クリア 〜想い〜



 好きだよ。
 
 そう、あいつは言った。
 嘘だ、と言おうとしてやめた。
 かわりに微笑ってやると、泣きそうな顔をして抱きついてきた。

 今夜だけ、と言って縋り付くあいつを拒むことはできなかった。
 俺も、寂しかったんだろうか。
 いいや・・・。
 きっと、疲れていたんだ。
 俺も。
 あいつも。
 
 なんてことはない。
 
 そう。
 あの夜の出来事に意味なんてなかった。

 ・・・だって、あいつは裏切った。

 俺のもとから何も言わずに離れていった。
 そして、今も戻ってこない。

 なんてことはないんだ。

 たった一夜の夢。





 「アスラン、って誰ですか?」
 「・・・」
 大きな空色の瞳。

 「・・・うわぁぁぁぁっ!」

 見慣れてはいても、やはり間近にあるとかなりの迫力がある。
 思わず後ずさって、そうしたら、手を突いたところに床がなくて・・・。
 「!」
 ぐるりと反転する視界。

 「あい・・・たぁ」
 「イザーク!」
 打ち付けた肩をさすりながら体を起こす。
 どうもベッドから落ちたらしい。
 ここは・・・アパートの自分の部屋だ。
 確か昨日ディアッカに部屋まで送ってもらったのだった。
 そのままベッドで眠ってしまって。
 そして、レイが・・・。

 「大丈夫ですか?」
 レイが・・・。
 
 「何で貴様がここにいるんだーーーー!?」


 「・・・というわけで、昨日のうちにここにいたんです」
 「授業をさぼってか?」
 「一日くらい大した問題じゃありません」
 「あるわ!」
 「イザークの方が大事です」
 「恥ずかしいことを真顔で言うな!」
 「事実ですから」
 「あのなぁ・・・」
 頭痛が酷くなった気がしてイザークは頭を抱える。

 自分の記憶が間違っていなければ今日は平日。
 アカデミーは普通に授業が行われているはずだ。
 どうして朝から自分のアパートにいるのかとレイに聞いてみれば、
 寮から抜け出し、さらに今日の授業は無断欠席だという応え。
 何でまたそんな馬鹿なことをするんだと言うと、
 ディアッカから自分が熱を出したことを聞きつけ、居ても立っても居られなかったという。

 「まだ頭が痛いんですか?」
 「貴様のせいでな」
 「熱はだいぶ下がりましたね。薬は飲みますか?」
 「・・・」
 駄目だ。
 この分では自分の体調が戻るまで部屋を動かないだろう。
 普通なら首根っこを掴んで外に放り出してやるのだが、今はそんな体力などない。
 自分の体を心配してくれるのは正直ありがたい・・・。
 だがしかし、アカデミーをさぼるとなると話は別だ。
 レイをここまで連れてきたというディアッカの無神経さには腹が立った。
 「おい」
 声をかければ、ちょうど着替えを持ってきたレイがドアを閉めながら返事をする。
 「俺の携帯持って来い」
 「はあ・・・誰にかけるんですか?」
 「ディアッカだ。あの馬鹿・・・何考えてやがる!」
 一言言ってやらねば気がすまん!
 体を起こしながら悪態をつくと、携帯を差し出したレイは首をかしげる。
 お前のことだよ・・・と呆れながらディアッカの番号を探し始めた。
 その時、丁度玄関のチャイムが鳴る。
 続いて聞きなれた声に、携帯を操っていた指が止まった。
 ・・・ディアッカだ。


 「今すぐこいつを連れて帰れ!」
 「嫌です!」

 レイをびしっと指差したイザークがディアッカに向かって怒鳴れば、レイも負けじと言い返す。
 「貴様には言っていない!」
 「拒否権ぐらいあるでしょう」
 「あるわけなかろう!ここは俺の部屋だぞ!それ以前に授業をさぼるな!」
 「さっき言ったじゃないですか!イザークの方が大事です!!」
 「でかい声でそんなこと言うな!」
 「イザークの声の方が大きいですよ!!」

 部屋に招き入れられるなり始まった二人の言い合いに、ディアッカはげんなりする。
 これではまるで痴話喧嘩だ。
 「はいはーーい。ストーップ!!」
 ぱんぱんと手を叩いて言い争いを中断させる。
 アカデミー時代、アスランとイザークもこんな感じだったよなぁ、懐かしいなぁなんて思いつつ、
 仲裁するのもやっぱり自分なのかとちょっとむなしくなった。
 「近所メイワクでしょ。いい加減にしろよ」
 「しかし・・・ッ」
 「イザーク、諦めろって。こいつはてこでも動かないよ」
 「・・・」
 イザークがぎこちなく視線を動かすと、レイがディアッカの言葉を肯定するように見返してきた。
 「本当はまんざらでもないんじゃないの?優しく看病してもらえるわけだし」
 「ディアッカ!」
 「でも、助かるだろ?とにかくお前は寝ろ。それで明日中に治せ。それで解決するだろうが」
 「・・・っ」
 昨夜のことがあるので、イザークはあまり強く言えないらしい。
 イザークを黙らせるのに成功したところでディアッカはレイに向き直る。
 「明日迎えに来るまでにイザークを治すこと。一緒にアカデミーに送ってやるから」
 「イザークが治らなかったら?」
 「お前一人でアカデミーに帰れ」
 「・・・でも」
 「駄目」
 「・・・」

 結局レイも首を縦に振った。
 イザークは今の時点でだいぶ具合が良くなっているようなので、明日の復帰には問題がないと思ったからだ。

 「何だか・・・ディアッカ、手馴れてませんでしたか?」
 ディアッカが部屋を出るのを見送りながら、レイがつぶやく。
 手馴れている・・・とは先程の言い合いの中断のことだろう。
 詳しく説明するのも気の毒な気がして、イザークは曖昧に笑った。


 
 昼を過ぎると、気分もだいぶ楽になってきた。
 もう起き上がっても平気そうだ。
 だが、レイが食事をするにもテーブルを持って用意したり、
 暇だと思えばテレビのリモコンを持ってきてくれるのでイザークはベッドに座りっぱなしだった。

 やがてイザークが本を読み始めた所で、することもなくなったらしいレイはベッドの傍らに座り込んだ。
 「疲れたのか?」
 「いいえ」
 「だったらソファにでも座ればいいだろう」
 「ここでいいです」
 「・・・」
 またおかしなことを言う奴だ。
 「どうして?」
 「イザークのそばにいたい」
 「・・・」
 沈黙の中、自分の顔に熱が集まっていくのが分かった。
 やっと熱が下がったのに、なんてことをしやがる。

 イザークは息を吐くと、少し腰の位置をずらした。
 「こっちに来い」
 「・・・え?」
 「二度も言わせるな」
 「いいんですか?」
 「近くに居たいのだろう」
 もう興味がないかのように本に視線を移すと、もぞもぞとベッドの中に入ってきた。
 ちらりと見やれば、嬉しそうな表情。
 普段は無表情が多いことを知っているだけに、もったいない気がしてしまう。
 ひいき目に見ても、レイはかなりの美形だ。
 今の笑顔も、男女問わず思わず見入ってしまうほど魅力的なものなのに。
 「・・・随分と、楽しそうだな」
 呆れたように言うと、はい、と素直に返してくる。
 そのまま体重が預けられてきて。
 イザークも、体の力を抜いた。
 
 静かだった。
 何も言わず、ただ身を寄せ合っている。
 幸せ、なのかな。
 レイはぼんやりと思った。
 「幸せ」という概念自体考えたことがなかった。
 ただ、大好きなギルバートさえそばにいてくれればよかった。
 それでも・・・ギルバートが一緒のときでさえ、「幸せ」だ、と思ったことはなかった。

 初めてイザークの姿を見て、見入ってしまったときのことを思い出す。
 あの時、あの瞬間から・・・彼は「特別」だった。

 レイは、無言のままにイザークの体を抱きこんだ。
 唐突なそれに、イザークは驚いたようにこちらに顔を向ける。
 二つの青い宝石が、レイを映した。
 絡み合う吐息に眩暈がする。
 「どうした?」
 また甘えてきたのだと思ったのだろう。
 仕方ないな、という風にイザークが頭をなでてくる。
 相も変わらず自分を子ども扱いする彼に少々の苛立ちを覚えながら、
 レイは正直な気持ちを口にした。

 「セックスしたいな、と」

 「・・・は?」
 まさかレイの口から「セックス」なんてものが聞けるとは夢にも思わず、イザークは完全に固まる。
 本当に意味が分かっているのだろうか。
 会ったばかりの頃は「キスってどういうものですか?」と、きょろっとした目を瞬かせて聞いてきたくせに。
 あれから3ヶ月ほどしか経っていない。
 「は、セッ・・・!?」
 「イザークは、俺とは嫌ですか?」
 「・・・ッ」
 嫌とか、ここで問題にするのはそういうことではないだろう!

 ひとまず頭を落ち着けて、できる限り静かな声で言う。
 「その・・・念のために聞くが、貴様、セックスしたことはあるのか?」
 「女性となら」
 「あるのかよ!!」
 対してレイは相変わらず淡々とした様子だ。
 本当に、言葉の通りに欲情しているのだろうか。
 「どっちもそんなに変わらないでしょう」
 「全然違う・・・って、そうじゃなくて!貴様、まだ15だろうが!このマセガキ!」
 「まあギルと一緒に暮らす前ですけど」
 「・・・どういう生活してたんだ」
 「聞きたいですか?」
 「いや、やめとく」
 どうも自分はこの少年を誤解していたらしい。
 純情に見えたのは・・・いや、純情でないとは言わないけれども、
 とにかく子供に見えていたのはあの無表情のせいだったのだろう。
 考え直してみれば、突然自分に抱きついたりキスをしたりとこちらを驚かせる行動はいくつもあった。
 それらをイザークが都合のいいように解釈していただけなのかもしれない。
 
 そんなことを考えていると、今度はレイが窺うように口を開く。
 「そういうイザークは?」
 セックスの経験か。
 思わず眉をひそめて黙り込んでしまった。
 「あるんですね?」
 「あ、当たり前だ。俺の方が貴様より年上だぞ」
 「ちなみにどちらと?」
 「・・・両方」
 嘘ではない。
 厳密に言うと、女と一回、男と一回。
 「経験」と断言するには少し不安があるが、年下のレイの手前、それをはっきり言うのは憚られた。

 イザークの応えにレイは一瞬眉を寄せるのものの、「分かりました」と一言つぶやいた。
 何が分かったのかとイザークは怪訝な顔をする。
 すると、レイは無言のままにイザークの服に手をかけた。
 「ま、待て待て待て待て待て!!!」
 「なんですか?」
 イザークが慌ててその手を掴むと、レイはきょとんとした顔をする。
 不思議そうに首をかしげるその様子に、イザークは泣きそうになった。
 「俺は貴様とやりたいなんて一言も言ってないぞ」
 「この状態で何言ってるんです」
 レイがずいっと体を押し付けてきた。
 思わずどきりとしてしまう。
 体が、熱い。

 再び、先程よりやや乱暴に口付けられる。
 もう、拒めなかった。
 だが、酷く嫌な予感がして行為を始めようとするレイの手を押しとどめる。
 「レ、レイ」
 「はい?」
 「その・・・俺が上をやった方がよくないか?」
 ベッドに押し倒され、馬乗りになられて服をむかれる・・・。
 これではイザークが女性役だ。
 しかしレイはますます目を丸くするばかりだった。
 「どうして?」
 「どうしてって・・・一応経験はあるわけだし、その、俺の方が背が高いだろう」
 「背の高さなんて関係ありません」
 イザークの顔が引きつる。
 やっぱり嫌だ。
 ベッドの上で後ずさろうとしたが、背中に手を回したレイが阻止した。
 「だから待てって・・・んんっ!」
 そのまま引き寄せられ、唇を奪われる。
 舌まで滑り込まされ、イザークは硬直した。
 今までとは、違う。
 「・・・はぁっ、レイ!」
 「諦めて抱かれてくださいよ!」
 レイもいらついて来たのかイザークを押さえつける仕草がさらに乱暴になってきている。
 「お前、どうした?」
 「何がですか?」
 「おかしい」
 「別に、普通です」
 「・・・」
 「変わったとしたら、あなたのせいです」
 「俺?」
 「俺は・・・何にも、誰にも興味は持てなかったんです。
 誰かを抱いているときもどこか冷めていた」
 
 ―――それは何にも興味を示そうとしないから・・・。

 それはギルバートから聞いたことだ。
 でも、自分と会ったときのレイは違ったと。
 「俺を助けてくれたギルはもちろん好きです。でも、俺を変えたのはあなただ」
  
 ―――君を見たレイが、私以外の人間に初めて興味を示したんだ。

 見返してくる空色の瞳は、とても真摯だった。


注:危険域(18禁)


 
 「ディアッカが来たら帰れ」
 
 目を覚ましたイザークの、開口一番がこれだった。
 レイはあからさまに口を尖らせる。
 「イザークはまだ起きれないでしょう」
 「誰のせいだ!」
 飛んできた枕を眼前で受け止める。
 しかしそれが死角になり、すぐ次に飛んできた携帯まで裂けきれず、額に直撃した。
 「いた・・・ッ!な、・・・なんてことするんです!」
 額を押さえながら涙目で訴えるが、イザークはふんと鼻を鳴らしただけだった。

 もうすぐ日にちが変わろうかという時刻。
 レイと体を重ねたイザークは再び熱を発していた。
 もしかしたら、明日起き上がるのは無理かもしれない。
 振り払おうとするイザークの手を押しのけ、レイはその額に手のひらを乗せた。
 熱い。
 「下がりませんね・・・」
 「・・・」
 「すみません」
 「謝るな」
 熱っぽい瞳でにらまれた。
 それが先程の情事を思い起こし、気持ちが高ぶるのだが、ここまでぐったりされているとレイも手は出せない。

 取り替えたシャツの襟元からは自分がつけた赤い鬱積がいくつか散り、目元は赤く腫れている。
 噛み締めていたのか、唇は少しだけ切れていた。
 分かっていた。
 自分は良くても、相手にはかなりの負担なのだ。
 しかもイザークは病み上がりだったというのに。
 この美しい人を手に入れたことを後悔はしないが、こんなつらい思いをさせたかったわけではない。

 レイの感情が顔に出たのだろう、イザークが困ったように視線を泳がせた。
 「おい」
 「・・・はい」
 「貴様は朝までそこに突っ立っているつもりか?」
 「え?」
 イザークは先程と同じようにベッドの隅に寄った。
 「あの・・・入っても?」
 そのために空けてやったんだろうが。
 これ以上声を出すのが面倒になってきて、背中を向ける。
 たっぷり3分はかかって、レイがベッドの中に入ってくる気配がした。
 「・・・イザーク」
 「今度は何だ」
 「キスしてください」
 「却下」
 「じゃあせめてこっち向いてください」
 「面倒くさい」
 ぴしゃりと返すと、沈黙が訪れる。
 気まずくなり、仕方なく体を反転させた。
 レイが大きな目でこちらを窺い見ている。
 「怒ってます?」
 「少しな」
 「嫌いになりましたか?」
 「そんなこと聞くくらいならするな」
 「・・・これでも2ヶ月我慢したんです」
 憮然としたようなその口調。
 こめかみの辺りにつんとした痛みを感じた。
 こいつは・・・2ヶ月も前から発情してたってのか?
 「俺は・・・もぐっ」
 「もういい。黙れ」
 さらに言葉を紡ごうとするレイの口を手のひらでふさぐ。
 これ以上付き合ってられない。
 レイは大人しく口を閉じたが、すがるような目で見返してくるのは変わらない。
 黙って手を伸ばし、その体を腕に包んでやった。

 2週間前、人の死を悲しみ泣き出したレイを、抱きしめて眠った夜を思い出す。
 愛しい、と思った。
 
 
 

 「レイ、何だかご機嫌だね」
 「そうか?」
 「顔がにやけてるよ」
 シンにじとっとした目で指摘され、レイは慌てて口元を押さえた。
 「いいよなぁ、レイは。授業さぼっても怒られないんだもん」
 「ちゃんと説教されたぞ」
 「あんなの説教のうちに入らないよ。俺とかヴィーノとかヨウランなんかがさぼったらあんなんじゃ済まないよ」
 「・・・普段の態度の差じゃないか」
 「レイはいい子ぶりっ子なんだ」
 「・・・否定はしない」
 嫌味たっぷりの口調で攻撃してくるシンに、涼しい顔で答える。
 こいつの嫌味などかわいいものだ。
 アカデミーに戻るなり無断欠席を注意してきた教官の説教も苦にならなかった。

 今のレイに気にかかることがあるとすれば、イザークの体だ。
 今朝になってぎりぎりで熱が下がったイザークは、結局軋む体に鞭打って仕事に行ってしまった。
 どうしてもはずせない会議があったという。
 ディアッカがついているからあまり無理はしないと思うが。
 ・・・そう、それともう一つがディアッカだ。
 昨夜のことをイザークは隠そうとするだろうが、自分とは違って何でも顔に出る人だ。
 ディアッカは自分たちのことをすぐに察するかもしれない。
 ・・・いや、もしかしたら今朝の時点で気付いてしまったかも。
 なんともないように振舞っていたつもりなのに、自分たちを不審げな目で見ていた彼を思い出す。
 レイが思っている以上に勘がいいらしい。

 ―――まあ、何とかなるか。

 仮に気付かれたとしても、邪魔さえしてくれなければレイには関係ない。
 イザークは荒れるだろうけれども。


 そしてレイは、最後の問題として・・・。
 ギルバートにはやはり隠した方がいいんだろうかと頭を悩ませ始めていた。

 

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2005/04/11