ラヴァーズ 〜蝕まれる記憶〜
「あれ、こんなところに傷があったんですね」
レイの手を払いながら、何が、と尋ねる。
するとレイは払われた手を再びイザークの額へと伸ばした。
銀糸の前髪をさらりとのける。
近くでよく見ないと分かりづらいが、髪の生え際と左眉の丁度中間辺り、真横にひかれる傷跡があった。
ほとんど白くなっており、イザークの肌の色が薄いこともあってほとんど目立たない。
しかし、僅かに縫合の跡があることから決して浅い傷でなかったことが分かった。
「ナイフ・・・ですか?」
「ああ。学生の頃にちょっとな・・・」
それだけ言ってふいっと顔を背ける。
意識してそうしたわけではないが、レイは少々むっとしたらしい。
ことさらイザークのことに関しては、何にも妥協したくないのだ。
たとえイザークが封印したいと願っている過去であっても。
「今日、いいですよね」
夜着をまとい、ベッドに体を投げ出しているイザークの上に覆いかぶさるレイ。
これで何のことだ、と聞くのは間が抜けていた。
返事を待たず、レイはイザークの夜着に手をかける。
丁寧にゆっくりとボタンをはずし、白くなまめかしい肌に痛いほどの視線を向けるものだから、
イザークはいたたまれなくなってしまう。
それでも、最近ではレイを拒むことはあまりなかった。
性行為に関して自分は淡白な方だと思っていたが、一度快楽を体に刻み付けられてしまえば、
それなしでいることはつらい。
かといって日を置かずに四六時中求められれば困ってしまうが。
レイが自分の服を脱ぎ捨てるのを見て、両手を差し伸べる。
最初は触れるだけだったキスも、次第に深いものに変わっていく。
口腔をまさぐられ、おずおずと自分の舌を差し出した。
しっとりとした肌を触れ合わせれば、そこから焼けるような熱が生まれる。
「イザーク・・・好きです」
「・・・ッ、レイ」
手足を絡ませあい、貧欲に相手を求めた。
ふと。
レイの目にあの額の傷が目に留まった。
無意識にそちらに唇を寄せる。
そっと、口付け。
舌でなぞった。
注:危険域(18禁) →
「ん、イザ・・・」
荒い息を吐きながらベッドに突っ伏していたレイは、怠慢な動きで上半身を起こす。
そのまま横に視線を滑らせた。
何度も求められ、気を失ってしまったイザークは隣でぐったりしている。
僅かに聞こえる寝息が、彼がそのまま眠りに付いたことを示していた。
レイは彼の乱れた銀糸に手を伸ばす。
汗で額に張り付いたそれを整えてやれば、またあの傷が目に留まった。
「・・・」
何となく、吸い寄せられるように。
唇を寄せて。
キスを、落とした。
「・・・ったく、馬鹿なんじゃないの、あの人」
苛立たしげなシンの言葉に、レイは低い声で賛同する。
あの人、とはアスランのことだ。
フリーダムを討つことを未だに反対し続ける彼に、ミネルバの誰もが憤っていた。
先刻、友軍艦がアークエンジェルを捕捉したという報告が入っていた。
ミネルバにはその撃墜が命ぜられている。
アークエンジェル、そしてフリーダム。
彼らの勝手な行動のためにザフトは常に煮え湯を飲まされてきた。
しかもミネルバは大切な戦力であったハイネ・ヴェステンフルスを失っている。
アスランの言動は誰にも理解できるものではなく、ただ彼を孤立させるだけだった。
「落ち着いてやれ、シン」
「うん。分かってるよ」
パイロットスーツに着替えるシンの背中に声をかければ、そっけない返事が返ってきた。
だがそれは彼がもう戦闘に向けて集中し始めているという証だ。
レイは気を悪くすることもなく、むしろ心強く感じた。
フリーダムを迎え撃つのはシン一人だ。
レイもルナマリアも、アスランも機体がないために見守ることすらできない。
まあアスランの場合、機体があっても自分たちに協力するどころか邪魔しかねなかったので都合が良かったが。
見ているだけというのは歯がゆいが、シンなら大丈夫だと思った。
フリーダムは倒せる。
確実に。
シンがスーツを着終える。
そしてふと黒髪をかきあげた時にちらりと見えたもの。
レイははっと目を留めた。
「シン、それ・・・」
「え、何?」
「そんな傷、あったか?」
「・・・?ああ、これね」
一瞬不信そうな顔をするシンだったが、額を指差したレイにようやく合点がいったらしい。
左手で無造作に髪をかきあげると、うっすらとした古傷があった。
「覚えてない?アカデミーの時、本物のナイフ使ってきた奴がいたじゃん」
「・・・ああ」
プラント育ちではないのにトップクラスの成績だったシンはやっかみをかうことがしょっちゅうだった。
シンが言っているのは、上級生に呼び出されナイフで脅されそうになった一件のことだろう。
彼らはシンを怯えさせるだけのつもりだったようだが、反抗期真っ盛りだったシンがそんな思惑通りになるはずもく。
反撃されてもみ合ううちに、本当の殺傷沙汰になってしまったのだった。
記憶を掘り起こせば確かにあの後シンは額に包帯を巻いていた・・・その時の傷か。
と、レイは吸い寄せられるようにシンへと歩み寄った。
首をかしげるシンの顔など見えていないかのように、彼へと・・・いいや、あの傷跡へと手を伸ばす。
「レ・・・、レイ?」
シンは振り払うのもどうかと思い、動かないでいる。
それをいいことに、レイは白い筋になっている傷跡を指でなぞった。
そして。
「レイ・・・ッ!ちょっと、何やってんだよ!?」
シンの声にはっと我に返る。
両肩をつかまれ、体を引き剥がされていた。
「な、何の冗談・・・!」
「いや、冗談というわけでは・・・」
そこまで言ってレイは口を閉ざす。
シンのようなお子様が、額とはいえ男にキスをされては冗談だと思いたくなるだろう。
・・・というか、それ以外の理由だと、シンの場合憤死しかねない。
どう誤魔化そうかと考え始めた時、また彼の方から口を開いた。
「その・・・じゃあ、何かのおまじない?」
「おまじない・・・まあ、そうだ」
わざと淡々とした声で応えると、シンはようやく肩の力を抜く。
そしてやる前に一言言えだの、顔に似合わないだの照れ隠しの文句を言い始めた。
それを適当に受け流しながらロッカールームを出る。
心の中で、どうしてそんなことをしてしまったのだろうと考え込みながら。
二人で廊下を歩き始めてしばらくすると、人影があった。
シンはあからさまに嫌な顔をし、レイも好意的とはいえない目を向ける。
アスラン・ザラ。
フェイスとは名ばかりで、気位が高いだけとなった足手まといだ。
今にも噛み付きそうなシンを先に行かせ、レイはアスランと向き合う。
周りの空気が凍りつきそうな雰囲気の中、アスランが蔑むような口調で話し始めた。
「・・・上手く調教したじゃないか」
「なんのことです?」
「とぼけるなよ」
眇められた緑の瞳は邪な光を発していた。
レイにしか見せないそれ。
「誇らしいか、自分のペットをたきつけて」
「シンはペットではありません」
「ふん」
アスランはせせら笑うが、いつかのような覇気はない。
追い詰められていることが明白だ。
「フリーダムとアークエンジェルを討てという命令がそんなに気に入りませんか?」
図星だったのか。
アスランはかっと火がついたように声を荒げる。
「気に入らないも何も・・・ッ、あんな命令、間違っている!」
「何を根拠にそんなことをおっしゃるんです?」
しごく冷静に受け答えするレイに、アスランの苛立ちは募る。
だが、ふと何かを思いついたように押し黙る。
「イザークなら・・・」
「は?」
「イザークなら、そんなことは望まない」
「・・・」
レイが瞳を見開く。
「フリーダムを討つなんてこと、イザークは望まない!」
「・・・」
「お前がやろうとしていることなんて・・・ッ」
アスランは優越を勝ち取ったかのように言葉を重ねる。
けれども。
それは、一瞬のことだった。
「イザーク・・・誰です、それは?」
アスランは、去っていくレイの後姿を呆然と眺めていた。
―――イザーク・・・誰です、それは?
そんな人は知らない、と。
レイはそう言い切った。
悪い冗談だろう・・・?
そう思いたくても、先程の心の底から困惑したようなレイの顔がそれを否定してしまう。
何が、起こったのだろう。
いいや・・・起こっている、のか?
アスランはレイの消えた廊下の先を、ただ見つめ続けていた。
そうして。
その真偽を確かめられないまま。
二人の間でまともな会話が交わされることは、二度となかった。