レイピア



オルゴール


 タッドの話が終わった後も、アスランとディアッカはしばらく呆然としていた。
 まさかそんなことになっていたとは・・・。
 「トリアは否定したが、部下たちは全て話したよ。イザークへの虐待があまりにひどいので疑問を感じていたらしい」
 あの場にいたトリアの二人の部下は、尋問をしているうちにイザークへの罪の意識を感じ始めたようだ。
 トリアが最初からイザークに嘘の自供をさせて臨時議会に突き出そうとしていたこと、
 イザークが頑なに自供を拒み続けたことなどを隠さず話した。
 イザークに申し訳ない、罰は受けるとも言っていた。
 今更遅い、と思わないでもなかったが、上官の機嫌を損ねることが怖かったのだろう。
 反省もしているようだしイザークは訴える意志がないことを告げたので、彼らは降格処分と二週間の謹慎だけですんだ。
 謹慎の後、きちんとイザークに謝りに来たそうだ。
 トリアはと言うと、尋問するのは好きでもされることには耐えられなかったのかようやく罪を認め、やはり降格処分になった。
 衝突を回避するために別の場所に移動になったらしい。
 
 アスランがためらいがちに口を開く。
 「その・・・イザークの怪我は・・・目は大丈夫だったんですか?」
 ディアッカもはっとする。
 そういえばイザークは右目に眼帯をしていた。
 「親父・・・!」
 言いかけたディアッカをタッドは手を上げて制する。
 心配ないよ、と前置きした。
 「眼球の表面が傷つけられてしまったが、視力に影響はないそうだ。あのあともちゃんと医師の治療を受けていたようだから」
 「そう・・・」
 「そろそろ完治するんじゃないかな。本人は眼帯を嫌がっていたけど、彼の部下がいろいろと世話を焼いているようだった」
 イザークの部下?
 アスランとディアッカはきょとんとした顔をする。
 一個隊の隊長であったのなら部下はいるだろうが、そこまで面倒を見てくれるものだろうか。
 それではまるで・・・。
 二人の考えを読み取ったのか、タッドは苦笑しながら応える。
 「あれでもイザークは慕われているんだよ」

 不本意な拘束から解放された後、イザークはジュール隊の隊員から希望脱隊者を募った。
 イザークの立場は未だに危ういもので、彼の隊の部下ともなればトリアのような過激な人間に害されるかもしれない。
 部下を想ってのことだった。
 しかし十数名いた隊員の中で、すすんで脱隊を申し出たものは3人ほどだったという。
 残りの者たちはイザークを心から慕っており、他の隊に移ることを拒否した。
 それでも家族やイザーク自身に説得され、最終的に残ったのは5人だった。
 この5人は頑なに移転を拒み続け、イザークもさじを投げてそばに置いているという。





 イザークは与えられた部屋の椅子に座り、資料を見ていた。
 本当に見ているだけで内容は全く頭に入っていない。
 考えているのは先ほど会ったアスランとディアッカのことだった。
 会わないですむと思っていたわけでもなかったが、こうも早く・・・しかも傷だらけの情けない顔を見られてしまうとは。
 二人の哀れむような表情が脳裏から離れない。
 同情されているのかと思うと腹立たしく、周囲に当たりたいという衝動が沸き起こってしまう。
 昔からのイザークの悪いくせだ。

 「隊長、どうかしたんですか?」
 隣にいた部下が気遣わしげに話しかけてきた。
 「いや、なんでもない。・・・キキ」

 キキ・ウォータハウス。
 ジュール隊の隊員で、二つ年下の部下だ。
 くすんだ金の髪に大きな金の瞳。
 軍服の色こそ緑だが、かわいい顔に似合わずなかなか優秀なパイロットだ。

 「もしかして、目が痛むんですか?」
 「そんなことない」
 キキは本当に心配そうにイザークを見ている。
 そんなに難しい顔をしていたのかとイザークは苦い笑いを浮かべた。
 「こんな大げさなもの付けているからそう見えるんだ。もう完治しているのに」
 言いながら右目の眼帯に手を当てる。
 それに対し、キキは駄目です!と駆け寄ってイザークの手を遮った。
 「ばい菌入るじゃないですか!清潔にするようにって医者からも言われたでしょう!?」
 「分かった分かった」
 イザークは降参、と手を上げた。
 キキは年下のくせにいろいろと世話を焼いてくる。
 怪我をしてからは毎日のようにイザークの部屋を訪問して医者の下に引きずるように連れて行き、眼帯の替えもしてくれる。
 脱隊をすすめたときも頑なにそれを拒んだ一人で、さらに説得しようとしたイザークに対し、逆ギレしたくらいだ。
 普段は子犬のように人懐っこいのに、こうと決めたことは絶対に曲げない。
 キキを見ていると、地球で命を落としてしまった優しいピアノ弾きのことを思い出してしまう。
 だからというわけでもないが、キキには弱いイザークだった。
 それに、キキと話していると不思議とささくれ立った気持ちが落ち着いてくるのだ。
 いつの間にか先程のいらつきは消え去っていた。
 
 だが、しかし・・・。

 「・・・オイ」
 「はい」
 「はいじゃない。何をしている?」
 イザークは額を押さえながらとりあえず聞いてみる。
 腕を掴んでいただけのはずだったのに、いつの間にかキキはイザークの体にぴったりと抱きついていた。
 「スキンシップです」
 「しなくていい」
 ぴしゃりと言ってみるが、腰に回されたキキの腕は緩みそうもない。
 実はこれは一度や二度ではなかった。
 キキは機会さえあればイザークに抱きついてくるのだ。
 しかも人目をはばからず。
 これさえなければ見た目にも内面にもかなりできた人間なのだが・・・。
 「仕事が残っているから離れてくれないか?」
 「あ、お構いなく」
 気にせずに資料を見ていいということか。
 イザークは大きくため息をつく。
 こんなところを彼女に見られたら・・・。

 しゅっ、とエアの音がしたのはそのときだった。
 入ってきた人物は中に誰もいないと思ったのだろう。
 イザークとキキを視界に入れ、しばしぎょっとした顔をする。
 が、それも次第に険悪なものに変わっていった。
 イザークは再びため息をつく。
 どうしてよりによって彼女・・・シホ・ハーネンフースが入ってくるのだ?




 「キキーーーーーーーーーーーー!!」
 シホの怒号が響き渡る。
 イザークはその前に本能的に耳を押さえた。
 キキはといえばイザークに抱きついたまま舌を突き出している。
 「隊長から離れなさい!」
 「嫌だ!」
 「ご迷惑でしょう。いったいアンタは、何度言ったら分かるのよ!?」
 口で言っても聞かないキキを、シホは強制的にイザークから引き剥がそうとする。
 キキは体を密着させたままイザークの背中へと逃げた。
 ・・・いつもの展開だ。
 イザークは嵐が過ぎるのを待つしかない。
 いちいち怒るのは疲れるだけだ。
 「シホには関係ないだろ」
 「あります!」
 「隊長のこと大好きなんだからいいじゃないか!」
 「男同士でしょうがっ」
 「男同士でもいいの!僕は隊長をお嫁さんにするんだから!!」
 「寝言は寝てから言いなさいっっ」
 全くこの二人は・・・。
 いつの間にか取っ組み合いを始めている二人にがっくりと肩を落とす。
 すると、後ろでくすくすと笑う声がした。
 「苦労するねー、隊長サマ」
 黒髪黒目、軍服も黒い男がドアに寄りかかっていた。
 背が高く、なかなかハンサムだ。
 「いつからそこにいた?」
 「シホが怒鳴ったときから」
 最初からか・・・。
 「で、お前としてはどっちなの?キキのお嫁さん?それともシホの彼氏?」
 「・・・いい加減にしろよ、フェイ」
 左目でぎろりとにらみつけるとフェイ・・・部下の一人であるフェイ・フォルミュラーは両手を挙げて降参の意を示した。  
 しかしまだ顔はにやついている。

 こいつもひとくせあるやつだ。
 実は、フェイはつい先日ジュール隊に入隊してきたばかりなのだ。
 戦中に結成されたジュール隊は全員イザークより年下だが、フェイはイザークより一回り年上。
 上司であるイザークに、ため口で話しかけてくる。
 最初こそ抵抗があったものの、もう慣れてしまった。
 
 「それより聞いたか?三日後の晩に、この先の会館で懇談パーティーがあるんだってさ」
 「パーティ?ここでか?」
 イザークは眉をひそめる。
 ここは港からそう離れていない地域だ。
 移動すればそれなりの設備があるところがあるのに、なんだってこんなところで・・・。
 「ラクス嬢があんまり派手にしてくれるなとお願いしたんだってさ。船からあまり離れるのもよくないと」
 「・・・そうか」
 「まあ、お偉いさんが極秘にやるんだからあまり広くなくていいんだろう」
 「と、いうことは俺たちは護衛か」
 「そういうこと」
 「・・・」
 「イザーク?」
 考え込んでしまったイザークの顔を、フェイが覗き込む。
 それになんでもない、と手を上げた。
 「念のため、参加者名簿を見せてくれないか?」
 「何かあると思ってんのか?」
 「念のためと言ったろう」

 そう言ってイザークはフェイから名簿をファイルごと奪い取った。
 微かな胸騒ぎを感じながら。



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2005/02/11改