リディア 〜希望と望みと不安〜
フェブラリウス市、ノイマイヤー病院。
・○月○日、17歳から20歳のザフト兵(男)を収容
・両足骨折、左肩脱臼、脳波検査での異常は確認できず
・白人系
・髪の色 ― 肩までのブロンド
・瞳の色 ― やや薄いブルー
・身長 ― 170cm弱
・記憶障害を起こしている模様、言語不明瞭
・名前、年齢、出身地、すべて不明
「レイだ!ね、これ、レイですよ!」
画面を指差すシンの顔は、終戦してから一番生き生きと輝いていた。
白い頬も赤く染まり、興奮しているのが分かる。
「発見されたのはメサイア近くの宙域だって書いているし・・・。
レイだ・・・!レイが生きてた!!」
「あ・・・ああ」
シンはすっかり決め付けてはしゃいでいる。
いつものように身元不明者のリストを洗っていた彼が、
このフェブラリウス市の病院でのデータを見つけたのだ。
最初こそ面食らったイザークだが、なるほど、読めば読むほどレイの特徴に当てはまる。
シンほど楽観的になれないが、希望に胸が高鳴った。
「フェブラリウス・・・って、あの人の市じゃないですか?・・・ええと」
「ディアッカ」
「そうそう!ディアッカさん。あの人に確かめてもらえば・・・」
シンの提案に、イザークは苦い顔をした。
そういえば、彼には言っていなかったかもしれない。
「ディアッカはもうプラントにはいないぞ」
「・・・は、ええ!?退役したってことですか?でもプラントにいないって・・・どこに?」
「地球に決まってるだろう」
「え、と・・・何しに?」
「・・・・・・ナンパ」
「・・・」
ディアッカが退役届けを出したとき、イザークは対して驚かなかった。
彼には軍人など向かないと前々から思っていたし、
父親のタッドは家業を継いで欲しい様子で、彼がそのことで悩んでいたのも知っていた。
だからその時はとうとうあのディアッカが医師を目指す気になったのかと感慨深くさえなったものだ。
気持ち良く送り出してやろうと。
ところが、である。
ディアッカの退役の理由は予期していたものと全く違った。
実はラクス・クラインがプラント入りした時、ディアッカはアークエンジェルに登場していた面々と再会していた。
その中に・・・いたのである。
やつの「モトカノ」が。
後は説明するまでもない。
ミリ何とかという名前のナチュラルの女への想いを再燃させたディアッカは、
オーブへ戻った彼女を追いかけていったのだ。
それをラクス経由で知らされたイザークは、
やつの口座に振り込まれるはずだった退職金をそっくり両親へ渡してやった。
どうせまたふられた上、手持ちの金もすぐ底をついて戻ってくるだろう。
「とまあそういうわけでな」
「・・・」
シンはあまりの馬鹿らしい顛末に言葉もない様子だった。
ディアッカは一見飄々として世渡り上手な印象があったからなおのことだ。
「とにかく・・・ッ、ディアッカのことなんぞどうでもいい。早速行ってくる」
「あ、はい。鞄持ってきます」
シンはそう言うと、ぱたぱたとスリッパを鳴らして部屋を出て行った。
しばらく画面を眺めていたイザークも、それをプリントアウトして立ち上がる。
そしてコートを取るため、ハンガーに手を伸ばした。
本来なら、イザークはこの自宅に常駐していなければならない。
なぜなら半ラクス派・・・つまりデュランダル派と見なされているシン・アスカを監視している、
ということになっているからだ。
しかしイザークは自宅に搭載されているIDシステムを理由にして、ほとんど家を留守にしていた。
実際門の通過を許可されたIDカードを持たないシンは、ジュール邸に来て以来外へ一歩も出たことがない。
それでも本来ならこの甘い処置は許されず、シンも別の施設に強制的に搬送されるはず。
これがまかり通っているのは、ひとえにラクス・クラインの影響だった。
つまりは、コネだ。
ラクスにいたく気に入られてしまったイザークは、それを逆手にとって多少のわがままを言っていた。
護衛の辞退しかり、シンの待遇の緩和しかりである。
波に乗っているうちに利用するだけさせてもらうつもりだった。
ラクスを英雄と持ち上げる熱はそろそろ冷めるだろう。
それまでにレイを見つけてやらないと・・・。
いつものように食事をちゃんと摂るようシンに言いつけ、イザークはエアポートへ向かった。
なるべく目立たぬよう、ベージュのコートをまとい、銀髪はまとめてコートと同じ色の帽子に隠す。
サングラスでは逆に一目をひいてしまうので、度のない眼鏡をかけた。
それだけで随分と印象が違うとルナマリアに教えてもらったからだ。
そうして人ごみにまぎれてエアポートに入り、普段同様チケットを購入したまでは良かったが・・・。
「シャトル・・・時間があるな。さっき出たばかりなのか」
フェブラリウスへ向かうシャトルの便の掲示を見て息を吐く。
次の便の出発まで二時間以上あった。
時刻表を確認してから家を出ればよかったと後悔するがもう遅い。
とにかく時間をつぶそうと、まずはロビーを出ることにした。
疲れがたまっているのか、どうも最近人酔いしやすい・・・静かなところがいい。
と、イザークはコートが大分くたびれていることに気付いた。
新調するか、クリーニングに出さなければ・・・。
自分だけでなく、服のほうも休みたがっているようだ。
もう一度大きなため息をつき、イザークはふらふらと裏口へ向かった。
エアポートの入り口のすぐ脇に当たるそこは見越したとおり人気の少ないところだった。
いくつかあるベンチの一つでカップルがいちゃついているが、見ないことにする。
植林された木の枝が影を落としているベンチを見つけたイザークは、
シャトルの時間になるまでそこで過ごそうと足を踏み出した。
・・・その時。
「・・・!」
ごっ、と。
何か硬いもの・・・銃?が背中に押し付けられ、同時に肩を強くつかまれた。
瞬時に自由を奪われてイザークは固まる。
全く気配を感じなかった・・・。
疲れていたせいか?
いや、それは言い訳だ。
ともあれこうなった以上は相手の隙を何とかついて逃げ出すしかない。
「・・・何者だ?」
静かに問うが、相手は無言。
イザークを捉えたまま、あのベンチの方へと強引に歩き出す。
「・・・ッ、俺が誰だか知ってこんなことをしているのか?」
またしてもイザークの問いは無視される。
そしてイザークとその背後にいる正体不明の人物は、例のベンチの前でそろって立ち止まった。
「・・・」
「・・・」
重苦しいほどの沈黙の時間が訪れる。
それでも逃げ出す糸口を見つけ出そうとするイザークだが、背後の相手には全く隙が感じられない。
・・・息苦しい。
肩に食い込むほど強くつかまれた相手の指に顔をしかめる。
誰だ?
一体自分をどうする気だ?
「おい・・・」
「そのコート」
「え!?」
耳元でようやく口を開いた相手の声。
聞き覚えのあるそれにイザークは、震えた。
「その色は、似合ってるよ。少し地味だけど」
「ア・・・、スラン!」
ばっ、とつかまれていた肩を振り切って拘束から逃れる。
相手は難なく手を離し、イザークはよろめきながら体の向きを変えた。
立っていたのは、アスラン・ザラ。
私服をまとい、サングラスをかけた彼から表情は読み取れない。
背中に押し付けられていたものは本当に銃だったようだが、
彼が手にしているそれはホルダーに入れられたままだった。
「・・・何の悪ふざけだ」
にらみつけてくるイザークに、アスランは口の端を上げる。
「座らないの?凄く疲れてるみたいだけど」
「・・・もう行く」
こんなところにまで沸いて出てくるなんて、何て暇なやつなんだろう。
オーブとプラントを頻繁に行き来していることは知っていたが、
イザークは終戦直後にシンの身柄を引き取って以来、彼とは会っていない。
大体こいつはオーブの一佐ではなかったか。
自由にプラントを闊歩できるのはイザークも同様に恩恵を受けているラクスの影響だろうが、
まさかアスランに限って休暇をプラント旅行に費やすということではないだろう。
そこまで恥知らずではないと思いたい。
イザークは目を背け、コートの襟を正す。
人酔いでも何でもいい、ロビーへ戻ろう。
アスランと二人きりになると危険だということは身をもって知っている。
二度とこの男に体を触らせる気はなかった。
「フェブラリウスに、何しに行くんだ?」
すれ違う寸前、投げかけられた言葉に反射的に立ち止まってしまい、イザークは心の中で舌打ちした。
「ラクスから聞いたんだ。最近プラント中の病院や施設、死体安置所を飛び回っているそうじゃないか」
「・・・休暇中に俺がどこに行こうが貴様に関係ない」
そうだ。
関係ない。
自分とアスランはかつての同僚で、今は違う国に籍を置く軍人。
それだけだ。
イザークは話すことはないというように再び足を踏み出す。
関係ない・・・。
イザークが、何を・・・誰を求めているかなど。
しかし。
ほんの二、三歩歩いた所で、イザークは再び肩をつかまれた。
そのまま引き寄せられ、背中が芝生の感触を味わう。
かけていた眼鏡が勢い余って何処かへ飛んでいった。
「・・・かはっ」
一瞬目の前で星か散ったかと思うと、もうアスランの顔が間近に合った。
「ア・・・スラ・・・」
「レイは死んだ!」
「!!」
残酷な言葉が叩きつけられる。
思わず息を止めた。
イザークの上に馬乗りになり襟首をつかんだアスランは、そのまま華奢な上半身を容赦なく揺さぶる。
「死んだ、あいつはもういない!」
「やめ、ろ・・・!」
「レイは議長と一緒にメサイアで死んだんだよ!探したってどこにも・・・!!」
「うるさい!!・・・うるさい、うるさい、うるさい!!」
酷い・・・。
イザークは、悔しかった。
悲しいよりも、苦しいよりも・・・とにかく、目の前の存在が許せなくなった。
癇癪を起こした子供のように暴れ、アスランの胸を叩いたり頬を引っ掻く。
今のイザークに怖いものなどなかった。
泣きたくもないのに涙がこぼれ、芝生を濡らす。
さすがのアスランも戸惑い、最後には力をなくしてしまったイザークの体から離れた。
すると帽子が脱げたために土で汚れて乱れた銀髪の間から、壮絶な瞳がアスランを射る。
「・・・イザーク」
「あっちに行け!俺にかまうな!」
「かまうさ!俺は君の事を・・・」
「また逃げたくせに!!」
ほとんど悲鳴になったイザークの叫び。
アスランも痛いところを突かれたとでもいうように顔をしかめる。
「またザフトを出た!プラントのために戻るといったくせに・・・ッ、また故郷を見捨てたんだ!!」
―――何だったら貴様の戒めになる?
―――君だ
―――俺をザフトへ繋いでいて
イザークがいるから。
愛するあなたがいるから。
だからザフトに戻る、と。
アスランはそう言った。
イザークの顔が嘲りに歪む。
「何が戒めだ・・・。どうせお前にとって俺は、その程度さ」
「違う!」
「違わない」
「違うんだ・・・、シンたちに聞いただろう?あれはレイのせいだ。レイが俺をはめた・・・。
議長を裏切ることは許さないと言って俺を殺そうとしたレイの・・・!」
アスランは認められない。
アスランにとっての一番は自分自身だということを。
一番が自分だということは何の問題もない。
自我のある人間の大半はそうだろうし、イザークだって自分を一番優先している。
だからこそ、レイを求めて走り回っているのだから。
問題なのは、それを認めて割り切るかどうかだ。
アスランは、自分は尽くす人間だと思い込んでいる。
だから「愛している」イザークの心に、なんの断りもなしに土足で踏み込む。
それが当然だと思っている。
イザークは無言で立ち上がると、身だしなみを整え始めた。
涙を乱暴に拭き、汚れてしまったコートと帽子を脱ぎ捨てる。
―――その色は、似合ってるよ
アスランのために着ていたのではない。
だから、もういらない。
そうして鞄だけを持って行こうとする。
と、アスランの手が再びイザークへと伸びた。
一瞬身を強張らせるが、その手は乱れていた銀髪を優しくすく。
するにまかせていると、ごめん、と呟いた。
「乱暴して、すまなかった。駄目だな・・・もう君を傷つけなくないのに」
「・・・」
「イザーク・・・」
「フェブラリウスには、ディアッカの父上に会いに行くだけだ」
「・・・」
「・・・それだけだ」
見え透いた嘘。
が、アスランは何も言わない。
やがて。
名残惜しく銀髪を弄んでいた指が、離れた。
「・・・それだけ、なんだ」