レイピア



トモダチ


 「イザーク・ジュールだな?」
 イザークはゆっくりと振り返る。
 銃を構えた男たちが周りを取り囲んでいた。
 「お前を拘束する。抵抗はするなよ」
 「そんな・・・!どうして隊長が!?」
 そばにいた部下のシホ・ハーネンフースが色をなした。
 他の部下たちも不安げに見守る。
 「お前にスパイ容疑がかかっている」
 「スパイ?そんな馬鹿な・・・」
 言い返そうとするシホを、イザークは片手で制した。
 「隊長・・・」
 「シホ、この隊はお前に任せる。押し付けるようで悪いが、全員家族のもとに返してやってくれ」
 それだけ言うと、イザークは男たちの方に歩いていった。
 その堂々とした態度に銃を持っているはずの男たちの方が気圧される。
 そして残されたジュール隊の兵士たちは、連行されていくイザークを敬礼しながら見送っていた。


 アイリーン・カナーバが停戦の意向を伝えてもなお両軍は混乱していた。
 特にザフトはパトリック・ザラが部下に打たれ、一気に穏健派が権力を握ったことで指揮系統が乱れている。
 その中でイザークは自分の隊だけでなく他の隊の兵士にも適切な指示を与え、MS隊を何とか正常に戻していた。
 彼の拘束はその矢先のことだった。
 母親のエザリア・ジュールの拘束はすでに聞き及んでいたこともあり、イザークは自分の拘束にさほど驚いた様子を見せなかった。
 ザラ派の筆頭だったエザリアの息子というだけでなく、パトリックの片腕といわれていたクルーゼの隊に一番長くいたのだ。
 疑われない方がおかしいだろう。
 ただ、このときですらイザークは自分の状況を楽観視していたのかもしれない。




 がっ、と頭を机に押し付けられ、頭蓋骨がきしんだ。
 「・・・くっ」
 「さあ、吐け!」
 イザークを机に押し付けている人物、トリアは笑みさえ浮かべている。
 「クルーゼが連合と通じていたのははっきりしているんだ。貴様も加担していたのだろう」
 「・・・」
 「どうやってNジャマーキャンセラーのデータをあちらに渡した?知っているはずだ」
 「知らない」
 もうこんなことが何時間も続いている。
 時間の感覚がつかめないが、十時間は経過しているだろう。
 カナーバ派と豪語しているこのトリアという男は、イザークを拘束した兵士たちの隊長らしい。
 ここにイザークを放り込むと同時に拷問を開始した。
 本当にイザークがスパイだと信じているのか、間諜していたのを認めろと強要してくる。
 もちろんイザークはそんなことはしていない。
 クルーゼの容疑は疑いようもなく、それに関して全く感知していなかった己を情けなく思うものの、
 身に覚えのない罪をかぶるつもりは毛頭ない。
 殴られても蹴られても、必死に絶えた。
 嘘の自白を拒否し、哀願の言葉も口にしない。

 しかし、トリアはそれが気に入らなかったらしい。  意識が朦朧とし始めていた。
 しかし、それが闇に落ちる寸前で水をかぶせられ、再び暴行されるということが繰り返される。
 そのうち自分は意識を保っているのかそうでないのか分からなくなってきた。
 それでも苦痛だけは容赦なく襲ってくる。
 ばしりと頬を平手打ちされ、ついであごを掴まれて無理矢理上を向かされる。
 瞳をゆっくり瞬くと、トリアの顔が映った。
 「しぶとい奴め。早く吐いてしまえ」
 「・・・」
 「間諜だということを認めさえすればいい。そうすれば楽になるぞ」
 「・・・」
 つまり。
 この男にとって、イザークがスパイかどうかはどうでもいいのだ。
 敵方のスパイ、新政府の敵を捕まえた。
 その名誉が欲しい。
 イザークの口元に嘲笑が浮かんだ。
 この男、トリアは、かつての自分だ。
 上を目指し、ナチュラルとはいえ敵の命を奪うことをなんとも思っていなかった愚かな自分。
 名誉欲に取り付かれて・・・。
 かつての自分の亡霊が、今の自分を裁くのか。
 なんという皮肉だろう。
 「・・・無様だな」
 トリアの頬に、かっと朱が差した。
 自分が侮辱されたと思ったのだ。
 イザークが己自分自身を嘲ったなど、知りようもない。
 トリアはイザークの首を掴むと、そのまま細い体を壁にたたきつけた。
 どすっ、と鈍い音がして部屋が僅かに揺れる。
 周りで見ていた者たちが震え上がった。
 彼らも、トリアの強引なやり方に疑問を抱き始めていたのだ。
 しかし、トリアを恐れているのか誰も怯えた目で見守るだけだ。
 
 背中を激しく打ちつけ、さらに首を強く掴まれてイザークは息を詰まらせる。 
 唇が空気を求めてあえいだ。
 その様子を、トリアは狂気じみた瞳で見つめる。
 
 そして彼は。
 おもむろにナイフを取り出した。
 「綺麗な顔だな」
 「・・・」
 「傷を残すなんてもったいない。どうして消さないんだ?」
 「・・・」
 「何ならもっと傷を付けてやろうか?」
 「・・・」
 ナイフの刃がイザークの頬に押し当てられる。
 イザークはそれでも顔色を変えなかった。
 ただ真っ直ぐトリアを見つめ続けている。
 トリアは恐れた様子を見せないイザークに舌打ちするが、ふと何か思いついたような表情をした。
 「そうだ!その目をえぐってやろう」
 「!」
 さすがにイザークの顔色が変わる。
 それを認め、トリアは邪悪な笑みを浮かべた。
 そして、後ろにいる部下たちに命令する。
 「おい、こいつを抑えろ」
 「や、やめろ!!」
 イザークはほとんど感覚のない体を無理矢理動かして精一杯の抵抗を試みる。
 しかし、それもすぐにトリアの部下たちに押さえ込まれてしまった。
 両手足を壁に押し付けられ、動きを完全に封じられる。
 トリアはイザークのあごを乱暴に掴んだ。
 そしてナイフの刃先がイザークの右目に向けられる。
 反射的に瞳を硬く閉じると、まぶたに鋭い痛みが走った。
 「・・・ッ!」
 「さあ、吐け!でないと本当に目がつぶれるぞ」
 つっ、と生暖かいものが頬を伝っていくのが分かる。
 おそらく顔半分が血だらけになっているだろう。
 イザークの胸に、初めて怒りがこみ上げてきた。
 こんな奴の、出世の踏み台になどなってやるものか!
 「吐け!」
 「断る!」
 今まで以上に強い口調で一蹴する。
 次の瞬間、右目に押し当てられていた刃が横に滑った。
 「!」
 視界が白くなる。

 同時に、意識も遠くなった。
 
 


 薄暗かった部屋にばっと光が差し込む。
 トリアと二人の部下ははっとしてドアの方を振り返った。
 「そこまでだ!」
 長髪の男が部屋に踏み込む。
 そして目にしたものに対し、険しかった顔の眉間にさらに皺が刻まれた。
 二人の兵士がイザークの手足を押さえ込み、壁に押し付けている。
 トリアは血のついたナイフを持ってイザークの顔を掴み、イザークはというと傷でも負わされたのか顔が血だらけだった。
 何をしていたのか一目瞭然だ。
 「エルスマン議員・・・これは・・・」
 トリアがへつらうような笑みを浮かべて言葉を探る。
 男は、タッド・エルスマンはそれに吐き気を覚えた。

 イザーク・ジュールが母親のことで拘束されるのは混乱するこの状況ではいた仕方のないことだろう。
 しかし、せいぜい軟禁処分が適当であるはずの彼が尋問されているということを彼の部下に知らされ、気になってきてみれば・・・。

 「貴様ら・・・子供になんてことを!」
 怒りに肩をいからせながら足を踏み出す。
 逆にトリアは後ずさりながら言い訳を並べ立てた。
 「このガキはスパイなんです!そう自供させました」
 「ほう・・・自供したにしてもしていないにしてもどうしてそんなもので彼を傷つける必要がある?」
 「これは・・・」
 トリアは口をパクパクさせた。
 これ以上は・・・いや、こんな男と何を話しても無意味だ。
 「この三人を別々に収容しろ!ここで何をしていたかはっきりさせるんだ」
 タッドは後ろにいた兵士たちに向かって命令する。
 トリアは訳の分からないことを言いながら抵抗したが難なく兵士たちに抑え込まれる。
 他二人は意外にも大人しく拘束に従った。
 タッドは連行されていくトリアたちを見届けると、イザークの方に向き直る。
 彼からも話を聞かねばならない。
 しかし・・・。
 「・・・イザーク?」
 はっとする。
 いつの間にか、イザークは冷たい床に倒れこんでいた。
 「イザーク!!」
 慌てて駆け寄り、抱き起こす。
 イザークは、糸が切れた人形のようにぐったりしていた。
 銀の髪はところどころ血で汚れており、もともと色素の薄い肌はさらに青白い。
 臙脂色なのでよく分からないが、軍服にも血が付いているはずだ。
 と、タッドは血を滴らせている傷口が、イザークの右目だということに気付く。
 一目で深い傷だということが分かった。

 「おい、誰か!!誰か彼を医療室に運んでくれ!早く!!」


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2005/02/11改