ダブルオー (後編) 〜やすらぎ〜



 「人が死ぬのを見るのは初めてだったか」
 「・・・軍人には向かないと思っているでしょう」
 「そんなことないさ」
 
 どれほど時間が経っただろうか。
 レイとイザークは同じベッドの上で恋人のように抱き合っていた。
 正確に言うと、レイがイザークにしがみついている。
 イザークは今夜だけだと言って、したいようにさせてくれた。
 ときおり、細い指でレイの髪をもてあそんでいる。

 「俺だって・・・最初に人が死んだのを見たときは震えたさ。
 あれは、たしか初めての実践だったかな」
 「・・・」
 「実際に、殺した。MSではなく生身でな。
 その時は自分が生き延びることに精一杯だったが、
 作戦が終わって自分の部屋に戻ったとき、震えが止まらなかった」
 「その時、イザークはどうしましたか?」
 「どうしようもない。慣れるしかなかった」
 「・・・慣れる」
 「ああ、慣れてしまった」
 そう言うイザークのアイスブルーは、レイを映してはいたが見てはくれなかった。
 「怖いな」
 「え?」
 「人死に慣れる・・・なんて、お前は怖いと思わないか?」
 「でも・・・」
 「ああ。確かに兵士としては優秀だろうさ」

 先程の爆破テロのときも、イザークはまったく動じなかった。
 レイを見つけ、むやみに動かず、救援を待った。
 狙われたのが臨時評議会議員をしている自分である可能性も考え、注意も怠らなかった。
 それこそ「死」が当たり前となっている戦場をいくつも経験してきたゆえだろう。
 実際、レイが意識を取り戻してショックを受けるまで、
 イザークは隣にあったあの女性の死体に何の注意も払っていなかった。

 数分前まで生きていたはずの人を、すでにないものとして頭から排除してはいなかったか。
 

 「お前は・・・それでも軍人になるか?」
 イザークの片手がレイの前髪をそっとすくった。
 その間からアイスブルーが真っ直ぐに見返してくる。
 レイは一瞬戸惑うも、力強く頷いた。
 「はい」
 
 それ以上、二人は言葉を交わさなかった。
 
 レイはイザークに抱きついたまま顔をその胸にうずめる。
 服ごしに互いの熱を感じながら、その日は眠りについた。
 


 「食べないのか?」
 「食べてますよ」
 「サラダだけだろう。そのハムエッグも食え。ほら!」
 フォークで一口大に突き刺されたハムエッグを鼻先に突きつけられ、レイはしぶしぶ口を開ける。

 エアポートでテロに巻き込まれた次の日、
 落ち着きを取り戻した二人は部屋に食事を運んでもらい、少し遅い朝食を取っていた。
 正直レイは食欲が全くない。
 イザークはそれを分かっているだろうに、今のように無理矢理に勧めてくるのだ。

 「イザークだってほとんど何も食べてませんよ」
 「お前が食ってからだ」
 「そう言って食べないつもりですね」
 「そんなことはない」
 「だから細いんですよ。医者に増量するように言われたんでしょう?」
 「・・・なんでそんなこと知ってるんだ」
 イザークの呟きを無視し、レイは自分の皿にあったウィンナーをフォークで刺した。
 そしてお返しとばかりにイザークの顔に突き出す。
 イザークは片眉を寄せてむっとした表情を作るが、結局そのウィンナーを口に入れた。
 ちょうどその時、ニュースを伝えていたテレビが物々しい画像を映し出す。
 テロップに出されたのは、「ディゼンベル・ワンのエアポートで爆破テロ」。
 ニュースキャスターが、昨日のテロの様子を険しい表情でリポートしている。
 「結局・・・狙われたのは誰だったんでしょうか?」
 画面を見ながらぽつりと言ったレイの問いに、イザークはすぐには応えなかった。

 どうして平和になったはずのプラントでテロなど起こったのか。
 どうして自分たちが巻き込まれなくてはならなかったのか。
 どうして彼女は死ぬ必要があったのか。

 レイの中で渦巻いているのはそういうやるせない思いだ。
 それらについて答えを出すことはできる。
 でも、それはきっと理屈でしかない。
 「さっきディアッカと通信で話したんだが・・・
 どうもお忍びでカナーバ派の人間があそこを利用していたらしい」
 「カナーバ派・・・ですか?」
 「ああ。テロといえばブルーコスモスだが、今回その線はないだろうな。
 ザラ派の残党というのが有力だ」
 
 最後にキャスターは、このテロが地球軍との停戦協定に何らかの影響を与える可能性を示唆した。
 別のニュースに切り替わると、イザークにちらりと視線をやる。
 テレビの画面をにらんだままの彼は、おそらく「何らかの影響」とやらについて考えているのだろう。
 本当にテロの首謀者がザラ派なら、
 まだプラントにはナチュラル排斥の考えを持つ人間がいるということをアピールしたようなものだ。
 もともと高圧的な態度に出ている地球連合がさらに頑なになる可能性だってある。

 二人とも完全に食事の手が止まり、黙り込んでいた。
 静かだ。
 この部屋だけではない。
 ホテルの外も、とても穏やかだった。
 前日テロが起こったなどとは、にわかに信じられないくらいに。

 「血のバレンタイン・・・」
 ふと口を開いたイザークに、レイは視線だけ動かして先を促す。
 「あの事件で、母親を殺された同僚がいた。あまり、仲は良くなかったけど」
 口ではそう言ったが、イザークのアイスブルーは記憶にあるその人物を懐かしむような色を浮かべる。
 「まだアカデミーの学生で、軍人を目指していた頃だ。あの事件にみんな怒っていた。・・・俺も。
 ナチュラルなど、皆滅べばいいと。ナチュラルがいるから戦争が起こるのだと」
 「そうではないのですか?」
 ようやく口を開いたレイに、イザークはうんと曖昧に返事をした。
 「その母親を殺された同僚に聞いたことがある。『ナチュラルが憎くないのか』と」
 彼は、よく分からない、と答えたそうだ。
 本当に分かっていなかったようだが、イザークは彼が憎み切れていないのを感じ取っていた。
 「そいつは、あの事件をテレビの映像か何かで知ったらしい。だからきっと・・・」
 遠すぎたのだ。
 母親との関係は別段悪くなかったという。
 だからこそ、画面の中で起こったテロが、死体のない死が。
 遠すぎた。

 レイはイザークが言いたがっていることが何となく分かってきた。
 遠い地で、なんの実感もなく母親を殺されてしまった彼。
 彼は、憎しみすら抱けなかった。
 そして実際にテロに遭遇し、命の危機に瀕した自分たち。
 レイは、数分だけでも心を通わせた女性の死を目の当たりにした。

 憎しみ・・・。

 「まだよく、分かりません」
 自分は憎んでいるのだろうか。
 あの事件を起こした犯人を。
 無差別に人を殺した者を。
 今は人の死に直面してただ呆然としているだけで、そのうち憎しみが湧き上がってくるのだろうか。
 「憎んでは、いけませんか?」
 「いけなく、ないけど・・・」
 そこまで言葉を紡いだイザークの視線が、その先を求めて宙を彷徨う。
 レイは黙って待った。

 「憎むことは、とても疲れるから」

 怒っていい。
 忘れなくていい。
 憎むことも・・・。
 でも。
 憎しみを抱き続けていくことは、とても悲しいから。

 その言葉は、かつてイザークが誰かを激しく憎んでいたことを暗に示していた。
 一体、誰を憎んでいたのだろう。
 今は?
 もう、憎んでない?



 三日後。
 あの手この手で特権を使いまくったディアッカが(ギルバートも一枚噛んでいるらしい)、
 ようやくのことでイザークたちの元に辿り着き、迎えに来てくれた。
 シャトルは使えないので、彼が乗ってきた中型のMAで帰路に着く。
 自動の検問を突破し、プラントを出ると、息をついたディアッカが話しかけてきた。
 「ホント、事件に巻き込まれたって聞いたときは肝が冷えたぜ。お前が狙われたと思ったから」
 「ああ、俺もそう思った」
 イザークは硬い声で相槌を打つ。
 臨時評議会議員を務めるイザークが狙われた可能性は充分にあったのだが、それはすぐに否定されることになる。
 事件後すぐに犯行声明が出されたからだ。
 本当のターゲットが名指しされ、犯人側の目的・・・つまり地球連合との融和を謳う穏健派への批判も書かれていたという。
 「結局その目的の人物は軽い怪我で無事。かわりに何の関係もない人間が重軽傷。15人も死んでる」

 死・・・。

 レイがぴくりと反応する。
 その15人の中に、あの女性も入っているのだ。
 「大体あのエアポートは・・・」
 「もういい。・・・あとで、聞く」
 イザークが少し強い調子でディアッカの言葉を制する。
 ディアッカは怪訝な顔をするが、レイにはイザークが自分を気遣ってくれていることが分かった。
 「どうかした?」
 「別に・・・少し疲れた、だけだ」
 「そっか、そうだよな」
 ディアッカは肩をすくめ、操縦に専念する。
 それを見計らったかのようにイザークがレイの髪に優しく手を置いた。
 少しだけ首を傾け、イザークの肩に軽く乗せる。

 伸びた銀髪のさらさらとした感触が、頬に当たるのを感じた。
 
 

 こうして二人は自宅に戻ることができたわけだが、ゆっくりすることはできなかった。
 すでに休日は過ぎており、イザークは仕事を、レイはアカデミーを休んでいる形になっている。
 それでもイザークはレイにもう一日くらい家で休むよう言ったのだが、
 イザークが仕事に行くのに自分だけ家にいても仕方がない。
 結局アプリリウスに戻って半日後にレイはイザークのエレカでアカデミーに戻ることになった。

 イザークはエレカをアカデミーから少し離れたところに止める。
 正午の少し前、授業は始まっているだろう。
 この時間帯、アカデミー周辺は人通りが少なくなる。
 狭い路地となるとほとんど無人だ。
 助手席から降りたレイが、運転席の方に回る。
 イザークは何も言わずにドアを開け、少しだけ身を乗り出した。
 「レイ」
 「はい」
 「・・・大丈夫だな」
 「はい」
 返事をしても、レイはその場から離れない。
 黙ってイザークを見つめ続けている。
 イザークもただ見つめ返していた。

 何を言ったらいいのだろう。
 あの事件を忘れろと?
 なかったことにしろと?
 それとも、乗り越えろと?

 気が付いたときには、レイの顔が間近にあった。
 大きな空色の瞳が自分を映している。
 初めて会ったときも、このガラス玉のような瞳が印象的だった。

 綺麗だ、と思った。

 ゆっくりと、さらにレイが顔を近づける。
 イザークは。
 逆らわない。

 音もなく、唇が押し当てられた。
 一度離れ。
 また、合わさる。
 
 閉じられている互いの瞳。
 無音の空間。

 このまま、世界が終わればいいのに。
 そうすれば。

 「死」は、この上なく甘美なものになるのではなかろうか。
 


 「レイーーー!」
 「・・・!!」

 ちょうど授業が終わったところだったのだろう。
 ルームメイトのシンと廊下で鉢合わせした。
 レイの姿を見るなりシンが涙目で抱きつく。
 「レイー、良かった!怪我してない?大丈夫?」
 「・・・」
 抱きついてきたと思えば肩を掴みがくがくと揺さぶるシン。
 レイは圧倒されて言葉もない。
 「シン、やめなさいよ。レイがびっくりしてるじゃない」
 同じくレイの姿に気付いたルナマリアがやってくる。
 他の者の視線もちらちらとこちらに向けられていた。
 どうも自分があのテロに巻き込まれたことは皆に知られているらしい。
 「レイ、テロに巻き込まれたんですって?ついてないわねー」
 からかうルナマリアの口調にむっとする。
 実際死んだ人もいるというのに、この言い方は何だ?
 「俺、すごく心配で・・・レイずっと休んでたし、酷い怪我したのかと」
 レイはルナマリアを綺麗に無視し、どうやら本当に心配してくれたらしいシンの頭をなでる。
 「エアポートが使えなかったからホテルで足止めされてたんだ。
 連絡できなくて悪かったな」
 「怪我は?」
 「大したことは・・・病院にいく必要もなかったし」
 「大体あんた、ディゼンベルに何しに行ったのよ」
 また横から口を出してきたルナマリアに顔すら向けず、無視しようとする。
 しかし・・・。
 「デートでしょ?」
 「・・・は?」
 邪気のない笑顔のシンがさらりと言ったセリフに、レイはしばしフリーズする。
 一方でルナマリアが得心したようにぽん、と手を合わせた。
 「そうそう、あんた年上の彼女がいるんでしょ?もうアカデミー中の噂よ。
 お堅いレイ・ザ・バレルに銀髪美人の彼女がいるって。・・・噂広めたのはヨウランだけど」
 「年上・・・の彼女?」
 「ヨウランと一緒に見たんだ。銀髪で背が高くてすごく美人で・・・」
 「・・・」
 「なかなかやるじゃない、レイも。休んでる間、その人と一緒だったの?
 駆け落ちしたんじゃないかってヨウランがふれ回ってたわよ」
 ルナマリアが何気にすごいことを言っているのだが、それらは全てレイの頭を通り過ぎた。
 彼の中で発生した問題は、ただ一つ。
 レイは目の前で子犬のように首をかしげているシンの胸倉を、突然掴みあげた。
 「貴様ーーー、見たのか!!?」
 「え?ちょ、ちょっとレイ!?」
 普段物静かなレイが急に態度を変え、シンとルナマリアはぎょっとする。
 教官が止めに入るまでレイのちょっとした暴走は続いた。

 その後、ヨウランは卒業までレイの無言のプレッシャーに苦しみ、
 レイの前で彼の恋人の話題はもちろん、「銀髪」「年上」というワードもしばらくタブーとされたとか。


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2005/03/26