ロゼッタストーン (後編) 〜地球〜




 視界に広がるのは鉛色の空と暗青色の海原。
 強い磯の匂いと湿気による不快感。

 キライ。

 それが太平洋を眺めるレイが、最初に地球へと抱いた感想。 
 いや、不快の原因はこの重苦しさだけなのか?
 もっと他にある気がする。
 自分の中の、奥深く。
 胸がじくじくする、もどかしさ。
 頭の隅で、何かがひらひらと横切っては消える。
 その影を、後一歩で掴みかけた、その時。

 怒声が、響き渡った。

 続く周囲のざわめきに、レイは無意識に思考を停止する。
 声の方へと目をやれば、甲板の上でシンがあのオーブの代表になにやら怒鳴り散らしていた。
 今度は何だというのだろう。
 単にシンが突っかかっているだけか、あの世間知らずの姫君がまた余計なことを言ったのか。
 ぼんやりそう考えながら見回せば、あることに気付く。
 ボディーガードとかいうあの男の姿がない。
 ナチュラルの小娘をこんなコーディネーターばかりの場所に置き去りにして何をやっているのだろう。
 それとも口論の原因こそが彼だったのか。

 ―――アスラン・ザラ。

 シンはルナマリア同様、彼に随分興味があるようだ。
 先程も、身を挺して彼を助けた。
 最後までユニウス・セブンの破砕を諦めなかった彼に多少の共感を抱いたらしい。
 レイからしてみれば本当に余計なことをしてくれた。
 あのまま見捨てていれば・・・。
 そうすれば。

 髪をなぶる潮風のうっとおしさを気にもさせないほどにレイの心を満たしていたのは。
 やはり最後に見たイザークの顔だった。
 
 


 ちょっといいかな。

 ためらいがちな声をかけられ振り返る。
 アスラン・ザラが立っていた。
 途端に苛立ちが募るも、レイはそれをおくびにも出さず敬礼する。
 「何か御用でしょうか」
 機械的な声を出すレイに、アスランは一瞬言いよどむ。
 そして視線を彷徨わせながら口を開いた。
 「君が、イザークと一緒に住んでいたと聞いたから・・・」
 ぴくんっ、と眉がつりあがった。
 こいつ・・・!
 「どうして、それを?」
 「あの赤服の女の子に聞いたんだ」
 ルナマリアめ・・・。
 内心で舌打ちする。
 彼女のことだ、何とかアスランとの距離を縮めようと彼の同僚だったイザークのことを引き合いに出したのだろう。

 余計なことを、と忌々しく思うも、
 目の前の陰湿な顔を眺めるうち、ふと奇妙な優越感が沸き起こった。
 そうだ。
 自分はこの男が知らない彼を知っている。
 誰よりも深い所で。

 「イザークは・・・その・・・」
 元気なのか、とでも続けようとしたのだろう。
 だが先程宇宙での彼の怒鳴り声を耳にすれば無用の質問だ。
 冷笑を浮かべながら、レイは口を開いた。
 「ええ。とてもお元気ですよ」
 アスランがはっとしたように顔を上げる。
 「仕事にもやりがいを感じておられるようで」
 「そ、そう・・・」
 「部下の方々からもとても慕われています。何せ『プラントのために』最前線で戦った英雄ですから」

 裏切り者の、あなたとは違って・・・。

 「あ、ああ。そうだね」
 「私にもとても良くして下さいました。ご存知ですか、ジュール隊長は結構料理が上手なんですよ」
 「・・・あ、いや」
 「ご存知ですよね、アカデミーでも一緒だったと窺っていますし」
 「うん、まあ」
 笑みを浮かべたまま饒舌に語るレイに対し、アスランは唸るような相槌しか打てない。
 そのうちレイはそれ以上のことをぶちまけたい衝動に駆られた。
 自分がイザークの心も体も全て手に入れていると言ったら、この男はどうするだろう。
 しかしその衝動をすんでの所で押さえ込む。
 そうだ。
 そんなことをする必要はない。
 自分は勝っている、この男に。
 もうよろしいでしょうか、とわざとゆっくり言葉を紡いでとどめをさす。
 アスランは、怒っているような泣いているような複雑な顔をしたまま頷いた。

 どこまでも、曖昧なやつ・・・。

 レイは相手に冷たい一瞥をくれると、くるりと踵を返す。
 振り返ろうなどとは思わなかった。
 



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2005/11/06