レイピア



アナタ


 
 一ヶ月ほど前だっただろうか。
 戦争が苛烈を極めていた頃だ。
 ボアズへの核攻撃が行われる少し前、フェイは特務隊隊員としてボアズに派遣されていた。
 特務隊に入隊できたのは、やはり自分の家柄が大きく関係していたと思う。
 フェイの親戚はプラント建設に関わっていたということから、
 従兄弟のアイリーン・カナーバがクライン一派として拘束されてもなお強硬派の信頼を失うことはないほどだった。
 それでもMSパイロットとしての腕前には多少の自信があったし、一族のお飾りに成り下がるつもりも毛頭ない。
 プラントを守りたいと気持ちはもちろんだが、それなりの野心もあの頃のフェイにはあった。

 そして、彼と会ったのは、ボアズが核攻撃を受ける二週間前。
 共同任務と言うことで、派遣されたMS隊。
 その隊長が、イザーク・ジュールだった。
 自分より一回りも若い、いまやザラ派の筆頭であるエザリア・ジュールの息子。
 パイロットに成り立てのひよっこどもを部下に連れ、さぞ得意げな顔をしていることだろう。
 それを冷笑しようと、格納庫に隊のMSを配備しに来た彼を見に行った。





 ―――なんだ、あいつ。

 まず、顔を斜めに横切る傷に驚いた。
 中性的で母親似の麗美な顔立ちに、その傷はあまりに無残だった。
 しかも、表情も想像していたものとは全く違った。
 昇進を得意がっている様子も、責任の重圧に緊張している様子もない。
 痛みをこらえるような、それでも力強いアイスブルーの瞳で、ただ前を見据えていた。
 殺伐としているとすら感じさせる雰囲気が、彼への第一印象としてフェイの胸に深く刻まれた。






 与えられた任務は、偵察部隊と思われる敵機の捕獲、あるいは撃破だった。
 決まった軌道でボアズを偵察するMSが発見されたのだ。
 デブリに隠れて上手く目を誤魔化していたようだが、さすがにそれが一週間以上も続けばこちらも気付く。
 その機体を捕獲できればどんな目的で偵察をしていたのかが分かるだろう。
 ぎりぎりまで偵察されていたことに気付かなかった振りをし、敵が母艦と接触するところを狙うことになった。

 イザークの隊はそのために派遣された。
 特務隊が主体となるのでそれほど難しい任務ではない。
 「新兵たちのお守りか」
 「まあ、たまにはいいんじゃないか」
 「実戦を経験したら、すぐに逃げ出したくなるんじゃないか?」
 仲間たちはそう言ってかなりリラックスしていた。
 実際、フェイもそれほど今回の任務を難しいものとはとらえていなかった。
 それよりも、年若い銀髪の隊長のことが気になっていた。
 「なあ・・・、あの隊の隊長の機体って奪取されたGだったよな」
 「ああ、デュエルって言うんだっけ?性能ではゲイツの方が上だけどな。でも使い勝手がいいらしい」
 「ふうん・・・」
 「ゲイツも試してみたらしいが、合わなかったんだってさ。パイロットによって向き不向きがあるから。
 特にゲイツは個性が強いし。・・・そういえば、ヒヨコの隊に女の子がいるの知ってるか?」
 「ああ。結構かわいかった。しかも赤服着てたな」
 「そう、その子。例のビーム試験隊のシグーに乗ってるらしい」
 「全く使えない隊って訳でもないのか」
 「どうかな?しょせんは子供だしな。ちょっとしたことでパニックになるかもしれないぜ」
 
 その予想はとんだ形で裏切られた。




 予定通り敵機を追跡したはいいが、デブリだらけで動きにくい宙域に誘い込まれたのだ。
 ―――罠だった?
 そんなことを考える余裕も自分たちにはない。
 こんな不測の事態が起こることは、今までになかった。
 MS同士の連絡すら障害があって満足に取れない。
 その上敵のMSが攻撃してきたため、特務隊は完全にパニックだった。
 「隊長は?」
 「連絡が取れない!」
 実はこの時点で自分たちの隊長は戦場から逃げ出していた。
 フェイたち隊員は見捨てられたのだ。
 とにかく、今は敵の攻撃をかわしてボアズに戻るしかない。
 しかし、相手の攻撃は思った以上に連携がなっていて手強かった。


 「畜生!」
 フェイも相手の動きに完全に翻弄されていた。
 今までの相手はMAだったので、うまく対応しきれない。
 それでも何とか一機落とすことができた。
 一息ついたその時、友軍機を示すシグナルがなる。
 同じ隊の仲間かと思ったが、覚えのないコード・・・おそらくはジュール隊のゲイツだ。
 しかも敵のストライク・ダガーと交戦中だった。
 なかなかの腕らしく、上手く攻撃をかわしている。
 しかし、その死角を狙うかのように別のストライク・ダガーがそのゲイツに忍び寄っていた。
 「・・・ちっ」
 一瞬見捨てようかと思ったが、フェイは唇を噛み締め、自分のゲイツを向かわせる。
 一方、友軍のゲイツはようやくもう一機の敵に気付いたようだった。
 「きゃあああああっっ!」
 高い悲鳴。
 ―――女の子?
 助けることにして良かった、などど不埒なことを考えつつ。

 ガインッ。

 フェイは自分のゲイツを後ろから近づいていたダガーに体当たりさせた。

 「・・・っ」
 フェイの方にも衝撃が襲う。
 メーターを見てまだ機体がイカれていないことを確認し、すぐさまビームライフルを連射した。
 相手はそれをまともに受け、爆散する。
 「あ、ありがとうございます」
 「どーいたしまして」
 助けたゲイツのパイロットが礼を述べる。
 やはり女の子だ。
 自分が助けなければ死んでいたかもしれないのに、意外に落ち着いているようで感心した。
 「今の位置、分かるか?」
 「はい。一応・・・」
 「じゃあ目の前にいるそいつを倒して離脱・・・」

 ビービー!

 アラーム音が響き渡り、心臓を刺激する。
 ゲイツの少女も息をのんだのがわかる。
 ストライク・ダガーがさらに二機、かなりのスピードで近づいたかと思うとあっという間に取り囲まれた。
 「くそっ、・・・三機か」
 これではさすがに分が悪い。
 一機だけでも厄介だというのに。
 機体のパワーも、銃の残弾数も残り少ない。
 向かって右側のダガーがライフルを構えた。
 ロックオンされる前にフェイもライフルを向け、引き金を引く。
 しかし。
 
 「・・・っ!?」
 激しい衝撃が襲った。
 別のダガーがビームサーベルで切り付けてきたのだ。
 ライフルのビームは狙いをそれ、しかもそのライフルはアームごと切り落とされた。
 ゲイツの少女の方は、ビームサーベルを構えてはいるものの動こうとしない。
 フェイ同様パワーが残り少ないのだ。

 それは相手にも分かったのだろう。
 正面にいたダガーが、やけにもったいぶった様子でライフルの銃口を向けた。
 ウィンドウに、ロックオンを示すサインが映る。 
 もう、駄目か・・・。
 初めて、死というものを意識した。




 
「マックス!!」

 声変わりしたての少年の声が、無線を通して響き渡った。
 同時に、ライフルを構えていたダガーが閃光とともに爆散する。
 「な、何だ?」
 心の中で十字まで切っていたフェイは上ずった声を漏らした。
 ウィンドウのロックオン表示が消え、友軍機を示すマークが点滅する。
 その方向にカメラを向けると、白と青のツートーンカラーの機体、デュエルが映った。
 「ジュール隊長!」
 「大丈夫か?」
 「は、はい」
 そんな短い会話の間にも、デュエルはビームサーベルを抜き、もう一体のダガーを両断する。
 無駄のない、鮮やかな攻撃だった。
 さらにデュエルは爆発したダガーの残骸から、形が残っているシールドを掴む。
 何をするのかとこちらが予測する間もなく、そのシールドを最後の一機に向かって投げつけた。
 とんでもない攻撃に、当然ダガーのパイロットはうろたえたことだろう。
 何とかシールドをよけるが、次には目の前にデュエルが迫っていた。
 デュエルはダガーの腹、コクピット部分を勢いよく蹴りつける。
 よける間もなくダガーは吹っ飛ばされ、そして沈黙した。
 「・・・マジで?」
 フェイが一機相手にあれほど手こずったのをあざ笑うかのように、デュエルのパイロットは三機を文字通り秒殺してしまった。
 デュエルのパイロット・・・赤を着ているとは言え、まだ十代の子供だ。
 銀髪の線の細いイザーク・ジュールの顔を思い浮かべ、フェイは顔を引きつらせた。
 「そこのゲイツ、聞こえるか?」
 無線の声に、はっと意識を呼び覚ます。
 「おい、大丈夫なのか?」
 「ああ・・・。平気だ」
 かすれた声で何とか返事をした。
 チャンネルを合わせると、乱れた画面にパイロットの顔が映し出される。
 バイザー越しではあったが、端正な顔と、それを横切る斜めの傷がはっきりと見えた。
 やはり、彼だ。
 「部下を助けてもらった。礼を言う」
 「・・・こちらこそ」
 「大半の兵は離脱している。残りの特務隊の兵を率いてもらえるか?俺の命令は聞かないかもしれない」
 「了解した」

 何とか残りのパワーで基地に戻れるだろう。
 フェイはようやく自分が助かったことを理解したのだった。




その後は特務隊の隊長が、生き残った部下たちに糾弾されたり、結局隊が解散されたりとごたごたが続いた。
 一方のジュール隊は共同任務の失敗の後すぐに本国に呼び戻され、司令本部に正式に配置が決まった。
 フェイはと言うと、隊が解散騒ぎを起こす前にとっとと転属願いを出してしまった。
 イザークの存在を強く焼き付けたまま。

 その後、ボアズの核攻撃、ヤキン・ドゥーエにおけるジェネシス攻防戦。

 そして、終戦を迎える。






 エザリア・ジュールが拘束。
 それは別に不思議なことではないだろう。
 彼女はタカ派の筆頭だ。
 
 しかし。
 イザーク・ジュールが逮捕。

 「しかも、容疑がスパイ?」
 フェイはあからさまに顔をしかめた。
 あの真っ直ぐすぎる瞳が脳裏をかすめる。
 どうも、彼の元上司だったラウ・ル・クルーゼの片棒を担いでいたのではないかということだった。
 
 イザークは拘束されてから半日後には釈放されたらしい。
 しかし、どうやら暴行を受けたということが分かった。
こういうとき、自分の立場は実に役に立つ。
 指揮系統自体が混乱していることも手伝い、案外簡単にイザークの状況を掴むことができた。
 フェイにはイザークを拘束したと言う士官の名前に見覚えがあった。
 「トリアか」
 上昇志向の強い男だ。
 どこの隊所属だったかは忘れたが、自分同様一族が政治家だったはずだ。
 イザークへの暴行が発覚し、タッド・エルスマンの命令で簡単な軍事裁判にかけられている最中だという。
 フェイはとりあえずトリアのことは頭から完全に振り払った。
 「・・・どうするかなぁ」
 アイリーン・カナーバの停戦宣言から三日が経っている。
 このままザフトに残るのか、軍を抜けるのか。
 軍を辞めたとして、別に当てがないわけではない。
 親の仕事を手伝うと言う選択肢もあるわけだし。
 「・・・」
 どうも後ろめたさがある。
 イザークのことなど調べなければ良かった。
 あの時、彼は絶対的な存在だった。
 それが、トリアのような人間に不当に拘束され、暴行を受けた。
 何だかそれが理不尽なことに思えてならない。
 ―――いけない。いけない。
 フェイは首を振る。
 いくら命の恩人だとはいえ、大した言葉も交わしていない人間を気にする必要はない。
 短い息を吐くと、引き出しに用意しておいた脱隊届けを取り出した。



 「・・・で、結局脱隊届けが転属届けになったわけですか?」
 「本当なんでしょうね?」
 ミラー越しににらんでくるシホの視線に、フェイは顔をしかめる。
 隣で運転しているマニもじと目だ。
 「だ、か、ら。届けを出す途中でお前らとすれ違ったんだよ。
 傷だらけのイザークを見てたらいつの間にか届けが入ってる封筒を握りつぶしてて・・・」
 そんなものを上司に提出するわけにも行かず、さらに痛々しい姿のイザークを脳裏から振り払えず、結局転属の意向を伝えたのだ。
 上司はカナーバの親戚である自分がジュール隊を監視するために移動するのだと考えたらしい。
 あっさりと許可が下り、現在に至る、という訳だ。
 「本当に監視してたんじゃないの?」
 「カナーバの回し者なんでしょ?あーあ。キキが黙っちゃいないなぁ」
 「ちーがーうー!!あの女の手先みたいな言い方はやめろって!」
 「・・・仲悪いんすか?」
 「当たり前だ!あの高飛車女、俺より二つ歳が上だからってことあるごとに見下しやがって!
 ああいう鼻っ柱の強い女が大っ嫌いなんだ!」
 「それじゃあシホのことも嫌いなんすか?」
 「ちょっとマニ、それどういう意味?」

 「とにかく、疑うんだったら特務隊からのスパイだとかザラ派の回し者だとかそっちにしろ!カナーバの名前を出すな!!」
 「・・・無茶苦茶ね」
 墓地を離れ、任務のために会館に向かうジュール隊の車の中は先程からずっとこんな調子だ。
 珍しく興奮しているフェイと、先程の不満を抱えたシホとマニが口論とも取れる調子で声をあげている。
 その中で、唯一イザークだけは無言で目を閉じていた。
 「だからな、・・・おい。イザーク、聞いてる?」
 いくらなんでも静か過ぎだろうと助手席のフェイが後ろを振り向いた。
 イザークの隣に座っているシホもおや、という様子で彼の顔を覗き込む。
 「イザークさん?」
 「・・・寝てるわ」
 「・・・」
 「・・・なんだよそれ!!やっと自分のこと話したのに、俺しゃべり損!?」
 「俺たちに話したのは損ってことですか?」
 「疲れてるのよ。まだ到着まで少しあるから寝かせてあげましょ」
 「そうそう。大体、フェイさんの過去がどうだってこの人は気にしませんよ」
 「あーそうですか」
 フェイは憮然とした様子で黒髪をかき上げた。
 まあ、そのうちまた話す機会もあるだろう、と思い直す。
 
 そしてイザークを気遣わしげに見るシホに、いつもの口調で茶化す。
 「シホちゃん、どうせなら膝枕してあげなよ」
 「な、何言ってるのよ!」
 「いいじゃん。キキには黙っておくから」
 そのままミラーに目をやると、シホは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。
 「気にするなって。そういう仲だってことは・・・でっ」
 予想通りの後頭部の痛みに、フェイは苦笑した。


 本当にシホが膝枕をしたかどうかは不明である。


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