レイピア



ファンタジー



 門が開き、客の入場が始まった。
 イザークは一階に配置されたフェイ、シホと別れ、マニと一緒に二階の階段付近に立つ。
 こちらからは客の様子が確認できるが、階段を上ってくる客の方からはあまり気が付きにくい位置だ。

 指定の場所に着いてすぐ、マニが話しかけてきた。
 「ホントにフェイさんをこのまま隊にいさせるつもりですか?」
 「あいつがそう望んでいる」
 イザークは顔色を変えずに応える。

 フェイがアイリーン・カナーバの親戚だったということが判明し、マニは落ち着かない。
 それはシホも一緒だろう。
 仕事に私情を持ち込む彼女ではないが、フェイと二人きりとなると少し心配だ。

 「本当に監視だったらどうするんですか?」
 「いいだろ、別に。何も知らない輩に危険分子扱いされるよりはずっとましだ」
 「それは・・・」
 マニはそのまま押し黙る。
 イザークは、信頼しているとかそういう肩の凝るものではなく、ただ単にフェイのことが好きなのだろう。
 それはマニも同じだ。
 フェイが来てから、ジュール隊はかなり明るくなった。
 シホもキキも、ワイルド姉弟も、なんだかんだで彼のことを気に入っている。
 だからこそ、カナーバの従兄弟だということが判明したとき、裏切られたような気がした。


 イザークが停戦直後に拘束され、怪我を負わされたのは、マニにとっても大きな衝撃だった。
 それはある一士官の暴走であり、カナーバの感知するところではなかったとされても、臨時評議会の議長となった彼女への不信は募った。
 イザークのもとにとどまったのは、父がザラ派だったこと以上に、カナーバに対する不満の表れの方が大きかったと思う。
 さらにカナーバはキキの両親をしに至らしめたラクス一派を同志として受け入れたのだ。
 当時のキキの悲壮と情緒不安定さを目の当たりにしていただけに、このことも許し難かった。
 イザークも、シホも、キキも、マックス、メイズも、そして自分も・・・ただ故郷を守りたいと願って戦っただけ。
 それなのに、一度プラントを捨て、あまつさえ同胞を手にかけたラクスたちを正義の使者として受け入れたカナーバ。
 そして、ワルモノにされた自分たちの中にあえて入り込んだフェイ。
 「・・・訳わかんない」
 フェイは、どうしてジュール隊に入ったのだろう。
 イザークにかつて命を救われたのだと言った。
 本当に、それだけなのだろうか。




 客の中に知った顔は少なかった。
 重要人物は、やはり別の通路を通るのだろう。
 だからこそ、ここでのチェックは重要になる。
 チェックは会館の入り口と、会場となる部屋の手前の部屋での二回だ。
 二回目のチェックは、イザークとマニがいる位置から遠目で確認できる。
 次々に正装した人間が通り過ぎる中、イザークはある一団に目を留めた。
 「あれは・・・」
 思わず声を漏らしたイザークに、マニも顔を突き出す。
 男女十数名の一団は、それぞれ手に大小の楽器を持っていた。
 演奏団といえば本来入門前に受け入れられるはずだが・・・。 
 「演奏団か・・・。何だか本格的ですね。お忍びのはずなのに」
 あきれた声を出すマニだが、イザークはそのうちの一人から目を離すことができなかった。
 何の楽器なのだろう、両手で抱えるほどの大きさのケースを持っている。
 「マニ・・・あの男」
 「え?誰ですか?」
 言われてマニは一団の顔と言いう顔をなめるように見る。
 しかし、覚えのある人間はいなかった。
 「隊長、誰か気になる奴でもいるんですか?」
 「いや・・・」
 イザークは通り過ぎる一団を目で追う。
 やがて彼らは二つ目のチェックを通る。
 しばし立ち止まり、そして通り過ぎた。
 やはり、気にし過ぎか。
 あのうちの一人に覚えがあるような気がしたのだが、どうも思い出せない。
 チェックのときにケースの中身を開いて見せていたようだし、心配する必要もないか。
 
 すぐに忘れようとしたイザークだが、何となくあの男の顔がちらついて離れなかった。
 「・・・」
 「隊長?」
 「悪い、ちょっと電話してくる」
 「はあ・・・」
 イザークは短く言うと、マニにその場を任せて人目のないところまで歩く。

 そして、携帯電話を取り出した。
 





 「だぁから、駄目だってば」
 「何言ってんだよ、隊長に何かあったらどうするんだ!?」
 「その隊長が問題ないって言ってるんだからどうしようもないでしょ」
 「そんなはずない!」
 「もう、キキ!ちゃんと仕事してよ。仕事ほっぽりだしたらそれこそ隊長に嫌われるわよ」
 「・・・う。でもぉ」
 こんな状態がずっと続いている。
 いっこうに任された仕事ははかどらなかった。

 ジュール隊の執務室。
 居残りはデスクワーク派のワイルド姉弟、そして昨日の騒ぎが原因で急遽護衛をはずされたキキの三人。
 今ザフトは人手不足の状態で、本来は前線での仕事がメインのジュール隊も山積みの資料を任されている。
 不条理な気もするが、本当なら仕事がない方が隊の存続が危うい。
 きちんと仕事が来るのはタッド・エルスマンの計らいだった。
 これでも多過ぎないよう気を遣ってもらっているらしい。
 それなのにこの量なのだから、何としても期限を守らなくてはならないのだが・・・。

 フェイがアイリーン・カナーバの親戚。
 この事実にキキが興奮し、マックスとやりあっていたのだった。
 すでにメイズは戦線離脱し、一人で仕事を始めてしまっている。
 キキのあまりの勢いに、やはり隠しておくべきだったと後悔するワイルド姉弟。
 だが、会場に向かったイザークたちを慌てて追いかけていった自分たちの行動は不信極まりなかっただろう。
 問い詰められ、結局全て話してしまった。

 「フェイが隊長に何かしたらどうするのさ」
 「何かって、何?」
 「隊長はすごく魅力的だもん。フェイさんの目つきもたまに怪しいし・・・」
 人のこと言えるのかお前は、とツッこみたい衝動をかろうじてこらえる。
 言ったところで効果はあるまい。

 だが、興奮するキキの気持ちも分からなくなかった。
 彼にとっては両親の敵であるラクス一派をカナーバは保護しているのだ。
 その親戚で、しかもそれを隠して自分たちの中に入り込んでいたとあってはその真意を疑わざるを得ないだろう。
 実際、自分たちも疑っているのだから。
 反面、信じたいという気持ちも強い。
 やはり明るく頼りがいのあるフェイのことは好きだ。
 なんの抵抗もなく彼の正体を受け入れてしまったイザークがうらやましかった。

 「いい加減にしなさい!隊長に言いつけるわよ!!」
 マックスがいつになく強い態度でキキを怒鳴りつける。
 「心配しなくてもシホさんとマニさんがいるから大丈夫です。あなたはちゃんと仕事する!」
 キキはまだうなっているが、さすがにイザークの後を追いかけることは諦めたようだ。
 ―――隊長に嫌われる・・・。
 この言葉は功を奏したらしい。
 未練がましい顔をしたまま、彼はメイズが差し出した資料を手に取った。

 ピピピ・・・

 携帯音がしたのは、そのときだった。

 メイズの携帯だ。
 反射的に顔を向けるキキとマックス。
 携帯を取り出したメイズは、画面に表示された名前を見て驚く。
 「ジュール隊長だ」
 「え?」
 「隊長!?」
 キキが身を乗り出した。
 今はもう会場について与えられた仕事をしているはずだ。
 やはり、何かあったのでは?
 メイズはキキとマックスが真剣な顔で見守る中、通話ボタンを押す。
 「メイズです。あ・・・はい。何かあったんですか?・・・・・・?え、ええ。ありますけど。」
 メイズは空いている手でメモを取り出した。
 そして携帯の奥のイザークの声に何度も頷きながら素早くペンを走らせる。
 「はい。・・・はい。すぐに分かると思います。こっちからまた連絡しますね。じゃあ、気をつけてください」
 ピッ。
 キキとマックスは肩の力を抜く。
 メイズの様子から察するに、危惧することではないようだ。
 安心すると同時に、キキはあることに気付いた。
 「ああ!」
 「な、何?」
 「何で携帯切るんだよ、メイズ!隊長と話がしたかったのに」
 「・・・」
 マックスは額を押さえる。
 ここまでくると重症だ。
 マックスもイザークに淡い想いを抱いてはいるが、こうまでなりたくない。
 しかしメイズを見ると、キキの声など聞こえてなどいないかのようにパソコンに向かってキーを叩いていた。
 「メイズ?」
 「隊長、なんて?」
 「・・・ごめん、ちょっと待ってて」
 メイズは短く応えると、真剣な面持ちで再びモニターに集中する。
 
 キキとマックスはただならぬものを感じ、大人しく彼を見守った。


2004/12/11


 「誰に電話してたんです?」
 戻るとマニがすぐに声をかけてきた。
 「メイズだ。少し気になることがあったから」
 「さっきの演奏団の連中ですか?」
 「・・・ああ」
 やはり気にしすぎていたのはマニにも分かったらしい。
 別に隠すほどのことでもないのでイザークは頷いた。
 「特に怪しい様子はなかったですけど」
 「だから念のためだ」
 イザークはしつこいマニに口を尖らせる。
 軽く拳で肩を叩いた。
 そして、何かに気が付いたようにふと眉根を寄せる。
 「お前・・・」
 「何です?」
 「背、伸びたか?」
 いきなり何を、とマニは首を傾げた。
 ほとんど変わらないように見える二人の身長だが、マニの方がほんの僅かだけ高い。
 確か初めて会ったときはイザークの方が5センチは確実に高かったはずだが、マニは半年も経たないうちに追いついてしまっていた。
 「そりゃ伸びたでしょ。計ってませんけど」
 成長期だし、となんでもないことのように言う。
 しかしイザークはあからさまに顔に不快感をにじませた。
 「前は俺の方が高かった・・・」
 「でも俺が追い越したって言っても1,2センチくらいしか違わないように見えますよ」
 「追い越したって言うのが問題なんだ。それ以上高くなるな!」
 「そんな無茶苦茶な・・・」
 先程の落ち着いた雰囲気はどこへやら、イザークは支離滅裂な・・・というよりむしろ子供じみていると表現できる要求を突きつける。
 声が小声なままだというのが僅かに成長した証拠だろうか。

 哀れ苦労人マニは、しばしの間上司の八つ当たりに近い小言を聞かされる羽目になる。
 


 キラはその不自然さにすぐに気が付いた。
 あまり勘の鋭いほうではない。
 それでもキラしか気付かなかったのは、他の者の注意が主役たるラクス・クラインとアスラン・ザラに向けられていたためだろう。
 表向き、フリーダムのパイロットはヤキン・ドゥーエ戦で戦死したことになっている。
 ここにいるキラ・ヤマトという青年は、三隻同盟に参加した、勇気あるクルーの一人に過ぎない。
 注目を浴びるラクスとアスラン、そしていまや臨時評議会議長のカナーバたちとは一歩離れたところに控えている。
 キラは一度顔をラクスたちの方へと戻し、こっそりと視線だけ動かした。

 ―――やはり、見ている。

 演奏団の団員、数えてみると13人いた、の半数がラクスたちを見ている。
 確かに彼らは珍しいだろうが、何か羨望とかそういうものとは違う視線だ。
 かと言って、あのジュール隊の少年のように憎悪と表現するものとも違う。
 何か、「狙って」いるような。
 「覗く」とか、「見定める」とか、そういったものがしっくりくると思う。
 どうあれ、音楽を奏でるものがするような視線とは思えない。
 しかも残りの半数も、入り口や窓などに立っている兵士たちをにらんでいる気がする。
 これは・・・もしかして。

 ぽろん。

 ピアノの音が、響いた。

 一瞬、会場の雑音が止む。
 待ちかねたかのように、演奏者たちはそれぞれの楽器で音楽を奏で始めた。
 ほうっ、とあちこちから控えめなため息が聞こえてくる。
 13人の音楽家たちの演奏は、見事だった。
 ラクスも笑顔を見せる。
 キラにも分かった。
 聞き覚えのある曲だ・・・確か、彼女と初めて会ったときの、アークエンジェルの中。
 ラクスの歌の伴奏をアレンジしたものだろう。
 もう一度演奏者たちをじっくり見たが、それぞれの役目に専念しているように見えた。
 キラは肩の力を抜く。
 「気のせい、か」

 こんなに人がたくさんいる前で、兵士が守っている中で、何かが起こるなんてことがあるはずない。
 もう、戦争は終わったのだから。
 憎みあうことなど、ないのだから。
 





 
―――水の中に夜が揺れてる・・・


 透明な、歌声。
 優しくて。
 包み込むようで。
 全てを癒してくれるようで。


 ―――佇む緑成す岸辺


 扉は閉まっているはずなのに、聞こえてくるその歌声。
 イザークは苦しそうな顔をした。
 どうして聞こえてくるのだろう。
 耳をふさぎたい。


 ―――美しい夜明けを・・・


 好きだった。
 彼女の歌が。
 無垢な笑顔が。

 彼女の全てに魅了されていた。


 
―――暗い海と空の向こうに・・・


 だが、今は。


 ―――誰もが辿り着けない・・・


 それらが全て偽りだったのではと思えてくる。
 自分は騙されていたのだ、と。
 いや、違う。
 自分が勝手に裏切られた気分になっただけなのだ。
 彼女のことなど何も知らないくせに、都合のいいところだけ見て理解した気になっていた。
 ラクスは何も悪くない。
 彼女は己の信念に従っただけ。
 イザークが勝手に幻滅しただけ。

 だからこそ。
 ラクスに非がないと分かっているからこそ。
 全てに目を背け、耳をふさぎたかった。


 ―――水の流れを鎮めて・・・

 
 一瞬、動悸が激しくなる。
 ニコルの、ミゲルの、失った仲間たちの顔が脳裏をよぎった。
 眩暈が遅い、よろけそうになる。


 ―――いつも、いつか、きっと・・・


 
 彼女の歌は、もう聴けない。

 ・・・。

 ・・・。


 「隊長?」
 「・・・っ」
 うかがうような声。
 はっとする。
 自分を気遣うそれに、かろうじて我に返った。
 「どうしたんです?」
 マニが顔を覗き込んでいる。
 「・・・いや、なんでもない」
 「はあ・・・あの・・・」
 「ん?」
 「携帯、鳴ってますけど」
 「・・・あ」
 マニが戸惑いながらもイザークの白磁の手に握られた携帯を指差した。
 確かに、着信を示すランプが点滅し、ベルが鳴っている。
 イザークはようやく自分の状況を思い出し、周りの迷惑そうな視線に気が付いた。
 あまり音量は大きくないが、やはり耳障りなのだろう。
 ぱっと顔を赤くさせる。
 自分はどれほど呆けていたのか。

 とにかく通話ボタンを押すと、先程同様人気のない所へと一気に大股で歩いていった。
 
 

2004/12/11



 もう二度と歌は歌わないと決めていたのに。
 戦場に出ると決意したあのときから。
 でも、皆に強く促され、ラクスは結局押し切られる形で歌った。
 平和の歌。
 そんな資格は、あるのだろうか。

 「ラクス、顔色がよくないよ」

 休憩を申し出たラクスはテラスでキラとともに星を眺めていた。
 プラントの夜空はガラスの厚い板を通しているものの、空気は洗浄されているから星はきらきらと宝石のように輝いている。
 戦艦の中で見慣れているはずなのに、何だか久しぶりに見るような気がして不思議な感じだった。
 自分を気遣うキラの言葉にラクスはにっこり微笑む。
 いつもと立場が逆だ。
 「ホントに、大丈夫?」
 「ええ。少し疲れただけですわ。久しぶりに大勢のお客様の前で歌いましたもの」
 「そうだね。でもとても素敵だったよ」
 「ありがとうございます」
 二人で静かに笑い合う。
 窓辺に護衛はいるが、ラクスの申し出でテラスに出ているのは彼女とキラの二人だけだ。
 二人きりになったからといって、特に語り合うことがあるわけではない。
 ただ、時間を共有したいだけ。
 戦場という、いつ命を失ってもおかしくない場所にいた。
 そして、平和になった今だからこそこの生ある瞬間をともに過ごしたい。
 ラクスはキラに想いを寄せているが、キラのラクスに対する感情は、まだそこまで深いものではない。
 それをラクスは責めるつもりはないし、そのままでいいとも思っている。
 今、彼の隣にいるのは自分なのだから。


 体を寄せ合い、飽くことなく空を眺めていた二人だったが、会場の方からの足音に振り向く。
 「お邪魔をして申し訳ありません、ラクス様」
 黒いスーツをまとった3人の男。

 先程までラクスの曲を演奏していた一団の、メンバーだった。

 キラは一瞬顔を歪める。
 どうして・・・?
 キラの考えを悟ったのだろうか。
 一番前にいた男が人のよさそうな笑みを浮かべる。
 あせた金髪を真ん中で分けた、3人の中では一番年若い男だ。
 彼は窓辺に立つ兵士を視線で指す。
 「ラクス様に一曲披露したいと申し出たのです」
 つまり、断りをいれておいたということか。
 怪しいものでは、ない。
 「ご迷惑でしたでしょうか?」
 「いいえ」
 申し訳なさそうな顔をした3人に、ラクスは優しく微笑む。
 彼女は全く彼らを疑っていないようだ。
 キラもつられるように緊張を解いた。
 「どうかお願いしますわ」
 ラクスはそう言いながらキラの手をとり、彼らに歩み寄った。

 ラクスの言葉に、男たちは満足そうな笑みを浮かべる。

 そして。
 手にしていた楽器を持ち上げた。
  
 

2004/12/18

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