ダブルオー (前編) 〜休日〜



 シンがここにいるのは偶然だ。
 そう、本当に偶然。
 だから、運命なんてものを感じてしまったりしていた。


 週末、アカデミーに入学してから二度目の休日だ。
 シンは新しく知り合ったヨウランとともに街で買い物をする約束をしていた。
 ヨウランとは寮が少し離れている。
 だからこの寮の入り口で待ち合わせをしたのだ。
 そして今、ここに人通りはほとんどない。
 お昼時・・・時間が時間だから。
 他にも街に繰り出す同級生たちはいたが、皆さっさと行ってしまった。
 「ヨウランのやつ・・・遅い」
 気障(キザ)で大人びた感じなのに、時間にはルーズなようだ。
 もう放って先に行ってしまおうかと思っていた時。
 その人を見つけたのだ。

 彼は道路の反対側にエレカを止め、それにもたれかかるようにして立っていた。
 かなり距離があったが、シンの抜群の視力はその人の姿をはっきり映し出す。
 すらりとした体つきに淡い色のハイネックとジーパン。
 肩にかかるかかからないかくらいの銀髪が、光に反射してきらきら輝いている。
 しかし、その銀髪以上に北欧系を感じさせる白皙の美貌がまぶしかった。
 ややきつめのアイスブルーの瞳が怜悧な印象を与えている。
 そのあまりの完璧さは現実離れしていて。
 だから、シンは運命なんて感じてしまったわけである。


 「シン!悪い、待たせた!!」
 悪いと言いながらまったく悪びれた様子もなく、ヨウランが後ろから肩をたたく。
 しかし、シンはそれにすぐに反応できなかった。
 先程まで彼に対して腹を立てていたことも忘れている。
 「ヨウラン・・・あの人」
 「ん?」
 シンが視線を固定したまま言うのに、ヨウランも顔を向ける。
 そして怪訝な顔が一瞬にして好奇に染まった。
 「うわー、なんだよあれ!すげー美人じゃん」
 「誰かなぁ?」
 「さあ?・・・もっと近くで見てみようぜ」
 シンと同様、銀髪の麗人に魅了されてしまったヨウランは、ぐいぐいとシンの腕を引っ張る。
 「ヨ、ヨウラン、変に思われるよ」
 「いいじゃん。お前だってもっと近くで見てみたいだろ。案外逆ナンパかもよ?」
 「・・・まさか」
 あんな美しい人がそんなことするだろうか。
 シンはややためらいながらも結局誘惑には勝てず、ヨウランとその人の方へと近づいた。

 その時、シンは別の建物から出てきた見慣れた人影を見た。
 彼は金髪を揺らしながらエレカへと走っていく。
 どうも、銀髪の人の待ち合わせの相手は・・・。
 「レイ?」
 シンのルームメイト・・・冷静、無感動、無表情で有名なレイ・ザ・バレルではないか。
 シンの裏返った声に、ヨウランもやっとレイの姿に気が付いた。
 外出すると言っていたレイは、寮を出る直前に教官に仕事を頼まれて荷物を持ったまま校舎の方に戻っていたはずだ。
 「まさか・・・レイの彼女?」
 「ええ!?」

 幸いにも、道路の向こう側にいる二人は、シンとヨウランに気がついていないようだ。
 レイが麗人の下に辿り着き、何事か言っている。
 遅れたことを謝っているのだろうか。
 少し硬い表情・・・恋人には見えない。
 というか、あちらの方が明らかに男のレイより背が高い。
 一体どういう知り合いなのだろう・・・。
 と、相手の方が少し前かがみになり、レイの顔を覗き込む。
 気配を感じたのだろう、レイが驚いたように見つめ返す。
 そして二、三言言葉を交わし・・・。
 レイが、にっこりと笑った。
 
 「・・・へ?」
 「・・・マジ?」
 シンもヨウランも、レイの笑顔など見たことがない。
 ぽかんと口を開けて固まってしまった。

 シンたちが呆けている間にもレイは満面の笑みで相手と話し、やがてエレカに乗り込んだ。
 エレカが走り出し、その姿が見えなくなって・・・。
 
 「何か、すごいもん見た」
 ようやく硬直が解ける。
 ヨウランとシンは同時に息を吐き出した。
 「年上か・・・レイもなかなかやるじゃん」
 シンも頷く。
 確かに、あれは恋人にしか見えなかった。
 「いいなあ、レイ」

 運命の出会いだと思ったのに。



 「背が伸びたか?」
 「さあ・・・?イザークは髪が伸びましたね」
 「まあ、な。それにしても随分と機嫌がいいな」
 イザークの前ではそれなりの表情の変化を見せるレイだが、
 これほどにこにこしているのは初めてかもしれない。
 レイはそんなことありません、と返しながらも、やっぱり笑っていた。
 エレカの前で、イザークが自分の目をしっかりと見て笑いかけてくれたことが嬉しくてたまらなかったのだ。
 正直、会うまでは怖いと言う気持ちがあった。
 また衝動に負けてしまうのではないかという不安もなくはなかったが、今は大丈夫・・・。

 「そういえば・・・」
 「なんですか?」
 「さっき誰かに見られてたような・・・」
 どうも視線を感じた。
 待っている間、寮の方から。
 確かめる前にレイが校舎の方から急き込んで走ってきたので放置していたが。
 イザークの言葉に、レイはええっ!と声をあげる。
 「誰です!?」
 「だから、そんな気がしただけだと言おうとしたんだ。・・・何を怒っている?」
 「いえ、別に」
 まさかイザークを誰の目にもさらしたくなかったなんて言えるはずもない。
 レイは頬を赤らめて黙り込んだ。


 プラント、ディゼンベル市。

 停戦後、危険視されたタカ派の実力者たちは、カナーバ派によって拘束された。
 そのうちの何人かはすでに解放されたが、広告塔としての役割を果たしていたエザリアは
 広く顔が知られており、このディゼンベル市の一プラントで監視されている状態が続いている。
 息子のイザークと会うことが許されるのも一ヶ月に二、三度ほどだ。


 二人を出迎えたエザリア・ジュールは、美しい顔を笑みで飾った。
 真っ先にイザークに歩み寄り、背伸びして頬にキスをする。
 そしてぼうっと見とれているレイへと視線を向けた。
 「あなたもよく来てくれたわね、レイ君。嬉しいわ」
 「は、はい」
 どうしても声が上ずってしまう。
 これほど美しい・・・しかもイザークそっくりの顔で微笑まれると、動揺するなと言う方が無理だろう。
 もうすぐ40代を迎えるというエザリアだが、そんなことを感じさせないほど若々しく美麗だ。
 エザリアは息子と腕を組むと、どうぞ、と言って現在彼女が住んでいる邸宅へ歩き出す。
 レイは短く返事をし、それに続いた。


 「仕事の方はどうなの?イザーク」
 「デスクワーク派ではないことを痛感しているところです」
 「まあ」
 昼食を取っていないというイザークとレイのために、エザリアはキッチンで簡単なサンドイッチを作ると言い出した。
 それをイザークが隣で手伝う。
 ちなみにレイは親子の時間を少しでも増やそうと配慮したのか、ダイニングの方で大人しく待っている。

 「もうすぐ、連合との本格的な交渉です」
 少し声のトーンを低くした息子に、エザリアも表情を硬くする。
 「・・・そう、アイリーンは大変でしょうね」
 「デュランダル様もいろいろ手伝っていらっしゃるようです。きっと大丈夫ですよ」
 「そうね」
 そうは言ったものの、母子の胸には大きな不安がわだかまっていた。
 本当に、上手くいくだろうか。
 ザフトに最後まで残ったイザークが、軍事裁判にかけられたことが不安の一番の理由だった。
 アイリーン・カナーバは・・・いや、もしかしたら彼女ではなくその周りの者たちなのかもしれないが、
 ジュール母子をよく思っていないようなのだ。
 エザリアの解放が長引いているのも、そのことを裏付けているように思われた。
 イザークが望みを繋いでいるのはディアッカの父で未だに評議会に議席を残しているタッド・エルスマン、
 そしてギルバート・デュランダルだ。
 しかし、ギルバートをどこまで信用していいものか。
 何かと便宜を図ってくれているギルバートだが、
 その彼の行為すら疑ってしまうほどイザークたちはこの状態に疲弊していた。

 「きっと、ここから出られます」
 「・・・ええ、ありがとう」
 
 二人の会話が途切れ、重い沈黙が訪れる。
 と、それを見計らったように。

 優しい音楽。

 「レイだ」
 ピアノ。
 待ちきれなくなったのか、奥に用意されていたピアノに触れたくてたまらなかったのか。
 それとも・・・。
 包み込むような音色に自然と笑顔が浮かぶ。


 しばしの間二人は暗い思考を中断し、その音楽を楽しんだ。


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2005/03/09