レイピア
カケラ
「考えてみたことなかったな」
口にはそう出してみたが、実際は考えたくなかったのではないかと思う。
アスランたちは、エターナルの出口に近い一室で、カナーバ派からの迎えを待っていた。
ため息とともに言葉を漏らしたアスランに、ラクスはわずかに頷く。
普段花のような笑顔を絶やさない彼女も、昨日からすっかり沈み込んでいた。
憎しみを呼ぶ戦いをやめさせたかった。
手を取り合って、平和を望んで欲しかった。
ナチュラルも、コーディネイターも、互いを同じ人間だということに気付いて欲しかった。
そのために、どんな痛みも受ける覚悟だった。
しかし、実際に傷ついたのは・・・。
―――人殺し!
―――お前たちみたいな奴をなんていうか知ってるか?・・・偽善者って言うんだよ!
金の瞳をした少年の言葉がよぎる。
彼の両親を殺したのは、他ならぬ自分たちだ。
「私は・・・戦場に立つということを深く考えていなかったのかもしれません」
あの少年の親だけではない。
たくさんの同胞を、殺した。
憎しみによる戦いを終わらせるため」に、コーディネイターと、ナチュラルを。
相手を憎んで戦う人ばかりだったわけではないだろう。
故郷を守りたい、家族を守りたい。
それだけを願った兵士も大勢いたはずだ。
「どんな理由であれ、私は人殺しになっていたのですね」
銃を手にとっていなくとも。
ラクスの言葉にキラははっとした顔をする。
だが、何も言わずに顔をふせた。
同席しているディアッカも、バルトフェルドも神妙な顔をしている。
その場に居合わせなかった彼らだが、ラクスたちから聞いた話には戦慄すら覚えた。
「そうだよな・・・。俺たち、ヴェサリウスを沈めちまったんだ。・・・アデス艦長、いい人だったのに」
真面目すぎるところがあり、とっつきにくくはあったが、よく気配りのきく人だった。
艦が沈む直前、敵となった自分たちに向かって敬礼をしていたあの姿が今でも脳裏に焼きついている。
あの場には、イザークもいたはずだ。
―――お前の敵になったつもりはない。
ディアッカはそう言った。
その「敵でないはず」の自分たちが、仲間であるアデスたちを殺した。
きっと衝撃だったはずだ。
何のためだったのだろうか。
正義?
なら、イザークやアデスたちには正義がなかったのだろうか。
悪だから、滅びたのだろうか。
故郷を守りたい。
ただ、そう願って戦いに身を投じた彼らが、間違っていたのか?
答えは出ない。
一つだけ、分かっていることは。
「もう、戦争は終わったのに・・・イザークは、まだ傷ついて血を流している」
イザークたちを乗せた車は、真っ直ぐ会館には向かわなかった。
マイウス・ワン。
そのプラントの、ある一下層。
マイウス市に来て以来、暇を見つけてはイザークはここを訪れる。
隊員たちも、彼がここにくる理由は言われずとも気付いていた。
5分で戻るからとシホたちに告げ、イザークは今や慣れた道を歩く。
手には、街で買った百合の小さな花束。
そう。
彼が向かっているのは、戦死者が眠っている墓地だった。
目的の場所には、先客がいた。
これまでに何度もあったことなのでイザークは驚かない。
相手が気配に気付いてこちらを振り返る。
「あら、イザークさん。また来てくださったのね」
「こんにちは。ロミナ様」
イザークは口元に少しだけ笑みを浮かべ、丁寧に礼を返した。
ロミナ・アマルフィ。
ニコルの、母親。
そして二人の足元にある墓石。
そこには、「ニコル・アマルフィ」と刻まれていた。
たった15歳で、ここからはるか遠い惑星で命を散らしてしまった少年。
イザークたちが、守ることのできなかった、守らねばならなかった、命。
「ラクス・クラインたちが政界入りするんですってね」
ロミナは美しい顔を歪め、吐き捨てるように言う。
最愛の息子を地球軍によって失った彼女にとって、ナチュラルとの融和を謳うクライン派はひどい裏切り者だった。
また、彼女の夫であるユーリ・アマルフィもイザークの母エザリアとともに軟禁中だ。
この不安定な状況で、彼らの思想をおいそれと受け入れることができるわけがない。
「・・・噂ですよ」
イザークはため息を隠しながら応える。
実を言うと、イザークは何が正しいとか間違っているとか、戦争の意義だとかを考えることに疲れてしまっていた。
それでもロミナの話を辛抱強く聞いているのは、やはり彼女が自分と同じ立場だからだろう。
しかも自分にはシホたちがいてくれるが、彼女には誰もいない。
実際、初めてここでロミナに会ったとき、彼女は精神崩壊寸前だった。
溺愛していた息子も、頼りにしていた夫もいない。
毎日のように息子の墓を訪れては時を過ごしていたのだ。
実際、医者にもかからずによくここまで回復したものだと思う。
頼りになりそうな彼女の旧友を捜し歩き、なるべく面倒を見るよう頼み込んだことが良かったらしい。
それでも予断は許さないが、ユーリの軟禁が解かれれば望みはある。
その後もラクスたちに対する不満をいくらか述べたロミナは満足したらしい。
友人と待ち合わせをしていると言う言葉に安心し、その場で別れた。
そこでようやくイザークは手にしていた花束を墓前に捧げる。
跪き、しばし瞑目した。
緑の髪の少年の、優しくてはかない笑顔を思い浮かべた。
―――ごめん、な。
尊い命を失って、そして何かを得られただろうか。
失っただけだろうか。
それさえも、分からない。
逆だったら・・・。
生きているのが彼の方だったら、答えを見つけていただろうか。
そうかもしれない。
―――俺より、お前の方がずっと生きる価値があった。
そう思うも、シホたちの顔が頭をよぎり、慌ててその考えを振り払う。
いま生きているのは自分だ。
ニコル以上のことができないとしても、精一杯のことをしなくてはならない。
イザークは立ち上がると、墓石に刻まれた名前を何度も読み返した。
そして。
「また来る」
彼を、忘れたりしないから。
2004/11/30
墓地から少し離れたところでイザークの帰りを待っていたシホたちだが、後方から近づく車に、身をこわばらせた。
彼らが乗っているのと同じ、軍所属の車だ。
イザークの拘束事件があって以来、神経を逆立てっぱなしのシホは無意識のうちに装備している銃に手を伸ばす。
マニとフェイも怪しい動きを見逃すまいとスピードダウンする車をにらみつけた。
しかし、そこから降りてきたのは意外すぎる人物だった。
「何かあったの?」
シホが真っ先に外に出て車に近寄る。
「マックス、メイズ」
そう。
車に乗っていたのは留守を預かっているはずのワイルド姉弟だった。
キキと一緒のはずだが。
姉弟はシホの問いには答えず、逆に「隊長は?」と質問する。
「まだ墓地よ。先程行かれたばかり」
「・・・そうですか」
「ねえ、何かあったの?」
「どーしたんだぁ?」
シホに続いて近づいてきたフェイ。
それを認めたマックスが、すっと青ざめる。
メイズも難しい表情を隠せないようだった。
シホの不信がさらに募る。
「ねえ・・・」
「あの、隊長と・・・それからフェイさんだけにお話したいことがあるんです」
「何、それ?二人だけ?」
「はい・・・」
明らかに不快感を示すシホ。
それに気付いているのかいないのか、メイズはフェイにためらいがちに視線を送った。
真摯なそれに、フェイははっとした顔をする。
そして姉弟同様顔つきが神妙なものになった。
「分かった。シホ、マニ、お前らはここにいてくれ」
「え?」
「何でですか?俺たちに言えないことでも?」
「それはイザークに判断してもらうさ」
「じゃあどうしてフェイさんはいいんですか?」
珍しくマニがむきになっている。
マニもシホもジュール隊が結成される以前からイザークを支えているのだ。
こういう展開が気に入らないと感じるのは無理なからぬことだろう。
「それは・・・」
フェイは肩をすくめ、マックスたちに向かって言う。
「俺に関することだからだろ?」
「何があった?」
キキとともに留守を預かっているはずのマックスたちの登場。
また何かが起こったのかと危惧するのは当然のことだろう。
フェイ、マックス、メイズの姿を認めたイザークは険しい表情で歩み寄ってくる。
するとマックスは視線をさまよわせ、メイズは気まずそうに下を向いた。
「・・・おい?」
三人の前で立ち止まったイザークは怪訝な顔をする。
「どうした?何があったのかはっきり言え」
「・・・その」
メイズが口ごもり、そしてちらりとフェイに視線をやる。
すると、フェイは腕を組んで、息を吐いた。
「いいから言っちまえよ。そのうちばれると思ってたんだ。かまわねえよ」
「・・・」
「何を言っているんだ?」
イザークはますます困惑する。
すると、メイズが意を決したように顔を上げた。
「偶然だったんですけど、フェイさんの家族について分かったことがあって・・・」
フェイの家族?
確かに気にしたことなどなかったが・・・。
イザークは無言で先を促す。
気が長い方ではない。
いい加減じれてきていた。
「フェイさん、アイリーン・カナーバとは従兄弟同士なんですよね」
「はあ?」
しばしの沈黙の後、イザークはあきれたような声をあげる。
「それがどうした?」
「どうした、って・・・。驚かないんですか?」
「まあ・・・似てるような似てないような・・・」
「そうじゃなくて、私たちのことを監視してたんでしょ!?」
「おい、人聞きの悪いこと言うな!」
痺れを切らしたようにマックスが問題点を挙げるが、フェイも負けじと言い返す。
「カナーバの差し金なの?私たちを騙してたのね!」
「違うって言ってるだろ!」
「おい、その辺で・・・」
「それじゃあどうしてこの隊に入ったんです?特務隊を脱退してまで」
「・・・それは」
「ほら、応えられないじゃないですか」
「お前ら、いい加減・・・」
「やっぱりカナーバの・・・」
「違う!いくら疑ってもかまわないけどな、アイリーンの手下みたいな言い方するのも勘違いするのもやめろ。
誰があんな気位の高い女なんか・・・っ」
「やかましいぃぃ!」
ベキッ。
怒号と同時に、何かが折れる音。
言い争いをしていた三人はぎょっとして振り返る。
すると、墓地への案内板の立て札がイザークの足元に落ちていた。
その柄(一応木製)を、イザークが片手で握りつぶしたのだ。
「・・・」
「・・・」
「・・・い、イザークさん、意外と力あるねー」
マックスとメイズはあっけにとられ、フェイは乾いた声でとりあえず茶化してみる。
アカデミーにいた頃やクルーゼ隊所属時こそ怒ってばかりでトラブルメーカーだったイザーク。
しかし、ここ最近は怒るどころか感情の表現すら希薄だった。
だから、キレたイザークを見るのは新参者の彼らは初めてだったのだ。
「マックス、メイズ」
「「は、はいっっ」」
名前を呼ばれ、双子の姉弟は背中を正す。
「もう戻れ。俺たちも会館に向かう」
「え、でも・・・」
「も・ど・れ」
「・・・了解しました」
「こわ・・・」
ワイルド姉弟が車に向かうのを見送りながら、イザークはフェイに「行くぞ」と促す。
まるで何事もなかったかのように振舞う彼に、逆にフェイの方が慌ててしまった。
「ちょ、おい。聞かないの?」
「何を?」
「マックスたちの言う通りかもしれないのに」
「・・・貴様が俺たちを監視していると?」
「疑ってないわけ?」
「別に、どうでもいい」
「・・・はあ?そんなわけないだろ。って言うか、このまま俺を隊に置くつもり?」
「脱隊したいのか?それならちゃんと届けを出せよ。とりあえず、今日はちゃんと仕事をしろ」
「イザーク・・・」
フェイが咎めるような口調になる。
それがイザークの苛立ちを誘うが、それはフェイも同じことだった。
イザークは、わざと核心を避けているのだから。
イザークは大きく息を吐き出すと、意を決したようにフェイの黒い瞳を覗き込んだ。
「なら聞く。お前は従兄弟だというカナーバ議員と通じて、俺たちを監視していたのか?」
「・・・違う」
フェイは視線を逸らさず、応える。
「なら、問題ないだろうが」
「信じてくれるのか?」
「Yes、と言いたいところだが・・・。ただ・・・」
「ただ?」
蒼い瞳が伏せられる。
それでもフェイは先を促した。
「ただ・・・。俺は人を疑ってばかりいたから・・・だから今度はとことん信じようかと、そう思ってるだけだ」
「・・・イザーク」
「あれこれ考えることに疲れたというのもあるがな」
イザークは自嘲の笑みを浮かべようとして、失敗する。
そして、今度は無言でシホたちの待つ車へと歩き出した。
フェイはその後姿を見ながら、初めて彼と会ったときのことを思い出していた。
2004/12/06
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