ロゼッタストーン (中編) 〜シークレットトーク〜





 「・・・イザーク?」

 回線から聞こえた、声。
 細く消え入りそうなそれが、レイの心を激しく揺さぶった。
 頭の中でアラートが鳴る。

 アスラン・ザラ。

 目障りだ・・・と、思った。




 


 落ちていく。
 機体が重く、自由があまり利かない。
 数分後には大気圏に突入するのだろう。
 もう艦に戻らなければ。

 にも関わらず、レイはメインカメラに映し出される青い機体をじっと見つめていた。
 それはゆっくりとこちらに近づいてくる。
 ・・・いや、その表現は正しくない。
 これからレイはミネルバと共に地球へと降り、そして彼は宇宙へ還る。
 
 すれ違う。

 機体と機体がすれ違うまでが、やけにゆっくり感じた。
 と、ふいにウィンドウの上にある通信カメラが像を結んだ。
 
 「・・・イザーク」

 白いパイロットスーツに身を包んだイザークの顔。
 小さなその画面に視線を移し、見入る。
 白皙を彩る蒼い瞳が、心なしか熱っぽい気がした。






 「あの子をどう思う?」

 ギルバートの問いかけに、イザークは僅かに目を細めた。
 「どう・・・とは?」
 「誰かに似ているとは思わないかね?」
 「・・・さあ、思いつきません」

 ティーを差し出されると、彼は無言で向かいに座るよう促した。
 ここはボルテールの隊長室で本来ならイザークの部屋であるのだが、
 一軍人が何の許可も無しに最高評議会議長の前で腰を降ろすわけにはいかない。
 短く礼を言ってから椅子に座る。

 するとギルバートは、わざとらしく視線を遠くに向けるようにしてから話し出した。
 「あの子は成長するたびに『彼』に似てくる・・・いいや、『彼』そのものになっていく。
 私はそう感じてならないよ。最近では特にね」
 「レイはレイです」
 「・・・そうだろうか」

 意味深な口調のギルバートに、冷めた視線を向ける。
 プラントに帰れば今回のユニウスセブン落下に関する後処理と外交で大変なことになるだろうに・・・
 呑気なものだ。

 「『彼』とは誰だ、とは聞かないんだね」
 「レイはレイです。俺にはそれでいい」
 「そう言い切れるのは君が何も知らないからだ」
 「・・・私が、レイの何を知らないと?」
 「全てだよ。存在そのものさ」
 「・・・存在」
 「『彼』はレイにとって特別でね。だから『彼』がいなくなってしまった時、あの子は酷く不安定だった。
 悪い遊びも覚えたようだ」
 そう言ってからかうようにちらりとイザークに視線をやる。
 レイとの関係は分かっているぞ、と。
 そういうことか。
 「だから一度忘れさせたんだ」
 「は・・・?」
 「すぐに失敗だったと気付いたがね」
 「ちょ、ちょっと待ってください!忘れさせたって・・・ッッ」
 訳が分からないといった様子で聞き返すイザークに、ギルバートの笑みが深くなる。
 背中にぞっとしたものが走り、反射的に口を閉ざしてしまった。
 「覚えているかい?君とレイが初めて会ったばかりの頃を。
 あの子は喜びも、希望も、怒りも、嫉妬も、憎しみも・・・何も知らない真っ白な子供だった」
 「そんな、こと・・・」
 「君には感謝しているんだ」
 「感謝?」
 「レイを預かってくれたことさ。あの判断は大正解だった」
 「・・・」
 何と答えて良いものか分からず押し黙るイザーク。
 と、ギルバートはテーブルに手をついて身を乗り出した。
 ゆっくりと、接吻しそうな距離までイザークと顔を接近させる。

 「レイは君に出会い、行動をともにした。
 そして時間が経つほどにどんどん『彼』になっていく。私はそれが嬉しいよ」

 違う。
 それは違う。
 何をもって「違う」のかイザーク自身にも分からなかったが、とにかくたまらなくなった。
 ギルバートの口調はまるで、レイの存在自体を否定しているようではないか。
 そんなことだけはありえない。
 あるはずがない。

 「議長、あなたは・・・・・・ぅ!」
 言いかけたイザークの唇が唇でふさがれる。
 しかしそれはぶつかるほどに一瞬で、すぐに離された。
 琥珀と蒼の瞳がしばし視線を絡めあい、しばしの沈黙が訪れる。

 そして。

 「あなたは・・・レイに何をする気ですか?」
 震える声を抑えながら問いかけたイザークにギルバートは表情を崩さなかった。
 「さあ・・・言っている意味が分からないな」
 イザークの頭にかっと血が昇る。
 相手がギルバートでなかったら間違いなく掴みかかっていただろう。
 「何をする気なんだ!!?」

 幼かったレイに。
 優しいレイに。
 やきもち妬きのレイに。
 自分を好きだと言ってくれるレイに。
 
 今の目の前の存在が恐ろしくて仕方なくなった。
 レイを・・・どこか遠くに連れ去ってしまう気がして。
 
 遠くに。

 先程のコクピットの中で見た、通信ウィンドウの中の少年の姿が鮮明に蘇る。
 今にも泣き出しそうな、不安に揺れる瞳。
 彼は今・・・この宇宙を隔てた青い星にいる。
 ずっと、ずっと遠く。



 それが、とても。
 怖い。



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2005/10/27