エンヴィー・ミー (後編) 〜帰還〜




 カーペンタリアの月明かりに照らされるその姿は、美しかった。
 あまりに美しくて、この世のものとは思えなくて。
 だから。
 それを見ることの出来る自分が、
 その体を愛することの出来る自分が特別なのではないかと思ってしまう。

 たった一度だけ。
 今だけだから、と。
 そう懇願し、言い聞かせているのは自分なのに。

 自分を受け入れ、快感に震える細い体。
 細い首。
 折ってしまおうか、と欲望が沸き起こる。
 目の前の美しい存在を永遠に手に入れられるというこの上ない欲望だ。

 でも結局はそうしなかった。
 ただ、より強く彼を抱きしめ、許しを請うその体を乱暴に扱った。
 そして朝を迎え。
 約束通り、別れた。



 「ずっと後悔していた」
 雨が降り続く中。
 アスランは静かに告げる。
 「どうして君を、殺してしまわなかったんだろうって」

 僅かに。
 イザークの瞳が揺れた。
 「そんなに俺が憎かったのか?」
 ザフトであり続けた自分が?
 彼の信じたクライン派に歯向かい続けたことが?
 しかしアスランは首を振る。
 「カーペンタリアだよ」
 全てが決まってしまった夜。
 「君が好きだよ」
 「・・・」
 「君が誰かのものになるのなら、あのときに殺してしまえばよかった」
 殺して、永遠に自分のものにしてしまえばよかった。
 月明かりに照らされた綺麗なイザーク。
 優しく自分を抱きとめてくれたイザーク。
 間違いなくあの時、彼はアスランのものだった。
 でも、今は・・・。

 雨は降り続いている。
 けれども、聞こえるのは相手の息遣いだけ。
 「殺されるわけにはいかない・・・お前のものになるわけにも」
 「俺がこのままオーブに戻っても?」
 「・・・」
 「オーブがいつ連合に付くか分からないんだぞ」
 「・・・」
 「また敵同士になる・・・?」
 「アスラン」
 「どうなんだよ」
 ぐっ、と襟首を掴まれた。
 そのまま顔を引き寄せられる。
 座席の背に手をついて牽制しながら、イザークは果敢に睨み返した。
 アスランが笑みを浮かべる。
 端整な顔を彩るそれは、イザークをぞっとさせた。

 「イザークをくれるなら、ザフトに戻るよ」

 「・・・っ、オーブの姫がそれを聞いたら泣くな」
 「心配しなくても、カガリは俺のことなんか好きじゃない」
 「恋人だろう」
 「彼女は俺への同情で恋人ごっこをしてくれているだけさ。・・・カガリのことはいい。君だ」
 さらにアスランの方へと引き摺られる。
 首を絞める力に耐えられず腕の力を緩めれば、後部座席へ中途半端に身を乗り出す恰好になってしまった。
 「何度も言った・・・貴様のものにはならん」
 「敵同士になっても?」
 「敵同士になっても、だ」
 
 次の瞬間。
 アスランはこれ以上ないという力でイザークを締め上げた。
 「やめっ・・・!」
 抗議の言葉をあげるも、あっという間に後部座席に引きずり込まれる。
 頭を座席に押さえつけられ、骨が軋む音がした。
 「・・・ッ!」
 「ふざけるなよ、イザーク」
 「ふ、ふざけているのは貴様だ!一体何のつもり・・・っ!?」
 言葉は最後まで続かない。
 ぐいっと仰向けにされたかと思うとアスランはイザークの顔を殴りつけた。
 「お前が俺にかなうわけないだろ、ホントに殺すよ?」
 「な・・・に・・・」
 もがくイザークだが、今度は平手で頬を打たれる。
 そのままシャツのボタンを引きちぎられた。
 胸元をあらわにされ、冷えた空気が肌をなでる。
 しかしイザークはそんなことよりも、アスランの狂気を秘めた瞳に顔を引きつらせた。
 「言えよ・・・」
 「・・・」
 「ザフトに戻ってきてください、抱いてくださいって」
 「・・・」
 「言え」
 「いや、だ」
 恐れを振り払い、きっぱりと言い放つ。
 すると。
 アスランは、微笑んだ
 てっきり怒り出すかと思っていたイザークは、虚を付かれる。
 しかし、次の瞬間には。
 彼の放った一言に凍りついた。

 「レイ・ザ・バレルに申し訳ない?」
 びくり、と。
 体が不自然なまでに痙攣した。
 どうしてアスランが自分とレイとの関係を知っている?
 レイが話した・・・?
 いいや、そんなはずはない。
 そんなはずはない、が。
 いろいろな考えが頭を駆け巡り、
 自分の過剰反応がレイとの関係に対してアスランに確信を抱かせてしまったことすら気付かなかった。

 気が付けば。
 アスランの顔が間近にある。
 ぎらぎらと光る緑の瞳に捉えられ、動けない。
 「彼は君を満足させてくれるの?」
 冷たい指が服を割って肌に触れる。
 爪を立てられ血が出ても、視線はそらせなかった。
 「大丈夫だよ、彼には言わないから」

 
 雨はまだ、やむ気配がない。




 投げ捨てた上着を拾い、気だるげに身にまとう。

 「タクシーでもつかまえて帰るよ」
 応えがないことを分かっていて、敢えてアスランはそう言った。
 窓の外を見れば、雨はやんでいる。
 人工の虹がきらきらと海の向こうで光っていた。
 それをしばらく眺めた後、視線を車の中へもどす。
 正確には、未だに自分が馬乗りになっている相手へと。
 「イザーク、平気?」
 ぼろぼろにした張本人がそんなことを言うのは間が抜けているが、
 それくらいしかかける言葉が見つからなかった。

 座席の上に仰向けているイザークは、光のない瞳で虚空を見つめていた。
 服を剥かれ、欲望のままに蹂躙されたその体は見るも無残な状態だ。
 白い肌には幾つも噛み跡が残り、血さえ滲んでいる。
 これではレイプと変わらない。
 そう自嘲するアスランだが、思えば彼との交わりはいつもこうだ。
 違うところがあるとすれば。

 「ザフトに復隊するよ」
 イザークは反応しない。
 アスランは拒まれないのをいいことに、しどけない恰好のイザークに覆いかぶさった。
 「プラントのために戦う・・・だから」
 
 違うところがあるとすれば。
 「だから、俺をザフトへ繋いでいて」

 彼を傷つけた自分自身が、罪悪感を感じていないこと。

 
 
 車のドアが閉まってしばらくしても、イザークは動けなかった。
 雨はあがってしまったのだから、見晴らしのいいここには誰かが足を運ぶかもしれない。
 そう分かってはいても、体中が悲鳴を上げて思い通りになってくれない。
 いいや、本当に悲鳴を上げているのは。
 痛いと泣き叫んでいるのは。
 のろのろと、緩慢ともいえる動作で体を起こす。
 晴れ渡った空では、すでに虹は消えていた。
 そして自分を蹂躙したあの男。
 彼の背中も、すでに・・・。
 
 「馬鹿め」
 つぶやいた言葉は、誰に向けられたものだったのか。
 蒼い瞳からは、涙がこぼれていた。
 
 

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2005/11/20