レイピア



エンジェル02



 少し熱で頭がぼんやりする。
 ベッドには入るが、そのまま体は横たえずに座りなおす。
 「寝たままでいいんですよ」
 彼はそう言ったが、無視した。
 

 「怪我、大したことがなくて良かったです」
 「・・・ああ」
 訪問者は、置いてあった椅子に腰掛ける。
 あの大きな黒い瞳でイザークを見つめた。
 初めて会ったときの不安定さはもうない。
 ただ、真っ直ぐにイザークという存在をそのままの形で映し出そうとしてるかのようだった。
 イザークは少し眉根を寄せる。
 何だか心の中を見透かされそうで落ち着かない。
 こういうのは嫌いだった。
 「・・・それで?」
 「あなたと、きちんと話がしたくて」
 「今更何を話せというんだ」
 「僕が・・・話したいんですよ。イザークさん」

 彼は、キラ・ヤマトは、静かな声音でそうつぶやいた。



 「僕たちは、分かり合えないんですか?」
 「無理だな」
 「即答しないでください」
 キラは苦笑いを浮かべる。
 対してイザークは鼻を鳴らした。
 何が面白いと言うのだろう。

 「俺たちは・・・相容れない」
 「・・・」
 「俺はお前とは・・・お前たちとは違う。何の力もない」
 「力?」
 「誰もが分かり合える世界を求める心、正義を貫く勇気・・・そんなものはないし、
 それを押し通す力もない」
 「僕に力なんか・・・僕だって、守れなかった人はたくさんいました」
 「それでも、お前たちはプラントを核から救ってくれた。・・・俺たちにできないことをしてくれた」

 プラントに向かって放たれた核。
 自分は敵に翻弄されるだけで何もできなかった。
 あのときほど、自分の無力さを痛感したことはない。

 「俺は・・・、俺は、無力なんだっ!それでも、それでも、守りたいから」
 「イザークさん・・・」
 「プラントを、守りたい」
 たった一人の家族がいる場所。
 慕ってくれる仲間がいる場所。
 失ってしまった戦友が守りたいと願った場所。
 たとえ作り物の箱庭でも、プラントこそが故郷だから。
 プラントだけが、還る居場所だから。

 「俺は・・・たとえ第二のパトリック・ザラが現れてもザフトにい続けるだろう」
 イザークの言葉に、キラははっと息をのむ。
 「ナチュラル全てが滅べばいいなんて思っていない。
 でも、もしプラントに・・・俺の家族や仲間たちに銃を向けるのなら、
 それが同胞だろうと、女子供であろうと、俺は・・・討つ」
 「そんな・・・」
 「俺なら、殺せる」
 英雄のように舞い降り、プラントを守ってくれたキラやアスランのような力などない。
 だれかを傷つけ滅ぼすだけの、何も生み出さない力しか。
 それでも。
 憎しみの連鎖を生み出すだけの力だとしても。
 プラントためになるのなら。

 「俺は・・・殺せるんだ」





 「お前は、ミゲルを・・・ニコルを、殺した」
 キラがびくりと身を震わせる。
 アスランから聞いている、自分が手にかけた人の名前。
 顔も、どんな人間かも知らない。
 MSを通してしか、敵としてしか認識できなかった。
 そんな彼らにも名前が、仲間が、家族が、命があった。
 「・・・そして俺は、お前が守りたかったものを殺した」
 知らなかったとはいえ、民間人のシャトルを撃った。
 いや、あのときの自分だったら、知っていても撃っていたかもしれない。
 「その罪は消えないし、許しを与えられるべきではない。
 少なくとも、引き金を引いた俺たちにその資格はないだろう」
 そう言ったイザークだが、ふと視線を落とす。
 「いいや・・・もしかしたら、分かり合えるのかもな。俺たちでも。
 お前や、アスランのように」
 「・・・」
 「俺が意地を張っているだけかも」
 自嘲の笑みが浮かんでいた。

 手を取り合うことが正しいのか。
 しかし。
 「あいつらの死を、そして俺が殺してしまった者たちの死をなかったことにするようで、怖い」
 死んだ者たちの無念を忘れないことが大切なのか。

 「忘れてるわけじゃ、ない」
 キラがつぶやくように言う。
 「・・・そうか」
 「僕はアスランの友達を殺して、アスランはトールを殺した。
 でも僕は・・・アスランを嫌いになれなかったし、アスランに嫌われたくもなかった」
 「・・・」
 「忘れてない、・・・でも、忘れたいのかも」
 ニコルとトールの死は、キラとアスランの関係に大きな楔を打ち込んだ。
 確かに今では親友に戻り、互いをいたわりあっている。
 でももう、何も知らなかった頃には戻れないだろう。
 あの二人の死を、そして激しく憎みあったあの時の記憶を消し去らなければ。

 そして、イザークとキラの間にある楔。
 
 シャトルに乗っていた、少女の死。

 「僕は、忘れたい」
 悲しみも憎しみも、全てなかったことにしたい。

 でも、イザークは。
 「俺は・・・忘れない」
 それが、彼だから。
 「守るために殺すことをやめることもない。それが、俺の選んだ生き方だ」

 もう、引き金を引いてしまった。
 全てを忘れることはできるだろう。
 銃を捨て、死者の魂を憂う生活も選べるだろう。
 でも、彼が選んだのは突き進むこと。



 だからこそ、イザークとキラは相容れない。
 



 「良かった・・・」
 ぽつりと言ったキラに、イザークは怪訝な顔をする。
 「あなたが生きていて、本当によかった」

 手にかけることがなくて、彼がここにいて、うれしい。
 分かり合えなくても、許し合えなくても。
 それは相手がいなくなればいいということではない。
 
 かつて激しく憎み合い殺し合った二人が、互いの思いをさらけ出すことができた。
 それで、充分なのかもしれない。
 手を取り合い慰めあうことだけが唯一の道ではなかったのだ。


 「怪我、お大事に」
 「ああ」

 キラは立ち上がって軽く頭を下げると、病室を立ち去った。


 

2005/01/11
私はキラとイザークは戦争に対する気持ちの面で対極にいる人間じゃないかな、と。
戦いの中で自分たちが正しいと思った答え。でもそれは別のものだった。
だから二人は互いを理解しあえても受け入れることはできない。
「レイピア」のキラとイザークは意見が相違したまま、ということです。本編ではどうなるか分かりませんがね。



 イザークが収容された病院は棟が四つある。
 上司の病室をあとにしたフェイは一度外に出ると、向かい側にある病棟に向かった。

 軽症を負ったラクスは本人の意思でそのままエターナルに戻ったので、
 病院に収容されたのは銃で撃たれたイザークだけということになっている。

 

 イザークのものと比べると厳重すぎる警備だ。
 まあ暗殺の標的だったのだし、臨時とはいえ現議長なのだから無理もあるまい。
 病室の前に現れたフェイに最初は警戒した顔をした兵士たちだったが、名を名乗るとすぐに入室の許可がでた。
 敬礼を返しながら二重になっているドアをくぐる。

 彼女はベッドではなく、椅子に座ってフェイを待っていた。

 「寝てなくて・・・って、あんたは別に怪我してないんだっけな」
 「ええ・・・。おかげさまでね」
 アイリーン・カナーバは開口一番皮肉を言ってきた従兄弟に疲れた様子で言葉を返す。
 どうもダメージは精神的な方に多大だったらしい。
 いつもは健康的な魅力を感じさせるアイリーンの美貌が疲労のために影を帯び、痛々しかった。
 それでも、フェイは同情するつもりは全くない。

 用意された椅子には座らず、アイリーンの前で腕組みをして立った。 
 黒曜石の瞳がアイリーンを映す。
 「あんたは、うちの隊長に借りができた」
 「・・・」
 アイリーンは少しだけフェイをにらんだが、すぐに視線をそらした。
 それを冷めた様子で見つめる。
 「どうしろというのよ」
 「今のイザークの状況、分からないわけじゃないだろ」
 「・・・私のせいじゃないわ」
 「お前のせいさ」
 「・・・!!」
 今度こそアイリーンはフェイをものすごい顔でにらみつけた。
 握り締めた拳が震えている。
 それでもフェイは全く動じない。
 「なぜエザリア・ジュールをはじめ拘束した議員を解放しない?面会すら許していないそうだな」
 「今回のようなことが起こるわ」
 「あれを企んだのは、お前の支持者じゃなかったか?」
 「それは・・・!」
 今回の暗殺未遂を企んだのはトリアという仕官の一族。
 その中にはアイリーンが優遇していた議員もいた。
 暗殺者として送り込まれたトリアたちが易々と検問を通過できたのは彼らが細工したせいだ。

 「・・・分かった。ザラ派議員の解放はとりあえず置こう」
 「・・・っ」
 「お前はザラ派の人間をすべて排除するつもりか?」
 「今は監視する必要があるわ」
 「イザークのような、ザラ派を親族に持つ者もか?」
 「イザークには何もしてないわ」
 「ああ。してないな」
 そう。彼女は何もしていない。
 イザークに何かをしたことなどない。

 フェイは腕を組みなおし、一度瞳を伏せる。
 そして、ゆっくりと顔を上げた。

 
 「どうしてイザークをそこまで嫌う?」


 「・・・」
 「エザリア・ジュールに似ているからか?」
 「!」
 アイリーンの反応に、フェイは息を吐く。
 やはり、彼女はイザークとエザリアを重ねているのだ。
 まあ、あれほど似ている母子なのだから無理もない。
 だが・・・。
 
 「あなたに何が分かるの!?」
 急に声を荒げたアイリーンに、フェイは眉を寄せた。
 「私は拘束され、いつ解放されるとも分からない恐怖に怯えていたのよ。
 クライン議員のように殺される可能性だって十分ありえた。生きた心地がしなかったわ!!]
 「・・・ああ」
 「その時あなたは何をしていたのよ、フェイ!私を助けようとも思わず、戦果を上げることしか考えていなかったのでしょう」
 「ああ」
 「あんなことをされて、ザラ派を憎んではいけないの?私は別に彼らに死んで欲しいとは思っていないわ。
 でも・・・近くにいられると怖くてたまらないのよ」
 「そうか」
 アイリーンは両手で顔を覆い、肩を震わせる。
 フェイは、それでも慰めの言葉をかけようとしなかった。
 確かに彼女は不幸だった。
 不当な扱いを受け、自由を奪われ、精神的苦痛を受けた。
 それはフェイには知りようもない。
 それでも、いや、だからこそ彼女は誤ってはいけないのだ。
 「つらかった、・・・んだな」
 「・・・」
 「でも、お前はパトリック・ザラがしたのと同じことを、今やっているんだぞ」
 「!!」
 びくん、とアイリーンの体が揺れた。
 顔を手で覆っているために表情は確認できないが、それでも十分彼女の心に突き刺さる言葉だったことが分かる。
 彼女自身、気付いているのだ。
 
 「考えてみろ。18歳の・・・『たった18歳の子供』が、親と引き離され、周りから蔑まれ、あげく暴力を受けた。
 それでも故郷を守りたいと願い、命がけでお前を救ったんだ」
 もしアイリーンにもしものことがあれば、ようやく叶いかけた和平の道は一気に遠のく。
 いや、そうでなかったとしても、イザークはアイリーンを守ろうとしただろう。


 「・・・あなたが、こんなに他人を気に掛ける人だとは思わなかったわ」

 長い沈黙の後、アイリーンはぽつりとつぶやいた。
 顔は下に向けたままなので表情は伺えない。
 フェイはそこでようやく彼女の前に用意された椅子に腰を掛けた。
 もう威圧する必要はないだろう。
 
 「いつもは私があなたをたしなめる役なのに」
 「そうだな」
 「・・・フェイ」
 「何だよ」


 「あなたの隊長は、まだ私を見捨てていないかしら?」




 「正気か?」

 フェイの提案に対してのイザークの開口一番がこれだった。
 フェイは苦笑いする。
 「この俺が議員だと?できるわけないだろう」
 イザークは馬鹿馬鹿しいと吐き捨てた。
 同じく病室にいるシホとディアッカも怪訝な顔をしている。
 「イザークは17・・・18だったか。どっちにしろティーンエイジャーの評議会議員なんて聞いたことないぞ」
 「フェイ、何でたらめなこと言ってるのよ」
 「母は評議会に入るのにかなり苦労したんだぞ。カナーバ議員だって20代後半だろう。
 大体俺は軍人だ。退役しろということか?」
 
 フェイは手を上げてその先を制する。
 「ちょ、ちょっと・・・落ち着けよ。人の話を最後まで聞けって。
 俺は『政治の世界を見てみる気はないか?』って言っただけだろ」
 「つまりそれは議員になれってことでしょ」
 「議員じゃねえよ。議員代理。エザリア様の代わりだよ」
 「・・・代理?」

 アイリーンが拘束しているザラ派たちを解放する条件の一つとしてイザークの議員代理を提示したというのだ。

 実はこれはフェイが提案したものだった。
 イザークが軍人を辞めることはないだろう。
 少なくとも、彼にプラントを守ろうという気持ちとそのための力があるうちは。
 だからこそ、これから停戦という最も難しい舵取りを迫られる政治の世界を垣間見て欲しいと思ったのだ。
 
 「任期は臨時評議会が解散するまで。まあ長くても二年かからないだろ。
 軍籍も残しておいていいってさ」
 「・・・」
 「まあ確かに、そのほうが安全かもな」
 ディアッカの言葉に、イザークは訳が分からないと眉を寄せる。
 「だってさ、ザラ派シンパはどこに潜んでるか分からないんだし・・・お前を担ぎ出そうとするかもよ?」
 「俺はそんなに間抜けじゃない」

 あんな思いをして、たくさんの仲間を失って、ようやく平和に向けての一歩を踏み出そうとしているのに、
 ナチュラル殲滅の思想を叫ぶなど、どんなにおだて上げられたってごめんだ。
 大体、それではこんな怪我をしてまでアイリーンを守った意味がないではないか。

 憮然とするイザークに、ディアッカは肩をすくめた。
 「お前がそうだから危険なんだろ。拒否なんかしてみろ、カナーバより先に血祭りだ」
 「まあ、そういうこと」
 だから、今は融和政策を打ち出すアイリーンのそばにいる方が一番安心なのだ。
 「俺がそんな連中にむざむざやられるというのか!?」
 「そうは言ってないって・・・」
 「うるさい!絶対に嫌だ。議員なんてやらんぞ」
 イザークはぷいっと横を向く。
 さながらわがままを言う子供だ。

 「・・・イザーク」
 「それじゃあエザリア様たちはずっと拘束されたままだぞ」
 「!!」
 怒りでばっとイザークの白皙の顔が朱色に染まった。
 シホとディアッカの顔にも嫌悪を示すものが浮かぶ。
 ザラ派の議員の拘束を緩和する代わりにイザークを手元に置く。
 まるで彼を人質に差し出すような言い方だ。
 「フェイ、あんたやっぱりカナーバの手先ね!」
 「わ、ばっ、バカ!違うって・・・落ち着け」
 シホがフェイの襟首に手を伸ばし掴みかかる。
 が、20センチ以上ある身長差はどうにもならなかった。
 フェイは形のよい眉を吊り上げてにらみつける同僚の娘を、冷や汗をかきながらやり過ごす。
 それでもシホはフェイの軍服を掴み、爪を立てた。
 「この裏切り者!人でなし!セクハラ魔!!」
 「あたたたたっ!シホ、やめ・・・っ、イザーク!止めてくれ!」
 体がふた周りも小さい、しかも女性相手に本気を出すわけにもいかない。
 フェイは食いついたまま離れないシホの攻撃に涙目だ。
 いくら軍服を通しているからと言って、彼女の細くて小さい爪を立てられたら痛いのだろう。

 病室で取っ組み合い(一方的だが)を始めた二人をよそに、ディアッカはそっとイザークのそばに寄る。
 「・・・最後のセリフが気になるんだけど」
 「『止めてくれ』か?」
 「彼女の方。セクハラって?」
 「・・・忘れろ」
 

2005/01/18
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2005/03/03改