レイピア
ツバサ
三隻同盟の歓迎会はそれなりの規模で用意されていった。
ラクスたちはパーティーを開くことそれ自体に反対だったようだが、
アイリーンたちは何としても彼らを引き止めたいという気持ちがあったのだろう。
ラクスたちが生きていて、しかもマイウス市にいるということを隠し通すことは不可能に近かった。
「これが政治の駆け引きって奴ですかね」
イザークにしか聞こえないように言った亜麻色の髪の青年は、ため息だけでもとわざとらしく息を吐いた。
イザーク同様赤服を着ている。
背はイザークとほぼ変わらないが、華奢な彼と比べればしっかりした体つきだ。
マニ・クロイツェル。
やはりイザークの隊に残った部下の一人だ。
「そんなに歌姫の存在力が欲しいんですかね」
「あの人はそれだけの力を持っているのさ。本人が望もうが望むまいが・・・」
「高く評価しているわけですか?」
「・・・政治力と人の心を動かす力に関してはな」
するとマニはにやりとする。
イザークはむっと眉を寄せて何だ、と返した。
「ファンだったんでしょ?」
くっくっくと喉で笑っている。
イザークの頬が少し赤く染まった。
「・・・何故知ってる?」
「この間部屋にお邪魔したとき、CDがありましたよ。しかも全曲」
「もう全部処分した!」
「引き出しにしまっただけでしょ」
「何でそんなことまで分かるんだ!?」
いつの間にかイザークは耳まで真っ赤になっていた。
墓穴を掘っていることにも気付いていない。
そんなイザークをまあまあとマニはいさめる。
シホと同じくらいイザークの下にいる期間が長いので、それなりに上司の扱いに手馴れているのだ。
周りを気にする仕草をすると、イザークも自分が大声を出していたことに気付いて静かになった。
「でも、いいんですか?処分なんかしちゃって」
「・・・平和の歌は」
「え?」
「あの人の平和の歌は、もう聞けないんだ」
イザークとマニは護衛の配置の確認をしていた。
ラクス一行をよく思わない輩は多い。
彼女が生きてプラントにいるとなれば、過激なことを考える者が必ずいるものだ。
「それにしても、カナーバもどうしてザラ派のうわさがある俺たちに護衛を?」
マニがもっともな疑問を口にする。
イザークがザラ派の筆頭だったエザリアの息子だと言うのは周知の事実だ。
今一番警戒しなければならないのはザラ派の残党だろう。
それなのにうわさがあるイザークの隊に護衛の一端が任されるとは・・・。
「アイリーン様は俺を信用などしていないさ」
イザークの言葉にマニが顔をしかめる。
そんな部下の眼前に、イザークは配置の図面をひらひらと突き出した。
「これを見て分からないか?仮に俺の隊が機能していなくても問題ないよう他の隊が配置されている。
・・・つまり、俺たちはただのお飾りさ」
もしくは、これでイザークを試そうとしているのかもしれない。
タッドは全面的にイザークを信用し、色々とアイリーンに口を利いてくれているようだが、
彼女はといえば臨時政府の長に担ぎ出されて疑心暗鬼になっているのだろう。
長い間拘束されていたというのだからそれも無理からぬことなのかもしれない。
マニはしばらく図面を見つめていたが、やがて肩をすくめて言った。
「つまり、俺たちは多少サボってもバレないってことっすね」
それを聞き、イザークはふっと笑った。
もしこれが真面目なシホや直情型のキキだったら、顔を真っ赤にして怒り出していただろう。
フェイも飄々とした雰囲気があるが、マニは何というか・・・ユーモアがある。
彼のそんなところは嫌いじゃなかった。
「・・・脅迫だよなあ、これ」
エターナルの一室。
ディアッカの言葉にアスランは頷いた。
臨時政府とひそかに行うという食事会がいつの間にかパーティーと呼ぶにも過小なものになってきている。
ここでなんとしてもラクスとアスランをプラントの臨時政府に引き入れるつもりだろう。
いや、もしかしたらすでに引き入れたことにして集まった議員に紹介する、何てこともありうる。
それを考えると寒気がした。
「欠席・・・」
「できるわけないだろ」
ディアッカがぴしゃりと言う。
隣にいたラクスもため息をついた。
「とにかく、バルトフェルド艦長ともよく相談しましょう」
「そうですね」
三人とも暗い顔で立ち上がる。
まばゆい金髪の姫が駆け込んできたのはそのときだった。
「アスラン!!」
「カガリ?」
走ってきたのか息を切らしている。
彼女が慌てているのはさして珍しいことではない。
しかしその顔色がいつも以上にすぐれないことにアスランたちは気付き、何かあったのだと悟った。
「どうした?何かあったのか?」
「キラが・・・」
キラ、と言う言葉にラクスが敏感に反応した。
「キラに何かあったのですか?」
傷はほぼ癒えたものの、放心状態のキラは部屋にこもりきりだった。
それでも最近はこちらの話に反応したり、笑ったりと回復している様子だったのだが・・・。
「ここに来る前にキラに会おうと思って部屋に寄ったんだ。そしたら・・・いなくて・・・」
「艦の中をうろついてるんじゃないの?腹が減ったとか・・・食堂は捜したか?」
ディアッカの言葉にカガリは泣きそうな顔で首を振る。
「艦の人たちに手当たり次第に聞いて回ったんだ。そうしたら、キラらしい奴が艦を出たのを見たって・・・!」
「あれ、なんかあいつ変じゃないですか?」
マニの言葉にイザークは顔を向ける。
会館の下見を終え、戻る途中だった。
イザークやマニと同じ歳くらいの少年がふらふらと歩いている。
軍服は着ていない、私服だ。
ということはラクス側の者だろうか。
おそらくそうだろう。
兵士や議員関係者でないプラントの人間がこんなところをうろついているはずがない。
「大丈夫かなぁ・・・あのままじゃ兵に不審者としてつかまりますよ」
「・・・そうだな」
イザークはマニに先に戻るように言うと、一人で少年の方に歩み寄った。
もしラクス一行に友好的な感情を持っていない兵に捕まったら何をされるか分からない。
正直今の時点でラクス一行の関係者に関わりあいたくないのだが、放っておくわけにもいかないだろう。
「おい、お前」
声をかけると、少年はゆるりと顔を向けた。
結構足を踏み鳴らして近づいたのに全く気付いていなかった様子だ。
大きな黒い瞳を不思議そうにイザークに向けてくる。
その瞳があまりに純真無垢なものに見え、イザークは戸惑った。
「ここで何をしている?エターナルの関係者なのだろう?」
「エターナル・・・」
少年は表情を変えずにイザークの言葉を反復する。
もしかして、頭が弱いのではなかろうか。
仕方なく、子供を相手にするように手を差し伸べた。
「ほら、連れて行ってやるからこっちに来い」
すると、少年は素直にその細い手を握った。
どうして艦を出ようと思ったのか分からない。
部屋の中は安全だった。
キラを傷つけるものはいない。
キラを悲しませるものはいない。
カガリが向日葵のような笑顔で微笑み、ディアッカが冗談を言い、アスランは心から気遣ってくれる。
そして、ラクスが包み込むような優しさで癒してくれるのだ。
この数日間、この部屋だけがキラの世界だった。
そして。
唐突に、思う。
ここは本当に自分の居場所なのか。
まだやるべきことは残していないか。
この疑問が頭をよぎったとき、自分が今いる部屋が閉鎖的なものに感じ、息が詰まった。
気が付くと、どことも分からないところをふらふらと歩いていた。
艦の中ではないことは確かだ。
戻らなければという想いと何処かに行かなければという想い。
頭の中がぐるぐる螺旋を描いているようではっきりしなかった。
それでも足だけは相変わらず動いている。
「おい、お前」
ぴん、と張った声。
ゆっくりと振り返る。
自分と同じ歳くらいの少年が立っていた。
美しい銀の髪と白皙の肌。
声をかけられなければ女性と見間違えていただろう、中性的で整い過ぎた美貌。
しかし、怪我をしているのか右目を眼帯で覆っている。
口元や頬に残るあざが痛々しかった。
今までに見たことのないような美しさに、怪我や包帯という現実的なものが何とも不思議で、
キラはまじまじと少年を見つめてしまった。
「ここで何をしている?エターナルの関係者なのだろう?」
「エターナル・・・」
そうだ。
自分はそこに戻らなければならない。
ラクスたちが心配している。
ようやくキラはラクスたちのことを思い出した。
帰らなければ。
でも、どうやって?
すると、銀髪の少年は少し困ったような顔をした。
そして、ほっそりとして形のいい手を差し伸べる。
「ほら、連れて行ってやるからこっちに来い」
少しぶっきらぼうだが優しい声音だった。
キラは反射的にその手をとる。
少年の手はキラのものより少し体温が低かった。
手のひらから彼の熱が流れ込んでくる。
と同時に、安堵感と不安という相反する気持ちがキラの胸に沸き起こった。
どうしてだろう。
彼の存在は安心できる。
見た目こそ現実離れした美しさだが、優しい声と体温は間違いなくキラを落ち着かせてくれる。
だが・・・。
そうだ、声。
この声、何処かで聞いたことがある。
少年に手を引かれて歩きながら考える。
この声を、知っている。
キラの脳裏に、何かが走り抜けた。
白と蒼の、見慣れたスマートな機体。
何度も自分を脅かした存在。
守りたかったものを目の前で奪った存在。
その引き金を引いたのが、彼?
キラはそのとき初めて少年が紅い軍服をまとっていることに気が付いた。
アスランが着ていたのと同じ・・・。
あの女の子がいたシャトルに向けて引き金を引いたのは、この指?
この細くて綺麗な、この指・・・?
彼が。
デュエル・・・。
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2005/02/11改