ジュゲム (後編)

 

 イザークに引き合わされた《仮面の男》クルーゼは、名前の通り顔の上半分を面で覆った奇異な出で立ちだった。
 シホが着ていた防弾チョッキは彼が仕入れたものだという。
 「しかしマシンガンを打ち込まれてかすり傷だけとは、随分と運のいい女傑だ・・・ああ、恋人か?」
 口元が笑みを造っているのは自分の商品の性能に満足しているだけではないだろう。
 イザークの片頬は赤く腫れ上がっていた。
 初めてのシホの前向きな返事を受けて、性急にことを運ぼうとした結果だ。
 「いかんなイザーク殿下。日本人というのは慎ましやかで、特に初夜には雰囲気を求めるものだよ」
 「ちょ・・・ッ!止めてください!!」
 「・・・まさか覗いてたんじゃないだろうな?」
 イザークの言葉に、恥ずかしさで真っ赤だったシホの顔が一気に青ざめる。
 真昼間から仮面をつけているようなおかしな男だ・・・盗聴盗撮くらいやりかねない。
 しかしクルーゼは白い歯を見せながら首を振った。
 「私の知り合いの中でも、君ほど分かりやすい男はいないよ。彼女は前々から君が欲しがっていた《黒曜石》だろう?」
 「・・・は?」
 《黒曜石》というアラブ語を訳すことができず、シホが首を傾げる。
 一方のイザークは含み笑いをすることで肯定を示した。
 「あのディアッカと互角に渡り合ったナイフ戦で惚れこんだのだったね」
 「は・・・ナイフ?」
 確かに訓練時代中、ナイフ戦は週に一回はやらされていた。
 ディアッカと組まされたことも何回かあった気はするが・・・。
 「ちょうどその時、視察に来て見学していたんだ」
 そこで一目惚れしたんだとこともなげに言う。
 「殿下は求めていた女神を手に入れたわけだ」
 「まあな」
 「・・・」
 もはや二人の会話に付いていけず、シホはどこぞの悪徳商人のような笑い方をする彼らに遠い目をした。

 やがて興奮も収まると話は商談へと移る。
 話題に上がるのは銃でも防弾チョッキでもなく、車やヘリという明らかに次元を異にした商品だ。
 呆れながらも黙って見守っていれば値段の折り合いが付いたのか、二人はコーヒーで乾杯した。
 「ところで・・・国内のテロリストに大量の武器が流れているという話を聞いた」
 和やかな空気の中で世話話のように口を開いたイザークに、クルーゼも笑みを崩さない。
 どうやらこの訪問の本題は商談ではないと最初から分かっていたようだ。
 仮面をしているにも関わらず、その視線が冷えたものを含んだ気がする。
 「殿下、商人というのは金を払ってくれる相手に商品を売るのが仕事だよ?」
 「なるほど。・・・つまり、テロリストに武器を買う金を与えているスポンサーがいるということだな」
 クルーゼは相変わらず曖昧な笑みを浮かべていたが、シホもそれが暗に肯定を示していることは分かった。
 一癖も二癖もある男のようだが、だからこそ間違いなく金を払うと信用する相手でなければ商品を売ったりしないはずだ。
 クルーゼが信用する相手となれば、彼と旧知であるイザークには大体の見当がついているのだろう。
 その目つきは険しかった。
 
 
 
 宮殿に戻ると知らせが届いていたのか顔面蒼白のルナマリアが飛んできた。
 「ルナマリア、シンはどうしている?」
 「もう休んでいます。ハーネンフースさんのことは知らせていません」
 ディアッカはまだ戻っていないようだ。
 「医者は?」
 「呼んでいます」
 「俺の部屋に連れて来い」
 「え、ちょ・・・」
 シホはこれ以上の手当ては必要ないと訴えようとしたが、声に出す前にイザークに襟を掴まれて引っ立てられてしまった。
 
 改めて医者の手当てを受けるが、イザークはその間もシホの傍を離れなかった。
 居心地が悪かったが、何しろ手当てを受けたのはイザークの部屋だ。
 いつもと様子が違う主の気配を察して医者とルナマリアがそそくさと退室していく。
 シホもそれに倣おうとしたが、逃げる間も与えられずむき出しの肩を掴まれた。
 「放してよ」
 「嫌だ」
 「やめて、服を返して!」
 「これから全部脱がすんだ」
 ルナマリアがせっかく持って来てくれた新しいアーミージャケットは、イザーク手によってわざわざ部屋の隅に置かれていた。
 姑息なやり方と、それを見抜けなかった己の甘さに舌打ちしたい気分になる。
 だがそんな感情すらすぐ追いやってしまわなければならないほど、今回のイザークは性急だった。
 シホを誘いながらもずっと余裕があるように見えていたのだが、熱い瞳は内にある激情を物語っている。
 急にシホはイザークの強引さが怖くなった。
 自分がどうなってしまうのか分からない。
 「やめて、お願い・・・!」
 「抵抗するなら本気でやれ。煽るだけだぞ」
 互いに腕を負っているが、シホが対した抵抗が出来ないのに対してイザークは器用に彼女の服を脱がせていく。
 首筋に落ちた唇が鎖骨を伝って下へと降りていく。
 「怖いのか?」
 「・・・」
 シホが震えているのを感じたのだろう。
 イザークがようやく動きを止めた。
 「俺が嫌か?」
 「・・・ちが、う」
 「震えている」
 「・・・」
 イザークが嫌いなのではない。
 かといって、これ以上は誤魔化しも曖昧な拒絶も通用しないと本能的に感じた。
 「は、初めてなの・・・」
 「・・・」
 「だから、その・・・手加減・・・」
 意外だったのかイザークが大きく瞳を見開いている。
 そんな反応をされては自分がとんでもなく恥ずかしいことを口にしたようで、こういう時だけ気の利かない男が恨めしかった。

 「イザークの、馬鹿!!」


 
 覚悟はしたつもりだったが、服と下着をひとまとめにはぎ取られると外気の冷たさも手伝って身がすくんだ。
 イザークの視線を感じて頬に血が集まる。
 …かと思えば相手の体が上から覆いかぶさり、臍のあたりに熱っぽい口づけを落とされた。
 「ぁ…っ」
 甘い声が漏れる。
 身をよじるたびに下のシーツと肌が擦れ、それが体内に灯る熱を上げているかのようだ。
 イザークの手や舌が触れる度、シホの身体を電流のような痺れが駆け抜けた。
 「イ、ザーク…」
 「いい子だ。…俺以外の誰にもこんな姿を見せるなよ」
 「だ、誰がッ!」
 シホは侮辱するなと腹に力を入れるが、出た声は情けないほど掠れていた。
 やっぱりこの男は卑怯だ。
 「あんたなんか嫌い…大嫌い」
 「泣くな。悪かったよ、もう言わない」
 イザークは素直に謝ると、シホの唇へと口づけを落とす。
 そんなことをされればむきになっている自分の方が大人げないような気がしてくる。
 シホはこれ以上醜態を晒すまいと口をつぐんだ。

 イザークの掌が胸の輪郭をなぞっている。
 「意外と大きいな」
 「んっ」
 乳輪を掠めるようになぞられ、くぐもった声が漏れてしまう。
 言葉とは裏腹にイザークが興奮していることがシホにも分かった。
 乳房を這うように撫でる掌が汗ばんでいる。
 「んん…ふぅ、…やっ」
 緊張で過敏になっている肌へと執拗に愛撫が繰り返されて足が震えている。
 乳房に歯を立てられ、びくりと喉がひくついた。
 「声を殺すな。誰も聞いてない」
 「あなた、が…聞いてる!」
 「ああ…初めて米国でお前を見た時から泣かせてみたかった」
 見下ろすアイスブルーは艶めいた欲に濡れていた。
 もはやシホに対する飢えを隠そうとしない男に、背中に寒気とも痺れともつかぬ何かが通り抜ける。
 そのくせ、触れ合った肌は痛いほどの熱を持っていた。
 
 
感覚がどんどん鋭敏になっていく。
 胸を弄んでいた手が下肢へと降り、内腿を撫でて秘所をかすめた。
 それだけで体が大げさに痙攣する。
 次の刺激にシホは身構えるが、いつまで経ってもそれはやってこなかった。
 シホが視線を向けると、イザークは腿に斜めに走った線を指でなぞろうとしていた。
 「これは?」
 「…例の、日本で作った傷よ」
 「縫ったのか?」
 「すぐに手当できなかったから、痕が残ったの」
 「…」
 白い肌を際立たせるように走った傷は、輪郭がギザギザしていて見栄えがいいとは言い難い。
 しかしイザークはその傷から指を離し、何と替わりに舌を這わしてきた。
 傷の上から自分の痕跡を刻みつけようとするように。
 逃げ出したいようなもどかしさに襲われながらも、シホは彼が丹念に傷を舐め上げるのを甘受する。
 次にイザークは脇腹にも傷を見つけ、同じように唇を寄せた。
 胸への刺激も再開し、目の前の白い肌に溺れようとしている。
 「イザ…イザー、ク」
 喘ぐように名前を呼ぶ。
 熱い。
 肌を這う彼の舌も、食い入るように見つめてくる眼差しも熱かった。
 耐えきれずに目をつぶる。
 
 指が秘所に触れた。
 途端に蕩けそうになっていたシホの体が緊張する。
 「少し、我慢しろ」
 「…ッ」
 硬い指が入り込んできた。
 それだけで頭が沸騰しそうになり、無意識に足をばたつかせてしまう。
 「ぁ…、やっ!」
 「シホ、暴れるな。…大丈夫だから」
 「…う、うぅ…」
 シホがせり上がる喘ぎを堪えている間にも、中の指は入口を解すように慎重に動かされている。
 しかし、ふとした瞬間にずるりと思わぬ深みに入り込んできた。
 「ひっ!」
 「そんなに締め付けるな。力を抜け」
 「ああああ、…あああ、イザー…ッ、うぅ」
 もう嬌声を押さえることすらできず、延々と刺激を与えられる。
 奥を撫でられ、ぞくぞくする痺れに耐えきれず爪を立てた。
 「あ、あああーーーーっ!!」
 
 手足から力が抜ける。
 達したと自覚するまでに時間がかかった。
 頭の芯まで熱に焼かれてぼうっとしている間に膝を抱え上げられる。
 男の意図を察して下肢がこわばるものの、胸に去来する高揚の原因は恐怖だけではなかった。
 「うぁっ」
 溶かされた場所を確実に押し広げながら、燃えるような熱が入り込んでくる。
 自分の体がその侵入を固く拒もうとしているのが分かった。
 「あつい…い、た…痛い!いた、ぁ」
 「シホ、力を抜け」
 中から焼かれるような熱を感じたかと思えば、体を引き裂かれそうな痛みが襲う。
 力を抜けと言われてもどうしたらよいのか分からず、反射的にイザークから体を離そうともがいた。
 「痛い!イザーク、やめてぇ!」
 「お、落ち着け」
 「痛いの、許して…ごめんなさい」
 もはや自分が何を口走っているのか分からない。
 とにかくこの不可解な熱と痛みから逃げ出したかった。
 「やめて、お願い…痛いの、ごめん、なさ…」
 けれどもイザークはシホの哀願を無視して腰を押さえつける。
 「シホ、大丈夫だ。信じろ…お前を壊したりしない」
 イザークが真剣な表情でシホの顔を覗き込む。
 そのまま彼は、一番深いところまで入ってきた。
 はあっ、と。
 彼の熱い吐息が頬にかかる。
 気がつけば、シホも肩でぜいぜいと息をしていた。
 顔も涙で濡れていてぐしゃぐしゃになっているだろう。
 「…いい子だ」
 イザークが腰を押さえていた手を解いて、汗でシーツに張り付いている背中へと回してくる。
 その仕草は優しかったが、体中を駆け抜ける鋭い痛みは治まらなかった。


 イザークの腰が後ろに引かれる。
 強い摩擦に痛みを感じ、シホは思わずうめき声を上げた。
 「あ…あ…」
 苦しくてたまらなかったが、かと言ってこのまま離れてしまうのも怖くて相手の腕にすがる。
 少し間を置いてから、もう一度イザークが中に入ってきた。
 控え目な動きだったが、それでさえ敏感になった内壁にびりびりとした痺れが駆け巡る。
 「はあ、あ…あ…!」
 ぐい、と腰が押し込まれてきた。
 全身に電流が走る。
 「うあ!…あ、あああっ」
 刺激に耐えきれず上がった声には、痛み以外のものもあることをイザークは感じ取る。
 シホの負担にならないよう、ゆっくりと動作を続行した。
 「んん、あ…あぁ、は…ぁ」
 律動と共に内壁が絡んで締め付ける。
 緩慢な抜き差しを繰り返すイザークはシホの顔から苦悶が薄れていくのを見て取った。
 目元が薄桃に色づき、華奢な体は無意識に快感を拾おうとしている。
 「いいか?」
 「わ、かんな…っ、なか、たくさん…動いて…っっ」
 イザークはシホの腰を両手で掴むと、硬さを増した楔を入口近くまで引き抜き、ずんっ、と最奥まで穿った。
 「あ!ああぁ、ああーーーー!!」
 貫かれたシホの声が高く上がり、背中が反り上がった。
 イザークはそれまでとは比べ物にならない激しさで内部を犯す。
 しなやかに反らされた背中を抱き、突き上げながらさらに律動を早めた。
 「やぁ、…あ、あっ、あん、ぁ…う」
 それまでとは比べ物にならない激しさで、イザークは突き入れ掻き回す。
 その度にシホは仰け反った喉から高い声を出した。
 背中に手を回され腰が浮いているので、頭だけシーツに埋もれている不安定な状態だ。
 激しい突き上げがそれを加速させ、混乱した頭では快感と苦痛の区別がつかない。
 それでもシホの嬌声はどんどん高くなり、高みへ追い立てられていることが分かる。
 「あっ、…ああっ、ん、やぁ、あ…!」
 シホが無意識に首を大きく振った。
 同時にぎゅっと締まった内壁に、目の前の男の熱を感じる。
 涙が滑り落ちた。

 「ん…んん、んぅ」
 「…シホ」
 シホは自分の体がどうなってしまったのか未だに掴みかねていたが、イザークが満足したらしいということは何となく分かった。
 先ほどまでの獣じみた視線が和らいでいる。
 体のそこかしこが熱い…イザークに触れられた部分だ。
 熱過ぎて痛みと錯覚しそうだと思った。
 「大丈夫か?」
 「…」
 痛い、だるい、体が重い。
 そう言ってやろうかと思ったが、イザークが本当に申し訳なさそうにしているのでやめた。
 口に出したところで声は酷く掠れているだろうから、恥をかくだけだ。
 一度体を離したイザークが再び覆い被さってくる。
 無抵抗のシホの唇に、慈しむようなキスを落とした。


 
 「お前を…初めて見たとき…」
 「え?」
 「猿みたいな女だと思った」
 こちらを見下ろしながら突然話を始めたイザークに、シホはまだ痛みに緊張している顔を向けた。
 「ディアッカとのナイフ戦の最中で…あいつと互角にやり合っているのに驚いた」
 「…」
 「目が離せなかった。国に帰ってからもふとした瞬間にお前のことばかり考えて…」
 シホはイザークの言わんとしていることが何となく分かった。
 そして身震いした。
 どうしてこの美しい若者は、自分をこんなにまで想ってくれるのだろう。
 彼の強すぎる思いに飲み込まれてしまいそうだ。
 「帰ってきたディアッカからお前のことを色々聞いた。そのうち『恋してるんだろう』って言われたんだ」
 「わたし…」
 「最初は分からなかったが、でもすぐにその通りだと思った。他の女なんか目に入らなかった」
 そこでイザークは言葉を切り、シホの瞼にキスを落とした。
 いつの間にか痛みも和らいで体の緊張もほぐれている。
 「お前を手に入れたら最終的にこうなって…酷いことをしてしまう自覚はあった。きっと嫌われると…」
 「イザーク…」
 「でも、嫌われてもいいと思った。憎んでも、お前が俺を誰よりも思ってくれるなら」
 イザーク自身、自分の心を探るような気分なのだろう。
 その言葉には一貫性が感じられず、アイスブルーは焦点がゆらゆらと揺れていた。
  
 
 

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2009/05/10