イブニング 〜還る場所〜



 嵐のような時間が過ぎ去った後。
 目を覚ますと、イザークはベッドの中にいた。
 気を失った自分をアスランが運んだのだろう。
 そのアスランはベッドの端に腰掛けていたのだが、先程の激情はどこへやらすっかりしょげ返っている。
 こんなところまで1年前と同じだ。
 呆れてため息をついた。
 するとアスランがこちらに視線だけ向けて口を開く。
 「恋人・・・いるのか?」
 「なんだ、いきなり」
 自分を抱きながら、前にはなかったものを感じたのだろうか。
 一瞬レイのことを「恋人」と判断してよいものかイザークは迷ったが、体を重ねている事実に間違いはない。

 「いたら悪いのか?」
 「いや・・・でも、意外で」
 「悪かったな」
 額に張り付いた髪を払おうとして、ようやくイザークは自分の頬が腫れていることに気が付いた。
 顔が変わるほどではないだろうが、かなり熱を持っている。
 きっと赤くなっているのだろう。
 「・・・ごめん」
 気付いたアスランが、手の甲で頬に触れた。
 謝るくらいなら最初からするな、と言いたいところだが、この男の前では全く無意味な気がしてきた。

 「どんな人?」
 「は?」
 「イザークの恋人」
 「・・・」
 返答に窮する。
 別にレイとのことを後ろめたく思っているわけではないのだが・・・。
 「恋人」とはっきり認識するのは何だか気恥ずかしいし、
 考えてみれば自分から「好きだ」なんて言ってやったことがない。

 「その、まさかとは思うけど・・・ディアッカ?」
 「断じて違う」
 「優しい?」
 「まあ、そうかも」
 「髪伸ばしたのは恋人に言われたから?」
 「・・・それは関係ない」
 「そう、か」
 「・・・アスラン」
 「好きだって思ってたの、俺だけかな」
 「・・・」
 その通りだ、と言って突き放してやりたかった。
 だか、それではこの男は納得しないだろう。

 「あのな、アスラン」
 軋む体に鞭打ち、ベッドから体を起こす。
 「俺は軍に戻る」
 アスランの表情は崩れない。
 予想していたことだったのだろう。
 「俺はプラントを離れない。したがってザフトも裏切れない。だからお前とは・・・」
 「俺とイザークのことだ。ザフトは関係ないだろう」
 「・・・本気でそう思っているのか?」
 そう言っている間にも、アスランの手はすっかり長くなったイザークの銀髪をもてあそんでいた。
 振り払わずにいると、彼が顔を近づけてくる。
 ゆるゆと探るような口付けを、黙って受け入れた。
 しかし、唇が離れると同時に言い放つ。

 「俺は、お前を撃てるぞ」

 ぎくり、とアスランの体が揺れた。
 かまうことなく言葉を続ける。
 「お前とプラントなら、プラントを取る。お前を殺せる」
 「命令されれば?」
 「そうじゃない。お前がプラントに銃を向ければだ。それがたとえ『正義』のためでも」
 「俺はそんなことしない!するはず・・・ないだろう」
 「しかし、お前はオーブの・・・別の国の人間だ。そんなことがありえないとはかぎらないだろう」

 実際、アスランは・・・ディアッカですらザフトに敵対した。
 その選択は、きっと間違っていない。
 彼らが所属したクライン派の活躍によって戦争は最悪の結果を回避できたのだから。
 それでも、イザークには彼らのような選択はできない。
 「俺はお前と一緒にいられない」
 彼がオーブで得たものを全て捨て、プラントに戻ってくるというのならまた話は違う。
 しかし、アスランはそれをしない。
 プラントを嫌っているわけではないだろうが、もう戻れない、そう決定付けてしまっている。
 そしてそんな曖昧な彼と曖昧な関係を続けることは、イザークの気性が許さない。
 
 アスランの体が再び覆いかぶさってきた。
 今度こそ、彼は泣いていた。
 でも、その涙もすぐに乾くだろう。
 今の彼にはオーブにこそ居場所がある。
 共に戦った友人と、彼に恋しているかわいい姫君。
 プラントより大事なそれらが・・・。




 どうしてこう・・・タイミングが悪いのだろうか。
 イザークはため息をぐっと飲み込んで目の前に座り込んでいる人物をにらんだ。
 ドアにもたれかかるようにしてうずくまっていた彼は、気配に気付いて顔を上げる。
 うとうとしていたのか、しばらくぼうっとしていたが、やがてその顔に笑みを浮かべた。
 「イザーク!」
 「・・・レイ、どうしてここにいる?」
 また寮を抜け出してきたのか。
 言外にそう尋ねると、レイは憮然とした顔をした。
 「明日は講義がないんです。ちゃんと外泊届けを出してきましたよ」
 「・・・だからって」
 ここはイザークがアプリリウス市に借りているアパートではない。
 マティウス市の、以前レイと同居していた自宅だ。
 議員の職について以来ほとんどこの家には戻っていないのに、どうしてイザークがここに来ると分かったのだろうか。
 「最初はアパートの方に行ったんですけど・・・ギルに連絡したら多分ここだろうって」
 「・・・」
 余計なことを・・・。
 「イザーク?」
 「・・・どうして中に入らなかった?鍵を持っているだろう?」
 「ええ。でも開きませんでしたよ」
 言われてはっとする。
 そうだ、鍵を付け替えたのだった。
 「すまない」
 「いいえ。別に今来たところですし・・・その、入っていいですよね?」
 「当たり前だ」
 もう辺りは暗いのに、このまま放り出すことなどできようはずもない。
 イザークはドアを開けようと鍵を取り出し、前へ進み出た。
 その時、玄関の弱い灯りにイザークの顔が照らされる。
 映し出された顔が僅かに腫れていることに気付き、レイが怪訝な顔をした。
 今までは辺りが暗くてよく分からなかったのだ。
 「イザーク・・・その顔」
 イザークはレイの問いには応えずにドアを開けた。
 そして家の中へと踏み込む。

 殴られた顔は冷やしたのだが、一日経ってもやはり腫れが残ってしまった。
 追求されるのが嫌で、レイと顔を合わせたくなかった。
 だからわざわざアパートではなく自宅に戻ってきたのに・・・。
 
 「イザーク!待ってください!!」
 慌てながらもレイはきちんとドアの鍵をかけ、早足でイザークの後を追う。
 そしてリビングに入ったイザークの袖を掴んだ。
 「どうして?何があったんですか?」
 「・・・」
 詰問するレイを見るイザークは、また背が伸びたんだな、などとのん気なことを思った。
 袖をつかまれたまま、ソファに腰を下ろす。
 レイはそのまま立っていた。


 「イザー・・・」
 「昔の」
 「・・・」
 「昔の、知り合いに・・・会った」
 そのまま、イザークは下を向いて頭を傾ける。
 かがんだレイが、抱き込むようにそれを受け止めた。
 その時、さらりと肩を滑った銀髪の合間から白い肌が覗く。
 そこにはっきりと残る赤い痕・・・。
 レイは顔をこわばらせた。
 「イザーク・・・」
 「あ・・・いたくなかっ・・・た」
 体が震えている。
 怖かった?
 いいや、泣いているのか。
 そんなに、思い出すのがつらい相手だったのか。

 手の力を僅かに強めると、イザークの腕がおずおずとレイの背中に回された。
 しかし、それは組まれる前に下に落ちてしまう。
 それを感じたレイが少し体を離し、イザークと視線を合わせた。
 アイスブルーの瞳がわずかに潤んでいる。

 そこにいるイザークは、あまりに儚かった。

 たとえどんな逆境に置かれても、彼の瞳は揺らぐことはないと思っていた。
 絶対の存在だと思っていた。
 なのに、今のこの彼はとてもひどく脆いものに見えたのだ。

 思わずレイは、その体を抱きしめた。
 一瞬イザークの体がびくりと震え、そして脱力する。
 そして今度こそ。
 イザークの腕がレイの背中に回された。
 「レ・・・イ・・・」
 抱き合ったまま、口付けを交わす。
 
 まるでそうすることが当然であるように。
 二人は床の上に身を投げ出し、行為になだれ込んでいた。
 
 


 情事のあと。
 気だるい体をベッドにうずめ、イザークが天井を仰ぐ。
 「髪・・・切る」
 シーツに包まったままぽつりとつぶやくと、隣のレイが泣きそうな顔をした。
 「何でですか?長い方がいいです」
 「・・・切った方がいいと思う。軍に戻るし」
 「軍人でも長い人いますよ。別に規則があるわけじゃないでしょう?」
 「そんな世界が終わったような顔するなよ」
 呆れた声で言えば、レイが名残惜しそうに髪に手を伸ばしてきた。
 半年以上全く手をつけていなかったので、もう肩を過ぎるまでになっている。
 「好きなのに・・・」
 「髪が?」
 「髪も、です」
 ふっ、と笑えばついばむようなキスをしてくる。
 「レイ・・・その」
 「はい?」
 「疲れてるか?」
 「いいえ、全然」
 そうだろう。
 すこぶる元気に見える。
 「じゃあ、あの・・・」
 「?」
 「もう一度・・・」
 「・・・」
 一瞬レイは何のことかさっぱり分からなかった。
 しかし耳まで真っ赤にして視線をそらしているイザークに、ようやく言われたことを理解する。
 無言のまま凝視してくるレイに、イザークは居心地が悪くなり、寝返りを打った。
 「悪い・・・。嫌なら・・・」
 「い、嫌じゃないです!全然!!」
 呆けていたレイが、慌ててイザークの背中を抱きこんだ。
 「すみません。その・・・今まで俺だけががっついているような気がしてたんで」
 「・・・」
 いや、独りでがっついていただろう。
 そう言おうとしたが、レイが首筋に顔をうずめてきた。
 優しくて、それでいて甘えるようなキス。
 「彼」とは違う。

 自分から甘えるのもたまにはいいか、と思いながら、イザークはゆっくり瞳を閉じた。
 
 


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2005/05/05