レイピア



プラチナ



 「重い!どけ!!」
 「すぐ終わりますから」
 「マニ、助けろ!マックス、カメラなんか出すんじゃない!!」
 ソファの上でキキに上に乗られているイザークは何とか脱出しようとしていた。
 しかし意外にキキの力は強い。
 そばにいるマニは触らぬ神にたたりなしとばかりにあさっての方を向き、カメラを取り出していたマックスは咎められ残念そうな顔をしている。
 そうこうしているうちにキキは軍服の襟の止め具をはずしてしまった。
 「どこも怪我なんてー・・・」
 これで済むとは思えず、牽制しようとしたイザークは眉を寄せた。
 楽しそうな顔をしていたキキの表情が、一瞬で変化したのだ。
 金の瞳は大きく見開かれ、驚愕と怒りがにじんでいる。
 「キ・・・」
 どうした、と聞こうとして、イザークははっとする。
 慌てて右手で首元を隠そうとするが、一瞬早くキキがその手を掴んでしまった。
 いきなり静かになってしまった二人に、マニとマックスも怪訝な顔を向ける。

 「・・・なんです、これ?」
 「・・・」
 キキの問いにイザークは答えられない。
 これ、とは当然首に残ったあざのこと。
 綺麗に手形になっているからどうされて付いたのかは一目瞭然だ。
 キキが知りたいのは誰がつけたのか、ということで・・・。
 「きゃ、どうしたんです?そのあざ!」
 近くに寄ったマックスが問題のあざを認め、やはり顔色を変えた。
 マニも苦い顔を作る。
 それだけ痛々しいものだったのだ。
 「隊長・・・」
 「うるさい!関係ないだろう」
 わざと冷たく言い放ち、ぐいっとキキを押しのける。
 今度こそキキはイザークから離れたが、表情は険しいままだった。
 すると、マニが何か思いついたように口を開いた。
 「もしかして・・・さっきの奴、じゃありませんよね」
 イザークはびくりと肩を揺らす。
 「ち、違う。そんなわけ・・・ないだろう」
 何とか気を落ち着かせようとするが、動揺を隠すことができなかった。
 その様子にマニは確信する。
 あんな大人しそうな少年がまさか、とは思ったが、イザークの反応から見て間違いないだろう。
 「さっきの奴って?」
 「違うといっている!」
 マニに質問したキキに、イザークが声を張り上げる。
 それでもキキの金の瞳は動じた気配を見せなかった。
 イザークを真っ直ぐに見返してくる。
 
 しばらくにらみ合いが続いた後、視線を逸らしたのはイザークの方だった。



 「お前なあ、どうして俺の部屋に来るんだよ?あ、もしかしてまたキスされたいの?」
 「半径1メートル以内に近づいたら殺してやる」
 「・・・だからここは俺の部屋なんだってば」

 先程の動揺など微塵も感じさせず、イザークは堂々とソファに腰掛け足を組んでいる。
 その姿はさながら家来にわがままを言って困らせる女王様だが、その手には拳銃などという物騒なものが握られていた。
 「ちゃんとキキに説明してやればいいだろう」
 銃口を向けられ、息をつきながらフェイは言う。
 例の首のあざをキキに見られ、その追求から逃れるためにイザークはフェイの部屋に逃げ込んだのだ。
 普段なら大歓迎なのだが、キキを敵に回しかねないとなるとフェイだって腰が引けてしまう。

 しかしイザークは蒼い双眸をふせただけだった。

 けぶるような銀のまつげ。
 その影が頬に落ち、フェイはしばし上官の麗美な顔を見つめる。
 彼の素顔を間近に見たのは初めてだ。
 彼の部下になったときは、すでに彼は顔に眼帯をしていた。
 ただ、まだ彼の部下ではなかった頃に遠目でもはっきりと分かる顔の傷に驚いたことを覚えている。
 今でもその傷は残って目の前にある。
 額から右頬にかけて斜めに大きく横切ったその傷は、敵軍のMSパイロットとの戦闘でできたものだそうだ。
 綺麗なのにもったいないと思う一方で、その傷が彼らしい激しい一面を垣間見ることのできる至高の彫刻のような気もする。
 つまり、嫌いではなかった。
 何週間振りかに包帯と眼帯をとったイザークの右のまぶたには、少し上のあたりにやはり傷がある。
 額の傷ほど目立つものではない。
 が、それが例の拷問でできたものだということにフェイは胸にちくりとするものを感じた。


 「何だ?」
 黙りこんでこちらを見つめているフェイに、イザークは眉を寄せる。
 するとフェイは銃を向けられているにも関わらず近づいてきた。
 「ねえ、何で俺の部屋に来たの?食べられちゃうよ?」
 「近づくな」
 イザークは銃をさらに突き出す。
 安全装置に親指をかけ、今にも解除できそうな体制。
 しかし、フェイは止まらなかった。
 銃などものともせず、ソファに座るイザークに合わせて体をかがめる。
 すると接吻できそうな距離にまで二人の顔が近づいた。
 「・・・」
 イザークが銃を下ろす。
 撃てるわけがない。
 それを視界の端に映しながら、フェイはイザークの銀髪をかき上げた。
 さらさらと手触りのいいそれを楽しみながら唇を寄せ・・・。

 「・・・」

 唇は。
 触れ合わなかった。

 フェイは体を少し離し、今度は乱暴にイザークの頭に手を置いた。
 「じょーだんだよ」
 「わ、わ、ばかっ」
 がしがしと髪をかき混ぜて少し伸びたそれをめちゃくちゃにする。
 イザークは突然くだけた態度に戻ったフェイに混乱しつつも悪戯の手を阻止しようと必死だ。
 「でもさ、行くんならマニのところにいけばいいのに」
 どうして?とフェイは言外に尋ねる。
 ふざけ半分とはいえ先程イザークにキスをして怒らせたのだ。
 するとようやく悪戯から解放されたイザークは、何を馬鹿なことを、と言いたげな顔をした。
 「他の連中に迷惑をかけるわけにはいかんだろう」
 きっぱりと言い放つ。
 「・・・俺には迷惑かけていいのかよ」
 「当然だ」
 「ひでぇ・・・」




 「へー、そんなにすごいあざだったの?」
 ランチのサラダを頬張りながらメイズが質問する。
 隣に座るマックスはそうなの、と返答しながら息をついた。
 ちなみに二人は二卵性双生児の姉弟である。
 「ばっちりしっかり手のあとがついてたわ。そうとう強い力でやられたのね」
 「隊長は否定したんでしょ?」
 「ジュール隊長は嘘つくの下手だもの」
 見りゃ分かるわよ、ということだ。
 大体あんなあざを自分で付けられる器用な人間がいるわけない。

 マックスとメイズは、席を一つ空けて座る人物の様子を横目で伺った。
 彼はテーブルに腕を突き、プレートにのせられたウィンナーをフォークでいじっている。
 ワイルド姉弟はそれほど彼と長い付き合いではない。
 だが、いま彼に近づくべきでないということはに容易に分かった。
 だって・・こんなに険悪な顔で、何の罪もないウィンナーを親の敵とばかりに切り刻んだりしているのだから。
 彼の・・・キキ・ウォータハウスの機嫌は最悪だった。 

 あれからイザークはことさらキキを避けていた。
 何度か部屋を訪問したが、応答がない。
 マニの話しだと、フェイの部屋に逃げ込んでいるようだ。
 あざの説明がないことはもちろん、自分以外の人間をイザークが頼ることも苛立ちを募らせる。
 
 ぶすり。

 とどめとばかりに、もはや原形をとどめなくなったウィンナーをフォークで突き刺した。
 「もう我慢できない!!」
 勢いよく立ち上がり、椅子が派手な音を立てて転がる。
 食堂にいたザフト兵の全員がぎょっとした。
 ワイルド姉弟もキキの大声にびっくりして後ずさる。
 対してキキは、周りの様子を気にする様子もなく、どすどすと足を踏み鳴らして出口に向かった。
 「キ、キキ!待ってよ!」
 姉弟は食べかけのランチプレートをそのままにキキの後を追う。
 「キキ、どこ行くの!?」
 「ジュール隊長なら今日はフェイさんとシホと一緒に・・・」
 てっきりキキの行き先はイザークの元だと思い込んでいるマックスだったが、キキの目的はそうではなかった。
 ぴたりと足を止め、ぽつりとつぶやく。
 「・・・確かめに行く」
 「は?」
 「隊長をあんな目に合わせた奴、絶対に許さない!」
 「待ってよ、どんな人かも分からないのにどうやって確かめるの?」
 「マニに聞いたんだ。エターナルの関係者だ」
 「え、エターナル?」
 呆然とする双子を尻目に、キキは歩みを再会する。
 その背中に再度声をかけようとしたマックスを、メイズが制した。
 頭に血が上っているキキを相手にできるのはシホくらいしかいない。
 いや、今の状態ではシホでさえ止められるかどうか分からない。
 「隊長の首を絞めた奴がエターナルいるって本当かしら」
 「多分・・・いいや、きっとそうだと思うよ。だから隊長は何も言わなかったんだ」
 「もう、マニったらどうしてキキにそんなこと話すのよ!」
 マックスは泣きそうな顔で頭を抱える。
 厄介なことになってきた。
 このままキキが騒動でも起こそうものなら・・・いや、起こすに決まっている。

 「とにかく、僕はキキを追いかけるから姉さんは誰か呼んできて」
 そう言い置き、メイズは早足でキキの後を追う。
 廊下にはマックスが一人残された。
 「・・・ちょっと待ってよ」
 誰か呼んでこい?
 イザークはいない。
 エルスマン議員に補給船に関する総合的な結果と、今回の護衛についての報告に行っている。
 シホとフェイはそれに同行。
 と、いうことは。

 「マニしかいないじゃない」
 


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2005/02/15改