レイピア
ドールハウス
「・・・え?」
イザークは歩みを止めた。
いや、止めざるを得なかった。
黒髪の少年が足を止めたこともあるが、彼が呟いた言葉が耳に届いてしまったのだ。
デュエル。
イザークは自分の手を握っている少年の瞳を再び見つめる。
それは、もう光のない先程とは違った。
真っ直ぐ、真っ直ぐイザークを見据えている。
唐突に、理解した。
握った手に心なしか力が入っている。
「キラ・ヤマトか」
少年の瞳がさらに鋭い光を放った。
応えこそなかったものの、イザークは確信する。
フリーダムのパイロット、その前はストライクのパイロットで、イザークの顔に傷を付けた、彼。
機体を通してでしか互いを知らなかった。
声もアラスカとメンデルのときの二度しかない。
憎んで、憎んで。
そして今は・・・。
「シャトル・・・」
「?」
「シャトルを撃った」
イザークは眉をひそめる。
同時にぞくりとしたものを感じてキラから離れようとしたが、手をしっかりと握られていて動けない。
何より、その大きな瞳が強く強く自分を戒めているような気がして。
「どうして、撃ったんだ・・・!?」
「何、言ってる?」
「シャトルを撃ったでしょう?地球降下のときに!!」
イザークははっとする。
確かに思い当たることがあった。
ストライク・・・目の前の彼に傷を付けられた直後だ。
あのときはストライクに復讐することしか頭になく、しかも怪我と熱のせいでほとんど記憶が飛んでいる。
それでも、怒りに任せて地球に降下しようとするシャトルに向け引き金を引いたことは覚えていた。
「・・・どうして?」
キラの瞳。
黒くて透明で、綺麗だ。
でも、今イザークがそれを見て感じているものは、間違いなく恐怖だった。
「!!」
突然、強い衝撃が体を襲った。
目の前で星が散り、イザークは訳も分からず瞳を瞬く。
白くなった視界が戻ると、すぐにキラの顔があった。
そこでようやく自分が壁にたたきつけられたことを理解する。
呆然としていたことは確かだが、こうも容易く攻撃を受けるとは思わなかった。
キラのおとなしそうな雰囲気に騙されていたのか。
そこまで考えて、ようやく体に痛みが襲ってきた。
壁にたたきつけられただけだが、体中に傷が残っている。
涙が出そうになるのを必死にこらえた。
「・・・ッ?」
息が、苦しい。
慌てて呼吸をしようと思ったが、それはかなわなかった。
首のあたりの感覚がない。
キラの細身の手が、イザークの首をわしづかみにしていたのだ。
「はっ・・・」
イザークの口が酸素を求めてあえぐ。
しかし、首に食い込んだキラの指の力は強くなっていくばかりだ。
両手で体を引き離そうとしても全くキラの腕は揺るがない。
信じられないほどの握力だった。
視界が暗くなっていく一方で、イザークはいやに冷静にキラの表情を観察していた。
―――なんて目をするんだ。
あの時自分が撃ったシャトル。
ストライクはそれをかばおうとしていたように思える。
ということは知っている人間が乗っていたのか。
しかし。
今ここでイザークを締め上げているキラの顔に浮かんでいるのは憎悪ではなかった。
少なくとも、顔とプライドを傷つけられて憎しみに身を焦がしていた自分とは別種のもの。
虚無感、と言うのが適当か。
いや、それも違う気がする。
明らかに、危害を加えているキラの方が動揺しているように見えた。
強い光を放っていた黒い瞳が僅かに揺れ始めている。
そうこうしているうちに視界がさらに暗くなる。
そして。
「キラ!!」
耳に届いた声に、キラははっとして腕の力を抜いた。
同時にイザークの体が壁伝いにずるずると落ちる。
イザークの喉がひゅうっと鳴り、次に激しくむせこんだ。
「あ・・・」
キラは苦しそうに呼吸をしているイザークを目の前に呆然とする。
自分はいったい何をしたのだ?
いや、何をしたのかは覚えている。
ただ、自分の頭がそれを認めたくなかった。
力を入れすぎて白くなった手のひらと、むせ込むイザーク。
それが、キラに自分のしたことを冷たく突きつけている。
呆然としているうちに、自分の名を呼んだ声の主の足音がばたばたと近づいてきた。
キラはゆっくり振り返る。
「キラ・・・イザーク?」
「アスラン・・・」
走ってきたのはアスラン、ディアッカ、カガリ、そしてめったにエターナルの外に出ることのないラクスだ。
皆キラを心配して捜しに来てくれたのだ。
しかしその彼らも、立ち尽くすキラとうずくまって咳き込んでいるイザークという予想だにしない構図に困惑せざるをえなかった。
「イ、イザーク・・・おい」
それでもディアッカが苦しそうにしているイザークに近づいた。
一方のイザークはそれにも気付かないのか必死に首の辺りをまさぐっている。
ディアッカがためらいがちにその肩に手を置いた。
しかし、その瞬間。
「ッ、・・・めろ!!」
反射的にイザークがディアッカの手を振り払った。
白皙の顔が紅潮し、普通の状態には見えない。
ディアッカは慌てて身を引き、アスランたちはさらに混乱した。
と、顔を上げたことでイザークはようやくディアッカの存在に気が付いたらしい。
さらに見慣れた顔・・・アスランと、ラクス・クライン。
それを認めた瞬間。
イザークのパニックになりかけていた頭が、さっと冷えていった。
イザークは息を整え、ゆっくり立ち上がった。
かつての仲間だったアスランに、ディアッカに。
金の髪をした快活そうな娘に。
そして、憧れを抱いていた桃色の髪の姫に。
何か言いたそうな顔をしている彼らを眼光で押さえ込む。
いつのまにかアスランがキラをかばうようにして立っていた。
自分が何かするとでも思っているのだろうか。
まあ、無理なからぬことかもしれないな、と少し自嘲する。
口元に僅かに笑みを浮かべ立ち去ろうとした。
しかし無意識に首に当てていた手を下ろした瞬間、一番近くにいたディアッカの顔色が変わった。
「イザーク、お前・・・!」
「?」
「何だそのあざは!?」
「あざ?」
言われていることの意味が分からず、イザークは眉を寄せる。
だがアスランたちはすぐにディアッカの動揺を理解した。
軍服の襟の隙間から覗くイザークの白い首。
それに真っ赤なあざが無残に浮き出ていた。
五つの指のあとがしっかり残っており、誰かに締め上げられたということが一目瞭然だ。
イザークはようやく理解し、慌てて首元を隠すがもう遅い。
カガリが呆然とした顔でキラを見る。
「・・・キラ?」
キラは蒼白な顔をしていた。
自分のしたことがまだ信じられないらしい。
「キラ、お前・・・」
「違う!」
アスランたちははっとする。
否定の声を出した主、イザークもまた同様だった。
困惑した視線を身に受け、いたたまれなくなる。
舌打ちし、逃げるように背を向けた。
「イザーク!」
「うるさい!付いて来るな!!」
追いかけようとしたディアッカを一括し、大股で歩き出していた。
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2005/02/12改