エンヴィー・ミー (中編) 〜家族と私〜
エザリアの「渡したいもの」とは、パトリックの手帳だった。
彼の私物はほとんど没収されてしまったが、
その手帳は軍や政治に関しては大したことが書かれていたわけではなかったため、
没収されずにすんだのだった。
それをエザリアが引き取って持っていたという。
エザリアと別れ、エアポートへと向かう車の中でその手帳を開く。
聞かされた通り仕事に関することは皆無に等しかったが、
かと言って家族に、自分に関することが書かれていたわけではなかった。
会う約束をしただろう相手の名前と時間、あるいは会合や演説の場所と内容が殴り書きしてあるだけだ。
―――父にとって、自分はなんだったのだろう。
母がユニウス・セブンの悲劇で命を落として以来、ずっと頭をもたげている疑問。
2年前、パトリックの死を目の前にしてアスランは一応の答えを出していた。
彼は最後まで息子である自分を見なかった。
彼にとって「息子」とはその程度だったのだと。
「・・・ん?」
ぱらぱらと厚くもなく薄くもないページをめくっていると、
挟まっていたらしい紙切れがぽとりと膝の上に落ちた。
写真?
二つに折られ、色もあせているそれを開く。
それを目にした時。
アスランは驚きもしなかったし、嬉しくもなかった。
ただ、何だかとても悲しかった。
「イザーク・・・」
「何だ?」
「寄り道してくれないかな?」
突然のアスランの申し出に、イザークは顔をしかめる。
しかしミラー越しに覗いてもうつむいているためアスランの顔は窺えない。
「・・・どこに?」
「静かなところ、がいい」
そんなことを急に言われても困ってしまう。
イザークだってこのコロニーはあまり詳しくない。
まあ別荘用の層だから、探せばどこか・・・。
その時、ぽつりと窓を打ったものにイザークはっとする。
ぱたぱたぱたと音の数は次第に多くなり、やがて窓を水滴が覆った。
「雨、か」
雨が降る予定だったらしい。
もう一度アスランの様子を伺うが、やはりうつむいたままだ。
イザークはため息をつくと、車の速度を落とした。
丘の上に灯台を見つけ、その脇にほろのある一角を見つける。
灯台といっても船を導く役割をするわけではない。
プラントの人工の海には観光用の船が走るだけで、当然漁などには使われない。
つまりは飾りだ。
海を見下ろすその丘は、雨が降っているためか人影がなかった。
車を止めると、さあっ、と優しい雨の音が空間を彩る。
このくらいだと、おそらく二時間は降り続けるだろう。
そんなことを考えながら後ろを振り返れば、後部座席のアスランは相変わらず下を向いていた。
・・・うざい。
どうしてこの男は何かある度にいちいち陰気になるのだろう。
飽きはしないのだろうか。
「・・・お父上の手帳に何か書いてあったのか?」
原因があるとすればそれくらいしかない。
一応口には出したものの、返答は期待していなかった。
しかしアスランは、黙ったまま紙切れのようなものをぐいっとつきだす。
「・・・」
見ろ、ということか。
受け取り、折りたたまれていたそれを開く。
写真、だった。
「これは、俺たちか」
それは、アカデミーの卒業式に皆でそろって撮った写真。
アスラン、イザーク、ディアッカ・・・そして今はもういないニコルとラスティ。
卒業式だというのに割り込んできた年配のミゲルが堂々と真ん中を陣取っている。
イザークも家のアルバムに全く同じものをとってある。
確か一人一人に焼き増しして配られたはずだが、
ザラ家の場合は何故かパトリックの手に渡り、彼が持っていたということになる。
「父が、分からないな」
「・・・」
「こんな写真を持っていて、まるで子供に愛情があったみたいじゃないか」
「・・・違うのか」
「違うよ」
「何故?」
「母が、死んで・・・俺の家族はあの人だけだった。不幸なことにね」
顔はやはり見えないが、嘲笑に口元が歪んだのが何となく分かった。
「父の愛を・・・血のつながりを疑っていなかった。
母の敵討ちとか、祖国のためとか、どうでもよかったんだ・・・!
父に、あの人に認めてもらいたかった。愛してもらいたかった」
「ならどうして否定する?息子の写真を肌身離さず持っていたのだろう?」
「そんなのポーズさ」
「・・・」
「他の誰でもない、自分自身に言い聞かせてたんだ。自分は息子を愛している、立派な父親だってね」
「アスラン・・・」
「あの人は・・・俺を撃った!」
血を吐くような声音にイザークは瞠目する。
先の大戦で、カーペンタリアで分かれて以降のアスランの動向は全く知らされていない。
ディアッカも知らなかった。
いや、もしかしたら聞かされていたのかもしれないが、言うのをはばかったのかもしれない。
「自分の思い通りにならないと知った途端、何のためらいもなく・・・殺そうとしたんだ」
「アスラン」
「あの部屋・・・あそこに幼い俺と母の写真が飾ってあったよ・・・でも、撃っ・・・ッッ」
肩が震えている。
イザークは思わず彼の黒い髪をなでていた。
泣いているのかと思ったのだ。
しかし、顔を上げたアスランの瞳に涙はなかった。
絶望に近い、暗い光がどんよりと揺れている。
そして彼はイザークが持っていた例の写真を再び手にした。
「こんなもの、戒めになんかならない」
ぐしゃり、と。
写真を握りつぶす。
そのまま手を離せば、それはシートの隙間の闇に消えた。
イザークは、その様子を呆然と見つめていた。
てっきりオーブで可愛い恋人と優しい親友に囲まれ幸せにしてると思っていた。
もうプラントのことなど忘れてしまったとばかり思っていた。
まさか。
これほどまでに彼の闇は暗かったのか。
これほどまで父親を愛して、憎んでいたのか。
だからこそ、プラントに背を向け続けてきたのか。
「ザフトには戻らない」
「・・・」
もう彼の父親はいない。
永遠にいない。
だからアスランもザフトの戦士にはなりえない。
なりえるとしたら・・・。
「何だったら、貴様の戒めになる?」
静かに問えば、ようやく緑の瞳の焦点がイザークへと合わされた。
車の狭い空間の中で見つめあう。
「君だ」