡れた瞳が何度か瞬き、こちらを映す。
 イザークはそれに微笑みかけると、もう一方の手も彼女の背中に回した。
 と、指先が骨ばった部分に触れ、眉を寄せる。
 「少し痩せたか?」
 「褒めても何も出ませんよ」
 「・・・心配しているんだ」
 息を吐く。
 あからさまにすねたという顔をすれば、彼女はくすくすと笑った。
 普段緋色の軍服で完璧に身を固めている生真面目な彼女からは想像できない、砕けた笑顔だ。
 「イザークこそ、疲れていませんか?」
 「試すか?」
 彼女の背中に手を回したまま、上半身を起こして体の位置を上下に入れ替える。
 自分の代わりにシーツに収まった彼女の額に軽くキスをすると、首筋に細い指が触れた。
 「ん・・・」
 そのまま沈み込むように彼女の肩に頭を置く。
 甘えるようなそれに、彼女はそっとイザークの髪をなでてくれた。
 「イザーク、やっぱり無理してるんじゃないですか?」
 「まさか、これくらいで根を上げられるか。部下に顔向けできん」
 「でも・・・」
 彼女の黒い瞳が不安げに揺れる。
 一部隊を率いる上級隊長として激務に追われ、必要な時は自らMSで出撃する自分を、
 彼女がやるせなさと焦燥で見守っていることにイザークは気付いていた。
 たとえ暇ができたとしても、それすら惜しむように他隊の指揮者と打ち合わせをし、
 秘密裏に政治家を迎える時すらある。
 プラントと連合率いる月艦隊の小競り合いは、この戦争中おそらく最も早くに疲弊し始めていた。
 だからこそ逆に前線を率いるイザークは激務を強いられる。

 「そんな顔をするな」
 疲れが顔に出ているという自覚はあったが、愛する女に憂い顔をさせるようではいけない。
 甘えたい時に好きなだけ甘えさせてくれるこの腕の中の存在は、イザークには大きかった。
 「美人が台無しだぞ、シホ」
 「・・・」
 褒めたつもりが、シホはむっと口を尖らせた。
 したくてこんな顔をしているのではない、といったところだろうか。
 これではお説教が始まってしまう、と少し怯んだイザークだったが。

 それは甲高い通信機のアラームに遮られた。

 「・・・ッ、うるさいな」
 髪をかきあげ、身を起こす。
 のろのろと通信機をオープンにすれば、馴染みの声が飛び込んできた。
 『イザーク!』
 「ディアッカか・・・。どうした?」
 親友の焦った様子に、イザークは表情を引き締めた。
 『休んでるのに悪い・・・ッ。でも、すぐ来てくれ!』
 「敵襲・・・じゃないようだな」
 それならば通信はディアッカでなくブリッジから来るだろう。
 『アスランのことだよ!まだはっきりしたわけじゃないんだが・・・とにかく早く来い!』
 ぶつんっ。
 耳障りな切断音に、無意識に顔をしかめる。
 いつもは飄々としているディアッカが、相当いらついているようだ。
 「イザーク」
 未だベッドの中にいるシホが身を起こしている。
 彼女もただならぬものを感じ取ったらしい。
 そしてイザークは不通となった通信機のパネルを眺めながら、ディアッカの声を反芻していた。
 彼は・・・誰のことだと言った?

 「・・・アスラン?」
 



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2007/02/28(ブログより移行)