レイピア



チカラ


 「貴様ら、何をやっている!」
 
 ゆったりとした音楽と賑やかな談笑の声に包まれていた会場。
 そこに緊張に包まれた声が突き刺さった。
 声のした方、テラスの一つに視線が集まる。
 数秒後、異変を目の当たりにした女性の悲鳴が響いた。
 「ラクス様!」
 「ラクス様が!!」
 少し離れたところにいたアスランとディアッカもはっとして移動する。

 ラクス?
 確か、キラと一緒にいたはず。
 人ごみを押し分け、問題のテラスに近づいた。
 
 そして、目の当たりにした光景に息をのむ。
 「ラクス、キラ!」
 3人の男に、キラとラクスが囚われていた。
 男たちの手には銃が握られ、ラクスの細い首にはあろうことかナイフが突きつけられている。
 「動くな!」
 「貴様ら、どういうつもりだ!!」
 アスランは目じりを吊り上げる。
 男たちは演奏団の人間だ。
 ということは、護衛につけた兵士も何の疑いもなくラクスたちに近づけてしまったのだろう。

 それにても、こいつらが入場する時点で気付かなかったのだろうか。
 管理が甘かった?
 アスランが見ていた限り、こんなことはなかったと思う。
 それにアイリーン・カナーバは長期間の拘束から解放されたばかりで、
 むしろ彼女の方がこういう可能性にはぴりぴりしていたはずだ。
 それでは、どうして?

 「おい、これはどういうことだ、お前たちも関係あるのか?」
 ディアッカがまだ会場に残って演奏を続けていた者たちに詰め寄る。
 その剣幕に、彼らは怯えたような、戸惑ったような顔で答えた。
 「彼ら3人は・・・本日緊急に雇った者です。前日、突然人数を増やすよう催促の電話が・・・」
 ディアッカは舌打ちする。
 おそらくその電話は主催者側を装った偽者だろう。
 武器は楽器の中にでも隠していたのか。
 ケースは調べても、楽器の中を割ってまで調べようとは麻薬検査くらいでないとしない。
 最初から狙いはラクスか。
 一人にするのではなかった。

 「・・・ラクスを離せ」
 アスランが低い声ですごむ。
 しかし、一番手前で兵士たちを牽制している金髪の男には何の効果もないようだった。
 「キラとラクスを話せ・・・!二人に何かしたら承知しないぞ」
 「黙れ、小僧」
 男がふんと鼻を鳴らす。
 人質がいるとはいえ周りを囲まれているのに、どこからそんな余裕が出てくるのだろうか。
 「全て終われば返してやるさ。もう少し待っていろ」
 「な・・・に?」

 ―――全て、終われば・・・?

 何だかその言い回しが気になり、アスランは眉を寄せた。
 しかし、その思考は後ろからの高い声のせいで中断される。
 「お前たち、一体何をしている!?何が目的だ!」
 その声の主の姿を認め、金髪の男はにやりと笑みを浮かべた。
 「おやおや、これはカナーバ議員」
 臨時評議会の議長を務める、アイリーン・カナーバ。
 「二人を放しなさい!」
 「そうは行きませんな」
 女性ながら凛とした態度のカナーバに対し、男の方も一歩も引く様子がない。
 「何者です?まさか・・・ザラ派か!?」
 「さあ・・・どうですかな」
 「ラクス嬢を逆恨みしているのか、愚かな・・・!」
 そういいながら、カナーバは一歩踏み出す。
 しかしそれを見たラクスを拘束していた男が、ぐいっと首につけていた刃に力を入れた。
 「・・・!!」
 「ラクス!」
 「ラクス様!」
 全員が息をのむ。
 ラクスの白い肌が浅く切れ、血がうっすらとにじんでいた。
 ラクスはと言えば蒼白な顔をし、声もない。
 「近づかないでくださいよ。終わったら返すって言ってるじゃないですか」
 金髪の男がやれやれとわざとらしく肩をすくめた。
 そして、ふと何かを思いついたような顔をする。
 「まあ、こっちのボーイフレンドの方は別にどうでもいいですね。見せしめに殺しましょうか?」
 その言葉に、今度はキラを拘束していた方の男が突きつけていた拳銃の安全装置に指をかけた。
 キラは動けない。
 相手は自分と同じコーディネーターだし、体格に大きな差のある大人だ。
 それに、コクピットから降りてしまえばキラはどこにでもいる普通の少年である。
 この状態から自力で脱出するなど、不可能。

 がちゃり。

 恐ろしいほど冷たい金属音が、響き渡った。


2004/12/19



 「やめろ!」
 アスランが真っ青になって叫ぶ。
 その様子を楽しむかのように、リーダー格らしい金髪の男が口元を緩めた。
 そして、キラに拳銃を押し付けている男に対し。
 「殺せ」

 「キラーーーーーー!」
 
 ドゥ・・・ン。

 

 どさっ。
 体が床に崩れ落ちる音。
 しかし。
 床に伏したのは、キラの体ではなかった。
 夜空を背景にしたテラスに、突如赤いものがちらつく。
 全員の視線が釘付けられた。

 「何だと!?」
 
 赤服をまとった亜麻色の髪の青年が、突如として現れていた。
 拳銃を構えていたはずの男の上に足を乗せて立っている。
 そしてその倒れた男は、完全に伸びていた。
 「ストライクゥ〜♪」
 この切迫した状況なのに、攻撃が上手くいったと青年は笑みさえ浮かべている。

 ほんの一瞬の出来事。
 キラに向かって発砲がなされる直前、上の階のテラスからこの青年が降りてきて、男の頭部を蹴り飛ばしたのだ。
 降下する勢いと全体重をかけたその一撃はひとたまりもなかっただろう。

 アスランたちも暴漢たちの方も、あまりの展開に硬直して言葉を失っている。
 その隙を突き、青年はナイフを取り出してラクスと彼女をとらえている男に向かって投げつけた。
 「ぎゃあっ!」
 悲鳴とともに鮮血が舞う。
 派手に舞い上がったそれに皆息をのむが、ラクスは無傷で床に崩れ落ちた。
 ナイフは正確に男の右手・・・ラクスにナイフを突きつけていた方の手に突き刺さったのだ。
 そこまで来て、ようやくリーダー格の男が我に返った。
 赤服の青年に向き直り、持っていた銃を構える。
 しかし。

 ばしりっ。

 「!」
 それは引き金が引かれる前に弾き飛ばされた。

 隣のテラスにいた者が、何かを投げつけたのだ。
 アスランとディアッカもそれをはっきり見た。
 それは二人がよく見知る人物。
 「イザーク?」
 彼は銀髪をなびかせ、そのまま柵に足をかけるとあっという間にラクスたちがいるテラスに飛び移る。
 そして銃を飛ばされた金髪の男が立ち直る直前。
 その顔面を蹴りつけた。


 「イザーク!」
 ようやくのことで緊張による呪縛が解けたアスランたちが、テラスに駆け寄る。
 暴漢三人は全員戦闘不能、キラとラクスは放心状態だ。
 それにしてもあの状況なのに、1分足らずでしかも人質に怪我を負わせず助け出す辺り、さすが現役の赤服といったところか。

 「ラクス、キラ!」
 アスランたちが駆け寄ると、二人は亜麻色の髪の青年に肩を抱かれていた。
 どちらも怪我は軽いようだが、ラクスはがたがたと震え、顔には血の気が全くない。
 「ほら、こっちだ。ちゃんと見ておけ」
 「あ、ああ」
 青年は二人を立たせると、アスランたちに引き渡す。
 口ぶりはやや乱暴だったが、まだ震えっぱなしのラクスを立つよう促す動作は丁寧だ。
 アスランは短く礼を述べると、意識がどこか遠いままの二人を預かった。

 「イザーク、怪我は?」
 「あるわけないだろ。来い、マニ」
 ディアッカの気遣う言葉を軽くあしらい、イザークはマニに近くに寄るよう言う。
 その様子に相変わらずだな、と安心しつつ、イザークが自分ではなく部下の名前を呼んだことにディアッカは少し失望した。
 そのイザークはというと、床に伏しているリーダー格の男の首のすぐ脇と、頭の上にそれぞれ足を置いている。
 逃げ出そうとすれば体重をかけて首の骨を折ることができる体勢だ。
 事実、男は他の二人と違って意識を失っていないものの、動くことができない。
 キラとラクスを憲兵に預けると、アスランも問題の男に近寄る。
 イザークがぐいっと足で乱暴に男の顔を上げさせた。
 「・・・どっちが悪役か分かんないですね」
 「馬鹿なこと言ってる場合か。顔を見ろと言ってるんだ」
 「顔?」
 マニ、そしてその後ろからアスランとディアッカも男の恐怖と憤怒に歪んだ顔を覗き込む。
 マニは首をかしげ、アスランとディアッカも困惑する。
 見覚えはないのだが・・・。
 その時、ものすごいスピードでテラスに駆け込んできた者たちがいた。
 「ジュール隊長!」
 「おいお前ら!無事か!?」
 赤服の少女と黒服の長身の男、騒ぎを聞きつけて一階から駆け上がってきたシホとフェイだった。
 


 「・・・イザーク、誰?」
 「俺の部下」
 持っていた銃に手を伸ばしながら尋ねたディアッカに、イザークが完結に答える。
 にらみつけてくるディアッカに対し、シホとフェイも露骨に嫌な顔をした。
 殺気立つ、とまではいかないが、穏やかとはいえない空気にアスランはどうしたものかと眉をひそめる。
 マニはため息をついただけで完全無視だ。
 と、ディアッカをにらんでいたフェイだが、ふとこの騒ぎの元凶たる男に気が付く。
 「あ・・・れ?お前・・・」
 「フェイさん、知ってるんですか?」
 フェイはイザークにとらえられている男に近づく。
 そして、その金髪に手を伸ばした。
 ごそり、と。
 男の金髪が丸ごと抜け落ち・・・いや、これは・・・。
 「かつら?」
 そう、男の金髪はかつらだった。
 そこにいた全員が唖然とするが、考えてみれば不思議でもなんでもない。
 暗殺を試みようとする者が変装するなど当たり前のことだ。

 そして。
 フェイが取り去った金髪の下からは、マニのものより少し色の薄い亜麻色の短髪が現れた。
 「お前、トリアか!?」
 「ええ、あ!!」
 フェイが発した覚えのある名前にマニとシホがぎょっとする。
 停戦直後にイザークを不当に拘束した士官。
 父から士官の名前を聞いていたディアッカもはっとして記憶を掘り起こす。
 見せてもらった資料に載っていた写真の男も、短く刈り込んだ薄い亜麻色の髪をしていた。

 しかし、その男は今このマイウス市にはいないはずだ。
 トリアはイザークに行った虐待が明るみに出たことで簡単な裁判にかけられた。
 一族が有力な議員だったことで実刑は免れたものの、事実上の左遷となって別の部署
 ・・・少なくとも二度とイザークが視界に入れなくて済む所に配属されたと聞いた。
 それがなぜこんな所にいるのか。
 いや、それ以前になぜ彼がラクスの命を狙わねばならないのだ。
 イザークをカナーバに歯向かう者としてとらえておきながら。
 しかも裁判の際、彼が実刑を免れたのはアイリーン・カナーバの恩赦によるところが大きい。
 ラクスを保護している彼女には恩義すらあるはずなのに。

 「どうして分かった?」
 駆けつけた憲兵隊に取り押さえられながら、トリアがイザークをにらむ。
 「顔も変えていたのに」
 イザークは憎悪を向けるトリアにふんと鼻を鳴らす。
 確かに、最初は心の隅に引っかかっただけだ。
 だが、整形で顔を変えようともこの男の物騒な光を放つ目はあのときのまま。
 拘束され、尋問されたとき、イザークはほぼ丸一日この目を見ていた。
 そうそう忘れるはずがない・・・いや、忘れたくてもできない。
 脳裏に焼きついている。
 すぐにハッキングが得意なメイズに連絡を入れ、トリアのその後と楽団のことを調べさせた。
 するとトリアは配属先の部署に姿を見せず、行方をくらませていた。
 さらに楽団についてだが、開場の前に入場するはずが、やはり手違いがあったと言って到着を遅らせている。
 遅れてきた団員を早く中に入れたい関係者に、人数のごまかしを深く追求されないためか。
 それにしても、なぜラクスを狙ったのかだけが分からないが・・・。
 彼らに何か理でもあるのだろうか。
 イザークを不当に拘束してまで取り入ろうとしていたくせに。

 イザークが憎しみとも蔑みともつかない目でトリアを見ると、彼は僅かに微笑んだ。
 「?」

 ―――全てが終わったら・・・。

 ラクスとキラを殺すつもりなど、最初からなかったとしたら?
 これがカモフラージュだとしたら?
 本当に狙われているのは・・・。


 「・・・アイリーン様」


 青い顔でぽつりとつぶやき、顔をめぐらせるイザーク。
 つられるようにアスランたちやシホたちも会場を振り返る。

 その先。
 トリアと同じ楽団員服を着た男。

 その手には、会場の中心にいるアイリーン・カナーバにピストルが向けられていて・・・。


2004/12/25



 銃の標準はぴたりとアイリーンに向けられていた。

 アイリーンは銃を構える男には気付いていない。
 今から駆けつけても、間に合わない。
 かぎられた憲兵しか銃を所有していないので、阻止することもできない。

 素早く、そして的確に行動したのはフェイだった。
 一番会場側にいた彼は、近くのテーブルから皿を掴み、銃を構えた男に向かって投げつけた。
 
 「アイリーン!!!」

 投げつけると同時に力の限り叫ぶ。
 それが合図だったかのようにイザークが走り出した。

 フェイが投げた皿は正確に男の持っていたピストルに直撃する。
 手を弾かれ、標準が僅かに狂った。
 それでも、男は引き金を引いた。


 数発の銃声。
 床に落ちた皿が砕け散る音。
 それらが同時に会場内に響き渡った。

 
 
 
 
 「・・・」
 
 アイリーンには、何が起こったのか全く分からなかった。
 ひとまずラクスたちを退場させ、医者を付けるように部下に命令した。
 そして、この混乱をどうしたら収められるかと考えていたとき、誰かに名前を呼ばれた。

 この会場に参加しているものの中で自分のファーストネームを呼ぶほど親しいのは、
 同じ議員で先輩のタッド・エルスマンくらいのものだ。
 しかし聞こえてきた声は、焦りを含んでいたものの若々しくて彼のものとは思えない。
 なのに、覚えがあるような気がする・・・。
 誰だろう。
 そう思って振り返った途端、強烈な騒音が鼓膜を直撃した。
 一瞬何も分からなくなる。


 気が付くと、彼女は天井を見上げていた。
 いつの間にか仰向けに倒れている。
 胸が、苦しい。

 「な・・・に?」
 少しつらい呼吸で、ようやくそれだけ言った。
 何とか体を起こそうとする。
 体が重い。
 どうしてだろう。
 手のひらで床を探り、顔をゆがめながら上半身を持ち上げた。

 すると。
 何かが、ずるりと床に崩れ落ちる。
 彼女の体の上に覆いかぶさっていたのだ。
 それは、人の体だった。

 ダークレッドの軍服に身を包んだ、彼女が良く見知る少年。
 しかし、彼はきつい印象を与える瞳を硬く閉じ、床に伏している。
 色素の薄い肌はいつも以上に青白く、まるで死んでいるようだ。
 「い、・・・イザーク・ジュール?」
 アイリーンはようやく彼の銀髪に赤いものがこびりついていることに気が付いた。
 軍服の色のせいで目立たないが、左肩にもべっとりと血糊がついている。

 悲鳴を上げることさえ、できない。



 フェイやアスラン、そして憲兵たちが駆けつけても。
 しばらく彼女はイザークを凝視したまま硬直していた。
 
 
 

2004/12/30

next →

back

2005/02/24改