イブニング 〜過去〜



 ああ、会ってしまった、と思った。

 別に予期できていなかったわけではない。
 でも自分のほかにも議員は大勢いたし、
 英雄ともてはやされる彼女が自分など気にかける余裕などないのでは、と期待していたのだ。
 しかし、金髪の姫君はイザークの期待を見事なまでに裏切った。
 ディアッカあたりから自分のことを聞いていたのかもしれない。
 名乗った覚えはないのに、他の議員たちを差し置いてイザークに歩み寄ってきたのだ。
 「イザーク?イザーク・ジュール?」
 「・・・はい。アスハ代表」
 イザークは丁寧に礼をする。
 それを見たカガリが、はっとした様子で礼を返してきた。

 17歳になったばかりの、幼すぎる国家元首。
 カガリ・ユラ・アスハは独立を回復したオーブの元首を努める一方、
 連合、プラント間を奔走しているらしい。
 今回の会談もオーブ側からの申し出だ。
 新議長ギルバート・デュランダルのもと、プラントは新しい一歩を踏み出そうとしていた。
 混乱を極めていた政局の整理、疲弊した資源の確保、そして軍備の増強、開発。
 それを聞きつけたオーブ・・・いや、カガリがその軍備についてプラントと話し合いをしたい、とのことだった。
 イザークは、すでにザフトに復隊することが決まっている。
 正式な復帰は一週間後。
 議長が変わったといっても、今はまだ臨時議員と新議員が混在し、仕事の引継ぎをしている最中だ。
 今回は、臨時議員最後の仕事としてギルバートに同行した。


 会談の場が持たれたのは、プラントのユニウス市。
 前大戦の引き金となった「血のバレンタイン」が起こったのはこの市の一つであり、
 先日の終戦条約「ユニウス条約」が結ばれたのもここだ。
 まずはギルバート主催のもと、死者の冥福を祈ることから始まった。
 その後会議の場に移動するときになって、カガリはイザークに声をかけてきたのだった。

 「アスハ代表はジュール議員とお知り合いなのですか?」
 声に目を向ければ、柔和な笑みを浮かべたギルバートが歩み寄ってくる。
 対して笑顔を浮かべていたカガリは僅かに顔をこわばらせた。
 「ええと・・・その・・・」
 「共通の友人を持っておりますので」
 「そ、そうです」
 イザークが静かな口調で言うと、カガリも少し上ずった声で同調する。
 「共通の友人」はディアッカのつもりで言ったのだが、彼女はどうとっただろうか。
 「国は違えども、お二人ともヤキン・ドゥーエの英雄ですからね。いろいろ話したいこともおありでしょう」
 「・・・」
 返答に窮したのか、カガリが少し視線を泳がせた。

 その何気ない仕草と大きな琥珀色の瞳が子供っぽさを強調させている。
 政治の世界に足を踏み入れたばかりのこの少女に、イザークは同情に近いものを感じていた。
 オーブの元首になったということはそれなりの覚悟があったのだろうが、それにしても条件がいいとは思えない。
 他の政治家から見ればいいお飾りだろう。
 彼女もそれを自覚しており、だからこそこういう会合を持つことに躍起になっているのだろうが、
 ギルバートのあの態度を見る限り、空回りに終わることは間違いない。

 先を歩き出したギルバートの後姿を見ながらカガリを促す。
 横に並んで他の議員の後に続いた。
 「私・・・その、ずっとお礼が言いたかったんだ」
 「は?」
 「ヤキン・ドゥーエで助けてもらった」
 「・・・はい」
 そのあたりのことはディアッカから聞いていた。
 「どうもありがとう」
 「いえ・・・」
 短く答えると、カガリは周りを見ながら首を僅かにこちらに寄せる。
 何か自分だけに言いたいことがあるのだということを感じ取り、イザークもさりげなく耳を寄せた。
 彼女は少しだけ声のトーンを落とす。
 「実は、アスランが一緒に来てて・・・」
 「・・・!」
 「あなたに会いたがっているんだけど。そう伝えて欲しいって」
 歩みこそ止めなかったが、イザークは口を僅かに開けたまま言葉を喉に張り付かせた。

 アスランが、来ている。

 今まで目を背けて続けていたものを突きつけられていたような。
 なんだか、死刑宣告を受けたような気分だった。
 



 「話ならここで聞くが」
 ドアに手をかけ、中に通すまいと体で主張する。
 彼は僅かに苦笑した。
 曖昧な笑みは変わっていない。
 最後に会ってから1年近く経っているのだから多少は成長しているかと思ったが、
 覚えがあるときより少し背が伸びたくらいだ。
 「中に入れてくれないかな」
 「貴様はアスハ代表のボディーガードじゃなかったのか?」
 「SPは他にもいるし、彼女の許可はちゃんと取ってある。・・・入れてくれよ」
 「嫌だ。理由がない」
 なおも言い張ると、彼は無言のままその緑色の瞳を向けてくる。
 「・・・なんだ?」
 「髪、伸びたね」
 「・・・」
 
 と、ホテルのボーイがこちらを見ているのに気付く。
 イザークはため息をつくと前髪をかきあげた。
 そしてドアを開けたまま踵を返して部屋に戻る。
 
 後に続いた彼がドアを閉める音が、やけに大きく感じた。



 アスラン・ザラをどう思う?と聞かれれば、大嫌いだ、と答えるだろう。
 どこが?と聞かれれば、全部だ、と答える。
 嫌いだ、とは何度も言ってやったし、彼の方も自分をそう思っているはずだった。
 それとも・・・。
 忘れてしまったのだろうか。
 そうかもしれない。
 都合の悪いことは忘れ、何でも自分の言いように解釈するのがこのアスラン・ザラという男だ。


 「カガリはどうだった?」
 勧めたわけでもないのに勝手にソファに座ったアスランは、開口一番そう言った。
 会談でのカガリの様子を聞きに来たのか、と少し安心する。
 「彼女は何も言っていなかったのか?」
 「全然駄目だった、はぐらかされた、とは言ってたよ」
 先程終了したデュランダルとの会談。
 先の戦争の際にプラントに亡命した人々によってオーブの技術が流出している、
 やめて欲しいと訴えたカガリだが、それは徒労のままに終わった。
 「はぐらかされた」というのはあまり適切な表現ではない。
 移住者が、新たな生活を得るために持てるものを行使するのは当然のことだ。
 デュランダルは「正論」で、説得に来たカガリを説得してしまった。
 別にカガリに非があるわけではない。
 相手が悪すぎるし、この問題は彼女一人がどうこうできるものではないのだ。
 「落ち込んでたか?」
 「少しね」
 「俺は・・・彼女に政治はまだ早いと思う」
 「それは誰もが思ってることだ。彼女自身も分かってる」
 「・・・貴様が支えてやれ」
 「・・・」
 アスランが、息をのんだ。
 「助けてやれ。彼女には貴様が必要なんだろう」
 「・・・」
 「今彼女は落ち込んでいるんだろ?ならこんな所で油を売ってないでさっさと帰れ。慰めてやるんだ」
 「・・・」
 アスランは、無言のまま動かなかった。
 信じられない、という表情でイザークを見ている。
 そんな顔などすることないのに・・・。
 彼は、行くべきところに行けばいいのだ。
 「彼女を愛してるなら・・・」
 「やめろ!」
 突然声を張り上げたアスランに、イザークはびくりと肩を揺らした。
 アスランは表情を一変させ、ものすごい目つきでイザークをにらんでいる。
 そんな彼にイザークは戸惑った。
 何に対して怒っているのか分からない。
 「アスラン?」
 「どうしてそんなこと言うんだ?どうして俺が好きな人をイザークが勝手に決めるんだよ!?」
 「な、勝手にって・・・」
 「カガリは大切な人だけど・・・俺が好きなのは・・・」
 「アスラン!」
 思わず叫んでいた。
 そうじゃない。
 こんなの、おかしい。
 「好きだって行ったじゃないか!あの時」
 「ち・・・が・・・」
 「違わない!」
 アスランが身を乗り出す。
 振り払おうとしたが、逆に腕を掴まれた。
 「俺は、君が」
 「違う!やめ・・・」

 ぱんっ。

 小気味良い音がした。
 一瞬視界が白くなり、イザークは呆然とする。
 頬が、焼けたような感覚。
 アスランに平手を打たれたということを理解するのに時間がかかった。
 ぎくしゃく、と。
 ぎこちなく視線を戻す。
 緑色の瞳には、今まで見たことのない怒り。
 背中にぞっとするものを感じる。
 足が震えた。
 「あ・・・す・・・」
 名前を呼ぼうとした、が。
 ぱんっ、と今度は逆の頬を叩かれる。
 と同時に肩を掴まれ、ソファの上へと押し倒された。
 全体重を使って押さえつけられ、息が詰まる。
 服に手がかかり、乱暴にボタンを引きちぎられた。
 抵抗しようとするのだが、アスランの力は予想以上に強い。
 「や、やめろ!」
 声を上げるが、再び顔を殴られた。
 二、三度殴られた所で完全に脱力する。
 上に乗りかかり、無言のまま行為に没頭しようとするアスランの顔を見つめた。

 怒っているように見える。
 泣いているようにも見える。
 ・・・もしかしたら、そのどちらでもないのかもしれない。
 何も感じていないのかもしれない。

 あの時と同じだ。
 この男にはいつも余裕がない。
 地球のカーペンタリアで、一人になるのは耐えられないと体を求めてきたアスラン。
 イザークを抱きながら、「好きだよ」なんて。

 なんて自分勝手な奴だろう。

 都合のいいときだけ自分を利用して、ザフトを捨てたくせに。
 今だって、戻ってこようと思えば戻ってこれるはずだ。
 それをしないくせに、どうしてイザークにまた「好きだ」なんて言えるのだろう。
 イザークを抱くことができるのだろう。
 自分を好きなはずがない。
 それを言ってやれば、人が変わったように殴りつけるし・・・。


 「何なんだ・・・貴様は」
 いつの間にか、涙が溢れていた。
 ・・・きっと、悔し涙だ。
 体の中に痛いほどのアスランの熱を感じながら、視線をそらす。
 
 
 
 ふと、レイの姿が目に浮かんだ。
 
 会いたい・・・。
 そう、思った。



BACK / NEXT

2005/05/05