レイピア
ヌクモリ
5日後。
イザークは新しくあてがわれた部屋で支度をしていた。
結局アイリーンとフェイからの提案を受けることにしたのだ。
シホたちはあまり良い顔をしなかったのだが、イザークの軍籍は残してあるということ、
そして彼が復隊したときは優先的にジュール隊に配属されるという条件を出され、引き下がった。
特にマニ、ワイルド姉弟は親の拘束を解いてもらえるのだ。
ネクタイを締め、ジャケットを羽織る。
プラント議員の正装だ。
10代でこの服に袖を通したのはおそらく彼が初めてだろう。
しかし、イザークには何の感慨も沸いてこなかった。
いつだったか、仲間たちと成績を競い合い、
選ばれた者にしか許されないダークレッドの軍服を手にしたときとは違う。
今更ながら、あの時は何もかも自由だったような気がする。
それに比べ今の地位は、流され、流れ着いて手に入れたような感じだ。
きっとこの先は、今まで以上の困難が待ち受けているだろう。
そんなイザークの顔には、顔半分を隠すように包帯が巻かれていた。
ディアッカがそれを見たらかつての悲劇を思い出して愕然とするだろうが、
これは怪我のためのものではなかった。
それにしても、最近これに巻かれてばかりだと息を吐きながら、ゆっくりと包帯を解く。
白い包帯の下から現れた彼の顔。
傷が、消えていた。
先日、ようやく整形手術を受けたのだった。
アスランがストライクを墜としてからいつ消してもよかったのだが・・・。
その機会がなかったからだと思っていたが、
やはり心に余裕がなかったのが一番の理由だったのかもしれない。
あの傷をつけた張本人と話して、そしてこの傷を消して、ようやく何かが吹っ切れた気がする。
それだけは幸いなことに思えた。
ちょうどその時、来訪を告げるブザーが鳴る。
イザークがロックを解除すると、ディアッカが現れた。
「う・・・わー、お前・・・イザークだよな?」
ディアッカはイザークを見るなり入り口で固まり、目を丸くして見返してくる。
「・・・視力が下がったのか?」
「その声・・・やっぱりイザークか」
「・・・」
「わ、悪い悪い。だってお前、エザリア様にそっくりなんだもん。鏡は見・・・わっ!!」
イザークが投げつけた置時計を、ディアッカは顔面に直撃する寸前に受け止めた。
二人の距離はさほど離れてなかったので、これは神業に近い。
「なっにすんだよ、イザーク!ひでぇ」
「ふん。勘は鈍っていないようだな。しばらくその格好でそばにいることを許してやる」
「・・・アリガトウゴザイマス」
ディアッカがまとっているのは軍服、しかもかつて着ていた『赤』だった。
彼はザフトに復帰したのだ。
アイリーンの計らいによってイザークの護衛を任され、はれて再び赤服を着ることを許されたのだ。
余談だが、父親のタッドはこの処置が甘すぎるとかんかんだった。
一度ザフトを離れた愚息がなぜ赤服など、とそれはもうものすごい剣幕だったという。
これまで心配を掛けたこともあり、父に頭が上がらないディアッカは正面切って弁明できるはずがなかった。
おかげでここ数日再びアークエンジェルに避難している。
それも今日までだが。
二人がそんな会話をしていたところ、ディアッカに続いて一人の少女が勢いよく部屋に飛び込んできた。
「邪魔するぞ!」
はつらつとした声。
イザークは片眉を上げ、ディアッカは呆れ顔を作る。
不本意ながらもイザークは今は要人。
そして、そう易々と部屋に踏み入ることはできない。
・・・常識では。
金髪に琥珀の瞳をした、ボーイッシュな娘だ。
確かアスランやキラたちと一緒にいたのを見たことがあるが、とイザークは記憶を掘り起こす。
それでも彼女がオーブ前首長の娘だとは思いもよらない。
そうしているうちに、彼女を追いかけてきたのだろう、アスランが慌てた様子で顔を覗かせた。
「おいカガリ、ノックぐらい・・・って、エザ・・・イザーク?」
カガリから議員服をまとったイザークに視線を移し、そしてぎょっと固まる。
ディアッカと同じ反応のアスラン。
それほどまでに自分は母と似ているらしい。
「何だ貴様まで」
憮然として言うと、作り笑いをされた。
「お前がイザーク?この間会った時とは印象が違うな」
「何だ貴様は?」
初対面の人間に「お前」扱いされ、もともと悪かったイザークの機嫌がさらに降下する。
しかもカガリはイザークに歩み寄り、珍しいものを見るような目つきをした。
そして、無邪気ににっこり笑う。
「私、カガリっていうんだ。お前に助けてもらった。ずっとお礼言いたかったんだ」
「・・・何?」
「ヤキンの戦いのとき、私が乗ってたストライク・ルージュをかばってくれただろう?」
「ストライク・ルージュ?」
「ほら、あの赤いストライクだよ」
ディアッカに指摘され、イザークは合点がいったようにああ、と息を吐く。
「あの趣味の悪い色の機体か」
「なぁ・・・!?あ、あれは私のせいじゃないぞ!」
「ふん、助けたつもりなどない。貴様が偶然俺の後ろにいただけだろ」
「・・・!!」
「か、カガリ!イザーク、そのくらいにしてくれ」
カガリを押さえながらアスランが困り果てたように言う。
ディアッカはそのそばで必死に笑いをこらえていた。
「今日発つんだとな」
「ああ・・・挨拶に来た」
アイリーンの手回しによって、
三隻同盟に参加した者たちの行動に関する記録は全て抹消されていた。
しかし、ラクスとアスラン、バルトフェルドはプラントに帰国することを正式に拒否した。
アイリーンたちは結局彼らを説得しきれなかったのだ。
そして今日、亡命希望者たちはオーブへと出発する。
アスランははっきりと言わないが、おそらくそのままオーブへ亡命することにしたのだろう。
「できればゆっくり話をしたかったけど・・・」
「貴様などと話すことはない」
「・・・相変わらずだなあ」
アスランは頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
「とにかく・・・キラたちを助けてくれてありがとう」
「・・・」
「それから、いろいろ悪かった」
「前にも聞いたセリフだ。進歩のないやつめ」
「知ってる」
アスランはそう言って手を差し出した。
ディアッカとカガリがいる手前、気恥ずかしさがあったが、結局イザークはその手を握り返した。
あの日と同じように。
あの日・・・地球で別れたときも握手を交わした。
死線をくぐり抜け、仲間を失った痛みを共有し、少しだけ分かり合えた。
そして再会を誓って握手を交わした。
だが。
今度は違う。
もう、会えないかもしれない。
それ以前に、再会を願ってはいけないのかもしれない。
選んだ道は、違えてしまったのだから。
「ラクスもお礼言っておいてくれって」
「・・・ああ」
「それからCDを全部そろえてくれていてうれしいってさ」
「・・・!?な、何で彼女がそれを知ってるんだ?」
イザークがぎょっとする。
ラクスと会話したことなどない。
生身で会ったのだってエターナル艦の前とあのパーティーでの僅かな間だけだ。
ファンだということだって誰にも言っていない。
アスランも、ニコルも知らないはず・・・ということは。
「・・・ディアッカ」
「ご、ごめん。つい口がすべっ・・・あうっ!!」
イザークの蹴りが、今度こそディアッカの腹に決まる。
原因を作ったアスランはご愁傷様、と手を合わせた。
2005/01/24
アスランたちを見送りたいと言うディアッカにねだられ、結局マイウスの港まで足を運んだ。
アイリーンはどこをどう根回ししたのか、
亡命希望者たちはアークエンジェルとクサナギに乗って地球に降りるのだそうだ。
さすがに元ザフト艦のエターナルだけは没収されたが、二艦には護衛まで付く。
あんなもので地球に降りたら目立つだろうに・・・至れり尽くせりだな、とイザークは苦い気分になった。
出立を控えた艦の前にはクルーたちが別れを惜しんでいた。
イザークはその様子を上階にあるラウンジから見つめている。
ディアッカに誘われたが、アスランとは一応の別れは済ませたのだから、と断った。
他に別れを惜しむ人間などいない。
特に人だかりができている所がある。
ラクスがいるのだろう。
遠目表情まで確認できないが、ここまで見送ったアスランもいる。
政治家相手に、あの済ました作り笑いを浮かべているに違いない。
ディアッカはというと、連合の軍服を着た少女と何か話しているようだ。
やがて一人、また一人とそれぞれの艦へ入っていく。
最後に桃色の髪をしたラクスがアークエンジェルへと姿を消すと。
しばらくの後に「英雄」とたたえられる者たちは。
自らが選んだ新たな地へと旅立っていった。
見送りを終え、ディアッカが手を振りながら戻ってくる。
「お待たせ」
「・・・ああ」
イザークが歩き出すと、彼はすぐ後ろから付いてきた。
その気配を感じながら、イザークは口を開く。
「あいつらと一緒でなくてよかったのか?」
「え?」
「お前はおそらく戦犯にはならないだろうし、タッド様はずっと中立派だった。
向こうに行って連絡を取り合っても問題にはならないだろう」
「何言ってんの、イザーク?」
「好きな女がいたんだろう?」
「そりゃミリィのことは好きだけど・・・でもメールしていいって言われたし、焦っちゃいけないでしょ」
「・・・」
「イザーク、俺の故郷はプラントだよ」
「知ってる」
「じゃあ、何でそんなこと聞くんだよ」
ディアッカの声音に、さすがに憤りが混じり始めた。
しかし、イザークは・・・。
「・・・」
「イザーク・・・」
イザークの気持ちが、分からない。
どうも、こちらに戻ってから彼とは上手くいかない。
イザークのことなら何だって分かっていたのに。
でも今は、何一つ分からない。
理由は分かっていた。
イザークが何も言わないからだ。
イザークは思ったことを何でも口にする性格だった。
だからディアッカは彼が何を思って、何をしたいのかがすぐに理解できた。
いや、教えてもらっていたと言う方が正しいか。
イザークは意識していなかっただろうが。
もちろん、ディアッカも。
だからこそ、彼のことなら誰よりも分かる、と思い込んでいたのだ。
だが、再会したイザークは違った。
考えていることを溜め込むようになった。
言いたそうな顔をして、でも口から出す直前で呑みこんでいる。
だから、ディアッカは彼の気持ちを知ることができない。
・・・当たり前のことだ。
「イザーク、・・・俺がプラントを捨てたと思ってる?」
「・・・」
「俺さ、前にお前に言ったよな。『もう軍の命令に従ってナチュラルを撃つなんてできない』って」
「ああ」
「ホントにさ、それだけなんだよ。あの時、今まで生きてた中で一番真面目に考えたつもりだったんだけど・・・。
でも、結局その程度だったんだ。
プラントのこととか、ザフトとか・・・お前と戦うことについては何とかなる、ぐらいにしか思ってなかった」
「・・・」
「ただ、あの時・・・」
あの時、オーブが侵攻された日。
釈放され、ザフトに戻れるはずだった自分を引き戻したのは。
「『自分の国だから』って言って戦いに行く女の子を見てさ、・・・カッコイイな、って思った」
「皆そうだった」
「ああ。イザークもそうだよな」
でも、あの時は子供過ぎて分からなかった。
何も見えなかった。
でもあの場所でちゃんと見て、確かめた。
「だから今度こそ、プラントのために戦いたい」
望むものは、また同じになった。
「ただいま、イザーク・・・」
2005/01/30
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2005/03/08改