レイピア
スノーホワイト
マニから一部始終を聞いたイザークはしばらく黙りこくっていた。
椅子の上で足を組み額に手を置いて瞳を閉じている。
マニと、そして同席しているメイズは重苦しい雰囲気に視線を泳がせ続けた。
どれくらい沈黙が続いただろうか。
とうとう絶えられなくなったメイズが口を開いた。
「あの・・・隊長」
呼ばれてイザークが薄く目を開く。
「す、すみません!俺がちゃんとキキを止められなかったから・・・」
「いえ、俺が安易なことを言ったからです。俺が悪いんです」
「・・・」
イザークはメイズへ、そしてマニへと視線を移すも、やはり口は開かなかった。
マニがキキを引きずるように待機室まで連れ帰ると、ちょうど報告を終えて戻ってきたイザークたちと鉢合わせした。
いつもならイザークの姿を見るなり「隊長〜v」と言って飛びつくキキが、何も言わずに部屋に閉じこもっている。
何かが起こったということは、彼らにはすぐ分かっただろう。
隠すつもりもなかったが、マニは心の準備をする間もなく三隻同盟が停泊している港での出来事を語ることになった。
ちなみに部屋にいるキキにはシホがついている。
やはり何もしゃべろうとしないイザークに我慢できず、メイズは気になっていることを切り出す。
「あの、隊長・・・。キキはどうなるんですか?」
「・・・どう?」
イザークはようやく口を開いた。
メイズの質問の意味が分からないのか不思議そうな顔をしている。
「だって、その・・・処分とかされたりしないですよね?」
「ああ、そういうことか」
「キキ、きっと怖かったと思うんです。
お父さんやお母さんがいなくなったみたいに隊長も突然いなくなっちゃうんじゃないかって・・・。
隊長を困らせようとしてあんな騒ぎを起こしたわけじゃないんです。許してあげてください!」
「隊長、もしキキに処分があるなら俺も!全部自分が・・・」
「おい、いい加減にしろ」
イザークは不機嫌そうに眉を寄せる。
「誰がキキを処分すると言った?」
「それじゃあ」
メイズの顔がぱっと明るくなる。
マニも詰めていた息を吐き出した。
「ちゃんと説明しなかった俺も悪い。とにかく一度キキと話すよ」
「よかったぁ」
メイズが安堵の息を吐く。
マニもほっとした表情だ。
そんな彼らに向かって、イザークはふと人の悪い笑みを浮かべた。
「そういうわけで、これからキキのところに行ってくる。二人でこれを頼むぞ」
椅子から立ち上がり、手元のファイルをマニに押し付けた。
心なしか「二人で」の部分に力が入っているのが気になる。
「何すか?これ・・・」
「今度はこの宿舎に一時的にとどまっている兵士への支給品のリストだ。人手が足りないからと押し付けられた。
書いてある期限までにまとめておくように」
「えーーーーーー!!!?過重労働じゃないすか、それっっ」
「心配するな。手当はちゃんと付くらしい」
「・・・そこまで金に困ってないデス」
「僕も別に」
やんわり拒絶しようとするマニとメイズだが、イザークはすでにドアの方へと歩いていた。
どうも、これがちょっとしたお仕置きということらしい。
マニはともかく、メイズは完全に巻き込まれた形なのだが・・・。
「じゃあ頼むぞ。二人で」
「・・・了解」
2004/11/16
キキと始めて会ったのは、エターナル追撃に失敗した直後のことだ。
ヴェサリウスがエターナルの猛攻によって沈められてしまい、イザークは撃沈を逃れたナスカ級戦艦にシホ、マニと共に移動していた。
仮眠を取るように言われたものの、そんな気にはなれずにイザークはふらふらと展望台に向かっていた。
メンデルでの出来事がイザークの心をうちのめしていた。
ディアッカが生きていた。
しかし、彼は今クライン側に組している。
アスランも、バルトフェルドも・・・。
ニコルを殺したストライクのパイロットと行動をともにし、あまつさえヴェサリウスを沈めてアデスまでを死に追いやった。
それでも彼らを憎みきることができず、一件平静を装ってはいても頭の中が混乱状態だったのだ。
何も考えたくないときに逃げ込める場所。
誰もいない場所・・・。
誰もいなければ、傷つけることも傷つけられることもないから。
この状況では誰もいないかと思ったが、展望台には先客がいた。
緑服を着た兵士。
小柄だ。
イザークより年下だろう。
後姿だったが、泣いていることが震える肩から分かる。
「・・・」
どうしたのだろう。
知り合いが死んだのだろうか。
声をかけるべきかどうか迷っていると、気配に気付いたのか相手が振り返った。
大きな金の瞳が、とても印象的な少年だった。
今でこそ涙でぐしゃぐしゃだが、中性的で、とてもかわいらしい顔をしている。
不意に、もういない緑の髪をした同僚の顔が思い浮かんだ。
ニコルに、何となく似ている。
「・・・お前」
「あ、はい・・・」
声をかけると、少年は一瞬びくりとして、そして慌てて返事をする。
それを見たイザークは苦笑した。
そんなに自分は怖い顔をしていただろうか。
「何かあったのか?」
少年はうつむく。
「・・・両親が」
「・・・」
「父と、母が・・・ヴェサリウスに乗ってて」
そこまで言って、少年は再び泣き出す。
イザークはそれ以上は何も聞かず、ひたすら泣き続ける少年のそばにいてやった。
自分と同じように、いや、それ以上の悲しみに打ちひしがれている小さな存在。
何もできない自分がはがゆかった。
部屋に入ると、入り口のすぐそばに座っていたシホが立ち上がり、敬礼する。
敬礼を返して奥にあるベッドを見やると、イザークの訪問に気付いたキキがいたたまれない顔をしていた。
「何か飲み物でも取ってきます」
入れ替わりにシホが部屋を出て行く。
キキと二人きりになった。
「隊長・・・あ、あの」
「・・・」
イザークも少し戸惑う。
頭ごなしにしかるつもりはないが、かと言って慰めるのも何か違う気がする。
「ご、ごめんなさい・・・僕・・・っ」
キキは必死に言葉を探しているようだ。
―――キキ、きっと怖かったと思うんです。
―――お父さんやお母さんがいなくなったみたいに隊長も突然いなくなっちゃうんじゃないかって・・・。
メイズのあの言葉は、きっと的を射ているのだろう。
エターナル追撃時、当時は別の隊に配属されていたキキはMSに搭乗しての戦闘中に、ヴェサリウスの爆発を目撃した。
彼の両親が、エンジニアとして乗り込んでいたという。
別の艦に移ってから脱出艇を確認したが、ウォーターハウス夫妻の名前はなかった。
あまりに急な襲撃、爆発だったので、助かった搭乗者は一握りだったのだ。
16歳になったばかりのキキは、その日から天涯孤独になってしまった。
イザークに依存しているのも、やはり両親を失ったことが大きく関係しているのだろう。
あの場にイザークが行かなければ、別の人間でも良かったのかもしれない。
戦場という常に不安定な状況にい続けるには、支えとなる存在が必要だったのだ。
それは仲間を次々に失ってしまったイザークがひしひしと感じていたことだった。
「本当に、ごめんなさい・・・」
「いや、俺がちゃんと言えばよかった」
三隻同盟を憎む気持ちは無理らからぬことではあるキキだが、
それでもラクスに言ってしまったという暴言は最初から意識したものではなかったはずだ。
ちゃんと説明していれば、未然に防げたはず。
キキにこんな顔をさせることもなかった。
「悪かったな」
めったに口にしない謝罪の言葉に、キキの瞳が一瞬驚きに見開かれる。
そして・・・。
「隊長!」
「わっ」
がっしりとイザークの体に抱きついた。
しかもいつもは腰の辺りでコアラのごとくしがみつくくせに、今回は首に手を回している。
「キキ・・・!」
うろたえるイザークだが、次の瞬間にはすでにキキの顔が間近にあった。
「キ・・・」
「隊長、僕・・・」
「ま、待て!話せば分かる」
顔を引きつらせ、何とか体を引き剥がそうとした。
しかし、と言うか、当然のごとくキキの腕は緩まない。
ウエイトに関してはあまり誉められたものではないイザークは、動揺したせいもあってとっさに振り払えなかった。
その間にもキキの顔がさらに近づいてくる。
「僕、初めてあったときから隊長のこと・・・」
「・・・!」
やばい。
ばちんっ。
「ぶっ」
また男とキスするしかないのか、と観念しかけたその時、小気味よい音がしてキキがのけぞった。
イザークは硬直したまま、何が起こったのか分からず瞳を瞬く。
「キキぃ〜〜〜〜〜っっ」
地を這うような声。
見れば、片手に紙コップの載ったトレーを持ち、もう一方には書類をはさむボードを持ったシホが仁王立ちしていた。
ボードの方でキキの顔を打ち付けたのだろう。
鬼のような形相のシホに、しかしキキの方もぶたれた顔を真っ赤にさせて負けじと言い返す。
「何すんだよ、シホ!!」
「それはこっちのセリフよ!隊長に何する気だったの!?」
「キスに決まっているだろ!」
「馬鹿言わないでよ、何であんたと隊長がキスするのよ!?」
・・・また始まった。
元の様子に戻ったキキにとりあえずはほっとするも、いつも以上に激しい言い争いにイザークは額を押さえた。
2004/11/24
「全くもう、キキったら・・・」
待機室に戻ってもなおシホはぶちぶち文句をたれている。
キキと派手な喧嘩をしたあとはいつもこうだ。
「隊長もはっきり言わないからいけないんですよ!」
「・・・ああ」
イザークはデスクの上の資料をあさりながらため息をつく。
これからシホと夜勤だ。
本来ならメイズも一緒なのだが、今頃自室で例の「過重労働」をマニと押し付けあっていることだろう(マニとメイズは同室)。
これからえんえんと続くシホのきつい言葉に一人で耐えねばならない。
メイズではなくフェイにしておくんだったと後悔したが、もう遅い。
「聞いてるんですか?キキのあれは部下の忠誠心とかとは別物です」
「そうだな」
「はっきり断らないと、そのうち本当に押し倒されますよ」
「・・・そんなにやわじゃない」
「昨日キキに服を剥かれたとか」
「ぐ・・・っ、そ、それは」
「キキもそうですが、フェイも隊長を見る目が怪しいです。
隊長はそういう類の人に狙われやすいんですよ。その辺自覚してください」
「・・・」
顔を引きつらせ、完全に言葉を失う。
やはり、シホは鋭かった。
何とか話を逸らそうと視線をさまよわせていたイザークは、ふとシホのデスクの上に見慣れぬものがあることに気付く。
資料用ファイルの上に、淡い桃色のリボンがついた手のひらほどの長方形の紙が乗せられていたのだ。
「・・・なんだ、それは」
しおり、か。
辞書も電子の時代にそんなものを持っているなんて、本好きの自分くらいだと思っていた。
それにしても、手元にそれを利用できそうな本の類は見えないが・・・。
「ああ、それは・・・」
しおりのことを指摘されたことに気付いたシホは、何故か頬を赤らめる。
イザークは立ち上がり、シホのデスクを覗き込んだ。
そのしおりは押し花だった。
その花を認めたイザークの口元に、意識せずに笑みが浮かぶ。
「・・・」
「あ、あの、これは・・・。その、先日売店を通りかかったら目に付いて・・・つい」
「・・・そうか」
「すみません。任務中でしたのに」
「いや」
イザークは笑みを浮かべたまま、シホに視線を移した。
端正な顔に覗き込まれ、シホは耳まで赤くして固まっている。
先程の辛口はどこに消え去ったのだろう。
「そんなに気に入ったのか?この花・・・ホウセンカ」
「・・・はい」
押し花にされていたのは、ホウセンカ。
色の種類は様々だが、そこにあったのは彼女の専用機、
シグー・ディープアームズに付けられているパーソナルマークと同じ赤いホウセンカだった。
ホウセンカは種子を四方に飛ばす花だ。
ビーム試験体だったディープアームズがビームを散らす様を見て、
パーソナルマークの候補にホウセンカを挙げたのは他ならぬイザークだった。
「隊長が、選んでくれたものですし・・・」
だから好きなんです・・・そう言ったら、単純だな、と笑われるだろうか。
それとも興味があるともないとも判断できぬ、気のない返事を返されるだろうか。
しかし、イザークの反応はシホが予想していたどれとも違った。
イザークの、男性にしては細くて長い指。
それが、シホの顔にこぼれていた髪をそっとすくった。
そのまま手のひらが頬に移動し、顔を近づけられる。
「・・・あ、あの!」
シホは動揺し、びくりと肩を揺らした。
それでもイザークはさして残念そうな様子を見せるわけでもなく、淡々とした様子だ。
「嫌か?」
「え?・・・いえ」
「最近キスをしていない」
「・・・はい」
「嫌じゃないなら、するぞ」
「・・・はい」
最近していないも何も、イザークとキス・・・どころかそれ以上の行為をしてしまったのはただの一夜限りだ。
いつの間に自分は彼の恋人になったのだろうと思うも、考えてみればそれを誰よりも望んでいたのは自分だった。
はっきりした告白がないのは、ある意味イザークらしいのかもしれない。
そんなことを考えながら、シホはイザークからの口付けを待った。
会談の当日、ジュール隊のメンバーが集まっていた。
「それじゃあ結局、護衛に行くのはイザークとマニとシホ、それから俺?」
フェイが配置の地図を確認しながら言う。
「ちょっと足りなくないか?」
「仕方がないわ。あんなことがあったらキキを連れて行くわけにはいかないもの」
「まあ、そうだけどさ。それじゃあメイズは?」
「マックスと離れたくないってさ」
「あんのシスコン・・・」
「まあいいんじゃないですか?俺たちなんていてもいなくてもいいようになってるんでしょ」
マニが地図を覗き込む。
彼らが配置されるのは、一階と二階の中央廊下だ。
まさか中央を堂々と渡ってことを起こそうなどという輩はいないだろうし、入り口と会場へ続く階段の間に、
自分たちのほかに四個隊が配属されている。
「ラクス一行とカナーバは別の通路を使うし、確かにいるだけ無駄って感じだな」
「だからといって行かないわけにもいかない」
イザークがため息をつきながら椅子から立ち上がった。
フェイたちもそれに続く。
会場の二時間前、自分たちは護衛に赴かねばならない時間だった。
当初はキキも同行するはずであったが、例の事件のために事実上の謹慎中だ。
イザーク、シホ、マニ、フェイの四人のみでの任務になるが、カナーバ派は人数など気にしないだろう。
「そういえば・・・」
車に乗り込み、ハンドルを握ったマニが思いついたように言う。
「昨日の夜、十二時ごろ、二人ともどこ言ってたんです?」
「へ?」
イザークとシホの声がかぶった。
「本部からメールがあったでしょ?知らせようと思って部屋に行ったのにロックされてるし、マイクを使っても応答ないし」
それほど重要な内容でもなかったのでそのときはそのまま戻ったマニだったが、考え直してみればおかしなことだ。
夜勤のはずなのに二人ともいないなど。
「何だ、もしかして二人そろって居眠りでもしてたのか?」
「え、ええまあ・・・」
「・・・」
「・・・何赤くなってんだよ」
「べっ、別に!」
助手席にいたフェイが覗き込むと、シホは頬を赤く染め、イザークも赤面した顔を隠すように窓の方を向いている。
「あー・・・」
居眠りでもない。
真面目を絵に描いたようなこの二人が仕事を『意識的に』放り出すはずもない。
そういえば今朝部屋で会った時、二人とも目が赤かったかもしれないなどと記憶を掘り起こす。
その時は仕事にせいを出していたのかと思っていたのだが、
あとで確認したら資料の山はそれほど・・・いや、ほとんどはかどっていなかった。
「まさか・・・」
「ストップ、フェイさん」
言いかけたフェイをマニが制する。
それにフェイは気分を悪くする様子もなく従った。
口元に笑みを浮かべてはいたが。
「ちょ、ちょっとフェイ、私たちは何も」
「はいはい。分かってますよ」
「何よ、その言い方!」
「言っちゃっていいのぉ?」
「う・・・」
「安心しろよ、キキには言わないから」
シホは完全に押し黙る。
必要以上の悶着をキキと起こしたくない。
しかもいつも自分が咎めていること以上のことをしたと知れば、キキが烈火のごとく怒り出すのは目に見えている。
「いいねえ、ティーンエイジャーは」
うれしそうなフェイ。
どうか余計なことはしてくれるなとイザークとマニは切に願った。
2004/11/24
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2005/02/22改