レイピア



ヒカリ01



 プラント臨時評議会議長アイリーン・カナーバは、地球連合政府と正式な停戦協定を結んだ。
 しかし現状ではまだ休戦という状態で、和平が成立したわけではない。
 プラントと地球連合。
 互いの思惑を図りながら、最上の条約を模索し、締結しなければならない。

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦から一ヶ月後。
 のちのユニウス条約締結の、四ヶ月前である。




 アプリリウス市、中央局から少し離れた高層ビルホテル。
  
 「いよっ、こっちこっち」
 「フェイ」
 歩いてくるイザークとディアッカの姿を見つけ、フェイが手を振る。
 議員服を身にまとったイザークを上から下まで、満足そうに眺めた。
 「似合ってるじゃん。そのカッコ」
 「うるさい」
 「お前は似あわねぇな、その赤服」
 「・・・悪かったな」

 イザークが臨時評議会の議員に任命され、一時的にジュール隊が解散されたわけだが、
 フェイは未だに軍服を着ていた。
 アカデミーの教官になることが決まったという。
 彼にこそ政治の世界がふさわしいと考えていたイザークには意外だった。
 それを言うと、彼は「それじゃあ、ジュール隊が復活したときに入れなくなる」と返した。
 まだイザークの元で働くつもりでいるらしい。

 「ところで、今日は何の用だ?」
 臨時評議会議員の一日目。
 本来なら他議員へのあいさつ回りやら、和平条約に関する資料集めをしなければならない。
 しかし突然連絡を入れてきたフェイが、どうしても会わせたい人物がいる、と無理を言って呼び寄せたのだ。
 「こっちだ」
 フェイはにっこり笑い、イザークを手前にある部屋へ手招きする。
 そこに会わせたいという人間がいるらしい。
 しかし、イザークにはそれが誰なのか全く見当がつかなかった。
 「誰なんだ?」
 「まあ、いいからいいから」
 そう言ってイザークにドアを開けろと促す。
 ドアを開けるまでのお楽しみ、ということか。
 まだ納得できないイザークだったが、フェイがどうあっても相手の名前を言おうとしないのを察し、
 仕方なくドアのブザーを鳴らした。

 ブザーを押した指がまだボタンから離れないうちに。
 エアの音とともに、ドアが開いた。

 フェイとディアッカが見守る中。
 イザークは部屋の中にいる人物を認める。
 そして瞳を大きく見開いた。
 「・・・っ」
 イザークは驚きのあまり声が出ないようだ。
 ディアッカの位置からは、部屋の中は見えない。
 その驚愕ぶりが尋常でないような気がして、声をかけようと口を開きかけた。
 「イザ・・・」
 「イザーク!!」
 ディアッカの言葉が甲高い声に遮られたかと思うと、部屋から人影が飛び出した。
 イザークと同じ銀髪。
 それなりに背が高く、ほっそりとした体つき。
 それが棒立ちになっているイザークに抱きついた。
 「イザーク・・・イザーク!!」
 「は、はは・・・うえ」
 「エザリア様?」
 部屋から出てきたのは、未だに拘束されているはずのエザリア・ジュールだった。

 ユーリ・アマルフィはじめザラ派議員の解放はすでに決定されていたが、エザリアはまだその処遇が定まっていない。
 それは彼女が危険視されているというわけではなく、彼女のかつての立場を利用しようとする者から守るためだ。
 エザリアが軟禁されていたアプリリウス市中央局から移された、ということを聞いていたイザークは、
 母はてっきり別の市で監視されていると思い込んでいた。
 まさか同じアプリリウス市で会うことができるとは・・・。
 停戦直前、出撃する前に会って以来だから、かれこれ一ヶ月ぶりだ。

 母を凝視したまま硬直しているイザーク。
 それに対し、エザリアは涙を浮かべながら何度も息子の頬にキスを落とす。
 「イザーク、・・・私のイザーク」
 「母上・・・」
 「ごめんなさい、私のせいでつらい目にあったのでしょう?こんなに痩せて・・・ああ、かわいそうに・・・!」
 記憶にあるものより肉の落ちた息子の体を抱きしめ、嗚咽を漏らす。
 イザークはまだ頭が状況についていかないのか、微動だにしない。
 見かねたフェイが声をかけた。
 「俺たちここで待ってるからさ、二人でゆっくり話せよ」
 「・・・」
 「20分だけだけど」
 すまなそうな顔をしたフェイに、イザークは全て理解した。
 おそらくカナーバに掛け合って、母をここまで連れて来てくれたのは彼だろう。
 エザリアの立場が立場なだけに、容易なことではなかったはずだ。

 「・・・ありがとう」
 素直に感謝の言葉を述べる。
 フェイは照れくさそうに笑った。


 そしてイザークとエザリアが一ヶ月ぶりの再会を果たし、語らっている間、
 フェイとディアッカはドアの両端に立って待っていた。

 二人とも腕を組み、難しい顔をしたまま無言だ。
 前を歩く者は皆、見えない重圧を感じ慌てて通り過ぎる。

 「・・・おい」
 長い沈黙・・・実際には5分と経っていないのだが・・・の後、ディアッカが口を開いた。
 フェイが目尻のやや上がった黒い瞳でぎろりとにらむ。
 「何だよ」
 「・・・その、ありがとな。イザークのこと・・・色々」
 「何でお前が礼言うわけ?」
 さすがのディアッカも少しむっとした。
 どうしてこいつはいちいち突っかかる言い方をするんだ。
 「イザークは仲間だからだよ」
 「今は上司だろ」
 「・・・!何だよ、その言い方」
 思い切り怒鳴りつけてやりたいところだが、それではドアの向こうのイザークたちに聞こえてしまう。
 せっかくの母子の再会を邪魔したくないので、ディアッカはぎりぎりのところで声を押さえ込んだ。
 それでもフェイの黒い瞳を果敢ににらみ付ける。
 フェイはそれに対し、ふんと鼻を鳴らした。
 どうもディアッカを嫌っているらしい。
 いや、フェイだけでなくジュール隊のあのメンバーは皆そうなのだろう。
 
 「いいか。お前はイザークの面倒見てやってるつもりかもしれないけど、
 面倒見られてるのはてめえだってこと忘れんなよ」
 「・・・」
 「お前がその色の服を着ていられるのはアイリーンが政権にいる間だけだ」
 「そんなこと、分かってる」
 「なら、せいぜい頑張るんだな」
 「・・・ちっ」
 ディアッカは舌打ちし、目をそらした。
 悔しいが、フェイの言うとおりだ。
 ディアッカがいつか軍に戻るだろうイザークのそばにい続けるには、それなりの努力が必要になる。
 敵側に手を貸していたということが明るみにでる可能性は低いが、
 あの一番重要な戦況ではザフトにいなかったのだ。
 アイリーンは例外的な措置をしてくれたが、彼女が議長を辞することになれば、
 ディアッカの軍における位置づけは極めて危ういものになる。
 イザークの護衛をしながら、同時にザフトに何らかの貢献をしなければならないだろう。
 容易なことではない。

 「なんなら、護衛はやめとく?他にやりたがってる奴がいるし・・・」
 「何?」
 怪訝な顔をするディアッカに対し、フェイはにやりと笑う。
 そして指でディアッカの後ろを指した。
 「?」
 つられるようにディアッカが振り向くと・・・。

 「・・・どわっ!」

 「何だよ?」
 いつの間にか、ディアッカの後ろに少年が立っていた。
 全く気配を感じなかったディアッカは驚きのあまりよろめく。
 少年には見覚えがあった。

 「どうした、ディアッカ?」
 ディアッカがあげた声が聞こえたのだろう。
 心配そうな顔をしたイザークが部屋から出てくる。
 するとその姿を認めた少年は顔に満面の笑みを浮かべた。
 ディアッカを押しのけ、イザークに突進する。
 「たいちょーーーー!!!」
 「キ、キキ?」
 かばっ、とイザークの腰に抱きついた。
 「あ、・・・え?え?」
 イザークは目をぱちぱちと瞬く。
 キキが神出鬼没なのは今に始まったことではないが、こんな所まで来るとは思わなかった。
 しかも・・・。
 「お前、赤服になったのか?」
 そう。
 キキはディアッカと同じ、エリートの証である赤服をまとっていたのだ。
 「隊長、昨日は一日会えなくてさびしかったです」
 「たった一日だろって、いや、そうじゃなくて・・・」
 「でもこれからはずっと隊長のそばにいられます。僕うれしくて・・・」
 「はあ?」
 イザークは訳が分からず眉を寄せる。
 すると、部屋の中からエザリアも顔を出した。
 「あら、その子もイザークの知り合いなの?」
 エザリアを視界に入れた途端、キキはイザークに密着していた体を離し、姿勢を正してびしりと敬礼する。

 「はじめまして、キキ・ウォーターハウスです。
 本日よりイザーク・ジュール代理議員の護衛を務めさせていただきます!」

 はあああっ!?と声をあげたのはもちろんイザークとディアッカ。
 そんなことは全く聞いていない。
 それに対し、エザリアはにこにこと丁寧に礼を返した。
 「まあそうなの。イザークのことよろしくお願いしますね」
 「はい。頑張ります!」
 「年はいくつ?」
 「16です」
 若いのに偉いのねぇ、とエザリアは上機嫌だ。
 キキをいたくお気に召したらしく、そのまま和やかな会話を始める。

 一方、イザークとディアッカはフェイを廊下の端まで引きずり込んで締め上げた。
 「おい、護衛はディアッカだけじゃなかったのか?」
 「あれ、迷惑だった?」
 「そういうわけじゃ・・・」
 イザークは言いよどむが、ディアッカは思いっきり不快感を示す。
 「めちゃくちゃ迷惑!!」
 「だって、お前だけじゃ心配だろ。またいつ裏切るかわかんないし」
 「・・・!!」
 「ディ、ディアッカ・・・ちょ、待て。落ち着け!」
 イザークはフェイの挑発にいきり立つディアッカを押さえつける。
 そして上目遣いにフェイをにらんだ。
 「キキには軍を辞めるように説得するつもりだった」
 「知ってるよ」
 「じゃあ何で!」
 「キキも気付いてたんだ。だからお前より先に手をうった」

 フェイに相談し、まずは新設された特務隊の隊員になった。
 そしてあらためてイザークの護衛の任を買って出たのだ。
 イザークが代理議員になった時点でジュール隊は消滅し、代理欄にはフェイが勝手に署名したのだろう。
 もはや軍においては直接の上司でないイザークはどうしようもできないわけだ。
 してやられた、とイザークは額を押さえる。
 代理議員の話が突然だったことと、直前まで入院していたために、隊のことを後回しにしてしまっていた。
 キキのような純粋すぎる少年には、これ以上軍に関わって欲しくなかったのに・・・。
 
 「お前の気持ちも分かるけどさ、キキにはもう家族がいないんだぞ」
 「・・・」
 「軍を辞めたところで、あいつには行く所がないんだ」
 「だからと言って・・・」
 「ま、今は停戦中なんだ。軍にいるからって人殺しする必要はない。
 これからのことはあいつに決めさせればいいさ」
 「・・・」
 イザークが大きくため息をついたところで、エザリアとの会話を一区切りさせたのだろう。
 キキが手を振っている。
 フェイは思いついたように腕時計を見た。
 「そろそろ時間だな」
 伺うようにイザークに視線を移す。
 イザークは再びため息をつくと、母のもとへと向かった。

 イザークとエザリアが別れを惜しんでいる間、待っているディアッカにフェイは悪戯っぽく笑う。
 「ま、仲良くやってくれよ」
 ぽんっ、と二人の肩を叩く。
 それに対し、ディアッカは嫌そうな顔をした。
 キキの過去は例のラクスとの一件で聞き及んでいる。
 おそらく、フェイ以上にディアッカを嫌っているのだろう。
 嫌がらせもいいところだ、とキキを見ると。
 べぇーーっ、と、思い切り舌を突き出された。
 ひくり、と自分の顔が引きつるのを感じる。

 ・・・まさに前途多難だ。


2005/02/05



 エザリアをフェイに託し、イザークは中央局に向かった。
 当然ディアッカだけでなくキキも一緒だ。
 ちなみに運転していたのはディアッカだったのだが、
 後部座席にイザークと共に座っていたキキはあてつけとばかりに始終抱きついていた。


 ディアッカが額に青筋を浮かべながらようやくのことで車を局に到着させる。
 三人で入局し、用意された部屋に向かった。
 と、ドアの前に見知る人影がある。
 マニ、マックス、メイズの三人だ。
 マニは黒い軍服を着ていたが、ワイルド姉弟は私服だった。
 皆別れを言いに来たのだ。

 イザークが三人を部屋に通すと、早速マニが口を開いた。
 「おめでとう、って言うべきですかね?」
 もちろんイザークの議員昇格のことだ。
 それに対し、イザークは腕を組んで片眉を上げた。
 「皮肉だ。・・・むしろめでたいのは貴様だろう。黒になったのか」
 「・・・皮肉ですよ」
 マニは肩をすくめる。

 マニの父親はザラ派の活動家、マックスたちの父親はやはりザラ派でヒラ議員だった。
 先日釈放されたのだが、マニだけは軍に残ることになった。
 どうも彼の父親が属していた団体が過激なものと判断されたらしく、家族に監視が付いたのだ。
 マニは監視しやすい、ということで昇格を条件に軍にとどまったのだ。
 その点ではイザークと立場が似ている。
 フェイ同様、アカデミーの指導を手伝いながらMSパイロットも引き続き勤めるらしい。

 一方、マックスとメイズの父親は議員を辞するだけで済んだらしい。
 マニと違い、二人は軍を辞めることになった。
 家族にそう勧められたこともあるし、なにより彼らはアカデミーを卒業していないのだ。
 一度勉強しなおした上でまたこれからのことを決めるという。
 
 「もう会えなくなるな」
 イザークはさびしげに言うと、少し身をかがめる。
 双子に視線を合わせるためだ。
 「隊長・・・いえ、ジュール議員、お世話になりました」
 「ああ」
 学生に戻るマックスたちは民間人。
 対してイザークは臨時評議会の議員だ。
 よっぽどのことがない限り、もう会う機会はないだろう。
 最後の敬礼をしたメイズの肩をイザークはぽん、と叩いた。
 そしてうつむいているマックスを見る。
 「マックス、元気でな」
 「・・・」
 「ほら、マックス!」
 メイズに背中を押され、マックスはそろそろとイザークを見上げる。
 薄い水色の瞳に涙がたまっていた。
 「あの、たいちょ・・・じゃなくてジュール議員」
 「ん?」
 「お、お願いがあるんですけど」
 「・・・写真か?」
 マックスのお願いと言えばカメラで写真・・・。
 しかし、今日のマックスはカメラを持っていないようだ。
 「あ、あの・・・」
 「?」
 「ごめんなさい!!」
 顔を寄せていたイザークに、マックスはいきなり抱きついた。
 そのままイザークの頬に唇を寄せる。

 「!!!??」
 
 キキはあああーーーーっ、と声をあげて駆け寄ろうとするが、
 このときばかりは息のあったディアッカとマニに両腕を掴まれて阻止される。
 いつも大人しいマックスの思わぬ行動に、唖然として硬直するイザーク。
 マックスは顔を真っ赤にしてもう一度「ごめんなさい」とつぶやくと、脱兎のごとく部屋の外へと駆け出した。
 「・・・」
 口をぱくぱくさせるイザークにメイズは苦笑する。
 「初恋に終止符を打つってことで」
 「は、初恋?」
 乾いた声でつぶやくイザーク。
 やはり気付いていなかったのか、とため息が漏れる。
 姉も厄介な相手に恋をしたものだ。
 まあ、今のキスで諦めるつもりらしいが。
 そのままキキたちに聞こえないように小声でイザークにささやいた。
 「マックスがすっぱり諦めたんですから、シホさんと幸せになってくださいよ」
 「!!」
 「じゃ、僕もこれで失礼します」
 メイズはぺこりと頭を下げると、にこやかに去っていった。
 
 「俺も行きますね」
 イザークににじり寄ろうとするキキの襟首を掴みながら声をかけたマニに、イザークはようやく我に返った。
 「そ、そうか」
 「俺は顔合わせるくらいはできると思いますよ。アカデミーはこの市にありますから」
 「そうだな・・・頑張れよ」
 「そっちこそ」

 イザークに向かって敬礼し、踵を返す。
 別れ際にキキの頭をくしゃっとかき回し、ディアッカを茶色の目でひとにらみすると。

 彼もまた、新しい道へと歩き出していった。
 

 「皆ばらばらですね」
 「仕方ないさ」
 マニの後姿を見ながら寂しげに言ったキキに、イザークは肩をすくめる。
 


 この一年後、臨時評議会が解散し、軍にもどったイザークはまたしてもジュール隊隊長となるのだが、
 キキ、ディアッカはもちろん、ばらばらになったこのメンバーが再び集結することになる・・・のはまた別の話。



2005/02/11
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