ロータスフラワー 〜本当のあなた〜




 ルナマリアが食堂に入ると、皆が気まずそうに彼女から視線を逸らした。
 しかしそんな中ではにかむように微笑みかけてくれた少年が一人だけいる。
 ルナマリアは迷わず彼の向かいの席へと腰をかけた。
 「おはよ・・・」
 「おはよう、シン」
 朝の挨拶をして、少し笑う。
 不思議でも何でもない、当然だったはずの行為。
 それが今のミネルバのクルーには非常に奇異なものに映っているようだ。
 シンが「命令」によってルナマリアの妹メイリンが乗る機体を撃墜してから、まだそれほど日が経っていない。
 ・・・だからだろうか。
 ルナマリアが「妹の仇」であるはずのシンと今までと同じように・・・
 いや、さらに親密になっていることが皆には不思議でならないらしい。

 「昨日はさ・・・その、ごめん」
 「ん?」
 ルナマリアが椅子に座るなり、突然謝りだしたシンに首をかしげる。
 「だから、話、しようとしてくれたのに」
 「うん。でも、それは・・・」

 アスランとメイリンが生きている。
 オーブで判明した事実。
 ミネルバの誰もが見ない振りをし、話題にすることを避け、なかったことにしようとした二人の存在。
 それを直視し、悲しみ、涙を流してくれたのは、ルナマリア以外ではシンだけだった。
 だからこそ二人の生存を知った時、ルナマリアはシンと話したいと申し出た。
 結局怖くなってやめてしまったけれど。

 「話そうよ」

 シンの言葉にはっとする。
 嬉しい・・・けど、少し怖い。
 彼を責めてしまうかもしれないから。
 それに・・・。
 「レイもいないし」
 「え?レイ、いないの?」
 「うん。グラディス艦長と一緒にメサイアにいる議長のところに」
 「・・・」
 今度こそルナマリアは驚いた。
 アスランがいなくなって以来、まるでシンを監視するかのように常に傍らに立っていたレイ。
 昨日ルナマリアがシンに声をかけたときも、じっとこちらをにらんでいた。
 話を中断してしまったのだって彼の存在によるところが大きい。
 そのレイがいない・・・。
 何だかそれだけで、最近肩の辺りにまとわりついて消えなかった重圧がなくなったような気がした。
 シンの表情も心なしか穏やかな気がする。
 いや、決してレイを嫌っているわけではないのだが・・・。
 「それじゃあ・・・」


 


 「随分と退屈そうにしていたね」
 形ばかりの敬礼を解いたイザークは、デスクに肘を突いてそう言った男を無表情に見返した。
 「別に・・・そんなことはありません」
 「そうかな?」
 「退屈していたのではなく、呆れていたのです」
 「なるほど」
 ギルバート・デュランダルはイザークの言葉に気分を害した様子もなく、相変わらずの含み笑いだった。

 レクイエム破砕作戦後、メサイアにて行われた軍隊長級の会合。
 会合と言っても、特になんてことはない。
 これからの隊の配置と連合軍の残党への対応について確認しただけだった。
 それよりもむしろ、一昨日前に大成功を収めたレクイエム撃破を褒め称えるだけで会合の半分以上が費やされた。
 次々に挙手し、ギルバートやミネルバへの賛辞をつらつらと述べる年配の軍人たちに、
 イザークは政治家顔負けだと、感心すらしてしまう。
 ここにミネルバ艦長のタリア・グラディスが同席していたのならば、この意味のない会合はもっと長引いていただろう。
 ミネルバからこちらへ向かうシャトルが遅れているというトラブルは、
 この掛け合いにうんざりしているイザークにとってはありがたいことだった。
 しかし、ようやく形ばかりの会合が終了したかと思ったのに、
 今度はギルバートの私室に強引に連れて行かれてしまったのだ。
 そして現在に至る。

 「遅れていたミネルバのシャトルはもうすぐ到着するようだよ。
 グラディス艦長とは初めてだったかな?」
 「以前、一度だけ」
 そう言いながら、イザークはミネルバ艦長タリア・グラディスの顔を思い浮かべる。
 気の強そうな、美しい女性だった。
 目の前にいるギルバートと親密な関係にあるということもちらりと耳にしたことがある。
 その彼女が今の情勢とこの男の行動をどう捉えているのかは分からないが、
 ここに呼び出された意図が分からないほど愚かでもあるまい。
 到着するなり先程政治家並みの演説を披露した軍人たちに取り囲まれ、浴びるほどの賛辞をもらうだろう。
 ギルバートはミネルバを英雄に祭り上げたいのだから。
 自分だったら絶対に嫌だとタリアに同情しつつ、イザークは退室を申し出る。
 かつては恩義を感じ政治家として尊敬していたからこそ、今のギルバートのどことない不気味さは居心地が悪かった。
 だがギルバートはイザークの申し出など聞こえていなかったかのように、そういえば・・・と言葉を紡いだ。

 「レイがここに来るようだよ」

 「・・・え?」
 一瞬何を言われたのか分からず、イザークは瞳を瞬く。
 それに対してギルバートは悪戯が成功したときの子供のように笑みを深くした。
 「グラディス艦長が同行させたらしい。私はシン・アスカを連れてきてほしいと言ったのだが・・・
 作戦を考えたのはレイだから、とね。彼女なりの私への反抗らしい」
 「・・・」
 「会いたいかね?」
 会いたいに決まっている。
 けれども、その本音を口に出すのは何故だか気が引けた。
 するとギルバートは、遠くを見るような顔で話を続ける。
 「以前君に尋ねたね。『あの子をどう思う?誰かに似ていないか』と」
 「・・・」
 「こうも言った。『君は彼のことを何も知らない』」
 「・・・」
 イザークは言葉を返さず、ただ無言でギルバートを見返している。
 彼のその思惑を探ろうと、何とか琥珀の瞳から真意を引き出そうとする。
 ギルバートはそれに気付きながらも敢えて見ない振りをした。
 「今のレイを見れば、誰に似ているかはすぐに分かると思うよ」
 「レイは、レイです」
 「前もそう言ったね」

 「レイに・・・何をしたんです?」

 ギルバートが瞳を伏せた。
 そう・・・。
 あの時、やはりイザークは同じ質問をした。
 「私だって、あの子を苦しめたいわけではないんだ」
 ふと。
 ギルバートの声色が変わり、イザークは眉を寄せた。
 いかにも何かに対して後悔し、苦しんでいるように見える。
 「しかしね、自分が何者かを知らないままだというのはいけないことだと思ったんだ」
 「レイは・・・」
 「レイは、レイではない」
 言い切ったギルバートの言葉。
 痛みを帯びたそれに、イザークは押し黙った。
 そして唖然とする。
 目の前のギルバートは、先程の自信に満ちた様子とはうって変わっていた。
 まるで懺悔室に放り込まれた咎人のような。
 痛みを堪えるような、それでいて救いを求めているような。
 そんな憂いを顔に滲ませていた。
 造った表情には見えなくて、イザークは大した演技力だと感嘆する。
 けれども。
 そう考える一方で、これこそが本当の彼の素顔なのではないかという気さえしてきた。
 混乱するイザークを差し置き、ギルバートの言葉は続く。
 「期限さえなければ・・・ずっと忘れさせたままでよかったんだ」
 「期限・・・?何の期限です?」
 「あの子の、レイの命の期限だよ・・・」
 「なっ!?冗談はやめてください!」
 レイの命の期限。
 その言葉から透かし見えるものに、背筋が寒くなった。
 ギルバートの真摯な顔がそれをいっそう強くする。
 「あなたは一体・・・大体、『忘れさせた』なんて・・・ッッ」
 「その意味も、今のレイに会えば分かるさ」
 「・・・」
 「もう行きたまえ」
 「・・・あ」
 話の途中だというのに突然退室を命ぜられ、イザークは面食らう。
 頭の中で色々なものがぐるぐると駆け巡ってすぐに体が動かなかった。
 「行きなさい。そして、レイと会って話をするといい」
 「議長・・・」
 「君なら『今の』レイでも救ってくれるかもしれないな」
 ギルバートは自嘲するように笑っていた。

 そして。
 それが彼と直接言葉を交わした最後になった。





 別にレイが嫌いになったわけではない。
 ルナマリアはそう思っている。
 思いたいだけ、かもしれないが。

 「レイがね、最近怖いの」
 「怖い?」
 聞き返すシンに、頷く。
 「レイ・・・なんか、変わった」
 「そう、かな」
 「そうよ」
 抱きかかえた膝に顔をうずめれば、シンの腕がためらいがちに回されてきた。
 そのぬくもりに少し気持ちを落ち着ける。
 「変わったって言うより・・・別の人みたい」
 「別の人・・・」
 「どっちが本当のレイなんだろ」
 「今のレイは、嫌い?」
 「大嫌い」
 うつむいたまま即答したルナマリアに、シンは僅かに苦笑した。
 アスランとメイリンが脱走した一件以来、自分とルナマリアが周囲の思惑に反して親密になったのに対し、
 ルナマリアとレイは上手くいっていないようだった。
 というか、レイはルナマリアという存在が見えていないように思える。
 その傾向は、確かにシンとレイが共に軍機違反を犯してステラを連合に返した事件あたりからかもしれない。
 アカデミーからずっと三人一緒だったが、どちらかといえば同い年のルナマリアとレイの方が仲が良かった。
 「別人だ」と言うルナマリアの気持ちも分かる。

 「戦争の、せいじゃないかな」
 全てがおかしくなった。
 レイは変わった。
 シンも変わった。
 ルナマリアも。
 当然三人の関係も変わる。
 それは戦争のせい。
 心のどこかでそうではないと思っていても、戦争だからと言ってしまえばそれ以上考えないで済む。
 
 「早く、戦争が終わればいいね」

 戦争が終わったら・・・。
 全て元通りになるかもしれない。





 イザークはシャトルの着発進口を見下ろすことのできるロビーで、ぼんやりとその人だかりを見下ろしていた。
 言わずもがな、ミネルバ艦長タリア・グラディスを一目見、お近づきになろうという者たちの集まりだ。
 ボルテールに置いてきたディアッカがここにいたのなら、皮肉の言葉は一つや二つではすまなかっただろう。

 イザークがロビーに到着した時にはすでにその集団はタリアを取り囲んでいた。
 今では彼女がその中のどこにいるのか遠目では判断できない。
 もみくちゃにされてさぞうんざりしているはずだ。
 心から同情しながら、イザークは懸命に彼女に同行しているはずのレイの姿を探した。
 しかしどんなに食い入るように見つめても、軍服のワインレッドも長いブロンドも視界には映らない。
 タリア同様人波に揉まれているのか。
 そう考えるとだんだん不安になってきた。
 やはりここから見ているだけではなく、助けに行った方がいいかもしれない。
 どうしようか、と迷い始めた時。
 明らかに人々の動きに変化が起こった。
 ここでは厚いガラスに阻まれて音まで聞こえないが、誰かが制止の言葉をかけたようだ。
 案の定、入り口の一つからギルバートの姿が現れる。
 すると人の山が割れ、白い軍服をまとったタリアがギルバートと向かい合った。
 皆が見守る中、ギルバートがタリアと何事か言葉を交わしている。
 おそらくは前作戦の賛辞とねぎらいの言葉をかけているのだろう。

 「いないな・・・」
 自分が独り言を漏らしたことにも気付かず、イザークは落胆していた。
 レイ・ザ・バレルの姿が、やはりどこにも見えないのだ。
 シャトルにも乗っている様子はないし・・・大体いたらタリアを助けようとしていただろう。
 ギルバートの言葉は嘘だったのか、それとも直前になってタリアが同行させるのを取りやめたのかもしれない。
 いい加減、イザークは諦めることにした。

 壁に寄りかかっていた体を正し、ガラスに背を向けた。
 そして・・・。
 「・・・!」
 振り返るなり視界に飛び込んできた色彩に、イザークは言葉を失った。
 アイスブルーの瞳を張り裂けんばかりに見開き、その人物を凝視する。
 今まで、ずっと探していた。
 求めていた。
 
 控えめの金髪。
 かつて自分も纏っていた、ワインレッドの軍服。


 「・・・・・・レイ」


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2006/01/27