レイピア
ユメウツツ
「キラ、こんなところにいたのですか」
気遣うような声に、エターナルのブリッジに出ていたキラは少しだけ顔を向ける。
だが視線まで動かそうとしなかった。
声の主は分かっているからだ。
「外に出ると危ないですわ」
「僕の近くに寄る人が、ね」
「キラ・・・!」
桃色の髪の歌姫は、キラの自嘲の言葉を咎める。
「ゴメン・・・でも」
「昨日のことを気にしているのですね」
「気にしてなかったら、僕はそれこそとんでもない奴だよ」
「・・・」
ラクスは何といっていいのか分からない。
気にする必要はない、とは言えない。
かと言ってこれ以上苦しむキラを見たくない。
「キラ・・・」
「僕は一歩間違ってたら、またアスランの友達を殺すところだったんだ」
アスランたちが割り込まなければ彼の首をへし折っていたかもしれない。
ブリッツのパイロットのように。
コロシテイタ。
「しかも素手で」
「やめてください!」
たまらずラクスが声をあげる。
苦しい表情でキラの手を握った。
「・・・」
ひんやりとして白く細いラクスの手。
あの人の手に、似ている。
この熱も。
この線の細さも。
伝わってくるやさしさも。
視線を上げる。
青い瞳とぶつかった。
ああ、目の色まで似ているな。
自然と笑みがこぼれた。
「ゴメンね。ラクス・・・」
『どんな奴だったの?』
『あー、えーと・・・』
『マニ・・・』
あえてにっこり笑ってやった。
この笑顔が彼にこたえることを十分知っていたから。
思ったとおり、彼の顔からすっと血の気が引く。
『例の三隻の近くで私服でうろうろしてたから・・・え、エターナルの関係者かなぁ、と』
例の三隻、とは、ラクス・クライン率いるエターナルと、それにくっついていたナチュラルの戦艦二隻のことだ。
キキはうんうんと頷きながらさらに一歩マニに歩み寄った。
『それで?』
『あ、んと・・・そのぅ・・・』
『どんな人だったの?男?女?何人いた?』
『く、黒髪の男・・・です』
『・・・』
黒い髪で性別は男性。
そんなの吐いて捨てるほどいる。
沈黙をもって先を促した。
とうとうマニは観念する。
『黒髪に黒目。身長はお前と同じくらい。・・・多分同年代だと思う』
『そんな奴に隊長は怪我させられたの?』
キキは半ば驚愕しながら呟く。
線の細いイザークだが、生身でも十分強い。
なんといってもアカデミーでは常に上位にランクしていたのだ。
キキと体格の変わらない子供相手に遅れをとるなんて・・・。
『だから、俺も信じらんないんだって!隊長は何も言わないし。・・・ただ』
『ただ?』
『いや・・・エターナル関係だから手を出せなかったのかなって』
マニの見解は半分当たっていた。
イザークはおそらく何があってもキラに手をあげようとしないだろう。
彼らに対して害とみなされれば、自分だけでなく、直属の部下である自分たちや拘束中のエザリアの立場にまで影響する。
ただ、彼らが想像し得なかったのは、そのいかにも大人しそうな少年が実力でイザークを締め上げたということ。
どっちにしろ、キキがエターナル側にいるだろうその少年に怒りを覚えるのは必然だった。
キキは三隻の船が収容されているドッグへと入っていった。
一応IDのチェックはある。
しかし、ジュール隊は何度もここを往復している。
キキは銃などの武器を所持していなかったので、案外簡単にスルーすることができた。
そのまままっすぐピンクの船に向かう。
エターナル。
ザフトから奪取された船だ。
それだけでも忌々しいのに、こうして堂々とプラントに戻り、連中は実権を握ったカナーバ派に守られている。
許せない。
許せない。
周りには地球軍のものだろう作業着を来た人間が何人かいた。
皆キキを気にかける様子がない。
ちらりと視線を投げかけたあと、仕事を続行したり仲間を談笑をしたりする。
ここは、どうなっている?
その時。
キキの視界に二つの人影が映った。
一つは桃色の長い髪をした少女。
プラントの市民から慕われていた歌姫。
それを見た瞬間。
体に震えが走る。
そして。
もう一人。
少年がいた。
キキと同じ歳くらい。
歌姫と笑顔で何か話している。
黒髪で黒目、だった。
そんな簡単に見つかるわけない。
黒髪で黒目の子供なんてそうそう珍しいことではない。
でも・・・。
2004/10/25
「キラ、アークエンジェルとクサナギにお邪魔しませんか?」
「え、どうして?」
「キラが元気になったことをご報告しなければ。お友達にもしばらく会われていないでしょう?」
「・・・うん」
「それに、外に出て歩けば気分も変わるかもしれませんわ」
「そうだね」
キラは頷いた。
怪我の治療をしている間、皆が見舞いに来てくれたのだが、どこも人手不足でそれぞれが仕事で忙しい。
それでも友人のサイとミリアリアは合間を縫って会いに来てくれるのだが、向こうばかりに来させるのは悪いと思っていたところだ。
ラクスも少しでもキラの気が晴れるように時を使ってくれているのだろう。
これ以上心配をかけるわけにはいかなかった。
キラはラクスに促されるまま、ブリッジを出た。
「失礼」
エターナルを出て、まずはアークエンジェルに向かおうとしたキラとラクスに声をかけてきた者がいた。
振り向くと、ザフトの緑の軍服をまとった少年がこちらに歩いてくる。
誰だろう。
エターナルの乗員だろうか。
「何か御用ですの?」
ラクスがふわりと微笑む。
優しく、包み込む笑みだ。
だが、少年はそれを認め、大きな金の瞳を忌々しそうに歪めた。
「・・・お尋ねしたいことがあって」
「何ですか?」
「あなたじゃありません、ラクス・クライン。隣にいる人ですよ」
少年はかわいらしい顔には不似合いな微笑を浮かべる。
声音も露骨に不快感を示していた。
ラクスも瞬時に危険を悟り、キラをかばうように前に立つ。
「失礼ですが、どなたですか」
「あなたに用はないといったはずだ」
凛として言い放ったラクスに対し、少年の方も負けじと言い返す。
「正直あんたの顔を見るのも声を聞くのも不快なんだ。さっさとどいてくれないか?」
キラは驚きに瞳を見開いた。
ラクスに対し、こんなあからさまな嫌悪の言葉を吐き捨てる者がいるなんて信じられなかった。
ラクスも少年の気迫に黙り込む。
それでもその場から動こうとしなかった。
引こうとしないラクスに少年は小さく息を吐く。
そしてキラに金の瞳を向けた。
「昨日、ここにイザーク・ジュールが来たよね?」
「・・・ッ」
キラの肩がびくりと揺れる。
何か言おうと口を開いたが、音は出てこなかった。
その様子を冷たい表情で見つめ、少年は一歩二人に歩み寄る。
「隊長に何をした?」
「やめてください!」
「何をしたかと聞いている。お前がやったのか?」
少年はじりじりと距離を詰める。
金の瞳は、とても冷たかった。
2004/10/29
彼じゃないかもしれない。
人違いかもしれない。
でも、足は止まらなかった。
「失礼」
なるべく気持ちを落ち着けてから声を出す。
それでも少し上ずってしまった。
キキの言葉に反応し、歌姫と黒髪の少年がそろってこちらを向く。
「何か御用ですの?」
ふわりとした、一輪の花が咲いたような錯覚を起こさせる微笑み。
それを見た瞬間。
キキの胸にどす黒いものが凝った。
「・・・お尋ねしたいことがあって」
今度は普通に声が出た。
心臓の音がうるさいが、頭は意外なほど冷えている。
「何ですか?」
「あなたじゃありません、ラクス・クライン。隣にいる人ですよ」
自分が笑っているのが分かる。
きっと歪んだ醜い顔をしているのだろう。
それに気が付いたのか、歌姫は少年をかばうように前に立った。
かばう?
正義の味方のつもりか?
彼女が?
ラクス・クラインが?
何も知らない、残酷なほどに綺麗なこの少女が?
「失礼ですが、どなたですか」
「あなたに用はないといったはずだ」
憎しみが、沸き起こる。
イザークやシホたちと一緒にいて、癒され忘れていたと思っていた感情が。
「正直あんたの顔を見るのも声を聞くのも不快なんだ。さっさとどいてくれないか?」
素直に自分の気持ちを伝えてみた。
なるべく丁寧に言ったつもりだったが、ラクスと少年は驚いた顔をしている。
正義の味方である自分たちは嫌われるはずはない、そう思っているのだろうか。
息を吐く。
時間の無駄だ。
ラクスの存在は無視し、少年の方に問いかけた。
はっきりとした口調で。
「昨日、ここにイザーク・ジュールが来たよね?」
「・・・ッ」
少年の肩がびくりと揺れる。
口が何か言葉を刻もうとしていたが、動揺していたのか何も出てこなかった。
キキは確信する。
コイツダ。
「隊長に何をした?」
コイツガ。
コイツラガ。
「やめてください!」
隊長ヲ。
大切ナ人タチヲ。
「何をしたかと聞いている。お前がやったのか?」
ボクカラ。
奪オウトシテイル。
許さない。
2004/11/04
倉庫は騒然とし始めた。
ラクスの声が聞こえたのだろう。
近くで作業をしていた人間が集まりだしたのだ。
ラクスはそっと息を吐く。
軍人とはいえ相手は一人だ。
周りに人が来てくれればそうそう強硬なことはできまい。
見れば動揺するかと思った少年は集まってくる人々など眼中にないかのようだ。
相変わらず大きな金の瞳に憎悪の炎を浮かべてラクスとキラを見据えている。
昨日会ったイザーク・ジュールの関係者のようだが・・・。
「隊長も殺すの?」
「え?」
少年がふとつぶやいた意味が分からず、ラクスは呆然とする。
何を言っているのだ?
「父さんや母さんを殺したみたいに、隊長を殺すの?それとも僕が先?」
そう言ってあたりに集まる者たちを目で指す。
「昨日も数人がかりでやったのかな?」
「あなたは・・・」
「キキ!」
そのとき、人ごみを掻き分けて来るザフト兵がいた。
ざわめきがさらに大きくなる。
そのザフト兵が、一般の緑ではなく赤い軍服をまとっていたのだ。
ラクスとキラもはっと身を硬くするが、それは彼らが昨日あった銀髪の少年ではなかった。
「キキ、何やってんだよ!?」
マニはようやくキキのもとへとたどり着くと、その腕を掴む。
しかしキキはマニの顔を見ようともしなかった。
「キキ、戻るぞ」
「マニ、隊長に怪我させたのってあいつ?」
「はあ?」
「あそこの女の影に隠れてる奴」
冷たく言い放つキキに、黒髪の少年が肩を揺らす。
マニはそれが昨日の少年だということを確認するも、あえてキキの言葉を無視した。
「馬鹿言ってないで帰るぞ!」
「うるさい、こいつらが!!」
「キキ!」
「こいつらが、父さんと母さんを殺したのにっ!」
「・・・え?」
ラクスは瞳を見開いた。
何?
何のこと?
その疑問の答えは、すぐに衝撃となって頭を打った。
「返せよ、父さんと母さんを!お前たちが沈めたヴェサリウスに乗ってたんだ!」
沈黙が、降りる。
そこにいる人間のほとんどが、その艦の名前を知っていた。
「何が平和の歌姫だ、人殺し!!」
「もうやめろ!」
マニは舌打ちし、半ば引きずるようにキキを連れ出そうとする。
それでもキキは罵声を止めなかった。
金の瞳に涙がたまっている。
「人殺し、人殺し!・・・お前たちみたいな奴をなんていうか知ってるか?」
キキの口元が歪んだ。
笑おうとしたのだろう。
次に来る言葉がわかっていたラクスは耐えられず、目をふせた。
「偽善者って言うんだよ!!」
「いい加減にしろ!」
マニは無理矢理キキの顔を自分に向けさせる。
こうなってしまったのも口が軽い自分の責任だ。
何としてもキキを連れ帰らなければならない。
「ここで騒動を起こしたら、隊長の立場が悪くなるだけだろうが」
「・・・っ」
キキははっとした顔をすると、唇を噛み締める。
そしてゆっくりとではあるが、肩の力を抜いていった。
それを確認したマニは息をつき、キキの顔を隠すようにして戻ろうとする。
しかし、次にはその先から来る人影に凍りついた。
「どうかしましたか?」
ザフト兵だ。
このあたりを管理する兵士だろう。
と、いうことはカナーバ派か。
今までどこをほっつき歩いていたのか知らないが、もう少し怠けていてくれればよかったのに、と舌打ちする。
まずい。
「彼らが何か?」
兵士たちは不信の色をマニたちに向けている。
二人がジュール隊だということを知っているのだ。
このままでは、本当にイザークが・・・。
「何でもありません」
きっぱりと言い切った声に全員の視線が集まった。
「ちょっとお話していただけですのよ、ね?」
ラクスはにっこりと微笑み、すぐそばにいた作業員らしき男に微笑みかける。
歌姫の愛らしい笑顔に男はぱっと顔を赤くし、こくこくと首を縦に振った。
「本当ですか?ですが彼らは・・・」
「お勤めご苦労様です。もうしばらくお手数かけますがよろしくお願いしますわ」
ラクスは兵士の質問を完全に無視し、ぺこりと頭を下げる。
ラクス・クラインに頭を下げられ、兵士たちもそれ以上は詰問できなかった。
敬礼をするとあたふたと去っていく。
「・・・」
マニはその後姿を眺め、そしてラクスを見た。
ラクスは先程までの笑顔はどこへやら、痛みをこらえるような表情でマニとキキを見ている。
そのラクスに軽く会釈をし、マニはキキを連れてその場を去った。
2004/11/11
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