レイピア



ソライロ


 プラント・マイウス市。

 ヤキン・ドゥーエとジェネシスの自爆直後に停戦を呼びかけたアイリーン・カナーバがこの市の港にいた。
 あれから早くも二週間が経とうとしている。
 彼女がここにいるのは、地球連合軍との正式な停戦協定を結ぶため。
 と、いうのは表向きだった。
 出航はどの市の港からでもできる。
 わざわざこの港からの出発を決めたのは、ある人物がここを訪れていたためだった。

 
 「ラクス嬢!」
 「アイリーン様、ご無事でなによりですわ」
 「お互い様ね」
 アイリーンは桃色の髪を結い上げた歌姫を前に微笑を浮かべる。

 そう、この港に三隻同盟と呼ばれることになるエターナル、クサナギ、そしてアークエンジェルが補給のために停泊していたのだ。
 ジェネシス攻防戦の際にラクス率いるこの艦隊が、道義的な行動をしたことは周知の事実となっていた。
 アスランたちの働きでジェネシスがすんでのところで破壊され、コーディネーターの尊厳を守ることができたということも。
 アイリーンはラクスたちにプラントに戻るようコンタクトを取ったのだ。
 ラクスたちは即答せず、とにかく補給と船員たちの休息を要求する形で答えたのだった。
 アイリーンはラクス、アスラン、バルトフェルドたちをプラントに向かいいれ、停戦後の政局の建て直しに協力してもらうつもりだった。

 
 「どうしても、プラントに戻ってきてはくれないの?」
 「申し訳ありません」
 ラクスは本当に申し訳なさそうに瞳を伏せる。
 エターナルの一室で、アイリーンはラクス、アスラン、そしてオーブの姫カガリと対面していた。
 プラントに戻り、政治面における助けを要請したアイリーンに対し、ラクスとアスランはその意思がないということをはっきりと告げたのだ。
 「あなたたちが協力してくれたらとても頼もしいのだけれど・・・」
 アイリーンはなおも食い下がる。
 しかし、ラクスは首を振った。
 「私などいなくても、プラントはアイリーン様がいらっしゃるから大丈夫ですわ。それに・・・」
 ラクスとアスランがちらりと視線を合わす。
 「助けて差し上げたい方がいますの」
 ここにはいない、いまはゆっくりと傷を癒している想い人。
 アイリーンは引き下がるしかなかった。
 「アスランも・・・だめなのね」
 「はい。父があなたたちにしたことは申し訳ないと思っています。でも、俺も助けたい人がいるんです」
 隣に座っていたカガリが頬を赤くする。
 「それに・・・ディアッカは戻るといっていますし。イザークもいるでしょう?」
 イザークの名前を耳にしたとたん、アイリーンの表情がこわばった。
 アスランはそれを見逃さない。
 「イザークが、・・・何か?」
 「いいえ」
 アイリーンは慌てて首を振る。
 そして、ラクスたちにもう一度プラントに戻ることを考え直すように言うと、そのまま用があるからとエターナルをあとにした。





 「ディアッカーーーーー!!」
 響き渡った怒号に、ディアッカは顔を引きつらせた。
 「お、親父・・・っ」
 「貴様ぁ!勝手なことばかりしおって」
 鬼神のごとき表情で駆け寄ったタッドは、息子に拳を振り上げる。
 しかしディアッカは抜群の動体視力で繰り出される怒りの鉄拳を次々にかわした。
 「よけるなぁ!」
 「無茶言うなよ!」
 そばにいたミリアリアとサイもあきれた顔でそれを見学している。
 傍目には漫才とも取られかねない。
 やがて体力が尽きたらしいタッドは、荒い息を吐きながら降参する。
 「まったく・・・この親不孝ものがっ」
 「・・・ごめんなさい」
 ディアッカも素直に謝った。
 反対されていたにもかかわらずつまらない功名心で軍に入った。
 しかも地球という遠く離れた地で行方不明になってしまったのだ。
 捕虜であったことをタッドは知らなかったらしい。
 こんな父親だが、死んだと思って悲しんでくれたのだろう。
 それくらいディアッカにも分かった。
 さらに釈放されてもザフトに戻らず敵方と行動をともにしていたのだ。
 本来なら一発殴られたくらいではすまない。
 「・・・本当に、すみません」
 頭を下げたディアッカに、タッドは驚いたように瞳を見開く。
 しばらく会わないうちに、ずいぶん大きくなったような気がした。

 「そうか。アスランたちは戻らないんだね」
 急遽用意されたタッドの執務室にいるのはアスランとディアッカ。
 アスランはアイリーンと別れた後、ディアッカに呼ばれてここにつれて来られていた。
 やはりタッドもアスランに戻って欲しいらしい。
 「すみません。アイリーン様にも申し上げましたが、俺はオーブに行くつもりです」
 「恋人がいるんだよな」
 「うるさい!おまえだってっ」
 からかうディアッカにアスランが真っ赤になって言い返す。
 一方、耳を傾けていたタッドは眉根を寄せた。
 「お前が・・・ナチュラルに恋人を?」
 タッドはハト派寄りだということもあり、さほどナチュラルに対して嫌悪感を抱いていない。
 ただ、宇宙育ちのディアッカはことあるごとにナチュラルを馬鹿にする言動を繰り返していた。
 その彼がナチュラルと?
 「違うって。大体、ついこないだふられちまったよ」
 「・・・そうなのか?」
 「前の彼氏が忘れられないんだと」
 「う・・・」
 アスランが気まずそうに視線を逸らす。
 どんな理由があれ、ディアッカが思いを寄せているミリアリアの前の恋人を死に追いやったのはアスランなのだ。




 訪問者を知らせるブザーが鳴ったのはそのときだった。
 タッドは二人に窓際のソファーに座って待つように言うと、回線を開く。
 「エルスマンだ」
 すると、扉の向こうにいる訪問者が名を名乗った。
 その声に、アスランとディアッカがぎょっとする。
 よく知っている人物のものだったのだ。
 「ジュールです。確認したい資料がありますので。お時間をいただいてもよろしいですか?」
 イザーク?
 間違いない。
 イザーク・ジュールの声だった。
 アスランとディアッカの、かつての戦友。
 終戦となってもザフトに残っているとは聞いていた。
 アスランは地球のカーペンタリア基地で、ディアッカは停戦直前のアークエンジェル内で別れ、それ以来まったく連絡を取っていない。
 「入りなさい」
 タッドの許可の声と同時にエアの音がした。
 かつかつと硬質な靴音。
 「お休みのところ失礼します。補給品の在庫のチェックが終わりましたので報告に来ました。ここにサインを・・・」
 言いかけて、彼はようやく客人の存在に気付いた。
 ゆっくりと首をめぐらせる。
 「アスラン・・・、ディアッカ?」
 「イザーク!お、お前、その顔は?」
 ディアッカが上ずった声で尋ねる。
 アスランなど、完全に言葉を失っていた。
 
 イザークの顔は傷だらけだった。
 右目には眼帯をし、口元は切ったのか赤黒くなっている。
 他にも頬などにすり傷やあざが白い肌を無残に飾っていた。
 よく見ると手にも包帯を巻いている。
 体中に傷があるのか。

 「ど、どういうことだよ。何があったんだ?」
 ディアッカの問いかけにイザークは無言だった。
 そして、再びタッドに向き直る。
 「書類はここに置いておきます。それからクサナギの責任者から議員によくお礼を言って欲しいと頼まれました」
 「・・・そうか」
 タッドは横目で息子たちを見ながら複雑な表情で相槌を打つ。
 「客人がいらっしゃるとは知らず、失礼をいたしました。自分はまだ仕事が残っておりますので失礼します」
 イザークは感情のこもらない声で言うと、敬礼をして立ち去ろうとする。
 「イザーク、待てよ!」
 ディアッカが慌ててそれを追いかける。
 アスランもそれに続いた。
 
 「イザーク!」
 声をかけられてもなおイザークは歩みを止めなかった。
 振り返ることもなく早足で廊下を突き進む。
 「イザーク!!」
 痺れを切らしたディアッカがイザークの肩を掴んで引き寄せようとした。
 しかし・・・。
 「あうっ!」
 肩を掴むと同時にイザークがうめき、がくりと膝をついてうずくまった。
 ディアッカの腕を振り払い、掴まれた肩をかばう。
 「・・・あ」
 そんなに強い力で掴んだわけではない。
 肩にも怪我をしているのだ。
 「イザーク・・・」
 追いついたアスランも気遣わしげに声をかける。
 だが、やはりイザークはそれに応えることなく立ち上がり、歩き出した。
 「待ってくれ、・・・話を、したいんだ」
 アスランのその言葉に、ふっと足が止まった。
 話を聞いてくれるものと思ってアスランとディアッカに安堵の表情が浮かぶ。
 しかし、イザークの疲れた声が再び彼らを凍りつかせた。

 「今更、何を話せと?」
 「イザーク?」
 「俺に近づくな」
 「そんな・・・」
 言いよどむアスランたちを振り返った蒼い左目が射抜く。
 「お前たちの立場は微妙なんだ。俺みたいのと話しているところを変に誤解されかねない」
 俺、みたいの?
 イザークは何を言っているのだ?
 二人の疑問を読み取ったのだろう。
 イザークの無機質だった顔が、自嘲の笑みに飾られた。
 「俺はザラ派の残党らしいぞ」
 「!」
 「ディアッカ、お前はお父上に散々心配かけたんだ。今度こそ親孝行して差し上げろ。
 アスランも、今更プラント内のつまらん権力争いに巻き込まれたくないだろう」
 「イザーク・・・お前は」
 ディアッカの言葉が終わらないうちに、イザークは歩みを再開した。

 もう、二人は追いかけられなかった。 


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2005/02/11改